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アークライセンス  作者: 植伊 蒼
第2部‐暴君、出現‐
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4章『誰がための力』:4

 あまり長く悩むこともなく明示された対策に、案外遥はこんな状況も想定していたのではと邪推しつつ、飛鳥は部室棟2階へとやってきていた。

 部活にも入っていないどころかまともに部活体験にも参加したことのない飛鳥にとっては初めての場所で、物珍しさから彼は辺りをきょろきょろとうかがっている。ちょっとしたおのぼりさん状態だ。

 1階は運動部の部屋が並んでいるのだったか、全体的に暑苦しいというか汗臭い雰囲気だった。しかし階段を上ると一転、とても静かな空間が広がっていた。

「見た目は何も変わらないのに、ずいぶん雰囲気が違うんだな」

 息をすることに不快感が無い、というのが1階とのわかりやすい違いだろうか。とはいえ、2階の空気が澄んでいるとかなのかというとそうではない。強いて言うならと飛鳥にはそこは停滞した、あるいは無機質な空間に感じられた。

 1階にだって人はいなかったが、運動場から聞こえる声や階全体の空気感も相まってどことなく活気が感じられた。それに比べてこの階はどうだろう、少なからずは人がいるはずなのにまるでそういう気配を感じられない。窓の外から聞こえる声ですら、飛鳥にはどこか遠い世界のことのように感じられた。

「なんつーか、暗いな…………。気が滅入りそうだ」

 良い悪いというより合わない、と飛鳥は心の中で吐き捨てる。

「文句言っても仕方ないし、それ以前に言う相手もいないし……。ともかくさっさと行くか」

 静まり返った廊下に感じる不安感のせいで、ひとり言の多くなっている飛鳥。自覚しているのかいないのか、それ以上は何も言わずに奥へと向かう。

 廊下を踏むのはただの上履きにもかかわらず、足音が響いて聞こえてくるレベルの静けさ。

 無意識のうちに早くなっていた足取りで、飛鳥は気付いた時には目的の部屋の前にたどりついていた。場所は部室棟2階の一番奥、突き当たりの場所にある他よりも少し細長い部屋だ。

 部屋にドアの上につけられたプレートに書かれていたのは『文芸部』の文字。

「あれ、文芸部ってそういや……」

 委員長のイメージが強くて忘れがちだが、確か美倉は文芸部員でもあったはず、と飛鳥は曖昧な記憶を探る。となると、どうやら飛鳥が会おうとしている音深一葉という人と美倉は同じ部活ということになる。多少は話もしやすいか、と飛鳥は微かな期待を抱いた。

 もし違ってたらやだなー、などと根っこのチキンぶりを発揮しつつ恐る恐るドアに手を掛ける。手を掛けたところで、やっぱりノックするべきか、と考えて一旦手を離す。

「ええい、ままよっ!」

 いい加減ぐずぐずしている自分がうざったくなった飛鳥は、無駄に気合を入れて、かつ慎重な手つきでドアをノックした。

 コンコン、という消え入りそうな弱々しい音が聞こえる。

「…………」

 固まったまま無言で待つこと数秒、ドアが内から開かれた。

 現れたのは、少し驚いた顔をした美倉だった。

「あれ、星野君? どうしてこんなところに?」

「ん……そうか、やっぱ美倉も文芸部員だったな」

「そだよー、たまに休んでるけど」

 そう言って飛鳥の顔を黙ってじーっと見ている美倉。怪訝な顔をした飛鳥が尋ねる。

「俺の顔になんかついてるか?」

「んーん。それより、なにかいいことあった? ずいぶん顔色が良くなってるよ」

「あー、うんまぁ。体調不良だったわけじゃないし、悩み事が片付いたってトコ」

「悩み事なんてあったんだ、相談してくれてもよかったのに。……でも、よかった。結構心配したんだよ? 星野君らしくなかったし」

「その点については悪かった、あんまり余裕なかったからさ。けどもう心配ないって」

 またよかったと言って微笑む美倉に、飛鳥も笑顔を返して元気さをアピールしておく。心配だと声を掛けられまくっていたときは少し面倒だと感じてはいたが、実際申し訳ないという気持ちもあったのだ。

