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アークライセンス  作者: 植伊 蒼
第3部‐閃光は海を越えて‐
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2章『閃光は海を越えて』:3

 飛鳥が機内で目を覚ましたのは、大体午前6時ぐらいだった。

 椅子で眠ったとはいえ、そこは最新鋭機のビジネスクラス。周囲の雑音はおろか飛行機のエンジン音や飛行機全体の振動すら感じないという快適さで、目が覚めるまでぐっすりと眠ることができていた。そのおかげか、普段夜更かし気味な飛鳥はいつも以上に爽やかに目を覚ますことができたのだった。

 彼より一足先に起きていたのは隼斗と飛騨、そして一葉である。

 飛騨は寝る前とほぼ同じように雑誌をぱらぱらとめくっていたが、その傍らの隼斗は起きたばかりだったのか眠そうに眼をこすっていた。

隼斗は普段からきっちりしているタイプのため、そういう気だるげにしている様子を見るのは飛鳥も初めてだった。とはいえ、なんの感慨もなかったのだが。

 その点一葉は、寝た時間も早かったからかスッキリ目が覚めていたようだ。起きぬけに携帯ゲーム機を弄り倒しているのはどうかとも飛鳥は思ったが、周りを起こしたりしないよう静かにプレイしていたのを見ては何かを言う気にもならなかった。

 ただ、目が覚めた飛鳥の「何やってるんすか?」という質問に対して、

「格ゲーです」

 と、画面から一切目を離さず答えたのは良くも悪くも彼女らしい対応だった。

 朝の暇な時間を各々自由に過ごす中、飛鳥はもっぱら寝ている遥の観察にいそしんだ。

2徹3徹余裕だと言っていた割にはぐっすりだった遥の寝顔は、普段の会長然とした様子からは想像も出来ないほど子供っぽかった。普段がよほど気を張っているからなのか、飛鳥の目には酷く儚げに映ったのも印象的だった。

 しばらくして、自分のやっている行為がなかなかに変態的だということに気付いた飛鳥が彼女を起こすまで、寝がえり一つも打たずに静かに眠っていたのだった。

 飛行機の到着は現地時間で朝の9時ぐらいとなっていた。予定からは多少遅れていたようだが、空港の込み具合など諸々の事情があったのだろう。

 機内食の朝食は7時辺りから貰うことができたので、遥もその辺りで食事をとれるように起こしておく必要があった。かなり言い訳くさいものの、飛鳥のなかでは『起こすタイミングをうかがっていた』ということになっている。

 機内食の内容には特筆するようなものもなく、普通に完食した後は完全に目が覚めた3人で、出発したときと同じように雑談に興じていた。この辺りでは既に声のボリュームを落すことなど意識はしておらず、普段研究所で無駄話をしているのと同じような感覚で話していた。

 そんなこんなで1時間半程度を適当に過ごしているうちに、飛鳥達を乗せた飛行機は、目的地であるホノルル国際空港へと到着した。

 そして、自分の荷物が見当たらないなどというありがちな事態に見舞われることもなく、飛鳥達は無事に空港から出ることができたのだった。

 ――――というのが、本日早朝からの飛鳥の回想である。

 個人旅行者用出口から出た途端、強い日差しに一瞬めまいを起こしてしまった飛鳥は、無意識に記憶をたどっていた頭を振った。生死の境でもあるまいし、走馬灯などが駆け巡るべき状況ではないのだ。

「大丈夫かい、アスカ?」

「問題ない、まぶしかっただけだ。……つか、むちゃくちゃ眠そうだけどお前こそ大丈夫か?」

「あぁ……、うん、あまりよく眠れなくてね……。そんなに乗り物に弱いわけではないんだけど、飛行機はやっぱり苦手みたいだ」

「俺は全然振動とか感じなかったけどなぁ。その辺りも個人差なのか」

 飛鳥の疑問に曖昧に首をかしげた隼斗は、瞼を重そうにしている。

どうにも眠る体勢に入ってからいつまでも眠ることができず、結局ちゃんと眠れたのは3時間有ったか無かったかぐらいらしい。とはいっても身体を休めることはできているので、少し頭がぼんやりする程度なのだろう。

 全員がタクシー乗り場までたどり着くと、飛騨がおもむろにポケットから緑のカードを取り出した。それを頭の上で軽く振ると、少し離れたところにいた2台のタクシーが何故かこちらへとまっすぐ近づいて来た。

