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アークライセンス  作者: 植伊 蒼
第3部‐閃光は海を越えて‐
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2章『閃光は海を越えて』:7

 目の前に広がる光景を目の当たりにして、飛鳥は茫然と呟く。

「何で軍基地にスケートのハーフパイプがあるんだよっていう……」

 しかしそう呟いてしまったのも無理はないだろう。何せ軍基地の一角である広いアスファルト大地の上に、何の脈絡もなくポツンとコンクリート製のハーフパイプが設置されているのだから。

 呆れた様子を見せているものの、ボードのローラーがコンクリートの上を滑る乾いた音に、飛鳥は酷く懐かしい感覚を覚えていた。海から吹き抜ける潮風とその音が妙に合っていて、先程まで感じていた不自然さもいつの間にか消えていた。

 滑っているのは、スポーティーな青いヘルメットを頭に被ったアルフレッドだった。コンクリートでできた半円の地面の上を行ったり来たりして、端に来るたびに天高く飛び上がっている。

 飛鳥もなんだかんだで経験者で、現在も見たりするだけなら続けている。そんな彼からしても、今のアルフレッドの練習風景はかなりハイレベルだ。今の飛鳥ではもちろんのこと、スケートを続けていた頃の彼でも到底できないようなものばかりだ。

 この辺りは流石に若干16歳でプロとなっただけのことはある。練習風景が既に一般人のレベルではない。

 だが飛鳥の目を奪ったのはその技のうまさではなく、ハーフパイプを縦横無尽に駆け回るアルフレッドの表情だった。

 真剣とか、切羽詰まった様子は一切ない。ただのびのびと、誰よりも楽しんでいるというような表情を浮かべている。スケートをするのが心底楽しいと、その表情が雄弁に語っていた。

 そうしてみれば彼は確かに天才なのだろう、と飛鳥にもそう感じられる。だから、飛鳥はしばらくの間アルフレッドに声をかけることができなかったのだ。

 飛鳥がこの練習場所に来て十分ほど経ったところで、アルフレッドが縁に腰掛けてようやく一息をついた。

 ヘルメットを外し、ちょうど手元に置いてあったスポーツドリンクのペットボトルに手を伸ばしたアルフレッドの元へ、飛鳥は片手を上げながら歩み寄った。

「よっ、アルフレッド!」

「ん……? おおっ! えーっと…………だれだっけ?」

「星野飛鳥だよ! 一日で名前忘れやがったかお前!」

「はー、わりぃわりぃ、人の名前覚えんの苦手でさ~」

 片手ふりふり、全く悪びれた様子を見せないアルフレッド。毒気をそがれた飛鳥は、喉元までせり上がっていた文句をため息にして吐き出した。

 アルフレッドの手招きに従って、飛鳥はハーフパイプ脇の梯子を上る。明らかに即興で作れるようなサイズではないし、飛鳥はそれを実感したせいで忘れかけた違和感を思い出してしまった。

「んで? 何しに来たんだ?」

 傍らに座りこんだ飛鳥に対して、アルフレッドは明るい口調でそう言った。明るいというか、軽い。

「なんかアストラルが今整備中でさ、あとで動かすらしいんだけどそれまで時間潰して来いってさ」

「なぁんだ、暇つぶしか。だったらオレと一緒じゃんか」

 どうやらアルフレッドの練習も暇つぶしのようだ。彼はプロなので空いた時間は練習に当てるスタイルなのかと考えていた飛鳥だったが、どうやらそういうことではないらしい。

「そんなクソ真面目にやってるわけではないんだな」

「スケートか? そりゃ大会が近いとかでもない分にはそこまで気負ったりしねーな、怪我したら元も子もないし。プロになる前はともかく今はこんな感じ、なんだかんだ言って楽しんでやるのが一番伸びるぜ。そーいや、アスカはスケートやってんだっけ? オレの名前は知ってたんだよな、たしか」

「昔やってた。けど今はたまに雑誌とかネットで見たりする程度で、自分でしたりはしないかな。アルフレッドがプロになったのも、雑誌で知ったんだ。……つか、そうか、こっちじゃこうだったんだな」

 飛鳥の唐突なひとり言に、アルフレッドは不思議そうに首をかしげた。

「ん? こうって、何がだ?」

「ああ、名前だよ。日本じゃ初対面の人には基本的に名字で呼ばれるからさ、なんか変な感じがして」

「なるほど、わからないでもないな。確かに、初対面でも同年代なら名前で呼ぶことの方が多いしな、その辺り文化の違いってやつかー。ってーと、オレはホシノって呼んだ方が良いのか?」

