2章『閃光は海を越えて』:4
飛鳥達が揃って基地内の見学を始めたのは、それから数分後のことだった。
衝撃的な話をした事実なんて無かったとばかりにスタスタと前を歩くジョージについていく形で、星印学園メンバーも基地内を移動していた。
逐一止まってあれが何これが何という説明はされないが、聞けば答えてくれるという感じだった。というかそもそもジョージ、もといMSCも普段はここで研究をしているわけではないらしく、尋ねても『~らしい』といった曖昧な答えが返ってくるばかりだった。
「ジョージさんはアーク研究より会社の経営を優先させているから、意外と研究環境みたいに専門的なことは知らないみたいだよ。それでも最低限アーク関係の知識は持っているんだろうけど、研究自体は現場の人間に任せるスタンスらしいんだ」
「ああ、どおりで」
訊いてもいない疑問に答えてくれたのは、飛鳥の隣を歩いていた隼斗だった。しかし多少はそうだろうと見当をつけていた内容だっただけに、事実を知らされたところで感慨もない。
星印学園地下研究所にしたって、オーナーである東洞財閥の人間が研究をしているかといえばそうではない。研究者はあくまでも研究者、元となる企業の人間が来ていることは割と少ない。ましてや社長クラスの人間が現場で直接携わるなど、企業が大きくなればなおのことあり得ないのだろう。
だから前を遥と並んで歩いているジョージも、現場と言えるレベルのことはそうそう完璧には把握していないらしい。そもそも、彼にとっての現場はMSCであってアーク研究ではないと考えるのが妥当だ。とすれば考察自体にも意味が無くなってしまう。
さて、飛鳥がこのように無駄な思考を巡らせていたのは、前方からちょくちょく聞こえてくる施設紹介が軒並み理解できなかったからだ。
おそらく分かっている側の人間に向けた紹介だったのだろうが、遥や隼斗はともかく飛鳥には名前を言われただけで何をするところかなんて分かるはずもない。一葉に翻訳をせがまれても、果たして日本語でどう表現すればいいのだろうかと悩んでしまうレベルなのである。
ということで途中からがっつり理解する努力を放棄したダメな少年がここにいた。いろいろ頑張ろうと決めてこの夏を迎えたわけだが、宿題は人のものをうつさせてもらうことをモットーとする飛鳥が夏休み初日に宿題に手をつけることと同じで、無理なものは無理なのだ。
飛鳥の理解放棄に巻き込まれた形となった一葉も、専門用語の混じった英語に必死で耳を傾けているものの、その首の傾げっぷりから察するに毛ほども理解はできていないのだろう。多少は気の毒に思う反面、自分も分からないものを説明なんぞできるか、と飛鳥は開き直りの境地に達していた。
まぁあとで隼斗にでも聞けばいいか、と他力本願気味にチラリと横を伺うと、隼斗が苦笑した顔を向けてきた。
「はいはい、時間があるときに僕が説明するよ」
「……お前平然とマインドリーディングすんのやめてくんない? 2回連続は流石に怖い」
「飛鳥も思ってることがピンポイントで顔に出るのやめようよ、はっきり言って当たった僕が一番怖い」
「なぁ、俺そんな顔に出てる?」
「というか目線が全て語ってるよ。気を付けたほうが良いかもね」
苦笑する隼斗の様子は、どうにも嘘を言っているようには見えない。そういえば数日前に愛にも似たようなことを言われたな、と飛鳥は想起する。あの時は冗談だと軽く流してしまったが、もしかしたら本当だったのかもしれない。
自分でも知らなかった特徴を知った今、なにやら過去の対人関係にも若干の不安がよぎってしまう。やや気がめいった様子で深くため息をついた飛鳥は、直後に強烈な光を顔に浴びせられた。
「っ!」
とっさに片腕で顔をかばったところで、いつの間にか再び屋外へもどっていることに気付いた。
先ほどまでは敷地内の設備の紹介をしていたはずだが、いつの間にかその紹介が終わっていたようだ。目の前に広がるのは、最初にいたところとは少し景色の違う長い滑走路だった。そしてさっきよりも随分近くに海が見える。
一体何キロあるんだろうか、右にも左にも途方もなく滑走路が続いている。
「さて、ここも今回アーク研究のための使用許可が出ている場所だ。単純に長い滑走路だと思ってくれればいい。それとほら、向こうに……。あぁ、ここからでは少し見辛いか」
ジョージは向かって右手方向を指さしてそう言った。
飛鳥も普通程度の視力はある目を凝らすと、遠くの方にぼんやりとだが人の形のようなものが見える。揺らめく陽炎に邪魔されてシルエットしか見えないが、それでもそれが何かはある程度見当がつく。
「向こうで今、アークの実験が行われているんだ。我がMSCの所持するアーク……コードF、アーク・フラッシュのね」
ジョージがそう紹介した直後、遠方の影に動きがあった。
身をかがめるようにしたフラッシュが、空気を叩く激しい音と共に、さながら短距離走のアスリートのように前方へと駆けだしたのだ。軽く3キロは離れていそうなここにまで、走り出しの轟音は届いていた。
