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アークライセンス  作者: 植伊 蒼
第2部‐暴君、出現‐
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2章『交わる時』:1

 伊達や美倉には誤魔化して説明する形になったが、飛鳥が日曜にやってきた場所はもはや言うまでもないだろう。

 当然、星印学園地下研究所だ。

 というわけでとある日曜の正午過ぎ、飛鳥は金属質な灰色に囲まれた通路を歩いているのだった。緑のリノリウムの地面は土足可のようで、飛鳥はいつもの運動靴をペタペタと鳴らしている。

 ところで、飛鳥が歩いている通路は実は学園の地下ではなかったりする。

 一応隠れ蓑的役目もある古代技術研究会なのだが、毎度同好会の部屋を使っていると何かと痕跡が残りやすい。特に今日のような休日にわざわざ学校に行って、となるとその危険性も大きくなる。

 休日だから誰も見てない、などということはクラブ活動がそれなり程度に活発であればまずあり得ないわけで、今日にしたってサッカー部辺りは元気にグラウンドを駆け回っている。

 隼斗は学園敷地そばの寮暮らしであり、遥にいたっては結構な頻度で研究所に宿泊しているので人に見られること自体少ない。加えて隼斗と遥は生徒会なのでその活動と言い張れば休日登校に不自然さは無くなるのだ。

 教師側のサポート人員も仕事と言ってしまえば以下略である。

 この点例外となるのはやはり飛鳥という少年なわけで、彼に関しては基本的に休日に学校に行く用がない。忘れものなどと言い訳はいくらでもあるが、やはり登校と下校の時間で違和感は残る。

 古技研の活動としてしまえば楽ではあるが、言い訳最終手段としての古技研はそうそう公にするわけにはいかないのが現状だった。

 そんなこんなで飛鳥は、一部研究者が使用している別の入口から入るという手段を取っている。具体的には東洞財閥関連である商業ビルの、表向き存在しない地階を使った経路だ。

 エレベーターのボタンを特定の順番で入力し、緊急呼び出しボタンに偽造した静脈認証装置に指を当てれば自動で地階に直行してくれるという仕様だ。

 そしてそんな秘密基地のようなシステムに、未だ少年の心を忘れていない飛鳥はわかりやすくテンションが上がっているのだった。

「いや~、こういうのって映画とかドラマの世界にしかないと思ってたけど、マジであるんだなぁ」

 ひとり言は無駄に長い廊下のあちこちに反射して、声なのかなんなのかよくわからない音になって飛鳥のもとに返ってくる。

 ちなみに今日は休日で行き先は厳密には学校ではない、ということで飛鳥は私服だった。夏仕様に赤白ツートンの半袖パーカー、白に水色の文字でロゴの入ったTシャツ、あとはベージュのカーゴパンツといった感じだ。

 まぁ彼自身理解していることとして割とダサい。研究所には遥もいるので飛鳥はそれなりに服装に気を使おうかとも思ってはいたのだが、「どうせ行っても勝手にシミュレーター回してるだけじゃん意味ねぇじゃん」とセルフツッコミした挙句思考を放棄して目についたものを着こんだ結果がこれだった。上半身のカラーリングがアストラルのそれを彷彿とさせるのは彼なりの遊び心か。

 で、廊下を歩いて1分弱。飛鳥は6畳ぐらいのこじんまりした白い部屋に辿り着いた。

 正面にはエレベーターのドアのようなものと、その横にはカードリーダーらしき黒いコンソール。

 飛鳥はそのコンソールに近付くと、財布から取り出したカードキーを通してその横にある数字のボタンをいくつか叩いていく。

 ここを利用するのはこれで2度目なので、特に迷う様子もなく操作は完了する。

 モーターの駆動音と共に目の前のドアが開く。3m四方位の部屋の真ん中に、ちょうど人一人が入れそうな大きさの円筒状の機械が置いてあった。

 飛鳥はよし、と気合を入れるとその円筒型機械に足を踏み入れる。

 全身がその中に入ると同時、アクリルのような透明のドアが勢いよくスライドして密閉された。

 何かガスが抜けるような音と共に、突如としてドアはおろか外壁全体が漆黒に染まる。飛鳥を閉じ込める機械がガタガタと振動し、暗闇の中で飛鳥の視界が徐々に白く染まっていき―――

 唐突にそれが止んだ。

 再びガスの抜けるような音がして、目の前の黒い扉が勢いよく開いた。

 その先に広がっていたのは、星印学園地下研究所の一室。

 移動手段に使われたのは、現在ではまだ一般化されていない量子テレポート装置。つまりは今の円筒状の機械だ。これもアーク研究の副産物であり、星印学園地下研究所が試験的に導入している設備だった。

