3章『バースト・ドライブ』:2
フラッシュは長大化したグラインドダガーを居合のように構え、姿勢を低く落とす。いつでも攻撃に移れるその体勢は、ショートレンジの武器を握っているとは思えないほどのプレッシャーを放っていた。
いつ攻撃してくるか分からない。そんな恐怖にも似た感覚に、飛鳥の背を冷や汗が伝う。
アストラルは油断なくフォトンブレードを構えているが、どれほど注意をすれば十分なのかが飛鳥にはまるで分からない。こうしていても一瞬目を逸らせばそこにフラッシュが現れるような、怪奇現象じみた緊張がある。
二機は見合ったまま、ピクリとも動かない。停滞した状況の中にも、互いの行動を見切るための読み合いがあった。
ジリジリと、ジリジリと、焼け付くような緊張感が満ちていく。先に一歩を踏み出した方がそれだけで不利になるような、そんな予感が飛鳥の身体をしばりつけていた。
その状況下にあって、突然アルフレッドが口を開いた。
『どーしたアスカ、来ねーのか?』
「…………」
『ハハッ、だんまりかよ。まーそれも仕方ないか』
たとえ言葉を投げかけられても、注意を逸らすわけにはいかない。アルフレッドはそれを狙っているのだと飛鳥は考え、だから無言を返した。
アルフレッドはわざわざフラッシュを操り、居合の姿勢のままわざとらしく肩をすくめてみせる。
ぐぐっ、と。一段と姿勢が沈んだ。
『オッケー、ならこっちから行くぜ!』
来る、と飛鳥が感じたときには、フラッシュはもうかなりの速度に到達していた。
路面を激しく削り取り、黒い礫を後方にまき散らしながらそこから一気に加速する。脚部を動かすことはなく、足のローラーと背中の推進装置だけを使った移動。それゆえに隙となるタイミングが無い。
(さっきの瞬間移動は使わないのか、それとも……!)
どのタイミングで瞬間移動をしてくるのかわからず、アストラルは迎撃の構えのまま動くことができない。
そうして、フラッシュはノンブレーキでアストラルへと肉薄した。
『オラオラオラァ!!』
グラインドダガーを振り回し、凄まじい速度の攻撃を放ってくるフラッシュ。アストラルの二つのフォトンブレードを持ってしても、その攻撃を凌ぐので精いっぱいだった。
バックステップを繰り返しながら、なんとか状況を整えようとアストラルは動く。
「手数が、さっきまでとは段違いだ……!!」
さっきまではグラインドダガーの刃が短かったため、フラッシュは腕全体を振るうようにして攻撃をしてきていた。その分攻撃を予測しやすかったし、攻撃の回数も少なかった。
だがフルロードによって刃が極端に長大化した今では、手首の返し一つが斬撃となってアストラルに襲いかかる。しかもそれぞれが関節の、装甲のない部分へと正確に狙いをつけていた。
『グラインドダガーは威力が低いですが、ダガーを振る力に関係なくある程度の攻撃力を発揮します。装甲を貫くことはできませんが、関節部分への攻撃には気を付けてください!』
「わかってる、けどこの状況……」
刃を受け止めるのも限界寸前で、反撃に移る隙が無い。アルフレッドはグラインドダガーの刃の弾かれ方まで計算に入れているのか、フォトンブレードと打ち合わせるたびに、その反動を利用して多角的に攻撃を繰り出してくる。
『ハァァァァァァァアアアアアア!!』
「うおおォォォォォオオオオオ!!」
両者の間で白と青の軌跡が踊り狂う。比喩でも何でもなく、2種類の重光子刃が作る残像は、常に両手の指では足りないほどの数を維持していた。
突き出されたグラインドダガーが上に跳ねあげられれば、フラッシュは機体を独楽のように一回転させてアストラルの左膝を目掛けて刃を振り抜く。
その一撃を受け止められれば、フォトンブレードに沿うようにダガーを滑らせて首元を狙う。
喉元をかき切るような軌跡をたどる白い光刃を、アストラルはとっさに右のフォトンブレードで叩き落とした。
だが弾いたはずの白刃は滑らかな曲線を描くと、一瞬前に膝への攻撃を防いだ左のフォトンブレード、それを握る左腕の肘へと襲い掛かる。
アストラルがすぐに肘を後ろに引いて、なんとかその一撃をやり過ごしたと思った時には、その白い斬撃は未だ首元をかばうような形になっていた右腕へと既に狙いをつけていた。
防ぐのだけで精一杯。それにしたって、いつ飽和するか分からない。
それほどに熾烈。
怒涛というより他にない光の嵐。
ならば、と。
「一太刀ぐらいならっ!」
アストラルは防御を捨て、右のフォトンブレードをグラインドダガーではなく、それを操るフラッシュの頭部目掛けて思いきり振るう。
