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アークライセンス  作者: 植伊 蒼
第2部‐暴君、出現‐
51/259

after その姿を現して

 某日、某所。

「大臣、東洞財閥アーク総合研究機関からの回答を受け取りました」

「ああ、そこに置いておいてくれ」

 黒い椅子に座った男性は、書類を持って現れた女性に適当に指示を出した。持っていた書類をテーブルの上に置いた女性は、男性の元へと歩いていく。

「つつがなく、と言ったところか」

「研究所の立ち入りを1ヶ月遅らせるように、との要望でしたが指示の通り了承しておきました。……よろしかったのですか?」

「問題ない」

「事件の発生から調査開始まで1ヶ月もの期間が開くなど、前代未聞です」

「構わん。多少無理をしてでも、向こうの要求は飲む。関係機関には適当な理由をつけて説明しておいたのだろう? 下調べでも準備に時間がかかったでも何でもいい、どうせ連中も理解はしている。……神原め、こんなところでしくじるとはな。こうなった以上東洞とは良好な関係を築いておきたい、今後のためにもな」

 机に置いたパソコンのディスプレイを険しい目で見つめながら、男性はそう命令した。

 傍らに立つ女性は不服そうながらも、逆らうつもりはないようだ。

 煙を吐き出す煙草を灰皿に押し付けて、男性は一つ息を吐いた。

「アーク研究は、今や我々にとっても最重要の事項だ。『ヨコハマの光』開発以後の膠着状態、そして全世界の緩やかな軍備縮小傾向。……日本にとってこれほど望ましいことのない世界情勢の変遷も、アークの出現から雲行きが怪しくなってきた」

「アークには光学兵器が通用しない、そういうことですか」

「そうだ」

 男性が見つめるその画面には、とある組織から送られたアーク研究のデータの一部が表示されていた。

「ヨコハマの光が持つ、他を圧倒するそのパフォーマンスと強固なセキュリティ。これらにより、世界の軍事力において防衛は侵略の力を大きく上回った。攻めるだけ無駄な時代ができた。ヨコハマの光が時代に取り残されない限り、ある意味で恒久の平和は約束されていたはずだった」

 齢50を超えたその男は過去を懐かしむような表情を見せ、しかし一瞬後にはそれは酷く険しいものへと変わっていた。

「だが突如現れたアークはそれを無に帰す力を持っていた。……今はどこもロストテクノロジーの研究調査などとのたまっているが、その実アーク技術の軍事転用を目的としていることは明らかだ」

「最たる例であるロシアをはじめとするユーラシアの国々は、先進国群が先の経済不安を皮切りに軍縮へと移行する中も、情勢に逆らい軍拡を貫いていましたね」

 頷く男は、いつの世も人は争いばかりだと、そう嘆いているような目をしていた。

「まさか地中から掘り出されたものに光学兵器を無効化する機能があったなど、誰に予想ができようか。何にせよ、途上国の軍拡はある意味正解ではあったのだろうな。……我々の平和は今、アークという未知の技術に脅かされている。ならば我々自身がアークを知る必要がある。アークに対抗しうる力を、アークに対する抑止力を持つ必要がある」

「……それが、それが我が国のもつアークそのものだとしてもですか? それに乗る少年少女を戦場に駆り出すことになるとしてもですか?」

「……そうだ」

 男性の出した答えに、女性は強く奥歯を噛んだ。

 その苦悩は男性にも理解できる。もし自分の家族が戦場に行くとなれば、その決断を下したのが自分だとなれば、いくらだって心を痛められるのだから。

 だがだからこそ男は、その意思を曲げることはない。

「我々が預かっているのは一億二千万の日本国民の命。それを守るために、一つ二つを危険にさらす決断をするのが私の仕事だ。それがおろかな決断と言われようと、倫理に反した外道と呼ばれようと、甘んじて受け入れる覚悟はしている。首を差し出せと言われれば、喜んでささげる覚悟を持っている。国を守るとはそういうことだ」

 それが彼の答えだが、それは彼のエゴなのだろう。彼がたとえ何を誰にどれだけささげようが、奪われた命は戻らない。そしてそれを理解していてなお、彼が行きついた結論がそれだったのだ。

 あるいは彼も、犠牲となれない己の無価値さを呪っていたのかもしれない。

「この国を守るために犠牲を払うのならば、それがたったひとつの命であっても、この国は守り抜かねばならん。そのためにも我々は力を持つ必要がある。この国を守るための力を持つ必要がある。たとえそれが、平和を求めるものにとっての禁忌であろうとも」

「それが、アークの軍事開発…………」

 茫然と呟いた女性は、犠牲になるかもしれない命を案じていたのだろう。

 2児の母である彼女には、子供の命はあまりにも重すぎた。

 

 それは英断にはなりえない。

 それは正義ではありえない。

 それは平和を生みはしない。


 それでも世界の歯車は、軋みを上げて回り続ける。

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