 そう尋ねられた飛鳥は、特に迷う様子もなく首を横に振った。そもそも飛鳥は、日本でも相手に名前で呼ぶことを求めていることが多いからだ。

「いや、アスカでいいよ。小学生辺りはアメリカにいたし、実は名前で呼ばれるほうがしっくりくるんだ。ここ2年ぐらいは日本にいたから、逆に名字で呼ばれるのに慣れてたってだけで、元々はな」

「そうかい、じゃあ引き続きアスカって呼ぶことにする。つーか昔はスケートやってて、今はやってないか。でも、スケートに興味はまだあるんだろ?」

「まぁ、わざわざ雑誌買って読むぐらいには。自分でやるかって言われたらわからないけど、興味自体はあるよ」

 いまいち意図の読めない質問に飛鳥が曖昧に答えると、アルフレッドはニッと白い歯を見せてきた。

「よし! だったらオレのことはフレッドと呼べ!」

「は? なに? どう話がつながった?」

「スケートに興味があんならもれなくスケーターよ、そしてスケーターはみんな仲間だ。つまりオレとお前は友達、ダチだ。それなのにアルフレッドなんてよそよそしい呼び方はないぜアスカ。オレはお前を名前で呼ぶし、お前はオレを愛称で呼ぶ。これで友達だ」

「お、おう……?」

 一見筋が通っているようで実は思いつきだけで喋っているようにしか聞こえないというアルフレッドの言葉。だがそれを言った本人は自分の論理展開にひどくご満悦の様子で、何故か尊大に胸を張っていた。

 しかしこの場に突如展開されたアルフレッドワールドについて行けていない飛鳥からすれば、ただただ困惑するばかりである。

 眉を寄せて話を理解しようとしている飛鳥に対して、アルフレッドは「さあ早く呼べ」と言わんばかりにまっすぐな視線を飛ばし続けた。

 そうして数秒。心の中で理解に向かって両手を上げて降参の意を示した飛鳥は、若干恥ずかしげに続ける。

「じゃあ、まぁ…………フレッド……」

「おう!」

 ビシッとサムズアップしたアルフレッドは、何がそんなにうれしいのか満面の笑みを浮かべている。なんというか飛鳥には、彼は感情表現においてどこか子供っぽい部分があるように感じられた。

 こんな会話をしたことで、意外と呼び方を強要されるというのは恥ずかしいものだと思う飛鳥。彼は基本的に同年代の相手には『アスカ』と呼ぶように求めている。

伊達や遥は特に抵抗を示さなかったが、隼斗や美倉は最初はちょっとためらっていたのだ。というか、美倉には結局今も名字で呼ばれている。

 何気に無理強いをしているのではないだろうか、と少しばかり不安が飛鳥の頭をよぎるが、今それを気にしたとしてもどうにもならない。さっさと話を切り替えることにした。

「そういや、フレッドはいつからここにいたんだ?」

「俺はもう朝からここにいたぜ。昨日動かしたからメンテナンスするとかで、しばらくフラッシュは動かせないとか言ってたからな。日本との合同研究が始まってからスケートやる時間無かったし、せっかくだからってことでな」

「なんだ、朝からか。……てか、この練習場所って何なんだ? 明らかに基地と関係ないモノが基地のど真ん中にあってすっごい気になるんだけど」

「ああ、これか? 今回の実験でオレがこっち来るってことで、簡易に作ってもらったんだ」

 アルフレッドは腰かけたコンクリートをコンコンと叩くと、何でもないことのようにそう言った。

 このコンクリートのハーフパイプ、一番長い辺で15m程もある。どう考えても即興で作れるようなものではなくて、飛鳥は思わず半眼になってしまう。

「簡易って、このサイズのコンクリートの塊ってそんな適当に作れるもんじゃないだろ」

「うん? ……あー、まー普通ならな。なんだっけなー、簡易構造建築インスタントビルディングっつったっけ。力学フィールドで作った見えない入れ物に、速乾性のコンクリートを流し込んで構造物を作るって奴。オレは詳しくないけど、確か2時間ぐらいで簡単な建物が作れるとかって話だぜ。これもアーク研究の副産物らしくて、その実験で作ってみたんだとさ」

「簡易構造建築ねぇ、そんなもんもあるのか……」

「つーかあれだぜ、スケートのハーフパイプは鉄骨と合板とかで作るんだぜ? 簡易でやるならいろいろやりようはあるし、いくらなんでも真面目にコンクリートなんてやらねーよ。だいたいコンクリート製ってこれはこれで怪我が怖いしな」

