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アークライセンス  作者: 植伊 蒼
第2部‐暴君、出現‐
36/259

2章『交わる時』:7

 遥が号令をかけると同時、それぞれ自分の準備をするべく駆けだした飛鳥達。飛鳥は早々にポータル内のアストラルに乗り込み、起動準備に取り掛かっていた。

「ライセンス、認証!」

 目の前の正方形のタッチパネルに、右の掌を叩きつける。頭に電気のような衝撃が走り、右の手の甲が青白い光を放つ。浮かび上がる『A』の文字、飛鳥の持つライセンスである。

【Ark-System_Standby...

Please_Wait_Booting...

...

...

System_version.4.11_

Complete_】

 以前に一度OSをバージョンアップしてちょっとしたシステムを追加しているため、マイナーバージョンナンバーが一つ繰り上がっている。ちなみにこのバージョンナンバーだが、システム開発班がつけたものではなく、アップデートを行った後アストラルのメインシステムが勝手につけたものだったりする。

【Personal_data_Loding...

Complete_

 パイロットデータとの照合を完了.

 設定情報を適用しますか? はい/いいえ】

 細かい操作も慣れたものなのか、飛鳥は迷わず『はい』を選択する。読み込み中のアイコンが点滅し、その下のゲージが徐々に右に伸びていく。この辺りのインターフェイスも改善されており、必要最低限を突きつめた以前のものより比較的とっつきやすくなっている。

『起動準備はできた?』

 読み込み中でありながら、遥からの通信を受け付けたアストラル。これはアークとは別に取り付けられた通信機器によるもので、コックピット内のスピーカーからその音声が出力された。

「操作が必要な部分はあらかた出来てます。読み込み中ですけど」

『みたいね。……よし、システムのモニタリング開始っと。少し読み込みの調子が悪いかしら』

「実機に乗るのはシステム更新してから初めてだし、こんなもんだと思いますけど。……なんていうか、テレポートを使わないで直接乗り込んだのって初めてなんですよね。これはこれで新鮮です」

『手間だと思うのだけどね。どうにもポータルみたいな空間転送装置内だとテレポートの機能は使えないみたいなのよ。何か干渉があるって話よ』

 同じ空間転送系の装置だから何らかの干渉があるようで、東洞製の転送ポータル装置内ではアークの量子テレポーターは使用ができないという制約がある。厳密には使うこと自体はできるのだが、転送場所に誤差が生まれるようで、安全性の観点から使用は禁止されている。

 飛鳥は右に到達したゲージを見ながら、直立型のシートに身体を添えた。

 正面のメインモニターに一瞬人の形のシルエットが現れるが、すぐに丸のマークを伴って消滅した。それと同時、飛鳥の四肢をシートから飛び出したリング状の固定パーツが挟み込んだ。身動きは取れないが、痛みは感じない程度の強さだ。

 飛鳥の身体を固定したシートは、小さな駆動音を鳴らしながらその形を座席型へと変えていく。姿勢を強制的に変えられる懐かしい感覚に反応してか、勝手に自己主張を強める心音を深呼吸で抑え込もうとする。どうにもうまくいかないので、飛鳥は関係の無いことに意識を巡らせ緊張を和らげようと試みる。

 あの後隼斗は元々の予定通り待機中のバーニングの元へ向かった。飛鳥が出撃し次第即座に同じポータルから同様の場所に転送。海中カタパルトで射出するアストラルとは別のルートで、機体を潜水艇に乗せて目的地まで運ぶ予定だ。

 今回はアストラルが先にエンペラーに接触して民間に被害が出るのを食い止め、バーニングと合流後協力してエンペラーを撃破するという流れになっている。具体的な戦術が詰められていないのは、エンペラーの詳細情報を星印学園地下研究所が所持していないからだ。今は愛が研究所の大型量子コンピューターの一部計算能力を借り受けつつ、研究所の研究員と協力して神原の研究施設のデータバンクにハッキングを仕掛けている。まだ少し時間はかかるそうだが、情報の回収は確実に行うのだそうだ。

