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アークライセンス  作者: 植伊 蒼
第1部‐英雄の力‐
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1章『日常、激動の予感』:3

 最初に持ち運んだもの以外にも大量にあった荷物を資材室に持って行った後、遥の誘いを受けて飛鳥は生徒会室で休憩させてもらうことになった。当然、生徒会役員である隼斗も一緒だ。

 荷物の量は両手で抱えるのがやっとなぐらいの大きさの段ボール箱が15個以上とかなり多かった。それを1階の職員室から3階の資材室まで運ぶというなかなかの重労働で、一人でやったわけではないにしろ飛鳥は若干バテ気味である。

 全員で運ぶのも効率が悪いとのことで簡単な役割分担をして作業に望んだのだが、荷物整理を担当した遥はともかくとして、飛鳥と同じように運ぶ作業を引き受けていた隼斗が疲れの色を全く見せないのはどういうことなのか。もしかして自分は体力が無いのかと飛鳥は不安にも思ったが、あの仕事量でケロっとしている方が異常なのだと思うことにした。

「お疲れ様、アスカ君。はいどうぞ」

「あ、どもっす」

 遥が横から差し出してきたグラスを、飛鳥は一言礼を言って受け取った。喉が渇いていたからか、ただの麦茶にしてはやけに美味しく感じた。

 思わず小さく頷いていた飛鳥の様子を見届けると、遥はお盆に載せたもう二つのグラスの一方を隼斗のもとに、もう一つを自分の近くの机に置いた。遥の席は入口から遠い側で、隼斗はその左手側だ。飛鳥が座るようすすめられた椅子は入口側なので、どうやらそこが客人用の席のようだ。

 生徒会室といってもこれといって何か特徴的なものがあるわけではない。強いて言えば両横の壁に本棚が建てられていてさまざまな書籍が並べられていることが特徴ではあるが、そのせいか部屋が妙に狭く感じることの方が飛鳥には気になっていた。

 遥はグラスを乗せていたお盆を腰の高さほどの小さな冷蔵庫の上に置いて、そのまま自分の席に座った。そうして手元のグラスから麦茶を一口飲むと、おもむろにこんなことを口にした。

「そういえば仕事の前に話していたことなのだけれど、アスカ君は鞍馬大学のことはどのくらい知ってるのかしら?」

 突然出てきた名前に一瞬何の事かと首をかしげた飛鳥だったが、それがさっき隼斗と話していたことに出てきた名前だということを思い出す。適当に答えようかとも思った飛鳥だったが、見栄を張っても仕方がないと思いなおして素直にこう答えた。

「俺ですか? いやほとんど知りませんよ。せいぜい頭のいい大学ってところですかね。……あ、この国の教育に大きな影響を与えている、というのを今日知りました」

「ほとんど何もって、まさしく言葉どおりね」

 飛鳥の正直な答えに、遥は苦笑いを浮かべる。

 とはいえ飛鳥は1年生だし、今はまだ5月の末だ。さすがにこの時期から既に大学に詳しい人間などそうそういないだろう。

「俺はまだまだ進路も考えてませんし、大学のことに詳しくないなんて皆そんなもんじゃないんですか? だよな隼斗」

「それをなんで僕に確認取ろうと思うかな……。あのさアスカ、さっき君に鞍馬の事を教えたのは僕だよ?」

 冷静にそう答える隼斗の言葉を受けて、飛鳥は数秒沈黙する。ややあって、呆れたように軽く首を振った。

「……これは詳しい奴のほうがおかしいということだな」

「なんてこと言うんだ君は!?」

 自己の正当化のために酷いことを口走った飛鳥に、普段は穏やかな隼斗も声を荒げてしまう。しかし遥の「恩をあだで返すとはこのことねー」という暢気な言葉は聞こえなかったふりをして、飛鳥は逆に尋ね返した。

「俺はアレですけど、遥さんはそういうのって詳しいんですか?」

「私? 私はそこそこ詳しいわよ。例えば一般的なことから、あるいは内部事情まで色々とね」

「なんで一介の高校生が内部事情まで知ってるのかと……」

「生徒会長だもの」

「真顔でデタラメ言うとかロクなもんじゃないっすよね」

 しれっと適当なことを答える遥の態度に、飛鳥も思わず呆れた声を出してしまう。しかしちょっとしたジョークのつもりだったのか、ちろりと舌を出す遥を見てはそれ以上の文句は出てこなかった。

