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アークライセンス  作者: 植伊 蒼
第1部‐英雄の力‐
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1章『日常、激動の予感』:2

 窓が東側についているためか、この時間になると廊下に陽の光が直接入ることはない。教室に比べてほのかに薄暗い廊下を、飛鳥と隼斗の二人はのんびりと歩いていた。

「しかし、この学校の先生ってプリント使って授業する人多いよな」

 教室を出て2つ隣の部屋の前を通り過ぎた辺りで、飛鳥がふとそんなことを言った。

「まぁ確かにそうだけど、いきなりどうしたんだい?」

「んにゃ、ただちょっと疑問に思っただけだ」

 不思議そうに問い返してくる隼斗に、飛鳥は軽く首を振った。

「プリントっていちいち配布する手間かかるだろ? データなら送る側も受ける側も大抵ボタン一つで済むはずだし、そっちの方が楽じゃん」

「それは確かにそうだね」

「他にも、データ配布なら紙媒体と違ってかさばることもないわけだし。データの方が管理しやすいんだから、わざわざプリントにする意味がわかんないんだよ。実際アメリカの学校教育はほとんどが電子化されたデータを使った勉強だったし。そもそもいまどき紙媒体で情報のやり取りなんてメモ書きぐらいにしか使わないだろ?」

 なるほどねぇ、と隼斗は頷くと、

「確かに効率化の面ではプリントよりデータの方がはるかに有用だろうね。企業でも情報の管理は現状ほとんどが電子データだったはずだし、実際コストの面から見ても電子データの方が優秀らしい」

「やっぱそうだよな。じゃあなんでウチの学校プリント多いんだ?」

 昇降口へさしかかり、そのまま階段を降り始める。

「う~ん……。そもそもそれはこの星印学園に限った話じゃないよ。プリントや教科書、つまり紙媒体を使った学校教育に関して日本ではいまだそれがスタンダードだからね」

「そりゃまた、なんで?」

 先ほどから思いつく疑問を片端から聞きまくる飛鳥。階段をゆっくりとおりながら、隼斗はクスリと笑って、

「とある研究結果があるからだよ」

「研究結果?」

 飛鳥は頭に疑問符を浮かべながら首をかしげた。隼斗は少し得意げな表情になって、右手の人差し指をピンと上に向けつつこう続けた。

「鞍馬脳科学研究所っていう、脳科学を専門に研究しているところがあってね。もともとは鞍馬大学っていう結構有名な大学だったんだけど」

「それは知ってる。日本で1番か2番くらいに頭のいい大学だろ」

「学科によって多少差はあるけど、おおむねそれで間違いはないかな。……そしてそこには、『脳科学科』というちょっと変わった学科があるんだ。で、その学科が10年ほど前に鞍馬大学から半独立状態となってできたのが鞍馬研究所ってやつさ」

 へぇ、と分かっているのかいないのか微妙な顔で飛鳥は頷くが、隼斗はそれには気付いていないようだ。

「半独立状態っていっても、資金運用や研究方針なんかが自由に決められるようになったってだけで、他は以前とほぼ変わって無いんだけどね」

 何やらややこしい情報で飛鳥は混乱しかけたが、どうにもそれは重要なことではないらしい。それはともかく、と隼斗は続ける。

「その鞍馬大学脳科学研究所が行った実験の結果で、紙媒体を使って勉強をした場合とデータを画面に表示させたものを使用して勉強した場合とでは、紙媒体を使った時の方が短期的にも長期的にもより記憶に残りやすいということがわかったらしいんだ。モニタリングしていた脳の活動からもそれは間違いないらしい」

 その説明に飛鳥は合点が言ったようで、なるほどと言いながら何度か頷く。

「つまりデータを使ってやるより紙に書いたものを使った方が頭に入りやすいから、勉強では紙媒体をいまだに使ってるってことか」

「そういうことだよ。技術の進歩があったとはいえ、そういう根本的なところはこの時代でも変わっていないっていうことなんだろう」

ふぅん、と飛鳥はうなずいてみるものの、それならそれで逆に気になることがある。

 二階をそのまま通り過ぎ、薄暗い階段を1階に向けて降りていきながら、

「つっても、アメリカの方はテキストは電子データだったぜ。教育的に有用だってなら、向こうでも紙媒体を使ってるはずなんじゃ?」

「有用イコールすぐ使うっていうわけでもないしね。アメリカは電子データでの教育を優先させていた分、日本と違って鞍馬の研究結果が出た時点で既に実用化が済んでいたんだよ。その状態で今更元の形に戻すわけにもいかないよね、コストも大きくかかるだろうし」

「コストだけか? まぁ、規模がでかいならそれも仕方ないのか」

 呆れたように息を吐く飛鳥。隼斗は苦笑しながら、

「兆近い金額が動いたはずだし、それはしょうがないよ。それにあくまでも一研究機関の発表にすぎないわけだから、確証に欠けるって考えもあるんだろう」

 建前の様な気もするけどね、と隼斗は最後にそう付け加えた。

 人気のない一階の廊下をまっすぐ突っ切りながら、下駄箱の方へと向かう。廊下の少し奥に職員室のプレートが見えた辺りで、飛鳥は感心したようにこう言った。

「なんかお前やけに詳しいな。志望校は鞍馬大学か?」

 なんとなく聞いてみるが、隼斗は首を横に振ると、

「そういうのじゃないよ。でもいろいろあってね、情報は入ってくるんだ。それに僕の今の学力じゃ鞍馬は少し厳しいかなぁ」

「はっはっは、学年トップがよく言うよ。お前に無理なら誰が行けるんだか」

 ケタケタと笑う飛鳥だったが、隼斗は軽く肩をすくめただけだった。

 その時、


「努力次第よ、そんなことはね」


 ガラガラというスライドドアを開く音と共に、職員室から三段重ねの段ボール箱が現れた。

「段ボールお化け!?」

「なわけないじゃない」

 思いきり一歩後ずさってそう叫んだものの、酷く冷静にそう返されてしまった。当然重ねた段ボール箱を持った人間がいるというだけのことなのだが、段ボール箱に遮られているせいか声がくぐもって聞こえている。