「今は何の実験をしているの?」
訪ねたのは遥だ。その表情は普段の一研究者としてのそれである。
「アークに搭載されている慣性制御システムを、ウチと東洞の研究データを参照して改良してみたんだ。それの性能チェックさ。最高速から何メートルの制動距離で停止できるか、で運動エネルギーへの干渉度合いを確かめる。幸いフラッシュの足裏はローラー状になっているから、ブレーキによる速度低下にムラが出にくいんだ。……っと皆、これを着けておいてくれ、危ないからね」
そう言ってジョージは近くに雑に置かれていたロッカーの中からヘッドフォンのようなものを取り出すと、それをこの場にいる全員に配った。用途がなんとなく理解できた飛鳥は、黙ってそれを装着する。
同じようにヘッドフォンを付けた遥が、ひとり言のように呟く。
「なるほど。アークの慣性制御システムは機体の運動エネルギーそのものに干渉して、移動時に発生した慣性自体を打ち消している……。確かに、そういう方法なら比較的簡単に調べられるわね」
「精度面には若干の不安があるが、実機に乗せた際にどの程度の機能を発揮するかという観点では、十分な研究結果を得られると思うよ。……さ、フラッシュが来る。風には気を付けたほうが良い」
見れば、もう1キロも離れていない場所にまでフラッシュが来ていた。アストラルにしたって現在出せるだけの最高スピードでマッハ3。1kmの距離だなんて、1秒あれば辿りつける場所だ。
そして真実その1秒後、目の前を暴風が突き抜けた。
「くっ!?」
突然に吹いた強い風から顔をかばい、目を細めながらも飛鳥はフラッシュの動きをしっかりと見ていた。
今飛鳥達がいるところから少し離れたところを駆け抜けたフラッシュは、ちょうどそこにまっすぐ引かれていた白い線のところで、一気に身をかがませていた。
それまでローラースケートの用に滑らせていた両足の踵を擦りつけるようにして、ブレーキ動作を行っていたのだ。橙と白が混じったような炎を吐き出していた背中のブースターも、その瞬間に停止していた。
右から風のように駆け抜けたフラッシュを追おうと、飛鳥は視線を左に流し、
「なっ!?」
絶句した。
「おぉ、思った以上だ。これは予想外の成果かもしれないな。ははは!」
愉快そうに豪快に手を叩くジョージは、フラッシュの背中を見つめていた。
そう、たったの300mほど離れた位置で完全に停止しているフラッシュの、だ。
「これは、これは凄いな……」
隣の隼斗もやや呆けているようだ。
厳密な速度は分からないが、少なくとも音速は確実に超えていただろう。下手をすると本当に音速の三倍だ。時速3000kmをも上回る速度で移動するあれだけの巨体が、果たして300m程度の制動距離で停止などするものだろうか。
例えば旅客機などが着陸してから停止するまでには、機種にもよるが大抵1500mは必要だろう。そしてそれらが着陸するとき、音速以上の速度が出ているなどまずあり得ない。
この時点でも、フラッシュに搭載された慣性制御システムの効力の大きさが伺える。
遥は突風で暴れていた髪を手で梳いて、ヘッドフォンを外した。
「なるほどねぇ、これなら確かに十分実用レベルね。アーク技術の改良としても素晴らしい成果だわ、私たちの研究データも役に立っているようでなによりよ」
「それに関しては改めてお礼を言うよ、ありがとう。……とまぁこんな風に、君たちもある程度は自由に研究を進めてもらっても構わない。米軍が使用している範囲と我々が借り受けている範囲は明確に分かれているから、そこにだけは注意をしてくれ」
「分かったわ。とは言っても、今日は顔を出しに来ただけだから、また明日詳しい説明は受けなきゃいけないとは思うけれど。まだアストラルは海の上だもの」
「ああ、そういえばそうだったか。説明会は数日後開かれるんだったか、となると研究員がこちらに来るのもその日になるということかな?」
ジョージが尋ねると、遥は首を横に振った。
「いいえ、彼らが来るのは今日の夜か、あるいは夕方でしょう。どちらにしてもあなたと顔合わせはまだできないとは思うわ」
「そうか、となると別段今日である必要もないんだが……。いや、やはり挨拶は早い方が良いだろう」
遥の回答を受けて、ジョージは少し考え込んだ様子を見せたが、すぐに結論を出してポケットから手のひらサイズの黒い通信機器を取り出す。
「すまない」とだけ言って少し離れたところに行くと、いつの間にかこちらを振り返っていたフラッシュに向けて手を振っていた。フラッシュもやたらと人間らしい動きで手を振り返していた辺り、フラッシュのパイロットと通信をしていたらしい。
フラッシュは先ほど突っ走って言った方向に向けて再度機体を走らせていった。
その様子を見届けたジョージが、こちらをくるりと振り返った。
「さて、もう少し落ち着いて話せる場所に行こうか」




