4章『誰がための力』:7
ある程度コツを掴んで練習を終えた頃には、もう日が暮れかけていた。夕焼けの赤が目にしみる時間帯だ。
夏で夕日が見えるということはそこそこ遅い時間で、そろそろ夕食の用意をしようかなどと飛鳥も考え始める時間だった。
夕日が作る影を前方に伸ばしながら、飛鳥と一葉の二人は並んで歩いていた。
飛鳥は曖昧な色の空を仰ぎながら、指先をくるくるとまわして一葉からのアドバイスを再確認していた。
「えーと、つまりどの程度をシステムのアシストに任せられるのかを把握して、自分で考えなければならないところだけを自分の頭で処理するようにすればいいってことですよね」
「そういうことです。アスカくんの飛行のパターンを見るに、細かなブースターの推力の調整から全部自分でやろうとしているようにも感じられたので。もともと人間にブースターなんてついてませんから、それ自体を意識して操作するのは難しいでしょう」
推力レベルで調整して動作をさせるというのは、足を何度曲げて足首を何度曲げて……等と考えながら歩くようなもので、ただでさえパニックになりかねない。その上自分の身体についていないものを動かすというのだからその難しさは筆舌に尽くしがたいものがあるだろう。
「けど、なんであのゲームをやっただけでそこまで分かるんですか? そもそもあのキャラってロボットじゃないんだから、ブースターも何もないですけど」
「アスカくん、最初飛ぼうとするときにいつも肩を変に動かしていましたよね。肩というか、肩甲骨です」
一葉の指摘に、思い当たる部分はあったのか飛鳥は曖昧に頷く。
「あれはあのキャラの飛行するための要素である、羽の根元に当たる部分を動かしていたということではないでしょうか。つまり、アスカくんは飛行の動作を身体の動きで制御しようとしていたのではありませんか? でも実際には、飛行はイメージで行うものです。その辺りで、アスカくんがどうにも自分の理解できる範囲での制御に意識を引っ張られているように見えたもので」
「なるほど、それであんな方法で解決を……」
「はい、考える余裕をなくせば感覚で理解できるかと思ったので。我ながらちょっとやり過ぎかなとも思いましたけどね」
どんよりと顔を曇らせた飛鳥を見て、一葉は肩をすくめてちろりと舌を出した。
飛鳥がこんなリアクションをとったのは、先ほどおこなった飛行練習のことを思い出したからだ。
いつまでたっても飛鳥はぎこちなく腕を振り回すばかりだった。それを見かねた一葉は、彼女が言うように考える余裕を失くしてやろうと、飛鳥の腕を引っ張って絶叫系アトラクションさながらの無茶苦茶な軌道を描いて飛びまわったのだ。
そうして悲鳴をあげながら引っ張られること数十秒、ついに飛鳥の身体が彼自身の意思で空を飛んだのだ。
一葉に無理矢理引っ張り回されているうちに、羽をこう動かしてなどと考える余裕の無くなった飛鳥は、とにかくその場にとどまることを望んだ。つまりはそれが滞空のイメージであり、明確に自分の動きをイメージできた飛鳥はなんとか飛行のコツを掴むことができたのだ。
とはいえ数十秒間上も下もわからないほどに振りまわされたこともあり、飛鳥はとんでもない疲労感に包まれているのだった。
VRゲームをプレイしていた時間自体は1時間程度だが、どうにも肉体的な疲れは残らないにしろ頭の疲労は普段よりも激しいらしい。そのためか飛鳥の頭は、長時間勉強した後のような重たい感覚に包まれていた。
「大丈夫ですか?」
「なんか思ったより疲れますねあのゲーム」
「VRというシステム自体、脳に掛ける負担は大きいですからね。音の情報を従来のスピーカーのままにしてみたり、触覚や温度のフィードバックを無しにしたりしても、やはり視覚情報と運動神経の電気信号の伝達でかなりの情報量になるみたいですし。一応あのゲーム、連続1時間以上のプレイは禁止されてるんですよ」
「なんかありましたね、そんな表記」
彼らがプレイしたゲーム筺体の側面には、一時間以上の連続プレイを禁止する旨の注意書きがなされていた。そして二人がプレイしていた時間は1時間弱、ようは限界いっぱいだったのだ。