グラインドダガーが関節、つまりはむき出しの内部フレームに触れ火花を散らすが、迷わず振り抜いた。
『うおっと……』
フラッシュは身をかがめてこれを回避すると、追撃の回し蹴りもバク転の要領で回避する。
その回避にもある程度の余裕が感じられたため、飛鳥は無理な追撃はせず反撃に備えつつ、今の一撃で受けたダメージを確認する。
「今の程度なら無理して避けなきゃならないほどのダメージではないか。食らいたくないのは確かだが……」
『無理に回避してもっと大きな攻撃を受けるよりは、グラインドダガーの攻撃を受けておいた方が良いかもしれません。フルロードはどうやら刃を長大化させただけで、攻撃力自体は元と変わっていないようですし』
「ああ。だけど、今のにしたってこっちは一太刀もらって向こうは無傷だ。繰り返したらこっちがじり貧になる。それにあいつ……」
数度のバク転から両足を地面についたフラッシュは、おもむろに右手を肩越しに後ろに伸ばす。その手が掴んだのは、ハイブリッドアサルトライフル。
「さっきは左手しか使ってねぇ!」
ギャッギャッ! と耳障りな音を響かせ、フラッシュが再度前進してくる。
フォトンブレードで迎撃の構えをとるアストラルに向け、右手だけで持ったアサルトライフルを連続で発射した。
片手で持っているからか若干精度が悪く、いくつかの弾丸はアストラルから逸れていた。だがそうでない大部分は、アストラルの胴に吸い込まれるように飛び込んでくる。
「ちぃっ!」
舌打ちをしつつ、飛鳥はアストラルの上半身をひねりつつ横に飛び退く。
『フラッシュダイブ!』
だが遠方で弾けるような閃光が生まれた直後、ついさっきまでアストラルの居た場所に、緑光を纏うフラッシュが現れていた。
「――――――――ッッッ!!??」
飛鳥の喉が干上がる中、間髪いれずにグラインドダガーが振るわれた。
先ほどと同じような連撃。フラッシュが片手で放つ攻撃を、アストラルは両腕を振りまわして必死に捌いていく。
『――ガラ空きだっての』
呆れたような声が聞こえ、光刃が交わる空間にアサルトライフルの銃口が差し込まれた。
どうこうしようという意志が働く前に、その銃口が火を噴いた。
至近距離から放たれた複数の弾丸は、当然外れることなくアストラルの胸に全て正確に着弾した。装甲と弾丸がやたらめったら火花を散らし、跳弾が地面や建物の壁をえぐり取る。
たまらずアストラルが斜め後ろに飛び退いた瞬間、ブロウアップカノンの砲口が光を弾けさせ、超高速の重光子弾が放たれた。
とっさに頭部の前でクロスさせたフォトンブレードにぶつかった光弾が光の爆発が発生させ、アストラルを後方へ勢いよく吹っ飛ばした。
爆発の力を利用して一気に距離をとり、着地と同時にフォトンライフルを抜き取るアストラル。ブロウアップカノンを発射したままの体勢のフラッシュに向け、すぐさま攻撃を行う。
直前でそれを察知したフラッシュはブロウアップカノンを元の状態に戻すと同時、迷わず光弾の迫りくるアストラル側に向けて駆けだした。
ダメージを一切無視したかのような暴力的な選択。
しかし驚愕する飛鳥の視界に、さらに驚くべき光景が映り込んだ。
フラッシュはスケートのように片足ごとのローラーを地面につけ、ジグザグの軌道を描き滑るように駆け抜けて、放たれる光弾を全て回避していたのだ。
さらに連続で放たれる光弾を、速度を一切落とさぬまま左右の機動だけで回避したフラッシュは、左の腰に下がっていた四角い箱のようなものを掴む。
それは一葉の説明にもあった、2連装地対地ジャミングロケット。
『こういうのはどうだ!?』
アルフレッドがそう言った直後、その箱から2つのロケットが発射された。
放たれた2つのロケット弾は高速でアストラルの元へ飛び込むと、間髪いれずにその弾頭を弾けさせる。一気に広範囲にまき散らされる煙と炎、そして強力な電磁パルス。
ほんの一瞬でアストラルの周囲数十メートルが煙に包まれてしまった。
「ジャミングロケットか!? 視界が……!」
『これは!? アスカくん、情報視界の方も同様です。熱、電波、共にレーダーが機能していません!』
ギリッ、と奥歯を噛みしめる飛鳥。
実際に情報視界を確かめてみても、確かにフラッシュの姿は映っていない。アークのセンサー類はかなり強力なものはずなのにこの状態、恐らくは対アーク用の兵器なのだろう。
どこにいるか分からない相手からは、どんな攻撃が来るかも分からない。そうである以上、下手に動くことはできない。
(だがあっちにもアストラルの姿は見えていないはず。状況は同じなら――――)