 要はアークのコックピットへのパイロット転送に使われている技術をそのまま応用したものだ。しかし、その実情は『理屈は分かるけど仕組みは分からない。でもとりあえず複製はできたから使っている』という危なっかしいものだったりする。

 この辺りはやはり研究所と言うべきか、一般に対して十分な安全性の保証ができない技術も実用化されている。数学でいうところの証明されていない命題を勝手に使っているようなもので、危険も伴ってはいるが。

 アークを研究する者にまず求められるのが『度胸』である辺り、分野としての特殊性が現れている。

 現代技術とはそもそもの基盤か発展の方向性がまるで違うため、深く踏み込むとその特異性に呑まれてしまう。と、抽象的な表現ではそんなところだが、要するに現代の理論の方に異常を感じてしまう可能性があるということだ。

 極端な例で言えば、とある分野でそれなりに名のある学者がアーク技術に携わった途端、自分の分野の研究を捨ててアークの研究に没頭、果ては元の分野を無意味だと吐き捨てるまでになったとか。

 流石にそこまで影響の出る人間はそう多くはないが、なんにせよ自分たちのもともとの分野にある種の不信感を抱くようになるのは、研究者に総じて現れる職業病のようなものだった。

 だからといって立ちすくんでいては何も知ることはできない。目の前の巨大な、開ければもう戻れないかもしれない扉を自ら開け放つ度胸、そういうものが必要とされるのだ。

 その点、(一般的には)安全性の保証がない量子テレポート装置というのはそれ自体が度胸試しのような役割を兼ねていたりもする。とはいえ研究所を外部から物理的にも隔離することが実用的な目的であるのだが。

 いろいろと御託を並べてたところで、研究者というより研究対象のポジションである飛鳥には度胸もへったくれも要求されていないので、安全性の保証がされていないということ自体が秘密にされている。

 そんなわけで、何も知らない少年飛鳥は意気揚々と研究所に入っていった。

「こんちわーっす」

 そろそろ習慣となりつつある研究所職員への挨拶。テレポート装置を使用する段階で個人認証は済んでいるので、このタイミングでの手続きなどはない。

 おはようやら、こんにちはやらと気さくな研究者たちの挨拶に軽く会釈しつつ、飛鳥は足取り軽やかに歩いていく。

 行き先は休憩室。

 いきなり休憩かよ、とツッコミどころではあるのだが、休憩室のすぐ隣には遥私有の個室がある。遥は当然として大抵は隼斗もその近辺にいることが多い。具体的には休憩室内。

 彼らに会いに行く以上、飛鳥がそこに向かうのは至極当然のことなのだ。

 年季の長い隼斗は研究者とも付き合いが長い。

 バーニングと隼斗に関しては、もともとは東洞財閥が管理する別の研究所で研究がなされていた。星印学園が完成し隼斗がそこに進学することになった時、バーニングもろとも一部の研究者がこの研究所に移ったのだ。

 そんなわけで、隼斗は研究者とも付き合いが深く研究にも積極的なのだとか。一部研究に自ら意見を出したりする辺り研究者からの信頼も厚いのだろう。

 その信頼故か、本来は研究者が隼斗に尋ねつつ埋めるような書類の一部を個人で書くように頼まれていたりもする。隼斗がその、言ってしまえば仕事をするのが、休憩室であることが多いのだった。

 いくつかのブロック状の部屋を横切って、休憩室というプレートの取りつけられた部屋へ。

 シミュレーションをするにしても相手がいないと始まらないので、飛鳥は隼斗を誘って一勝負挑もうと思っているのだ。

「ういーっす、隼斗いるかー?」

 休憩室の扉を勢いよく開け放ちながら、飛鳥は室内に踏み込んだ。

「やぁ、アスカ。遅かったね」

 扉近くの黒革のソファで何かの書類を広げていた隼斗が、飛鳥の方に振り返って手を上げた。

「あら、アスカ君。おはよう」

「こんちわっす、遥さん」

 同室の電気ポットの近くに立っていた遥に挨拶をすると、飛鳥はそのままカラステーブルをはさんで隼斗と反対側のソファに身体を沈めた。

 何気に遥の挨拶が「おはよう」だったのは業界語と言うか、生活パターンの乱れがちな研究者の多い空間での慣例であった。遥自身もそうなのだが、場合によっては研究室や休憩室で泊まり込む人も多い。この辺は普通の大学での研究室などと同様のものだ。

 それ故、例えば朝寝て昼起きるという時差ぼけが発生することも多い。そういう人たちからすると、正午過ぎだろうが17時だろうが寝起きは「おはよう」だ。割と融通の利く言葉であるからか、全員昼の挨拶も「おはよう」で全て統一されていた。以上豆知識である。