 それによく見ると、他のタクシーとは少し色の配置が異なる。

「あれ、何だコレ?」

「普通のタクシーでは入れないところも通るから、その辺りの許可が出ている車両をカモフラージュして、一般のタクシーに紛れ込ませてもらっていたんだよ。実はアメリカではアーク研究は公にされているんだけど、それでも目立たないに越したことはないからね」

 アーク研究に関わるのはいずれも大企業やら国の関連機関などだ。日本国内ならまだしも、こうして海外にきた以上襲撃の可能性も否定はできない。こういった偽装工作はそれへの対策なのだそうだ。

 あたかも普通にタクシーに乗り込むような気軽さで、前の車両に乗り込んだのは遥と隼斗だ。そして、後続の車に乗り込むのは飛鳥と一葉、そして飛騨だ。

 どうにもアーク研究での海外遠征の経験がある二人は大丈夫だが、そうでない飛鳥と一葉には一応保護者でもある飛騨が同乗するべきとの配慮があったらしい。

 飛騨と同じ車に乗ること以外は不満も無かったので、飛鳥も異議を唱えることはない。

こんなくだらないことに贅沢を言うつもりも最初からなかったが、助手席に座ることになった飛騨が、後部座席に座る飛鳥にわざわざ話しかけてこなかったというのも大きかった。

 しかし飛騨が喋らないというだけで、飛鳥達の乗り込んだ車の中はどうしようもないほどの静寂に包まれていた。それは端的に、飛鳥の隣の一葉がシートの上で思いっきり縮こまっていたからである。

「どしたんすか、一葉さん?」

 いつも通りの気軽さで尋ねてみた飛鳥だったが、一葉の表情はやはり固いままだった。

「あの、ほら私、英語話せませんから……。どこを見てもアルファベットばっかりで不安になってくるんですよね……」

「あぁ、なるほど。気持ちは分かるけど、俺も先生も英語は話せるわけだし気にしなくていいんじゃないすかね。話が気になるなら通訳の真似ごとでもしましょうか?」

「いえ、そこまでしてもらわなくても大丈夫です。海外旅行自体初めてで、どうしていいか分からないっていうのがあるだけですから」

「そっすか。まぁこんなの慣れですよ慣れ。慣れたら言葉が分からなくてもジェスチャーと単語で話は通じるようになりますから」

 飛鳥の励ましの言葉に、一葉はやっと落ち着きを取り戻したのか微笑んで返した。

 調子を取り戻したとは言っても、運転手がこの国の人間なのだろうことを考えてか、一葉が話をすることもない。それでも、それが飛鳥にとってさしたる苦にならなかったのは、車が出発していからものの10分で目的地へ到着したからだ。

 ――ハワイ州ホノルル、ヒッカム空軍基地。

 滑走路をホノルル国際空港と共有している関係か、空港から車で10分というかなり近い場所にある基地だった。途中で何度か物々しいゲートをくぐった二台の偽タクシーは、星印学園地下研究所メンバーを乗せたまま基地の敷地内へと入って行った。

「付きましたよ」

 そう言ったのは、運転手である屈強そうな黒人の男。もちろん英語だ。外国人らしい掘りの深い顔立ちで人懐っこい笑みを浮かべた男は、ぞろぞろと車から降りて行った飛鳥達に親指を立ててみせると、そのまま車を滑るように発進させてどこかへ行ってしまった。

 車が去っていくのを見送って、飛鳥はぐるりと周囲を見渡した。

「ほぉ~」

 目の前に広がる光景に、彼は感心したようにそんな声を上げた。

 だだっ広く平坦なアスファルトの大地が延々と広がり、さらにその先には青い海が水平線まで続いている。そんな中にいくつかの戦闘機なんかがあるのを見て、飛鳥は子供のような興奮を覚えたのだ。

 軍基地なんて殺伐としたイメージがあるし実際そんなものなのだろうが、とはいえミリタリーなものに心ひかれる男子は多いだろう。ようは飛鳥もそのクチだったということだ。

「しかし、軍基地ねぇ……」

 アークの研究を軍基地で行う、それはつまりそういうことなのだろう。

 潮風がどこか油臭い臭いを乗せて黒い大地の上を吹き抜ける。遠くの方から飛行機のエンジン音らしき甲高い音も聞こえてくるが、そんな肌が引きつりそうな嫌な音も、場所が場所だからか不思議と不快感はなかった。