 とはいえ、当の愛には別の仕事もある。

「しっかし、遥さんが隼斗のオペレーターも兼ねるのかと思ってたら、まさか愛がやることになるとは思わなかったですよ。あいつって意外と万能なんすね」

『「情報処理は、得意」なんて言っていたけど、得意なのはそれだけってオチが待ってそうで怖いわ。こう言ってはなんだけど、やっぱりコミュニケーションが得意な子には見えないから』

 わざわざ声真似してまでそう語る遥の言葉に、飛鳥は小さく笑った。

「はは、それもそうっすね。けどまぁ、隼斗相手だしどうにかなるだろうけど。なんだかんだであいつ、誰とでも話できますし」

『そうね、あれはあの子の長所よね。と言っても、入学当初はずいぶん人見知りだったみたいだけど……矯正したのってアスカ君でしょ? 隼斗から聞いたわ』

「矯正したってか、まぁ……クラスに暗い顔した奴がいたらそりゃ話しかけるじゃないですか。そんでそいつがいい奴なら、皆と仲良くできるように取り持ったりはしますよ。普通じゃないですか?」

『意外と見て見ぬふりをする人の方が多いわよ、それぞれ自分の世界が安定していれば何も問題ないもの。そこで他人に手を差し伸べられるのが、あなたの長所なのでしょうね』

「んなもんですかね」

『そんなものよ』

 穏やかな声で笑う遥に、飛鳥もつられて笑みを浮かべた。

 下らない話をしているうちに、いつの間にか緊張感も取れてきた。バクバクとやかましかった心音もいくらか落ち着きを取り戻しており、狭いコックピットに響く自身の呼吸音が心地よい。

 2度3度と深呼吸を繰り返して、飛鳥は「よしっ」と気合を入れた。

『モチベーションは高そうね。ジェネレーター出力も平均70%を超えているし、いいかんじよ』

「アストラルに乗るのは久しぶりだから、多少はテンション上がってる部分もありますけどね……っと」

 そう言った飛鳥の視界が、一気に真っ暗になった。驚きの声を上げた彼に遥は落ち着いて語りかける。

『パーソナルデータの調整が終了したみたい。五感の接続が始まるわ』

 そう言った遥の言葉と共に、五感の一切が息をひそめる。一瞬の浮遊感が身体を支配した直後、耳鳴りを伴って視界が爆発的に広がっていく。

【感覚接続を開始します】

 簡素なシステム文と共に、より鋭敏になった五感が息を吹き返した。シミュレーターにはないアーク特有のクリアな思考を自覚して、飛鳥はニヤリと笑みを浮かべた。

『接続完了ね。どう、問題はないかしら?』

 スピーカーよりも圧倒的にクリアな音声に、飛鳥は黙ってうなずく。接続していても首から上だけは身体も動くようになっているし、どうせカメラでコックピット内もモニタリングされているので、それだけで通じるのだ。

『オッケー。それじゃあジェネレーターの出力エネルギーをポータルに転送するわ。チャージ完了次第目的地へ転送するからそのつもりで』

「了解です」

 ポータルの電力は基本的にアークから取得することになっている。そもそもアークを転送させるためのものなので、稼働するときには内部にアークがあるのが基本だからだ。

 アーク自体は動かすためにアクチュエータ関連にエネルギーを供給したり、戦闘のためにコンピューターの稼働率を高めている時以外はかなりのエネルギーが余っていることが多い。加えてアストラルのエネルギー出力はバーニングなど他のアークに比べて段違いに高い。余剰のエネルギーを回すだけでも高い供給スピードを実現しているのだ。