飛鳥が少しふらついたのを心配そうに伺う一葉は、彼が手を軽く上げて大丈夫だとアピールするのを見て首を横に振った。
「やっぱり、どこかで休憩していきましょう。……ほら、そこに公園もあることですし」
「……そっすね」
一葉に手を引かれて公園の入り口をくぐる。最初は断ろうと思った飛鳥だったが、彼女の有無を言わせぬ強い視線に負けてそのまま引っ張られることとなった。
人気のない公園には小さな噴水から噴き出す水の音だけが響いていて、それを聞くのは飛鳥達を除けば背の高い気がいくつかと時計ぐらいしかいない。
遊具なども無い場所だからか、この時間にはもう子供もいなくなるのだ。飛鳥がそれを知っているのは、ここが彼の住むアパートの近くの公園だからだ。
正直直接帰ってしまってもそこまで差は無いのだが、無理言って一葉に心配をかけることもないだろう。休むにしても十分程度だと考えた飛鳥は、特に何も言わずに一葉に従ったのだ。
ベンチに並んで腰かけて、ぼんやりと噴水に目を向ける。数秒経ったところで、飛鳥はふとあることに気が付いた。
「ところで、一葉さんは大丈夫なんですか? ゲームをプレイしてた時間は同じですけど」
「私はあのゲームも何度か使わせてもらってるので、慣れてるんです。それに、最初のアスカくんみたいにあれこれ考えていたわけではありませんし。機械のアシストをうまく使えるようになると、それだけ頭への負担も減りますよ」
「ってことは、アストラルに乗ったあとの頭痛も無くなるってことか……」
「アークは基本的にパイロットへの負担はかなり小さくなるように設計されているみたいですから、頭痛が出ることの方が問題なのだと思いますよ?」
「慣れてないってことかぁ、やっぱり」
飛鳥も、未だにアストラルに乗って何かをしたあとは軽度の頭痛に襲われていた。隼斗がそういった様子を見せないのは強がりか何かだと思っていたのだが、どうやらそれだけではないようだ。
何かと問題は多いな、などと今更ながらに思いつつ、飛鳥はやはりぼんやりと噴き出す水を眺めていた。
頭の奥にかかるモヤは晴れないが、特別辛いということもない。待っていれば治るだろう。
そう考えていた飛鳥の隣で、一葉がゆっくりと口を開いた。
「……アスカくんは、なぜ強くなろうと思ったのですか?」
「え?」
「アークはまだ、あくまでも技術開発のための資料のはずです。それを使って、なお戦いで強くあろうと思った理由を知りたいんです」
「俺は…………。俺の夢は、ヒーローなんです」
唐突にそんなことを口走った飛鳥を見て、一葉はキョトンと首をかしげた。
「ヒーロー、ですか?」
「はい。子供っぽいですけど、昔から変わらない夢なんすよ」
飛鳥は恥ずかしそうに頬を指で掻きながらこう続けた。
「理由が何だったかは今はもう曖昧だけど、やっぱりカッコいいものになりたかったんだと思うんです。そして、それは今も変わらない。だったらやっぱり、戦う力は欲しいんですよ。ヒーローみたいに、何かを守れるような力が。……戦いのとき自分の身を守るためだって遥さんには言われてるけど、それだけじゃなくて、自分以外の何かを守るための力にもなると思うから」
「…………」
「あとはまぁ、普通にカッコつけていたいですし。いいとこ見せたいっていうか。ははっ」
恥ずかしさをごまかすように笑う。つられたように、一葉も小さく笑みを浮かべた。
「そうだったんですか。……そっか、そうやって単純に考えてもよかったんですね。私は、どうしても深く考えてしまっていましたから」
「一葉さんは……、いや……」
「どうしました?」
言い淀んだ飛鳥だったが、やはり聞くことにした。飛鳥が受け入れたものを彼女が受け入れられなかった理由。それを知ることが、今の彼には必要だと感じられたからだ。
「……一葉さんはなんで、アストラルのパイロットになることを断ったんですか? 一度は触れて動かしたりしたんですよね」
尋ねられた一葉は顔を俯けたが、やがて小さな声で話し始める。
