3章『暴君、出現』:4
『近くにいると、とどめを刺した機体以外もコードの取得ができるのか。それとも、撃破前に何かしらのダメージを与えていたからか……。あるいはその両方ってところか』
エンペラーが沈黙したことによってやけに静かになった空間で、飛鳥の耳にはそんな隼斗の言葉が聞こえていた。アストラルとバーニングが共にエンペラーのコードを取得したことに何やら疑問を抱いているようだが、飛鳥はその内容にまでは頭が回っていなかった。
アストラルとの神経接続を解除して自由になった身体をシートに押しつけながら、飛鳥はぼんやりと正面の巨大なモニターを眺めていた。
離れたところに立つアストラルが見ているのは、パイルバンカーの一撃によって完全に機能を停止させたエンペラーと、それを見下ろすバーニング。
圧倒、ただそれだけだ。
極端なまでの実力差は、まともな戦闘になることすら許さなかった。エンペラー側がバーニングに与えたのは、胸部装甲の浅い傷だけ。その傷も、装甲の再生によって消え去っていた。
飛鳥の操るアストラルを撃破寸前まで追い込んだ敵を、隼斗の操るバーニングはほとんど無傷で撃破したのだ。
その事実に、飛鳥はショックを隠しきれない。
そして何よりも受け入れがたいのは、
(何も、できなかった…………)
バーニングがエンペラーと戦闘をしている数分間、飛鳥はただ見ていることしかできなかったのだ。二機が繰り広げる戦いに圧倒され、何一つ手出しができなかった。
そして隼斗は、そもそもアストラルからの援護などまるで考慮していない様子で。つまり飛鳥とアストラルは、正真正銘何もしていなかったということに他ならない。
確かにエンペラーに多少のダメージを与えはしただろう。だがそれも、最後にバーニングがエンペラーに加えた攻撃の威力を考えれば微々たるものだ。あるいはアストラルが一切のダメージを与えていなくても、結局はバーニングだけで決着がついていたかもしれない。
いや、間違いなくそうだろう。
それを理解していたからこそ、飛鳥は己に対し憤りを感じざるを得なかった。
もともと飛鳥の役目は暴走するエンペラーの足止めだった。そういう意味では、飛鳥はその役目を果たしたと言える。現に彼らの戦闘は全て、この無駄に広い創始円教団の私有地内で行われたもので、外部には一切被害が及んでいない。その上、内部の避難が完了していた以上、人的被害も一切無しだ。
(けど、それがなんだってんだ。……自分一人だけでやれるとか、調子に乗って息巻いて、結局返り討ちにあいやがって。遥さんにまで心配掛けただけで、お前は何をやってたんだよ…………)
動作を停止させたアストラルの中で、飛鳥は両手の拳を思いきり前方のコンソールに叩きつけた。
(クソの役にも立ってねぇじゃねぇか!!!!)
心中で叫ぶ彼の肩は、苛立ちにも似た感情に小さく震えてさえいた。
「…………くしょう……」
『アスカ君』
コックピットの内部をモニターしていた遥が、飛鳥の様子に気づいて声をかけた。飛鳥はゆっくりと顔を上げた。
「……すいません、遥さん」
『いいのよ。アスカ君は最初の役目を果たしてくれた、謝ることなんてないわ』
震える声でなんとか謝罪の言葉を絞り出した飛鳥に、遥は優しい声音でそう答えた。
「けど俺は、遥さんの忠告も聞かないで勝手やって、負けかけて……。隼斗が来てなきゃアストラルが壊されてたかもしれないぐらい危険なことして…………。これが謝らないで済ませられるわけないじゃないですか!」
飛鳥の胸に突き刺さる、どうしようもないほどの無力感。全てが終わってさっきまでの自分を鑑みたとき、自分がどれだけ馬鹿な真似をしたかを思い知らされていた。
怒鳴りつけるような言葉は自分を叱責するためのものであったが、同時にやり場のない怒りを外に向けて吐き出す八つ当たりのようなものでもあった。そしてそんなことをする自分自身の矮小さすら、今の飛鳥には許せないものだった。
(ちくしょう……)
どうしてこれほどに感情が湧き立つのか、飛鳥にはわからなかった。わからなかったが、それでも震えるほどの悔しさが彼の全身を貫いていた。