「お疲れ様です、会長」

 そちらに向かって隼斗が一歩前へ出て頭を下げた。

「あら隼斗、今帰り?」

 ガタゴトと段ボールが不安定に揺れながら言葉を発する。見ているだけでひやひやするほど危なっかしいのだが、倒れそうというところまではバランスを崩すこともない。

「ええ、今日は特に用もないので帰ろうと思ってたんですが……。仕事ができましたね。持ちますよ、会長」

 どうするべきかと迷う飛鳥をしり目に、そちらに歩み寄った隼斗が積み上げられた段ボール箱をゆっくりと持ち上げる。中身が軽いのか、危なげなく上二段の段ボール箱を取りあげていた。

「ありがとね、隼斗」

 凛とした声。

 箱に隠れていた顔があらわになった時、飛鳥の心臓がドクンと高鳴った。

 透き通る陶器のような白い肌を持ち、腰まである銀色の髪はあらゆる光を鮮やかに反射する。釣り目気味の目元は瑠璃色の瞳を携え、その奥には底知れぬ深みを湛えていた。

 日本人どころか人間離れしたその外見は、そこにいるだけで気品や優雅さのようなものを漂わせている。

『人形のような』という言葉が適切なのかもしれないが、綺麗だとか可愛らしいだとか、そういう表現でさえ俗なものに感じられてしまう。それほどに彼女は美しいという言葉が似合う、たとえるならば人工ダイヤのような出来すぎた美しさを持っていた。

 もう何度も会っていて名前も覚えてもらっているが、やはり多少緊張する。

 しかしそれを表面に出すつもりもないので、飛鳥は極めて自然な態度で会釈した。

「こんちわっす、遥さん」

「こんにちは、アスカ君」

 ぎこちなく挨拶をした飛鳥に、彼女―――月見遥(ツキミハルカ)はふわっとした微笑みと共にそう返した。見た目とは裏腹に気さくな口調で、飛鳥の緊張も少しは薄れる。

 そんな彼の内面など知るはずもなく、彼女は首をかしげてこう訊いてきた。

「ところで、二人で受験の話でもしていたの? 今のうちから頑張るとは殊勝ね、いいことよ」

「あ、いや、別にそういうわけじゃないんすけどね……」

「あら、それならどうして?」

 飛鳥の歯切れの悪い回答に遥が首をかしげると、隼斗が担いだ段ボールの横からひょこっと顔を出して代わりに答えた。

「この学校の授業でどうして紙媒体を使うのかって話をアスカから聞かれまして。いろいろと説明してるうちに少し話がずれてしまっただけですよ」

「ま、そんなとこです」

「なるほど、そういうことね。たしかにこの国の教育には鞍馬の研究が強く影響を与えているものね」

 隼斗の説明は断片的なものであったが、聡明な彼女にはそれだけですべて伝わったようだ。

 両手で持った箱を揺らしながら、遥はうんうんと頷いた。

「ところで会長、立ち話もいいですけどひとまず仕事を片付けてからにしませんか。さすがにこの状態ずっとは疲れるでしょう?」

「そうね。じゃあこれ資材室に運び込むから、一緒にお願い」

 分かりました、と隼斗は頷く。そのまま顔だけ飛鳥の方に向けると、申し訳なさそうな表情を浮かべた。

「悪いね、アスカ。そういうことだから、僕は少し生徒会の仕事を片付けてから帰るよ」

「あ、ああ、わかった」

「二人とも何か予定があったの? そうなら隼斗は先に帰っていいわよ。ほんとは今日は休みの予定だったもの」

「いえ、特に用事があるわけじゃありませんよ。帰るだけ一緒にって言っていただけですから」

 そう説明を受けた遥は曖昧に頷くと、飛鳥の方へと振り返りながら、

「そう、それならいいのだけど。……ごめんなさい。力仕事も多いから、隼斗は借りていくわね。アスカ君はこれからどうする? 待っててくれれば、作業が終わったあとにでも生徒会室でお話くらいならできるけれど」

 魅力的なお誘いだが、気を使われているのかちょっと他人行儀だ。そういうのはあまり好きではないのか、飛鳥は小さく肩を竦めた。

 そして遥の持っていた箱をだまってスッと奪い取る。伊達のことも笑えないと自嘲してみるものの、やはりこういうところでは少しは頼れる男をアピールしておきたい算段だ。

「手伝いますよ」

 遥は少し驚いた様子を見せたものの、飛鳥に向けて笑顔を返してこう言った。

「ありがとう、でも私が手ぶらなのはいただけないわ」

 ぴょんととび跳ねると、隣で突っ立っていた隼斗が持つ上の方の段ボール箱を素早くかすめ取る。

「さ、行きましょう」

 そのまま振り返らずに歩き始めた遥は、銀色の髪を揺らしながらスタスタと先へ行ってしまう。


「相変わらずだな、あの人は」

「そこが会長らしさなんだけどね」

 相変わらず人任せにしたがらない彼女の背中を視界の端に収めつつ、男二人、顔を見合わせて苦笑いをするのだった。

 そして遥の姿が視界から消えないうちに、どちらともなく歩き始める。

 行き先である資材室は、先ほどまでいた3階の一室だ。

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