「……最初アストラルに乗った時は、自分の感覚で思うように巨大なロボットを動かせることに感動しました。こんなすごいものがあるんだ、って。だけど、やっぱりアストラルはどうしようもなく兵器で、だからその場で結論は出せなかったんです。たとえ兵器として扱わないとしても、それが人殺しの道具になりえるということを知っては迷わないわけありませんから」
アークは確かに技術の開発が主な目的とされている以上、それは人の暮らしを豊かにするために機能していると言えるだろう。だがその本質はやはり兵器で、そこは絶対に変わらない。
「なら、考えた結果として辞めることにしたんですよね。……それは、どうして?」
飛鳥はその上で受け入れたのだ。一葉がどう考えてパイロットになることを辞退したのか、飛鳥はその理由が知りたかった。
だが、一葉の口から語られたのは、予想もしていなかった一言だった。
「……夢を見たんです。酷く怖い夢を」
「夢、ですか?」
一葉は頷いて、しかし顔を上げはしない。俯いたまま、足の上で両手を強く組んだ。
「はい。……そこには誰もいなくて、何もなくて。どれだけ探しても生き物一ついなくて、どれだけ呼んでも声一つ聞こえないような、そんな場所でした。ただの荒野で、何もない砂漠で、そこには私だけがいたんです。本当にどれだけ見渡しても、地平線の彼方まで木の一本すら見えないような世界で。まるで世界が死んでしまったみたいでした。……だけど、その中に一つだけ、私じゃないものがあったんです」
「それが……アスト、ラル?」
分かるはずがないのに、何故かその名前が頭をよぎる。そして飛鳥が恐る恐る尋ねた言葉を、一葉はゆっくりと頷いて肯定した。
「真っ黒な空に浮かんだ、血のように赤い月を背にして立つ、アストラルが…………。その夢で覚えているのはそれだけです。ただそれだけの内容が怖くて仕方がなくて、自分がアストラルに乗ったらそんな風になってしまうんじゃないかと思えて……。だから私は、受けいれられな、くて、それで……」
「……もういいですよ、一葉さん」
その時のことを思い出したのか、最後には泣きそうなほどに声が震えていた一葉の背中を軽くたたいて、飛鳥は優しくそう言った。
何度か深呼吸をして少し落ち着いた様子の一葉は、鼻を鳴らすと恥ずかしそうに笑った。
「ごめんなさい、取り乱しちゃって」
「いいですよ、もう充分ですから」
一葉は何度か頷いて、ありがとうと呟いた。
「……あの時のことはトラウマになっていて、思い出そうとするとあの時の気持ちまで一緒に思い出されてしまうんです。そのせいで、遥には遠慮させているみたいなんですけどね。話すときにちょっとよそよそしいというか、ぎこちないというか、気を使わせているんでしょうね」
「遥さんとは同じクラスなんでしたっけ?」
「ええ。もともと私はクラスでも目立たなかったんですけど、そんな私に声をかけてくれて」
『古代技術に興味はないかしら?』と、挨拶も無しにいきなりそう尋ねたのだそうだ。
「遥さんらしいっすね」
「ええ、ホントに」
くすくすと、なつかしむように笑う一葉。その様子がはっきりとイメージできた飛鳥も肩を震わせていた。
「彼女は基本的にクラスメイトでも自分から声をかけるような子じゃありませんでしたから、凄く目立っていたんですよ。私は少し人見知りなところがあるので、クラスのみんなの視線を集めてるその状況に耐えられなくて、話を早く終わらせようとすぐに首を縦に振ってしまったんです。そしたらすぐに引っ張っていかれてしまって」
遥が自分から声をかけないのは、きっと黙っていても周りが話しかけてくるからだろうと飛鳥は考えた。基本的に人当たりもいいし、容姿もかなり目立つ方だからだ。
「で、連れていかれた先が、と」
「ええ、星印学園地下研究所でした。学園の地下にあんな巨大な研究施設があるなんて知りませんでしたから、流石に驚いてしまって。いろいろ話を聞いているうちに、まずは試しに乗ってみようってことになったんです」
その後一葉は、アストラルのパイロットとして仮登録を行い起動実験と共に適性を判断、その参考データをもとにいくつかの戦闘演習を行ったのだそうだ。