彼がそう思った瞬間、アストラルの胸をグラインドダガーの刃が切り裂いた。
「なにっ!? なんで向こうには見えてんだよ!?」
悲鳴のようにそう言っている間にも、正確に関節に狙いを定めた斬撃が連続で放たれる。攻撃を受けてなお、刃の軌跡しか見えない分厚い煙の中でだ。
『どうせお前のことだ、こういう状況では棒立ちだろ? 見えてなくても当るんだよ』
アルフレッドは嘲るように言いながら、グラインドダガーで連続で斬撃を加えていく。下手をすれば1センチ先すら見えない程の状況で、恐ろしく正確な攻撃だった。
「くそっ、この状況はマズイか!」
アストラルは地面を蹴り、後方へ大きく飛び退く。アルフレッドの言葉通りなら、彼からもアストラルの居場所はつかめていないはずだ。
そう判断した飛鳥は最も安全に煙を突き抜けるルート、つまりは真後ろへとアストラルを飛び退かせる。
前方への加速ほどではないが、十分なスピードでジャミングロケットの作り出した煙を一気に突き抜けた。
だが行きつく間もなく、煙の中からアサルトライフルの弾丸が飛び出してきた。
アストラルが逃げた方向は分からないはずなのに、ほとんどの弾丸があまりにも正確に襲いかかった。
アストラルは機体を寝かせるようにして、襲い掛かる攻撃を強引に回避する。胸先を掠める弾丸に冷や汗が流れるが、それでも飛鳥は冷静に攻撃を回避しきった。
(ちっ、状況は同じのはずなのに、なんで向こうはこんなにも正確に……)
頭で思い浮かべただけの飛鳥の疑問に答えたのは、またしてもアルフレッドの声だった。
『なんでこっちは正確に、とでも思ってるのか? ……お前は慎重すぎる。大胆さが足りないんだよ!』
言うや否や、フラッシュが凄まじいスピードで黒い煙を突き抜けてきた。
右手でアサルトライフルを乱射しながら、左手でグラインドダガーを構えながら、距離を取ろうと必死になるアストラルへ猛烈なスピードで追いすがる。
高速で地上を駆けるフラッシュを視界にとらえると、アストラルは回避を諦め迎え撃つ構えをとる。その拍子に数発の弾丸が装甲を掠めるが、構わずフォトンライフルをフォトンブレードに持ちかえた。
地上での最高速度はフラッシュの方が早い。あのまま逃げ続けてもいずれは追いつかれるからだ。
だがそのとき、フラッシュの姿が弾ける光に呑まれる。
飛鳥がそう認識したときには、フラッシュは既にアストラルの目の前にいた。
「フラッシュダイブ、今回は何も言ってないのに!?」
『慎重すぎるって言ったろ。そこにあるモノ片っ端から情報を拾おうと必死になるから、余計な思い込みまでしちまうのさ。大したことねーな、つまんねーぞ!』
突き出されたグラインドダガーの刃をすんでのところで受け止め、アストラルはフラッシュの横っ腹めがけて蹴りを繰り出した。
しかしフラッシュがそれを見越していたかのように一瞬後退したせいでギリギリのところで空ぶってしまい、大きな隙を晒してしまう。
『どーした、そんなもんかよォ!!』
空中で一回転するアストラル目掛け、フラッシュは鋭い蹴りを放つ。
地上での音速移動を支える脚部は強力なアクチュエータによって動作しており、それが今は、莫大な威力を秘めた鈍器としてくりだされていた。
その一撃が秘める破壊力を想像し、絶対に直撃をしてはならないと飛鳥は即座に判断。
空中で不安定に揺れるアストラルはなんとか自らの体勢を整えると、ビームブースターを前方へと向け瞬き程の間も開けず噴射した。
絶大な加速によって一瞬にして亜音速に到達したアストラルは、ギリギリのところでフラッシュの蹴りを回避した。
空を切った蹴りが、風さえ吹き飛ばすほどの絶大な衝撃波をまき散らす。フラッシュ周囲のガラス窓が、攻撃を受けもせずに一斉に砕け散った。
『恐らく、技の発動に音声認証はいらないのでしょう。いずれにせよわざわざこちらと通信を繋ぐ必要はありませんから』
「フェイクってことか。まんまと騙されたわけだ」
飛鳥は戦闘前に、フラッシュの外見から可能な限り情報を取得しようとしていた。勝つための工夫は惜しまなかったわけだが、それを逆手に取られたのだろう。余計な思い込みを植え付けられたと言ったところか。
しかしそうなると、いよいよをもって何を目印にフラッシュダイブに対応すればいいのかが分からない。
(発動の瞬間に光が弾けていたから、あれを目印にするか。だがそれもフェイクの可能性がある。……いや、そう思わせることで本物の目印をフェイクと思わせることが狙いか。ええい、どっちだ……っ!!)