 その代わりというわけではないが、飛鳥は気になったことを口に出した。

「ということは、その鞍馬大学に詳しいのは進路関係が理由とかですか?」

「いいえ、進路関係ではないわ。そもそも私はアメリカの方で飛び級していて大学の3年でもあるから、進路で気にすることなんてないのよ。ちょっと融通を聞かせてもらって、今はこの学校で高校2年生をしているけれどね」

「飛び級っすか……」

 相変わらず何でもないことのように凄いこと言う遥のその態度に、飛鳥は茫然と呟くより他なかった。

 才色兼備の完璧主義者、なんでもできるし何をさせても人並み以上。年齢に似合わないカリスマでもってこの学園の生徒全員から絶大な支持を集める唯一無二の生徒会長、それこそが月見遥。

 とまぁ遥に対する飛鳥の認識はざっとこんなものだった。何やらいくつかの学会でも名が通っているというような話も聞くが、それに関しては飛鳥は詳しくない。いずれにしても天才だの規格外だのと一般人とは程遠い評価を受けているのは確かだった。

 修飾過多にも見えるだろうが、実はこれで控えめなぐらいなのが彼女の恐ろしいところである。

 そんな感じで、飛鳥にとっては遥は文字通り高根の花というもので、それなりに交友はあると言っても知らないこともかなり多い。

「というか、なんでわざわざアメリカの大学抜けてまでこっちで高校生やってるんですか? 何か重要な研究があるとかですか?」

「ああ、それね。まぁ大したものではないわ。いくつか理由はあるけれど、普通に高校生をやり直したかったとかそんなものだもの」

「けどそんな理由で大学は休学……ですよね? それってできるもんなんですか?」

「わからないわ。ただ私はできた、という事実はあるけれどね。もともと向こうにいたときから結構好き勝手やっていた部分もあるし、今更だと思われていたのかもしれないわ。あるいはそういうわがままも、聞くだけの価値があると思われていたのかもしれないし」

 考え込むようなそぶりでそういう彼女に、これまで黙っていた隼斗がこう尋ねた。

「たしかは会長はいろんな分野の研究でも成果を上げてたんでしたよね。それが理由ですか?」

「そうね。周りに与える損害よりも利益の方が大きいと意外と何やっても許されるものよ。倫理的な観点を指摘されると弱いけど、そうでなければ社会は個人の我儘を許容できるようになっているもの」

 何故か自慢げに胸を張った遥。さも当然のようにこんなことを言っているが、それも彼女のずば抜けたスペックがあればこそだろう。

 細かい内容は良く知らないが、飛鳥も彼女の武勇伝はいくらか耳にしたことがある。

 本人曰く飽き症らしく、あっちこっちへと興味が移してはそれに関わる研究で大きな成果を必ず上げる。それがどれほどのものかは予想のしようもないが、半端な学者よりは名前が知られているというだけでかなりのものだということが伺える。そして、それが分野を問わないことこそが彼女が天才だと呼ばれる所以だ。

 人が5年かけて身につける内容をたったの数カ月でマスターし、あげくの果てにはそこから数週間で誰も知らない新理論を打ち立て周囲を驚かせる。そしてそれに対して周りが盛り上がるころには既に興味が薄れて、気がついたころにはまた別の分野を勉強している、と。

 流石にいくらかの誇張はあるだろうが、これで大筋が間違っていないというのだから笑えない。どうあがいても凡人には真似のできない所業だ。

 あまりにも別世界すぎて、飛鳥は思わず「ははっ」と笑ってしまった。

「なんか、やっぱり凄いですよね遥さんは」

「そんなことない……とは言わないでおくわ。謙遜にもならないし」

 そう言って遥は皮肉っぽく笑った。

 こうして自分の能力を理解して、鼻にかけるでもなく卑下するでもない態度に、飛鳥もやはり自分とは違う人間なのだなと思い知らされる。別世界の人間だとは言わないが、それも似たようなものだろう。

 ともあれ今はせっかくの状況である。下らないことを気にして話が盛り上がらないなんてことになってはもったいない。

 飛鳥がグラスのお茶を一口流し込み、途切れた会話を再開しようとしたところで、対面の遥が口を開いた。

「ところで話は変わるのだけれど、アスカ君はテストの結果どうだったの? 隼斗はそこそこ良かったようだけど」

「俺ですか?」

 少し予想外だった話題の転換に、飛鳥はしばし考え込んだ。そして自分のテスト結果を、記憶を頼りに指折り数えると再び顔を上げて、

「俺はあんまり良くなかったです。新入生用の実力試験ってことで余裕ぶっこいてたらいろいろ爆発しました。そんなに酷くもなかったですけどね」

「爆発ってねぇ……。確かにこの学校の実力試験って、中学生の時に周りに比べて成績が良かった人たちに『身の程を知れ』って感じでぶつけられるものだものね。普段の定期テストより一回り難しく作られてるのよ」