その内容は先日飛鳥が行ったものと同じ『アナザーアーク・プロトタイプ』との戦闘、そして隼斗との戦闘演習だったらしい。
「結果はどうだったんですか?」
初乗りなので流石に大した記録は出ていないだろうとは思いつつも、参考程度に聞いてみる。しかし一葉の口から飛び出したのは、飛鳥の想像をはるかに上回る結果だった。
「あのときとはバージョンが違うかもしれないのであまりアテにはなりませんが……。プロトタイプとの戦闘は決着までにかかった時間は確か31秒でした」
「へ~、31秒かぁ。……………………え、え、はっ!? 31秒!?」
取り乱してベンチから転げ落ちそうになった飛鳥。しかし黙ってうなずいた一葉は、本当になんということもないかのようにこう続けた。
「あの機体はワンパターンな行動しかしませんでしたし、そんなに苦労はしませんでした。どの程度機体を動かせるのかという目安のための演習みたいですし、アルゴリズムはかなり簡易なものだったんでしょうね。そういう意味では、初期の適合レベルが高かったのもあってかなり簡単でした」
「……俺2分以上かかったんすよねぇ………………」
「えっ……」
二人揃って沈黙した。
あまりにも簡単に言われてしまい、思いきり落ち込んでしまった飛鳥。目元なんてちょっと泣きそうである。
飛鳥ももっと早いと思っていたのか、想像以上に落ち込んだ様子を見て一葉も慌てた様子でなんとか取り繕おうとする。
「いや、あの、大丈夫ですよ! だってほら…………その、大丈夫です!」
「慰めになってないんすよっ! ……うぅ」
頭を抱え込んでしまった飛鳥を見て、オロオロと辺りを見渡す一葉。しかし結局これといった言葉は思いつかず、冷や汗をダラダラと掻き続けていた。
そんな一葉の隣で、ややあって飛鳥が顔を上げた。
「えーと、アスカくん?」
「そっか、やっぱまだまだだよな、俺は。それに比べて一葉さんはすごい」
そう語る飛鳥は、どういうわけか笑みまで浮かべていた。怪訝な表情をする一葉に、飛鳥はニカッと子供のような笑みを向けた。
「……落ち込んでないんですか?」
「そりゃそうですよ。確かに俺は弱っちくて、一葉さんは強い。けどその強い人に特訓付き合ってもらったんですから、これはもう俺も強くなると決まってるようなもんじゃないですか。落ち込むより、むしろ自信がわきました!」
グッと右拳を握りしめる飛鳥を見て、一葉がこらえきれずに噴き出した。
「ぷっ、ふふ。強がりに聞こえます」
「まぁ否定はしませんけどね」
つられた飛鳥も笑うと、少し前まであって暗い雰囲気は嘘のように消え去っていた。
飛鳥はついでにと、こんなことも尋ねてみる。
「そういえば、一葉さんの適合レベルってどれくらいだったんですか?」
「私ですか? 自分で見たわけじゃありませんが、確か遥には『A-』だと言われました」
「『A-』って、これまたえらく高いですね……。つか、このマイナスってどういう意味なんですか? 俺は見たことないんですけど」
飛鳥の記憶では自分が最初は『D++』だったはずで、隼斗が現在『A』だと聞いている。
「適合レベルは非適合の『F』を除いて最低が『E』で最高が『A』だったはずです。そして『E』から順に『E+』『E++』『D-』『D』『D+』……という風に続いていくのだと聞きましたよ。マイナスというのは、その次のあるレベルへ到達する寸前ぐらいの意味らしいです」
「なるほど。……つまり一葉さんは最初から『A』寸前の適合レベルがあったと」
「そう言うことになりますね。今となっては何の役にも立たない値ですけど……。アスカくんは今どれぐらいなんですか?」
「俺は今『B』……いや、確かこの前の戦闘が終わったあとに確かめたら『B+』だったかな。なんかそういうデータもらったんで、確かそのはずです。つっても、レベルが上がらないとジェネレータ出力が上がるだけで機能が解放されたりはしないんで、目安にしかならないみたいですけど」