 とは言っても10秒程度で終わるようなものではない。相変わらずちょこちょこ発生する空白の時間に辟易していると、遥がふとこんなことを言った。

『ところで、ちょっとインターフェイス周りをいじった時にこんなものを追加してみたのだけど、少し情報視界を確認してくれるかしら』

「え? まぁ、いいですけど……」

 目を閉じるような感覚で一度視界をリセットした後、情報視界に意識を向ける。あるいは肉眼以上にクリアな視界だったものが、全体に緑がかって機体の損壊状況などのウィンドウが複数表示された視界に変わった。

 アークのパイロットは、頭部メインカメラからの映像である通常視界、それに機体情報などが重ねて表示される情報視界、パイロット自身の目での肉眼視界の3つの視界を認識することができる。思考の補助がされている以上、本来なら全ての視界を同時に認識し活用できるのだが、飛鳥はまだ慣れていないためそれぞれを一旦意識して切り替えなければいけない。

 意識の向けられた情報視界には特におかしな点はなかった。ただ、複数の情報がまとめられたウィンドウの中に、一つだけ内側が真っ暗なものが紛れていた。

「大体普通だけど、この黒いウィンドウは何なんです?」

『ええと、ちょっと待ってね…………。はいできた』

 ブン、と黒い画面にノイズが走ったかと思うと、その黒い部分がとある映像に変化した。左下に寄せられた小さなウィンドウのなかでは、

『はぁい、ちゃんと写ってる?』

 斜に構えた遥が片目をつぶって小さく手を振っていた。飛鳥はおおっ、と声を上げた。

「映像かぁ、そういえば最初の時も飛行実験の時も音声だけでしたっけ」

『ええ、そうよ。声だけ送るよりはこっちの方が落ち着くかと思ったのだけど、どうかしら?』

「眼福です!」

『それはちょっと使い方おかしいんじゃないかな……』

 マジな表情の飛鳥のいきなりの発言に、遥は眼を逸らしながら苦笑した。飛鳥としてはからかってみただけなのだが、なるほどこれはいい。顔も見えるというのは相手の様子がうかがえるので、声だけよりも幾分か気楽に感じた。

「さて、そろそろエネルギー充填終わるんじゃないですか?」

『え、ええそうね。今90%を超えたからもうすぐよ』

 変に黙ったまま空気が固まってしまうのも避けたかったので、気持ちもさっさと切り替えてそう声をかけた。多少気を使った部分はあるものの、どちらかというと、飛鳥としてはガラにもないことをして熱のこもった頭を冷ましたかったのだった。

 待つこと数秒、

『よし、充填率100%! 転送するわ、準備は良い?』

「オーライ、いつでも良いっすよ」

『わかったわ。ポータル、起動!』

 グワッッと締めつけられるような感覚がして、視界が渦巻くように歪む。極端に度のキツイ眼鏡をかけたときのように、頭の奥が悲鳴のように痛みを響かせる。ぐわんぐわんと耳鳴りがして、身体を浮遊感が包み込んだ。

「う、くっ……」

 気持ち悪さを、歯を食いしばって耐える。

 やけに長く感じたが、実際はそんなこともないのだろう。数秒と経たずして、飛鳥の身体から違和感が消失した。少し息が乱れているが、それも大した問題ではない。

『B-3ポータルにアストラルの出現を確認、転送成功ね』

 アストラルの機体は研究所のA-3ポータルから、目的地であるB-3ポータルに移動していた。最大10km弱の距離を瞬時に転送するシステムなのだが、転送対象に少なからず負担を掛けてしまうのが欠点であった。

『この大型ポータルを使うのは初めてだったはずだけど、大丈夫?』

「あ、はい。心配無用、何の問題もないですよ」

『……そう、それじゃあすぐにカタパルトの準備をするから、基本システムをフライトモードに変更しておいてね』

「了解っす」

 無理をして笑う飛鳥を見て一瞬言葉に詰まった遥だったが、時間が無いのを気にしてか彼の強がりを信じることにしたようだ。

 情報視界のウィンドウ内でカタパルトの準備に取り掛かる遥を横目に見ながら、飛鳥もシステムのモードを変更した。

【設定の変更を適用

 システム変更、フライトモード】

 フライトモードは、安定した飛行のできない飛鳥のために作られた新しい動作のモードだ。本来は武装に回されるエネルギーを全て推力に使用し、火器管制に使われる計算領域を姿勢制御補助のために使用するのだ。こうすることにより、武器は使えないものの遥の補助なしで飛行をすることができるようになる。