 それらに意識を向けていたからだろうか。その声が聞こえるまで、飛鳥は彼の存在に気が付かなかった。

「やあ、よくきたね。歓迎するよ」

 やや低い声でそう言ったのは、金色の髪と青い瞳を持った背の高い白人の男性だった。細身の身体にラフなジーンズと横縞のシャツを着て、端正な顔立ちに柔和な笑みを浮かべた彼は、こちらに向けて軽く手を振ってきた。

 彼の言葉は英語だったが、一葉以外は全員分かっていただろう。一体誰なのだろう、と飛鳥が首をかしげたところで、遥がその男性に向けて一歩踏み出した。

「あら、ジョージ。久しぶりね」

「やあ、遥君。そうだね、電話では何度も話したけど、かれこれ一年以上は会ってないだろう」

「情報交換はいつも勝手にやっているものね。それでも共同研究はシミュレーター開発の時以来だから、今回も有意義に活用させてもらうわ」

「それは、お互い様になるな。君たちから事前に貰ったデータで行なった実験もかなり順調だ。助かっているし、こちらとしてもこの共同研究はうまく活用させてもらおうと思っているよ」

 ずいぶん親しげな様子で話す二人。一体どんな関係なのだろうと首をかしげるが、隼斗や飛騨は何のリアクションも見せていない。一葉だけが飛鳥と同じく不思議そうな表情をしている辺り、知らないのは二人だけらしい。

 そもそもこの男性が誰なのかも分からないので、話に割って入ることになるものの思いきって聞いてみることにした。

「あの、遥さん。その人は?」

「アスカ君は初対面だったかしら? 彼は……」

「いやいいよ、自己紹介は自分でしよう」

 飛鳥の質問に遥が振り返って答えようとしたところで、男性が一歩踏み出した。握手を求めるように、片手を差し出した。

「ボクはジョージ=マクスウェル。マックススポーツカンパニーのCEOだ。よろしく」

 その手を握り返して、飛鳥は少し緊張した様子で応えた。

「星野飛鳥です。あ、アストラルのパイロットやってます。よろしく」

「ほう! 君がコードAのライセンス所有者か! そうかそうか、会えて光栄だ。アーク研究への協力、ボクも感謝しているよ。アストラルのデータはボクらを驚かせてくれるからね」

「いやそんな、俺は遥さんの指示に従ってるだけですから」

「謙遜することはない。君たちは次世代技術の根幹を担っている、自信を持ちたまえ。……それと、コードBの君、久坂隼斗君だったかな? 君も、今回の研究協力に感謝するよ」

 一気にまくし立てられた飛鳥が困惑している間にも隼斗に視線を向けていたジョージ。軽く会釈する隼斗に笑顔を向けると、握ったままだった飛鳥の手を離して一歩下がった。

 代わりに、遥が彼の前に立った。

「少し補足すると、代表取締役CEOだったかしら。まぁ要するに、巨大企業MSCのトップということよ。そうは見えないでしょうけど、これでも結構凄い人なのよ?」

 MSC、正式名称マックススポーツカンパニーとは、アメリカ最大のスポーツ用品メーカーだ。種類を問わずいろいろなスポーツの用具を販売しており、さまざまな国の人に愛用されている。

 また、アーク研究を行っている組織としてもなかなか有名な部類だ。コードFのアーク・フラッシュを所持している。エネルギー関連に関しては同国の企業連合『エタニティ』には及ばないが、アクチュエータ等駆動系の研究開発においてはアメリカでもトップの技術を誇っている。

 今の代のトップが立ちあげた企業で、ものの20年程度で国内トップシェアに輝いたというのも有名な話だ。となると、ここにいるジョージ=マクスウェルは相当のやり手だということになる。

