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アークライセンス  作者: 植伊 蒼
第1部‐英雄の力‐
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1章『日常、激動の予感』:4

 生徒会室を立ち去った後、飛鳥は一人で学校を出た。

 遥と隼斗は生徒会室に残ったままだが、まだ生徒会の仕事でも残っているのだろう。それ以前に、下校時刻にはまだまだ30分近く時間がある。

 とはいえ、既にもう5時半を回っている。日の傾きはいよいよ大きくなっているし、あと2時間もすれば星でも見え始めるかもしれない。

 飛鳥は左手につけた腕時計から目線を外そうとして、強く吹いた向かい風に再び顔を伏せた。

 しかし風が止んでも飛鳥は顔を上げず、生徒会室での話を思い出していた。

 ああいう話は、飛鳥はこれまでも聞き飽きるほどに言われてきた。親や先生、果ては知らない親戚の人間にまで。それこそ耳にタコができるほどに、だ。

 先の事、将来の事。そんなことを言われても、飛鳥には良く分からない。

 小さなころはそういうことを言われることなんてほとんど無かった。それがいつからか当たり前のように日常の会話にまで割り込んでくるようになり、気が付けば同い年の友人たちまで口に出すようになっていた。


 気に入らなかった。


 小さい頃は、彼らも確かに夢を持っていたはずだった。できるかどうかも分からない、むしろ叶わない確率の方が大きいであろう夢を。

 けれど、できるかできないかなんてくだらないことは、誰も考えてなどいなかった。そんなことは頭の片隅にすら置かず、きっとがむしゃらにそれを目指していたはずだった。

 そんな子供たちの中で、同じく子供であった飛鳥もまた『ヒーロー』というある種子供らしい夢を掲げていた。

 けれど、再会した彼らは夢を捨てていた。

 誰もかれもが『現実的な話』をし、過去の自分の夢を『非現実的な話』だと切り捨てる。

 飛鳥が親の仕事で海外に行っていた3年間に何かが変わったのか、あるいは誰もが漫然と日常を送るなかで常識という褪せた色に染まってしまったのか、それは彼には判断できない。

 けれど、認めたくなかった。

 諦めるのが当然、諦めるのが利口。そういう考え方を認めてしまうのが、その考え方に染まってしまうのが、飛鳥にとっては耐え難かった。

 だからこそ、飛鳥はその時に再び自分の夢を掲げた。あるいはそれまで以上に全力で。

 何をすればヒーローになれるかなんてわからない。そもそも努力でそれになれるかどうかの時点でわからない。普通に勉強して、普通に進学して、普通に就職した方がどう考えても賢いだろう。

 あるいは、それが大人になるということか。自分も、いつまでも子供のままではいられないということなのか。

「だからそういうのはつまんねぇっつってんだろ、クソッたれが」

 舗装された地面をつま先で蹴りつけ、飛鳥は己の自問にそう吐き捨てた。

(時間は止まっちゃくれない、今が永遠に続くことなんてない。諦めるのが大人になるってことなら、俺達子供はいつか全部捨てなきゃならないのか。大人ってそういうものなのかよ、子供ってそういうものなのかよ)

 何かを求めるように、空に広がる朱と青の境界を見上げた。

 グラデーションの境界は、どこまでが朱でどこからが青なのかを曖昧にする。それはまるで大人と子供の定義のようで、だからそのぼやけた回答は飛鳥の問いへの答えになってはくれない。

 数秒、見上げて。

 だけど空は、何も変わらなくて。

 ゆっくりと流れる雲でさえ、時間の流れだけを伝えてくるだけで―――

「アホくさ、誰に向かって聞いてんだか」

 だから自分で切り捨てた。

 答えなんて、求めてたってやってはこない。


「いつまでも気にしてたって仕方ねぇよな……」

 独り言で意識を切り替えて、飛鳥は再び歩き出した。一体どれだけの時間ボーっと突っ立っていたのか、道に伸びている影がほんの少しだけ伸びていた。

 夕焼けの街に一人のんびりと歩を進めていく。閑静な住宅街のどこかから、空を飛ぶ鳥の鳴き声と、楽しそうにはしゃぐ子供の声が響いていた。

 やはり、徒歩で通える位置に高校があるというのは恵まれていると言える。下校時もこうやって誰の目も気にすることなく一人考えごとにふけることができるのだから。

 一人暮らしな分、家事の面倒くささはあるがそれを差し引いても気楽さというのが勝るだろう。とはいえ、親についていったとすれば今頃海外生活なわけだが。

 本当ならそろそろスーパーかどこかで夕食の材料を買わなければならないのだが、今日はそういう気分になれなかった。

「晩飯は……弁当かなんかでいいかなぁ」

 角を曲がって、一回り狭くなった道を進んでいく。

 別に弁当屋に行くわけではなく、変わらず目的地は近くのスーパーだった。ただ、当初とは別のスーパーにしたというだけだ。そちらの方が少しばかり値段が高いが、弁当にするならラインナップが豊富だ。