プラスが付いたりしても基本的にはジェネレータの出力が上がり、武装その他の出力が上がるだけなのだ。ロックされているシステムを開放したりするためには、次のレベルへ上がる必要がある。
「この適合レベルに関しちゃ、特訓どうこうでは上がってくれないみたいですしね。それに関しては気長に待つしかないってことですかね」
「そうなるのではないでしょうか」
「じゃ、やっぱり長い目で特訓の日々ってとこかな。よっしゃ、頑張りますか!」
今後の目標も見えてきたところで、飛鳥はベンチから立ち上がった。
一葉も隣においていた鞄を手にとって、並ぶように立ち上がる。
「もう大丈夫なんですか?」
「もともとそんなにひどくなかったから平気ですよ。そろそろ晩飯の時間ですし」
「……そうですか」
「はい。じゃ、さいなら」
飛鳥は手を上げてそれだけ言うと、一葉に背を向けて公園の出口へと足を踏み出そうとした。
その時だった。
「アスカくんは、これからもアストラルに乗り続けるんですか?」
一葉の、どこか切羽詰まったような声。
立ち止まって、飛鳥は黙って振り向いた。
「はい、そのつもりです」
「それが、どれだけ苦しい思いをするとしてもですか?」
「当然っすよ。それはきっと、パイロットである俺だけの問題じゃないはずだ。俺に声をかけてくれた遥さんだって、同じものを背負ってるはずだから。だから俺は負けたくない、逃げたくない、あの人の力になりたいんです」
「そう、ですか」
飛鳥の迷いの無い目を見て、一葉は深く頷いた。
「なら、私も戦います」
そして再び振り返ろうとした飛鳥に向けて、顔を上げた一葉は強くそう宣言した。
「一葉さん……?」
「……私が怖さから逃げ出した結果として、あなたがアストラルに乗ることになったのなら……。たとえあなたがそれを受け入れていたとしても、それは私が投げ出した重みなのですから……。だから私も、それを背負いたい。あなたや遥だけに、私の怖さを押しつけたくはないんです。私だって……」
片手を胸に当てて、強い意志のこもった視線を向ける一葉は、最後にこう言った。
「もう逃げたくはないんです!」
その言葉に一体どれだけの感情が込められているのか、飛鳥には想像もできなかった。
だけどその視線が持つ力強さは、ありったけの思いを込めたものなのだということにだけは確信を持てる。
「だから、私にも協力させてください……」
その目はきっと、強くなりたいと遥や一に対して語っていた自分の目と同じものなのだろうと、飛鳥にはそう感じられた。
だから、飛鳥は何も問わない。ただ、それを受け入れた。
「……はい。特訓つっても、俺一人じゃどれだけやれるか分かりませんし、こっちからもお願いします」
「アスカくん……。はい、任せてください!」
嬉しそうに笑う一葉を見て、飛鳥も穏やかな笑みを浮かべた。
どことなく和やかな空気になったところで、一葉がふとこんなことを訪ねてきた。
「ところでアスカくんは、遥のことが、その、好きだったりするんですか?」
「……わかります?」
「やっぱりそうでしたか。……いえ、なんというか、話していてよく遥の名前が出てくるのと、頑張る理由の一つが遥のため、みたいに聞こえましたから」
「まぁ、そうですね。……好きですよ、遥さんのことは。先輩として、とか曖昧な理由じゃなくて、女性として」
「そうですか」
飛鳥のその答えを聞いて、一葉はどこか満足がいったように微笑んだ。
「難しいですよ、あの子は。何でもハイスペックな割に、人の気持ちとかにはやけに鈍感ですから」
「わかってますよ。それに、そっちの方が燃えるじゃないですか」
肩をすくめて、飛鳥はニヤリと笑う。
冗談めかした彼の言葉に一葉も小さく笑うと、くるりとその場で後ろを向いた。肩越しに横目で飛鳥の方を見て、先輩らしい声でこう言った。
「なら、私はそれを応援します。だからアスカくん、頑張ってくださいね?」
「はい!」
力強く頷く飛鳥を見届けて、一葉は歩き出していく。飛鳥もまた、その場で振り返って公園の出口へと歩き始める。
遠ざかっていく、二つの背中。
――――彼は最後まで、それを見届けていた。