 遥は茶葉から抽出した紅茶を入れたカップ2つと、飛鳥が来たことで慌ててティーバッグから作った紅茶を入れたカップ1つをソーサーに乗せて、トレーに並べてバランスを取りながら運ぶ。

 ティーバックからのものを自分の手前に来るように3つのカップを置くと、トレーをポットの隣に戻して隼斗の隣、ちょうど飛鳥の正面の位置に座った。

「ども」

 軽く頭を下げながら、飛鳥は奥側にあるカップに手を伸ばしてするりと自分の手元に引き寄せた。

 要はインスタントの方を手に取ったわけだが、とくに飛鳥は言及しない。それを自分が呑もうとしたのも遥の気遣いなのだろうが、飛鳥に細かい味の違いは分からない。残念ながらそれは誰も得をしないのだった。

 遥は遥で少し驚いた顔をしただけで、隼斗にいたってはペンを片手に目の前の書類とにらめっこをしておりそもそも気付いてない。

 飛鳥は軽く腰を浮かせて、隼斗の手元を斜め上から覗き込むようにした。

「何やってんだ?」

「うん? ああ、これのことかい?」

 顔を上げた隼斗はぴらり、と書類の端を摘まんで持ち上げた。

「これは『精神最適化システムの評価シート』さ。プログラム班がたまにシステムに変更を加えたりするから、実際の体験者として逐次評価を提出してるんだよ」

「精神最適化システム?」

 何か踏み込んだことを説明されたが、そもそもそのシステムとやらに飛鳥は聞き覚えがない。

 なんだかんだ言ってまだ一カ月、知らないことの方が多いのだ。

「そうか、アスカには説明が無かったんだっけ。簡単に言えば、そうだね、パイロットの精神状態をアークの操縦に対して効率的な状態に最適化するシステムかな。まぁ精神状態に干渉して、操縦中にパニックを防いだりするために調整するものだよ。精神に干渉する分アークのシステムのなかでもかなりデリケートな部類でね、こうやって評価をまとめる必要があるのさ」

「そのシステムっていじくって大丈夫なのか? 割と危険そうなんだが」

 そんな飛鳥の思いつきの質問に答えたのは、対面の遥だった。

「ある程度仕組みは分かっているからさほど危険ではないのよ。とは言っても、付け焼刃の書き換えは当然として、あまり大幅な改編をすると悪影響が出たりということもあり得るわ」

「悪影響って、精神崩壊とか?」

「さすがに普通にやってればそこまで酷いことにはならないわよ」

 さらっと出てきた物騒な言葉を苦笑いで否定しつつ、遥は続ける。

「ただ、ものの認識が多少おかしくなったり、性格が変わったりってことは十分起こりうるみたい。実際、隼斗もバーニングに乗っている間は微妙に性格違うものね。もっと男らしいというか」

「あ、あんまりそれは言わないでほしいんですけど……」

 からかうような遥の言葉に、隼斗は赤面して俯いた。

 確かに、飛鳥の記憶の範囲でも戦闘中の隼斗は口調やら性格が微妙に異なっている。声も少し低いというか。

「そういやそうだな。でもさ、シミュレーターの時もそんな感じになってないか? あっちはそのシステム積んでないんだろ?」

「ああ、あれはもう完全にクセが残ってるとしか……。かれこれ2年ぐらいバーニングには乗り続けてるし」

 少々恥ずかしそうに答えた隼斗は、何気なくこう聞いた。

「そう言えば、アスカはアストラルに乗っててもあまり雰囲気変わらないよね」

 言われてみればそうなので、飛鳥は首肯する。遥が手に持っていた紅茶のカップを置きながら、テーブルの上に置かれていた何かの機械を操作した。

 すると、ガラスに見えた天板の中、というか内側にアストラルのスペックシートが表示された。遥がさらに手元の機械を弄ると、初めてアストラルを稼働させたときと、以前にアストラルそのものを稼働させたときに取れたデータのグラフ群へと表示が変わる。

 このテーブルは空間投射ディスプレイの一世代前の映像表示装置だ。特定の透明な物体の内側にレーザー光を使って平面的な映像を表示する技術を使用されたものである。

 反対側からは普通にひっくり返って見えるとか、そもそも金額が高いとか、電力消費が大きいとか。果ては超薄型有機ELで事足りるとかであまり流行らないまま、空間投射ディスプレイに市場を掻っ攫われた不遇な技術でもある。