 飛鳥がシステムが変更されたことの確認を済ませたのとほぼ同じタイミングで、ウィンドウ内の遥が顔を上げた。どうやら準備が完了したようだ。

『こちらは完了したわ。アスカ君ももう終わった?』

「はい、システム変更で異常無しです」

『よろしい、じゃあカタパルトまで移動するわ。あ、出撃後は一旦高高度まで上昇してね』

「了解!」

 モーターか何かの駆動音が鳴り、アストラルの機体が横方向にスライドしていく。数十メートル程移動すると、今度は目の前の隔壁が開いた。そこに向けてさらに機体が移動していく。

 アストラルがその空間に侵入すると、背後で隔壁の閉じる重たい音が響いた。

『アーク・アストラル、規定位置にスタンバイ。短距離複合加速システム、ブラストウォール、共にオールグリーン』

 真っ暗だった部屋に明かりがともった。

 そこは全体的に灰色をした空間で、結構な急角度の傾斜には平行な二本の金属製レールが走っている。アストラルが乗っている台座はそのレールの上を移動するようだ。

『その他システム、全て異常なし。出撃シークエンスに移行するわ』

 アストラルのいる側からハッチのある前方に向けて、両側の壁のライトが連続で点灯していく。ズラッと並ぶ黄色い光が、黒みがかったレールにキラリと反射した。

 視界に現れたモーション指示に従って、アストラルは機体を少し前傾姿勢にする。

『ブラストウォール、起動。電磁加速機、エネルギー充填開始』

 アストラルのある場所からは見えないが、前方のゲートのある方から腹に響く振動が伝わってくる。

 飛鳥の情報視界にも表示されているリスト化されたタスクが、遥の一言一言に応じ次々にはじかれたように消えてしまう。逆だるま落としのように、上から順番に大量の項目が消化されていく。

『ブラストウォール、進路形成。ゲートオープン』

 重い物同士が擦れる独特の重低音と共に、空間の果てであったゲートが左右に開いた。

 見えたのは、海を貫き空まで開けた巨大な穴。ブラストウォールというシステムが生み出す、高圧の空気の壁や水流操作によって作られた言わば水のトンネルだ。これのおかげで、たとえ海中にあるゲート開いても多量の海水が侵入してくることはない。

『電磁加速機、エネルギー充填完了。……進路クリア! 発進、いつでも行けるわよ!』

 力のある遥の言葉に、飛鳥は黙って頷いて返す。

 目を閉じて、深呼吸を一度。

 一拍置いて、目を見開いた。

「よし、行くぜ」

 ぐっ、と台座を踏み締めて、飛鳥は腹の底から声を出す。

「星野アスカ、アストラル――――出撃する!」

 爆音が響き、絶大な加速を伴ってアストラルの身体が前方へと吹っ飛ばされた。ビームブースターかそれ以上の加速で、火花を散らしながらレールの上を台座が駆け抜ける。

 鋭い金属音を掻きならし、ゲートの寸前で止まった台座から射出される形で、その凄まじい速度を保ったままアストラルの機体が水のトンネルを突き抜けた。音速を超えた機体から放たれる衝撃波が、トンネルの出口でスプラッシュを巻き上げる。

 水しぶきさえも吹き飛ばし、アストラルは真昼の太陽に真正面から突撃していく。

「飛べぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええーーーーーーーーッ!!!!!!!!」

 青く鋭い軌跡を残し、アストラルは、果てなき蒼の天空へと舞いあがる。

 轟く残滓が、静謐な海を激しく揺らした。

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