予測の答えは出ないが、思考の時間は相手にとってのチャンスになってしまう。
ビームブースターの加速によって大きく距離をとったアストラルは、体勢を戻しながらフォトンライフルへ持ちかえ即座に発射。
攻撃の後、再度フォトンブレードに持ちかえ接近に対応する。
軽々と光弾を回避したフラッシュがかなりの距離が離れたアストラルに向けて、とてつもない加速で襲い掛かる。牽制程度にアサルトライフルを撃ちながら、一気に距離を詰めていく。
ある程度の距離へ近づいた瞬間、フラッシュはフォトンブレードを構えるアストラルに向けてブロウアップカノンを発射した。アストラルが飛びのいて回避した瞬間、フラッシュの機体が緑の閃光に包まれる。
来る、と分かっていたとしても。
それで全てに対応できるわけではない。
「がぁっ!?」
飛び退くアストラルのもといた場所に現れたフラッシュが、宙に浮いたままのアストラルを思いきり蹴り飛ばした。
気づいた時には既に攻撃を受けていたような感覚。
予想していても、分かっていても、なおこれだ。
「くそっ、どうすりゃいいんだよ!」
スラスターをめいっぱい前方に噴射しダメージを最小限に抑えたアストラルは、蹴りの勢いを利用して一旦距離を離す。
仕切り直しを狙った行為だが、先程からこれの繰り返し。しかもそのたびにアストラルにばかりダメージがたまる。
そして今回は距離を離そうとするアストラルを、フラッシュはすぐさま追いかけた。
左手にグラインドダガーを持ったまま、両肩のファルコンリッパーを投げ飛ばす。
『注意して下さい、アスカくん!』
二方向から飛びかかるファルコンリッパーだが、これを凌ごうとすればフラッシュからの攻撃を受けてしまう。そう判断して、着地と同時に機体を沈みこませると、足のバネを使って一気に前方へ飛び出した。
それでも食いついてくるファルコンリッパーに装甲を削られるが、それは無視した。
『向かってくるかい!?』
楽しそうに笑うアルフレッドの言葉には耳を貸さず、飛鳥はアストラルを高速で前進させた。両手にはフォトンブレード。
守勢に回れば不利と判断して、今度は自分から攻めようとしたのだ。
獣のような雄叫びをあげて、やたらめったら両腕を振りまわす。だが四方八方から襲いかかる青の乱舞を、フラッシュはたった一本の剣で全て防ぎきっていた。
ファルコンリッパーを回収しながらという余裕まで見せて、だ。
一太刀も届かない状況に飛鳥の焦りは募る。そのたびに振るわれる刃の速度は上がり、反比例するように軌道はでたらめになっていく。
『いいねぇいいねぇ! けどちょっと適当すぎやしねーか?』
アルフレッドがそう言った直後、身をかがませたフラッシュが足払いを放つ。
「くっ――!?」
前方向に転ぶアストラルの首をかくように、流れるようにグラインドダガーを振り上げた。
「――そう上手くいくかよ!」
機体を低空で前転させ、振り上げられるグラインドダガーをさらに飛び越えるようにして回避したアストラルの斜め前方に、
『いくんだよ』
前触れもなくフラッシュが現れる。
即座に振りだされた左のつま先がアストラルの胸元を正確にとらえ、強烈な衝撃と共に大きく弾き飛ばす。
アストラル自身の移動速度まで加味された一撃は、ただの蹴りとしては冗談のような威力を秘めていた。
だが飛鳥もただ攻撃をくらったわけではない。
一瞬意識が飛びそうになる衝撃を歯をくいしばることで耐えた飛鳥は、頭によぎる違和感を必死に繋ぎとめていた。
――それはまだ、ただの違和感。しかしそれは、逆転への一手となるか。