 とはいえインテリアとしてはわりと有用であるので、一部のもの好きはこれを持っていたりもする。ここにあるのもそういう理由からだろう。

「その話なら、これね」

 表示されたグラフの一つを指さしながら、遥はそう言った。

 指示されたのは、アストラル制御時の飛鳥の精神状態を簡略化、視覚的に表示した物のようだ。

 横軸はまぁ言うまでもなく時間。縦軸は上に『興奮』下に『冷静』といったところか。

 上に行くほどに赤く、下に行くほどに蒼くなっていく。中央が黄緑色っぽくなっているので、色相環において遠回りの赤から青。虹色のグラデーションと言えばわかりやすいか。

「それでこっちがアスカ君が初めてアストラルに乗った1か月前のデータで、こっちが先週稼働させた時のデータよ。……ふむ、こうして見るとやっぱり違いがはっきりわかるわね」

 遥は右左と交互に指さして、あごに手を当て考え込んでしまった。

 見ると、左側の1ヶ月前のグラフのほうが全体的にかなり『興奮』寄りで振れ幅が大きい。逆に、右側の方は横軸より少し『冷静』寄りで振れ幅も小さめだ。

「確か、アストラルは俺のテンションが高い時の方がジェネレーター出力が上がるって言ってませんでしたっけ? やっぱ先週の出力の低さはこれが理由なんですか?」

 尋ねる飛鳥に、遥は小さく頷いた。

「ええ、アストラルはね。ただ、これも数の少ない統計データだから、確実とは言えないわ。どちらかというと、このグラフが『興奮』側に跳ねたときに爆発的に高い出力が出ていたから、変位の方が要素としては大きいかもしれないわね。1ヶ月前のを見る分にはそういう風に感じられるわ」

 遥の説明を聞きながら、飛鳥も当時のことを思い出してみる。

 確かに飛鳥の実感としても、例えばプラズマバズーカを撃った時や、大量のミサイルを迎撃したときなどは興奮していたというか、全力だったような気がする。最後にアストラルカノンがアンロックされる直前などはもう人生で一番の全力だったんじゃないかと思えるようなレベルだ。

 よく見てみれば、戦闘終了直前辺りのグラフの上がり方は異常なものだった。これがあの適合レベル向上に繋がったのだろうか、と素人ながらも飛鳥は考察してみる。

 興味深そうにのぞきこんでいた隼斗が、何かに納得したように小刻みに何度か頷くと顔を上げた。

「こういう風に、仕組みは分からないけどアークはパイロットの精神状態次第でジェネレーターからの出力が変化してしまうからね。その出力を安定化させたり、基準を高めたりするのに『精神最適化システム』が使われているのさ。あとは、思考補助システムとの親和性を高めたりとかかな」

「つまり、パイロットを強制的に興奮状態にさせて出力を上げるってことか。なんつーか、荒っぽいなそれ」

 飛鳥は呆れたように呟いたが、隼斗は首を振ってそれを否定した。

「興奮であれば出力が上がるってわけでもないんだ。それは完全に機体ごとの個性だからさ。大抵は確かに興奮状態の方が出力が上がりやすいんだけど、たとえば中国のコードH『ホライゾン』なんかは冷静な方が出力が高くなるっていうことも聞くし。どちらにせよ重要なシステムではあるんだけどね」

「つってーと、アストラルにもそのシステムはあるってことか。もしかして俺も戦闘中性格変わってたりするのか? いざ自分のこととなると意外と恥ずかしいなコレ」

 頬を指で掻きながら尋ねると、表示されていたスペックシートを消しながら、遥が答えた。

「いえ、あるにはあるのだけど、アストラルのはそれがかなり弱いのよね。実際は過剰なパニック状態とか、強い恐怖なんかを抑えて戦闘に集中しやすくするぐらいしか働いていないのよ。だからアスカ君は特に変わった様子はないわ。それに、脳に外部から干渉するシステムだし、あまり強力に作用していないほうが安全ではあると思うのよ」

「なるほど、それもそうですね」

 飛鳥は軽い調子でそう答えると、「よっこいせ」とおっさん臭く立ちあがった。

「じゃあ今回はその辺りも考えて、自分なりにテンション調節しながら戦ってみるか。……つーわけで隼斗、毎度ながら相手よろしく頼むわ」

「あー、そのことなんだけどさ……」

 頼まれた隼斗は歯切れ悪くそう答えると、傍らの遥に視線を送った。それから何かを感じ取ったのか、遥は飛鳥の後方にあるデスクの方に向かう。

「何やってるんすか、遥さん?」

 何やらごそごそと引き出しを漁っていた遥は、そこから一枚の黒いディスクを取り出して、パチリとウインク。

「今回は少し、趣向を凝らしてみましょう」


 飛鳥はキョトンと首をかしげるのだった。

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