 どこか遠い世界の人間を見るように飛鳥がぼんやりと眺めていると、ジョージは軽く肩をすくめた。

「そうは見えないとは失礼だな」

「あなたは第一印象じゃ大企業のトップには到底見えないわ。それに、それが良いか悪いかは別の話よ」

「相変わらず君は容赦がない。それでいて君の言うことは真理だ、全くタチが悪いなぁ」

 肩を落とすジョージを横目に、くすくすと笑う遥。おそらく20歳以上の年齢差はあるはずだが、それを全く感じさせないほど親しげな様子に、飛鳥も疑問を抱くより他にない。

「あの、二人はどういう関係なんすか? なんかえらく仲良さそうですけど」

 尋ねられた遥は、本当に大したことではないかのように、とんでもないことを口走った。

「う~ん、なんて言うのかしらね。まぁ端的に言って、ジョージは私の母の元不倫相手よ」

 ………………。という沈黙が一瞬周囲を埋め尽くして、直後――――

「はぁ!?!?!」

「お、おい遥君!?」

 突如遥の口から放たれたえげつない言葉に、飛鳥は空いた口がふさがらなくなってしまう。ジョージもひどく慌てているし、隼斗は額に手を当てて深く深くため息をついていた。

飛騨に至っては聞こえていなかったとでも言いたげに明後日の方向を向いているが、それなりに離れたところからでも分かるぐらい口元が引きつっていた。唯一反応を返さなかったのが一葉であるが、彼女はそもそも言葉が分かっていない。

 くすくすと悪戯っぽく笑う遥と、冷や汗ダラダラのジョージ。飛鳥は一瞬タチの悪い冗談かとも思ったが、どうやらそんなことはないようで、ジョージはばつが悪そうな顔をしていた。

「は、遥君。その話はしないでくれと念を押したはずだが……」

「いいじゃない、私は気にしてないんだし。それに息子さんも知っているんでしょう? なら誰に聞かれても困るというものでもないじゃない」

「いや困るとも! こっちにも体裁と言うものがあってだね! …………いや、もういい。これは自業自得という奴なんだろう、諦めるよ」

「懸命ね」

 この短いやり取りでどれほどの気力を奪われたのか、ジョージは病人さながらの憔悴しきった表情を浮かべている。だが、飛鳥としてはそれどころではない。

 ゴシップに食いつくのもカッコ悪いかなとか一瞬思った飛鳥だったが、はっきり言って気になるとかいう次元ではない。何か本能的なものに突き動かされた彼は、噛みつくような勢いで訊いた。

「いやいやいや、さらっと流すとこじゃないでしょそれ!? どういうことなんすか!?」

「どういうことって言われても、そのままの意味としか、ねぇ。単純に、私の母がアメリカに旅行している時に彼に声を掛けられてそのまま……、ってことらしいわ。母から聞かされた自慢話のひとつだし、実は私も詳しくないけれど」

「えぇぇ……、冗談とかじゃないんすか…………」

 まるでただの世間話みたいな調子で遥の口から放たれる言葉を受けて、飛鳥はこれでもかと言うほど脱力していた。どうして彼女はこういうことがあけっぴろげなのだろうか。

 そこで、今まさに経緯まで説明されてしまったジョージが赤面しているのか青ざめているのか微妙な顔のまま、しかし焦っていることだけはよくわかる口調で強引に話を切り替えた。

「と、とにかく! その話はもういいじゃないか!! 今日来たのは研究のためなんだろう、じゃあ今すぐ案内するから付いてきてくれたまえさあ早く!」

 言うだけ言って大股で歩き去っていくジョージ。遥はひとしきり肩を震わせると、小走りでその背を追っていってしまう。

「……行こうか、アスカ」

「あ、あぁ」

 肉体的にも精神的にも疲れ切った様子の隼斗に言われて、飛鳥もゆっくりと歩き始める。

 まだ頭の整理が付いていないが、どうにも相当面倒な人間関係が構築されているようだ、と飛鳥はひとまずの結論を出した。

 思わずため息をついた飛鳥の隣で、一葉が不思議そうに首をかしげた。

「で、結局どういう話だったんですか?」

「あー……」

 久々に聞いたような気さえする日本語に、飛鳥は若干落ち着きを取り戻した。

 冷えた頭でさっきの話を整理して、自分なりにまとめた。その上で、少し考えてみる。

(で、どこまで話せばいいの?)

 視線を向けた隼斗は目を合わせてくれない。

 声をかけようとした飛騨はいつの間にかはるか遠くにいる。

 そして隣では一切の悪気が無い一葉が答えを待っていた。

 実はかなり重大な選択を迫られている気がして、飛鳥はいっそその場でぶっ倒れてしまおうかと画策してみるのだった。

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