 無意味にリッチなことをしているのかと思っていた飛鳥だったが、どうやらこれも研究の一環らしい。とはいえアルフレッドは世界最大のスポーツメーカーのトップの息子、こういった勘違いもある種仕方がないと言えるだろう。

 ふとアルフレッドが、近くに置いてあったボードを手につかんで持ち上げた。

「よし、せっかくだしお前も滑らないか? ここにはないけど、探せばもういくつかボードもあると思うし」

 笑顔でそう提案してきたアルフレッドだったが、飛鳥は黙って首を横に振った。

「んーそうか、そりゃ残念だ。……ってか、アスカは昔スケートやってたんだろ。なんで今はやってないんだ?」

「……俺がスケートやってたのは小学校の頃で、中学で日本に戻った時にやらなくなったんだ。ほら、日本はストリートでやれないことが多いから、スケートパーク以外でできなくてさ。それで、いつの間にかって感じかな。その後一度こっちに来たりもしたけどその時もやらなかったし、以来ずっとやってないから、たぶん今はもうほとんどできないと思う」

「そりゃもったいねーなー。やる気があるならやるべきだと思うぜ、もしかしたらまだできるかもしれないだろ? 以外に前よりうまくなってたりとかさ」

 何かこだわりでもあるのか、妙に食い下がってくるアルフレッドだったが、飛鳥はちょっと顔を引きつらせて再び首を横に振った。

「いやいいよ。もう3年以上やってないし、まともにできるわけないって。少なくともお前に見せられるようなもんではないし……」

「なーに遠慮してんだか。俺だって一時期骨折って練習できなかったときあったけど、その後からも練習したら感覚取り戻せたし、アスカだってやれるって」

「ん……、やっぱ日本じゃ気軽にやるには環境がよくないし、単純にできる場所限られるってのがな……」

「んなもんそのできる場所行きゃいいだけだし、オレもそうだったけどやってみればどうにでもなるって」

「そ、そこを天才のお前と一緒にされてもな……」

 ものすごく軽いことのように言われてしまい、苦笑した飛鳥はそう答える。するとどういうわけか、途端にアルフレッドが不機嫌そうな顔になった。

「別にオレは天才だってわけじゃねぇよ。人より多めに練習したってだけだ。……人が必死でやってんのに、天才なんて安っぽい呼び方されたくねぇよ」

「フレッド……?」

 急に変わったアルフレッドの口調に飛鳥が怪訝な表情を浮かべるが、アルフレッドは構わず続けた。

「だいたい、環境がよくないとかそんなの言い訳だろ? やる気があるかないかじゃん」

「……だとしても、お前はそれがよかったのは確かだ。MSCの社長の息子って、それだけででかいアドバンテージだろ」

 棘のある物言いに、飛鳥も思わずキツイ言葉を返してしまう。それに触発されたのか、アルフレッドも語気を強めていく。

「でもやらなかったらできなかった。オレが本気じゃなきゃ、少なくとも今のオレはない。……っかよ、そもそもスケートに関しちゃ親父の力なんてほとんど借りてなかったよ。支援受けたのはプロになる直前辺りからだったしな。だから結局、単にアスカは本気になれてなかっただけなんだろ」

 確かに、飛鳥もその気になればスケートを続けること自体はできた。何度も日本と海外を行き気する生活や、新しい学校での生活とかで余裕が無かったのもあるが、それ自体は理由にならない。

 分かっているからこそ、図星をつかれた飛鳥は奥歯を噛みしめた。

「んなのできた奴の理屈じゃねえか。自分がそうだからお前もできるなんて無茶苦茶もいいとこだ。才能のあるやつの基準で話をされたって、そう簡単にいくわけないだろ。当たり前だ」

「っ……。はん、才能ねー。あぁ確かに皆言いやがるよ、お前には才能があるって。けどオレは少なくともそう言ってきた奴の倍以上努力してきた。失敗しても何度も挑んだし、怪我しても何度も挑戦した。そんなのまで才能なんて言葉で片付けられるもんかよ」

「努力イコール成功じゃないだろ、お前は単に成功したから上から目線でそう言ってるだけだ」

 飛鳥も少なくともアメリカにいる間は、彼なりに頑張っていた。ただその時分から既にアルフレッドは同年代でずば抜けて上手い選手だということは知られていたし、飛鳥にとっての目標の様なものでもあった。そしてそれと同時に、ある意味別の世界の人間のことのようでもあったのだ。

 それは単に飛鳥がアルフレッドのことを名前とその凄さしか知らなかったからだし、別の世界の人間と考えることで、同年代ながら己より圧倒的に上にいる存在に対して目を背ける為の逃げだったのかもしれない。