俯く飛鳥に何かを言おうとして、けれど遥はその口を再び閉ざしてしまう。
どうにもならない無音が、アストラルのコックピットの中にあった。それは飛鳥にとって何の救いにもならないが、励ましの言葉を掛けられるよりはマシだった。
そこに、バーニングの中の隼斗から通信がくる。
『ミッション完了、と言ったところか。時間はあと3分でギリギリだが、人的被害なし創始円教団私有地外への被害なしで政府側が出してきた条件はクリアですね。で、どうします? このまま2機揃って立ち去ってしまうのはまずいと思いますが』
『え、ええ、そうね。……指定されていた制限時間にはここに到着するように出撃をするという話だったから、もう既に出撃しているでしょう。となると今からお帰り願うわけにもいかないわ』
『どのみち、撃破したエンペラーは向こうの回収が必要。事件の調査もあるはず。持ち帰ることはできない』
『最初からそんなつもりないわよ……』
落ち着いた様子で略奪の話を持ち出してくる愛に、遥は疲れた様子で答えた。そのまま手元の機器をいくつか操作すると、顔を上げた。
『ともあれ、依頼を達成したこと自体は報告しておかないといけないし……面倒だから愛、お願いできるかしら?』
『無愛想でもいいなら』
『連中が愛想なんて求めていると思う? 会話用AIがあればそれでもいいレベルよ』
遥の軽口に愛が小さく笑うと、愛の映っていたウィンドウが大きなディスプレイから姿を消した。政府側と連絡を取るために、愛が一旦アークとの通信を一時切断したのだ。
遥はズラリと6つほど並んだモニターの中から、隼斗のコックピットが映ったモニターに目を向ける。
『今回の件は、バーニングが単騎で片付けたことにしておきたいのだけど』
『それはまた、どうしてですか?』
『実動できるアークがバーニングだけなら、もし政府から東洞に対しても研究の安全性に疑問が出ても十分な説明資料と実物を用意させられるでしょ? アストラルはまだ研究を始めたばかりと言っていいものだし、身内以外に安全性の説明ができないのも事実ではあるのよ。アストラルに関しては、暴走をしないように過剰な改造はしていないというだけだから』
『なるほど。確かに今回の件、向こうが提示した条件を満たしたとはいえ暴走の問題がこちらに飛び火する可能性もありますね。でも、政府からの介入は拒否しようと思えばできるはずですよ。言伝はとってますし』
とぼけたように尋ねる隼斗だったが、遥は肩をすくめて苦笑した。
『一応はそうだけど、あまり嫌な疑いは持たれたくないでしょ。それでも、多少の融通は利かせてもらうわ』
『結局そうなりますか。とはいえ、こちらが譲歩した形になるんでしょうね』
モニター越しに目が合うと、二人は示し合わせたように肩をすくめた。
少し笑って、すぐに真面目な表情に戻った遥が、いくつかモニターを確認しながら手元のキーボードを乱雑に叩く。必要な情報をモニターに表示すると、何度か頷いて話し始める。
『さて、なにはともあれバーニングと隼斗は居残りでアストラルは地下研究所に帰還よ。隼斗、乗ってきた潜水艦は今港に待機させているのよね?』
『はい、念のためにそうしています。……じゃあ、アストラルをあれに乗せて?』
『ええ、飛行して帰ってもいいのだけど、自衛隊の戦闘機に目撃されるのも面倒だしね。あの潜水艇なら、その点の心配はしなくてもいいし』
『了解、たぶんバーニングはエンペラーと一緒に一旦政府側に回収されると思うので、潜水艇はそれを見越してあらかじめ研究所関連施設に帰還していたということにしておきましょう。あ、あとバーニングの回収先に研究所の人間を何人か寄こしておいてください。たぶんないと思いますけど、勝手にいじられたらたまったものじゃないですから』
『心配し過ぎ、流石にそれは大丈夫よ』
隼斗の冗談を笑って受け流すと、遥は適当に研究所の人間に指示を出して回収先に向かうよう伝えた。
内線代わりに使ったケータイをデスクの上において、遥は改めて飛鳥の映るモニターへと目を向ける。言葉に詰まっていたときに都合よく隼斗が話しかけてきたのでそちらの話題に乗ってしまったが、結局遥は唇をかんだまま頷いている後輩に何も言わずにほったらかしておくような気にはなれなかった。