 しばらくお互い笑ったまま見合っていると、美倉が笑顔を引っ込めてこう尋ねる。

「それで、星野君はどうしてこんなところに? 入部希望?」

「いや、違う。ちょっと音深先輩って人に用事があってさ、ここにいるって聞いたんだけど」

「音深って……一葉先輩のこと?」

 首をかしげる美倉に、飛鳥は頷いて肯定した。

 美倉は少し困った様子でチラリと飛鳥の方を、いや、飛鳥の背中側を伺った。

「う~ん、ここにいるっていうか……後ろ?」

「……は? っておわ!?」

 気配はなかった。

 美倉が飛鳥の肩越しにその後ろを指さすのを見てその場で振り返った飛鳥は、いつの間にか背後に人が立っていたことにやっと気付いて叫び声を上げた。

 仰け反った彼の後頭部が見事にドアに直撃し、鈍い音とめまいのような感覚が頭の中を駆け巡る。

 後頭部を抑えたまま蹲った飛鳥に、彼の背後に立っていた少女がしゃがみこんで手を差し伸べた。

「あの、大丈夫ですか?」

 きつく閉じていた目をうっすらと開ける。ぐらついた感覚は無くなっていたが、視界は少しぼやけたままだ。

「あ~、だ、大丈夫です……っつ」

 飛鳥は後頭部をさすりながら、差しのべられた手につかまって立ちあがる。あまり手入れはされていないのか、その手は少しガサついていた。

「ほんとに大丈夫です?」

「いやいや、軽く頭打っただけなんで全然大丈夫ですって」

 心配そうに顔を覗き込んでくる少女に少したじろいだ様子を見せながら、飛鳥はそう取り繕った。

 浮かべていた愛想笑いを引っ込めて、多少真剣な表情を見せる飛鳥。

「えっと、あなたが音深先輩ですか?」

「はい、2年の音深一葉です。では、あなたが星野飛鳥くんなんですね」

 首肯する飛鳥。

 音深一葉、遥の話では彼女のクラスメイトらしい。

 向かい合ってみるとはっきり分かるが、女子にしてはかなり背が高い。飛鳥も決して低い方ではないが、それと比べてもほぼ差が無いほど。170cm近くはあるように見える。

 縁無しの丸眼鏡にダークブラウンの三つ編みおさげ髪と時代錯誤な程に野暮ったいが、顔立ち自体は悪くない。髪型を変えてコンタクトにするだけで化けるタイプだろう。

 そして何よりも目を引くのは、彼女のスタイルの良さか。背が高いだけでなく、脚もすらっとしていて長い。それに胸も大きいし――――

「星野君、さっきから何見てるの?」

「へ!? い、いや何でもない!」

 半開きの扉の向こうから注がれる美倉のジト~っとした視線に、飛鳥は慌てた様子でそう言った。

 どう考えても初対面の人に向ける視線ではなかったようで、対面の一葉も少々困った様子で頬を掻いている。

 戸惑った様子を見せながらも、一葉は改めて飛鳥に尋ねる。

「遥から話は聞いています。……私に相談がある、ということですよね?」

「はい、えっとアー……あー、まぁいろいろと」

 美倉もいるのにアークのことを口走りかけた飛鳥は、そうやって下手くそな誤魔化しで切り抜けようとする。幸い美倉は気付いていないようで、向かい合う飛鳥と一葉を交互に見ながら首をかしげている。

 冷や汗をかいて顔を引きつらせている飛鳥の顔を見て、一葉は小さく吹きだした。

「ふふ、事情も多少は知っていますから、全部は言わなくても大丈夫ですよ。そうですね……由紀ちゃん、少し席をはずしてもらえますか? 大事な話があるので」

「大事な話、ですか? それはいいですけど……一葉先輩、星野君とは知り合いなんですか?」

「知り合いというか、共通の友人がいる程度です」

「はぁ、まぁわかりました。図書館行ってます、30分ぐらいでいいですか?」

「ええ、十分です。ありがとう」

 頭を下げる一葉に「いえいえ」と声を掛けながら、二人とすれ違うようにして部屋から出た美倉。

「じゃあね、星野君」

「ああ、またな、美倉」

 顔の横で小さく手を振ると、美倉はその場でくるりと振り返って立ち去って行った。

 遠ざかる背中を見送って、一葉は飛鳥の横を通って文芸部室へと入った。

「どうぞ、入ってください」

「どうも。失礼します」

 最低限の礼儀として軽く頭を下げながら入室した飛鳥。「かしこまらなくてもいいですよ」などと一葉は言うが、その言葉も社交辞令だったので飛鳥は特には返事をしなかった。

 部屋は教室の半分より少し大きいぐらいの広さで、ドア側に開いた部分が来るようコの字型に長机が配置されていた。長机には1つにつき3つずつ、パソコンデスク用らしき安っぽい椅子が並べられている。