「そうなんですか? ……どうりで他にも似たような状況になってる奴が多かったのか」

「とはいっても、普通に点数取っている人もいたでしょう? 内容自体はそんなに特別なものではないから、ちゃんと対策さえしていれば入試と同じである程度点数はとれるようになっているわ」

「なるほど。ってーことは隼斗は……」

「僕かい? 僕は普通にテスト勉強をしていたよ。いくら成績に反映されないからってサボる理由になるわけじゃないからね。それに頑張ったおかげで生徒会書記の立場があるわけだしね」

 珍しく自慢げにそう言う隼斗。その言葉で、飛鳥はふとこんなことを思い出した。

「隼斗は確か、遥さんのスカウトで生徒会に入ったんだっけ?」

「スカウトっていうか、単純に成績上位だったから声をかけてもらっただけだよ。他の役員もそうだしね」

 飛鳥がコクコクと頷いていると、今度は隼斗がこう切り出してきた。

「テストの結果で思い出したけど、アスカは部活どうするんだい? 僕は見ての通り生徒会役員だし、伊達は陸上部だし。アスカは部活には入らないのかい?」

 その質問に、飛鳥は少し遠い目をしながら部活かぁ、と呟いて、

「色々あるのは知ってるんだけど、これだ! っていうものがないんだよな。流れで入る気にもならないし」

「なるほどねぇ。なら、逆に自分で作ってみようって考えはないのかい?」

「それもないな。そうまでして部活としてやりたいことがあるわけじゃないし、ぶっちゃけめんどくさい」

 シレっとそう言う飛鳥に、隼斗は苦笑を浮かべるだけだ。すると今度は遥がこう訊いてきた。

「それならアスカ君。部活というわけではないけれど、古代技術研究会に入ったらどうかしら?」

「古代技術研究会? なんすかそれ」

 初めて聞いた名前に、飛鳥は首をかしげてそう質問した。

 名前からして部活ではないだろうから、同好会か何かだろうか。と飛鳥は考察してみる。

 どうやらその予想は当たっていたようで、

「古代技術研究会というのは、私が自分で作った同好会のことよ。何をするところかと言えば、そうね……。突然だけど、アスカ君は超古代文明の存在は知っているかしら?」

「超古代文明、っていうと……ムー大陸とか、あとはアトランティスとか?」

「あら、意外と詳しいのね」

「まぁ、名前ぐらいなら多少はってとこですけど。それがどうかしたんすか?」

 話が突然オカルトの方向へ吹っ飛んで行ったため困惑を隠せない様子の飛鳥。だが、そんな飛鳥の様子を気にも留めず、壁に添えられた本棚を横目に見ながら遥は淡々と話を続ける。

「超古代文明には特異な技術があるとされているわ。そういった文明や技術は昔からその存在が示唆されていた。基本的にはオカルト的な意味だけどね。……でも今から15年ほど前に、恐らくそれらの特殊な技術によって作られたであろう物が見つかったの」

 遥が真剣な表情で語り始めたため、飛鳥も思わず聞き入ってしまう。視界の端では、隼斗がどこか落ち着かなさそうな表情で遥と飛鳥を交互に見やっていた。

「それは俗に言うオーパーツのようなもので、古代に現代の我々のそれを大きく上回る技術水準を誇る高度な文明が存在していたことを如実に示していたわ。そして、そのオーパーツはトルコで最初に発見されたことを皮切りに、いろいろな国や場所で次々と発見されていった」

 遥はそこでコホン、と一度咳払いをすると、

「そして現在では、いろいろな国がそれらを研究するための研究機関を設立し、様々な観点からその技術に迫るべく日夜研究を続けているわ」

「じゃあ古代技術研究会っていうのは、そのオーパーツとやらついて研究するための集まりってことですか?」

「ええ、そうよ。まぁ研究なんて大げさなものにはならないでしょうけど、ちょっとした調査ぐらいをしてみたいと思っているわ。」

「けど、そんな話始めて聞きましたよ。そのオーパーツが見つかったのが15年も前だってなら俺だって知ってておかしくないはずなのに……。それってただの噂か何かじゃないんですか?」