バーニングとの音声通信を遮断して、遥は飛鳥に声をかける。
『そういうわけだから、アスカ君。潜水艇のある場所に向かって。場所はマップを表示するから』
「……はい」
浮かない顔で答えて、飛鳥は再びアストラルとの神経接続を起動した。黙って情報視界に現れたマップに示された場所に機体を向かわせた。
低空飛行でゆっくりと目的地に向かう飛鳥は、ウィンドウの中で眉を寄せた遥の顔を捉えていた。けれど、彼には何かを言うことはできなかった。
気まずい沈黙を振り切るように、遥がおもむろに口を開いた。
『……確かに、アスカ君は無茶をした。それは反省しなきゃいけないところだと思う。だけど隼斗が到着するまで、外部に被害が出ないようにエンペラーを食い止めることができたことも事実よ。出撃前に研究所で私が言ったように、アスカ君とアストラルを出撃させなかったら、あるいは隼斗が来る前にエンペラーが外に出ていたかもしれなかったもの』
「……はい、そうですね」
ほんの少し元気を取り戻した表情で頷く飛鳥を見て、遥は安堵したように胸をなでおろした。
『アスカ君は頑張ってくれた、十分過ぎるほどよ。だから焦らなくていいの。今回みたいな状況はイレギュラーだし、アークの研究は戦闘に強いのが正しいってわけじゃないんだから、ね?』
遥の言葉はきっと、本当に優しい慰めの言葉だったのだろう。それは視界に映る遥の、不安げな色の混ざった微笑みを見れば疑いようもない。
だから飛鳥も、精一杯の作り笑顔で応えた。
「ありがとうございます、遥さん。……ここからはもう俺一人で大丈夫だから、隼斗の方のサポートしてやってください。愛も戻ってきてないですし」
『ええ、わかったわ。搬入は潜水艇の乗組員の指示に従ってちょうだい』
「了解っす」
それだけ言って、飛鳥の側から通信を切った。
静かになったコックピットの中、飛鳥はため息をついて自分の顔に張り付けていた気色の悪い作り笑顔を引き剥がした。引きつった頬の痙攣が収まった時、彼は酷く無表情だった。
潜水艇の乗組員の指示にほとんど無意識に従いながら、飛鳥は全く別のことを考え続けていた。
調子に乗ったあげく、機体を危険にさらしてしまった自分。隼斗が戦っている間、ほんの少しの手出しもできなかった自分。遥の気遣いに対してすら、素直に喜べない自分。どれもこれも、情けないにもほどがある。
それに、遥は飛鳥のおかげで外部に被害が出なかったと言っていたが、実際はどうか分からない。エンペラーはアストラルが攻撃を加えるまで創始円教団の私有地内で暴れていたにすぎない。あるいはあのまま数分と経っても、エンペラーはあの場にとどまっていた可能性もあった。
(……わかってる、考えすぎだってことぐらい)
気分が下がっているから悪いように考えがちなのだということぐらい、飛鳥も理解していた。だけどそれでも割りきれない。納得できない自分が、今も飛鳥の中で喚き続けている。
最初から、遥は飛鳥の出撃に反対気味だった。今回は飛鳥が無理を言って、隼斗がそれに合わせてくれたから出撃できただけだ。そうでなければ飛鳥は恐らく、今も研究所の中で結果を待つだけだっただろう。
遥が言うように、アストラルが来なければエンペラーが外部に向かった可能性はあった。彼女のことだ、あとで言われて危険性に気付いたなんてことは万に一つもあり得ない。つまり飛鳥が向かうことの危険性と、エンペラーが外部に被害をもたらす危険性をはかりにかけて、その上で彼女は後者を選んだということ。
最初から、アテにされてなどいなかった。
――アスカ君なら、勝てると思っていたのだけど
そんな期待や信頼の言葉が、遥の口から発せられることはついぞ無かった。
それに悔しさを感じないほど、飛鳥は自分の弱さを受け入れることはできていない。
「ちっくしょうがッッ!!!!」
そんな叫びは、たった一人のコックピットでは誰にも届くこともなく、ただただ狭い空間にうざったいほど反響するだけだった。
いや、あるいはアストラルだけは、彼の叫びを聞き届けていたのかもしれない。