 コの字型に配置された長机の内側の床には、型落ちの空間投射ディスプレイが無造作に置かれている。黒い電源コードが床を伝ってコンセントのところまで伸びているが、使わないからかプラグが刺さっていなかった。

 入口から見て左側の壁にはホワイトボードのような見た目の電子黒板、というか電子白板が壁に沿うように立っている。その隣には申し訳程度の小さな本棚も置かれていた。文芸部としては少なく感じるが、電子書籍が増えてきた昨今、紙に印刷した本というのはその絶対数が減っているのだ。それに、星印学園は図書館もかなり充実している。そっちを利用する前提でもあるのかもしれない。

 反対に右側の壁には2つのパソコンデスク、そして2セットのデスクトップパソコンと周辺機器が置かれていた。パソコンに関しては安いモデルのものではあったが、それでも2年前における新型だ。活動内容次第では十分以上の性能だろう。

 なかなかに充実した環境に飛鳥がほう、と感心のため息をついていると、長机の上に散らばっていた本やら書類やらタブレットPCやらを部屋の奥、窓の下の背の低いロッカーの上に置いた一葉が近くの椅子に座った。

「どうぞ、座ってください」

「あ、はい。どうも」

 なんとなくデジャブな感じのする状況に一人苦笑しつつ、飛鳥も手近なところの椅子に座った。

 思いのほか背中にフィットする椅子に飛鳥がちょっと驚いていると、姿勢よく椅子に座った一葉がこう切り出した。

「それで、私に相談というのはなんなのでしょう? アーク関係、だということはわかりますが……」

「はい、そうです。えっと俺、アストラルのパイロットなんですけど、先日ちょっとヘマやらかして……。実力不足を感じたっていうか、流石にこのままじゃまずいと思って遥さんに相談したら、音深先輩に聞くといいって言われたんです。それで相談をしに来ました」

「なるほど、君がアストラルの……」

 飛鳥の説明を受け、何かをぶつぶつと呟きながら考え込む一葉。ややあって、その顔を上げた。

 目があった飛鳥は、自分の本気が伝わるようにと真剣な顔で続けた。

「アストラルのことなら、音深先輩が詳しいって聞きました。……俺一人じゃ、アストラルの力を引き出しきれないから。……だから先輩、力を貸して下さい!」

 机に手をついて、思いきり頭を下げた飛鳥。当の一葉は少し困惑した様子であたふたと何かを言っていたが、飛鳥が頭を上げないのを見て取ると、息を吐いてやさしげな笑みを浮かべた。

「顔を上げてください。私でよければ、力になりますから」

「ほんとですか?」

「はい、ほんとです」

「ありがとうございます!!」

 そう言って再度思いきり頭を下げた飛鳥。テンションが上がりまくっているのを見て取ったらしく、今回は一葉も何も言わない。ただ全力で礼を言われている状況に露骨に顔を引きつらせていた。



 そんなこんなで数分後。

 やっと多少の落ち着きを取り戻した飛鳥は、ふと頭をよぎった疑問を一葉にそのまま投げかけていた。

「けど、本当にいいんですか?」

 あれだけ騒いでおいて一転、不安そうにそう尋ねる飛鳥に一葉は首をかしげる。

「どうしてです?」

「いや、なんつーか、遥さんが頼みづらそうにしてたの思い出して気になったっていうか」

「……そうですか」

 言い辛そうに語る飛鳥の言葉を聞いて、一葉は暗い表情を浮かべてうつむいた。気になった飛鳥が声をかけようとするが、一瞬早く顔を上げた一葉の表情はもとの穏やかな笑みに変わっていた。