 飛鳥が訝しげに尋ねてみるものの、遥は片手をパタパタと振って、

「それはないわね、現に他の国では一般の人でも知ってる人の方が多いくらいだもの。ただなにかと厄介な性質があるらしくて、日本では割と公になっていない部分はあるわね。昔はメディアに取り上げられることはあったのだけど大きく取りざたされることはなかったわ。今となってはほとんど無いわね。あぁ、アスカ君が知らなかったのは、もしかしたらそれが原因かもしれないわね」

 遥の言葉に、飛鳥は少し思考を巡らせる。

(昔からアメリカとかにはよく親に連れてかれたけど、当時は当時でニュースなんか見てる余裕なかったしなぁ……)

 素直に話したところで意味もなさそうだったので、飛鳥は適当に頷いておいた。

「それと、実はさっき言った最初にそれを発見した人というのが日本の地質学者の人で、その関係で日本は他の国に比べて研究の進みが早いのよ」

「あ、もしかして遥さんが日本に戻りたかった理由って……」

 飛鳥が何かに気付いた様子でたずねると、遥はニコニコと笑って、

「その通り。そのオーパーツの研究について知りたいことがたくさんあったからなの」

 なるほど、と飛鳥は呟く。遥がこの学園、というか日本という国にこだわっていたのはそういう理由があったのらしい。

 遥はニコニコ笑顔を引っ込め、こちらを向いて微笑んだ。

「というわけで、今のところ隼斗も含めて正規メンバー二人で活動中だから興味があれば入ってくれてもいいのだけれど。どう、アスカ君?」

 うーん、と飛鳥は唸る。

 どうにも、小難しい話だったためか飛鳥はあまり興味がわかなかった。彼は基本ヒーローもの以外にこれといった好きなジャンルがあるわけでもないし、だからその古代技術というものにも、特別これといって惹かれるものもない。

「すいません、しばらく考えさせて下さい」

「……そう、わかったわ」

 結果、回答は先送りにすることにした。

 特にやりたいことが無いのならとりあえず入ってみてもよさそうなものだが、そういう気分にはなれなかったのだ。

 いくつか理由があったとはいえ、誘いを蹴ったという事実はそこにあった。

どことなくつまらなさそうに髪先を弄る遥の姿に、飛鳥は居心地の悪さを感じてしまう。見れば、隼斗も気まずそうに飛鳥と遥を交互に見やっていた。

 会話のなくなった生徒会室には、乾いた時計の音がやけに響く。レトロな雰囲気の時計は、そこにいる人間の都合などお構いなしに1秒を1秒ずつ律儀に響かせていく。

 飛鳥はわざとらしく時計をチラチラとみると、手元のグラスのお茶を一気煽った。よし、と椅子を膝で押して立ちあがる。

「アスカ?」

「悪い、そろそろ返って飯作らねぇと」

「そっか、そういえばアスカは一人暮らしなんだっけ。大変だね」

 隼斗はそう言って時計をチラリと見て、そして何事もなかったかのようにもう一度飛鳥の方に向き直った。

 相変わらず腹が立つほど空気の読める男だと飛鳥は思う。が、この好意を蹴る理由はない。

「大したことじゃないさ、慣れてるし」

 飛鳥は机の横に掛けていた鞄を持ちあげると、

「そんじゃ、今日はありがとうございました。……隼斗、また明日な」

「ああ、またね」

 椅子に座ったままパタパタと手を振る隼斗。飛鳥も同じように手を振り返すと、ドアノブに手をかけて、

「アスカ君」

「…………」

 どこか冷めた声に、飛鳥は思わず立ち止まる。そんな彼を視界に収めることすらせず、遥は手元の湯飲みを弄びながら淡々と語り続ける。

「私の個人的な考えは置いておくとして、それでも部活その他には入っておいた方がいいわよ。現実的な話、3年間何かに打ち込むというのは就職とかに有利よ。『将来の事』を考えるならね。以上、生徒会長からの忠告でした」

 飛鳥は小さくため息をついて、

「……わかって、ます」

 それだけ言うと、扉を開けた。

 じゃーね~、というからかうような挨拶は聞こえなかったふりをして、後ろ手に扉を閉める。


 ガチャ、バタン。

 多分、聞こえないだろう。


「……くっだらねぇ」

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