 だが、今ここでそれを認めるわけには――――

 忘れ去ったはずの感情。日本に戻ってスケートを続けようとした時に、その環境の悪さに絶望したのだっただろうか。あるいは傾けていた情熱を失ったのだろうか。それとも、単に己の限界を感じたのだろうか。

 分からない。なまじ記憶の彼方に押し込めていた過去の思いは、その詳細を欠いたまま飛鳥の頭によみがえる。それは悔しさにも似ていた。

 飛鳥はアルフレッドに勝つことはなく、それどころか同じ舞台に立つことすら叶わず。

 喪失感をともなった形容しがたい感情に、彼は無理矢理蓋をした。それでも漏れ出てくる何かを、目の前の少年に対する怒りに変える。

 彼もまた怒っているのだろうか、眉の間にしわを寄せて鋭い視線を送ってくるアルフレッド。とげのある言葉に飛鳥もにらみ返していると、アルフレッドは嘲るように「くっだらねぇ」と鼻で笑った。

「才能なんてな、努力に失敗した奴らの言い訳なんだよ」

「――――――っ!!」

 その一言に、飛鳥の怒りは一瞬にして燃え上がった。

 その失敗という二文字が、漠々とした彼の心情に明確な指向性を付け加えた。

 それはまさしく、悔しいという感情に他ならなった。

「言いたい放題っ…………」

「何がだよ、俺の言ってることは間違ってるか? やりゃできるって言うのは成功した奴だけだってんなら、やってもできねぇって言うのは失敗した奴だけだ。そんなクソくだらねぇ理屈なんかに耳傾ける必要なんてあるかよ。そういう中身のない話を才能だ何だと飾ってるだけだろ」

「フレッド…………ッ!」

 吐き捨てるようなアルフレッドの言葉に、飛鳥はいよいよを持って拳を握りしめた。殴りかからないのは彼の最低限の理性でもあるし、あるいはアルフレッドの言葉を暗に肯定しているのでもあった。

 そうして負の感情を募らせる飛鳥に、アルフレッドは決定的な一言を放つ。

「結局、単にお前の全力が、俺の全力には到底及ばなかったってことだ」

 飽和した。

 猛り狂っていたものが、力を蓄えるかのごとく一斉に息をひそめる。自己に認識できる限界を超えたせいか、逆に気持ちは一気に冷めていく。

 それはまるで、冷たい決意のようだった。

「だったら勝負しろ」

「あ……?」

 唐突な飛鳥の言葉に、アルフレッドは一瞬戸惑ったような表情を見せた。だが飛鳥は一切構わずに言葉を続ける。

「俺の全力が本当にお前に及ばないのかどうか、確かめさせてやるよ。だから俺と勝負しろ」

「へぇ……」

 ニヤリ、とアルフレッドは口の端を釣り上げた。予想外ながら、自分にとってひどく都合のいい状況になったとでも言いたげな表情だ。だが飛鳥は臆せずまっすぐ視線をぶつけた。

「いいぜ、やってやろうじゃねぇの。……とはいっても、スケートで勝負もないな。こっちはこれでもプロだ、初心者相手じゃ勝負にならないだろうし、今はハンデもナンセンスだ」

 アルフレッドは思い浮かぶアイデアを口にしては、吟味するように首をかしげ、否定するを繰り返す。

「他の何かならいいかもしれねぇが、才能がどうこうで文句言いたげな奴もいるし、できるだけハンデが無い奴が良いよなぁ。その上でお互い本気になれるもの、だ」

 その言葉で、飛鳥にあるアイディアが浮かんだ。

「……アークだ。アークで模擬戦闘をすればいい」

 それを聞いたアルフレッドは、ニヤリと口の端を釣り上げた。

「おー、それいいな。ちょうど今は合同研究、研究の一環として模擬戦闘をすりゃあ、邪魔にもならねー。おあつらえむきって奴だ。それにオレは初期の適合率がC-でかなり低い。今はBだが、これでハンデにゃならねーだろ。アスカはどうだったんだ?」

「初期がD++で今はBだ。問題無しだろ」

「あぁ」

 お互いに立ちあがり、ニヒルな笑みを浮かべる。

 そうして数秒後、突き出した互いの右拳をぶつけあった。

「言い訳ばっかの甘ちゃんにゃ負けねーよ。オレの全力マックスを見せてやる」

「ほざいてろ。……必ず勝つ」


 そうして二人は、並んでアークの格納庫の方へと向かって行った。

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