「あの子、やっぱり以前のこと気にしていたんですね。まったく、もう気にしなくていいって言ったのに、融通が利かないんだから」

 苦笑気味に語られた言葉はやけに早口で、恥ずかしそうというか、辛そうというか……。

 聞かれたくないことなのだろうか、と飛鳥は考えたが、このときは興味が勝った。

「以前のことって……?」

「私が以前、この学校の地下の研究所にいた頃の話ですよ」

「地下って、星印学園地下研究所ですか? 音深先輩って、そのとき何してたんですか?」

「私ですか? 私は……」

 言おうとして、口をつぐむ。

 不思議そうな顔をした飛鳥を見て、一葉は自嘲気味な笑みを浮かべた。

「私は、アストラルのパイロット候補ですよ。以前の、ね」

「え…………」

「だから私はアストラルのことなら少しは分かります。遥にもそう聞いていたんじゃないですか?」

「それは、確かにそうです。……そっか、そういえばアストラルには前のパイロット候補がいたって聞いてたけど、それが音深先輩だったんですか」

 投げかけられた疑問に、一葉は首肯する。

 なるほど、と飛鳥の中で合点がいった。

 これまで研究所関係で聞いたことのない名前なのにどうしてアークの、それもアストラルのことについて特別詳しいのかと疑問だったのだが、パイロットとしても飛鳥の先輩だったとなるとその理由もなんとなくだが想像できた。

 しかし、ここで一つの疑問が生まれた。

「あれ、でもアークのパイロットって一度登録されたら死ぬまで交代できないんじゃ……」

「仮登録から100時間以内ならそれを解除することができます。……一度アストラルに乗って、私は結局本当のパイロットにはならなかったんです。そういう意味で、私は以前のパイロットではなくパイロット候補なんです」

「あぁ、そういうことか……」

 納得した飛鳥は頷いて、それ以上は何も言わなかった。

 アークは兵器だ、飛鳥も本当にパイロットになるかどうかを尋ねられた時は本気で悩んだ。そこで飛鳥は受け入れることを選んだわけだが、一葉はそれができなかったのだろう。理由は聞くまでもないことだし、聞かれて楽しい話でもない。自分からすすんで話題に持ってくる理由はなかった。

 重苦しい空気に満たされそうなところで、一葉がおもむろに口を開いた。

「まぁ、私のことはいいでしょう。それより、星野飛鳥くんのことです」

「あ、はい、そうですよね。……って、流石にフルネームはちょっと気になるんでやめてもらえませんか? なんかこう、ムズムズするんで」

 飛鳥は基本的に名前で呼んでもらうようにしている。特に名字が嫌いだとか言うわけではないのだが、どうにもそちらで呼ばれると彼自身が違和感を覚えてしまうからだ。具体的には名字で呼ばれても気付かない、などである。

 いきなりの飛鳥の注文に、一葉は少し困ったような顔をしていた。

「う~ん、それでは星野くん、でいいですか?」

「アスカ、でお願いします。そっちのが慣れてるんで」

「ではアスカくん、と呼びましょう。私のことも一葉でいいですよ。……さて、それじゃあアスカくん。私が協力するのはいいですが、具体的に何をしてほしい、ということが決まっていたりはしますか?」

 質問された飛鳥はしばし悩むそぶりを見せるが、思いつく方法があるわけでもないので首を横に振った。

「すいません。正直、その方法が分からなくて頼みに来たってところもあるんで。一葉先輩……一葉さんなら何か思いついたりしませんか? ちょっと変わった強くなる方法、みたいな」

 我ながら成せけない話だ、と飛鳥は愛想笑いの内側で涙をこらえている。

 気持ち最優先で突っ走るといろんなところにぼろが出てきてしまうということを身をもって体験しているようなもので、飛鳥は謎の言葉と共に去って行った九十九に心の中で毒を吐いた。

 視線の先の一葉は、その曖昧な要求に対してやはりどこか困惑した様子を見せていた。

「う~ん、そうですねぇ……。実際そう言われても、私にできることなんて限られてますし……。あ、でも遥が私のことを紹介したのなら、このことも見越しているはずだし……」

「あの、先輩?」

 俯いて何かをブツブツと呟いていた一葉だったが、飛鳥が声をかけるとすぐに顔を上げて首を横に振った。

「いえ、何でもないです。……そうですね、そうしましょう」

 一人で勝手に納得した様子の一葉は、不思議そうにしている飛鳥の前でおもむろに立ち上がった。

「さて、アスカくん。行きましょう」

「え、行くって、どこにですか?」

 キョトンと首をかしげる飛鳥。

 一葉は彼女らしい柔らかな笑みを浮かべると、当然のように、それでいて飛鳥には全く予想もできない一言を言い放った。

「どこって、ゲームセンターですよ」

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