「けど、部活なぁ……。中学ん時から何もやってないからなぁ」

 足を止めずに、飛鳥はあごに手を当てて考える。

 遥の誘いへの回答は先送りにしてしまったものの、飛鳥にもやはり部活動ぐらいはしていてもいいだろうとの考え方はあった。別に嫌いなことをわざわざする気はないが、もし何かに興味を惹かれるようなことがあれば、それをしてもいいかもしれない。

 遥に誘われた『古代技術研究会』にそのまま入ってしまうのも悪くはないだろう。オーパーツとやらに興味はないが、特別嫌いだというわけでもないし遥と一緒に部活(正確には同好会だが)をできるのならそれもありかもしれない。

 普段から今日のようにシビアなことを言ってくる人ではあるが、それは悪意ではなく相手への思いやりから来るものだと、飛鳥にはそう感じられた。

 最初は所謂一目ぼれだった。生徒会長として舞台の上に立ち、生徒全員に向けて言葉を発していた遥の姿は他の誰もが持ちえない輝きを放っていたとさえ感じた。

 あれをカリスマというか、そんな大したものではないのか。なにはともあれ、魅せられたのは事実だった。

 ただ、以前から彼女に近づこうとしては失敗したという男子達の話は聞いていたし、積極的になるのに踏みきれない部分はあった。その点、隼斗が生徒会役員になったのは僥倖といえるだろう。自分からアクションを起こさないでも自然と何度か出会うことになったし、今では名前も覚えてもらっている。

 だから遥と同じ同好会での活動には魅力を感じてはいる。

 しかしそれだけで今後の事を決める気には、少なくとも今の飛鳥はなれなかった。飛鳥にとって、自分の考え以外で自分の振る舞いが決まってしまうのには少なからず抵抗があったからだ。

 小学4年から小学校卒業までの3年間と中学1年の途中から3年までの1年と数ヶ月間、飛鳥は親の出張に付き合わされてアメリカへと行っていた。あとは彼自身覚えていないが小学校入学前に数年間も海外で過ごしていた。

 そんな風に親の都合で転校ばかりを繰り返していたため、飛鳥は特定の友達を作れないという状態が長く続いていたのだ。原因はそれだけではないかもしれないが、それが理由の大部分を占めているのは疑いようもない事実だった。

 そしてそれは、あるいは贅沢かもしれないが、楽しいものではなかった。

 だからもう、他人の都合だけで動いてなんてやるものか。

 そう決めた飛鳥は、中学を卒業して再び彼を海外へ連れて行こうとした両親に対し、一人日本に残る決意を伝えた。譲る気はないと思いきり目で語っていたからだろうか、意外にもあっさりとその考えは受け入れられた。

 そうして手に入れた気ままな生活は、代償として面倒な家事やら何やらを強要してきた。しかし、以前のように振り回される生活に比べれば随分とマシだった。

 家を放っておくわけにはいかない、と寮には入らずそのまま自宅から通学することにしたのだが、もともと徒歩ないし自転車で通える学校を受験したので大した苦にもならなかった。


 そんなことをつらつらと考えているうちに、いつのまに目的地へと到着していた。

 にぎわいは見せているものの、そう特筆する点もない普通のスーパー。大通りに沿った歩道から自動ドアをくぐり、中へと入る。

 途端に音量を増した喧騒に顔をしかめたが、もう何度も経験して日常になりつつあることのため、その顔はすぐにまた無表情に戻る。

 夕食にする弁当を選びながらも、飛鳥の頭では生徒会室での遥の言葉がリピートされていた。

 『将来の事を考えるならね』

 チッ、と舌打ちをして手近にあった弁当を適当にひっつかんで、振り切るようにその場を後にした。

 レジで商品を買っている間も心ここにあらずだった飛鳥は、店を出て初めて自分の買った弁当が自分の苦手な焼きサバがメインだったことに気付いた。

「ボケてんな、俺」と嘆息して、けれど今更買い直す気にもなれなかったので飛鳥はそのまま自宅へと向かう。

 足取りはお世辞にも軽くはなく、視線は斜め下に固定されている。視界の下から上がってきては、またぞろ下へと消えていく自分のつま先を見る。だがそこにあるのは、やはり何の変哲もないスニーカーのつま先だけだった。

 パッシブにしていても、どうやら世界も自分も何も変わりはしないようだ。

 ならば、やはり自分から動くしかないのだろう。

「部活、入ってみようかなぁ……。けど、誘われたからってだけで『古代技術研究会』ってのに入るのもなぁ……」

 そう言いながら、飛鳥は俯けていた顔を上げる。

 その選択肢を否定するのは、自分の考えだからでも何でもなく、単に他者の考えに反発しているだけなのだと、未熟な少年はいまだに気付かない。

「ほんと、これからどうすっかな」


 再び見上げたその空からは、いつの間にか青い色が失われていた。

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