1章『持つ者、持たざる者』:5
とある平日の昼休み。
飛鳥はいつも通りのメンバーで机を寄せて昼ご飯を食べていた。毎度のことながら、飛鳥は購買で購入した安物の総菜パンを並べている。
飛鳥の対面では、大きな弁当箱を広げたままひたすらウンチクをまき散らしていた伊達がようやく話を終えたところだった。
「というわけだすげぇだろ」
「ああ、朝のニュース番組の受け売りをさも自分の雑学の様に語れるお前は超すごいからちょっと黙れ」
同じ番組を同じように見ていた飛鳥にとっては二回同じ話を聞かされたに等しいので、彼は少し苛立っていた。
そもそもからして「すごい情報を仕入れてきたんだが」という大仰な前振りから始まった話であったため、飛鳥もそれなりに期待して話を聞いていたのだ。その結果がこれだったのだから仕方がないとも言えるだろう。もっとも、飛鳥が割と短気であることを前提として、だが。
伊達が話し始めて5言目ぐらいで、どこかで聞いたような話だと感じていた飛鳥。伊達のドヤ顔で語る内容がニュース番組の内容そのままだと分かって以降はまともに話を聞いていなかった。
飛鳥はうんざりした様子で続ける。
「大体さ、VRゲームとかこの前のゲームショウで筺体置かれたから体験した人多かったろ。今更はしゃぐような内容かよ。まぁあのときはレースゲームだったけどさ。なんにしたって変にリアルで大して面白くなかったぞ」
どうでも良さそうに語る飛鳥だったが、実は彼もそのゲームショウには行っていて、しかもちゃっかり体験済みだったりする。
その時に関しては飛鳥もテンションを上げたものだ。しかしそのゲームがリアル寄りのレースゲームだったこともあってか、ネットのとある掲示板では『普通に車運転してればいいんじゃ?』という意見が大勢を占めていた。
長蛇の列をくぐりぬけて辿り着いた先にあったのが『リアルを求め過ぎた結果辿りついたのは大衆車』というどうしようもないゲームだったのだから、この結果もある種当然と言える。
もっとも、このゲームはその後の車両改造によって、一般車を掻きわけながら街中を時速400㎞で走り回れるぶっ飛びゲームと化すのだが、飛鳥はそのことについては知らなかった。
伊達は退屈そうな飛鳥の様子にため息をつく。
「お前もつまらんことを言うよな。俺はやってないから詳しいことは言えないけどよ、リアルなのって悪いことか?」
「リアル過ぎるのがつまらないって言ってるんだ。普通に車運転してるのと変わらないとかもはやゲームじゃないだろ。あれのせいでなんか期待値低いんだよな」
「まぁそのゲームはやったことないから何とも言えないけどさ。でも今度稼働するのは格ゲーらしいぜ? つっても、ゴツイおっさんが殴り合うようなゲームとはちょっと違うみたいだが」
伊達は例のレースゲームを体験していないからか、あまり突っ込んだ話はせずに話題を変えた。
話題に上がっているのは、やはり朝のニュースで取り上げられていたゲームで、そのジャンルのことだった。
「そりゃそんなマジな殴り合いをゲーム化してもなぁ。いや、意外と需要あるか……?」
「あるだろうけどあってほしくないよね」
先ほどまで飛鳥達の話を興味深げに聞いていた隼斗が苦笑いしながらそう言った。
「暴力的か? 憂さ晴らしにはなりそうだが」
「それゲームの後現実で殴り合い始まらないかな?」
「……ああ、ありがちだな」
伊達はようやく自分の弁当に箸をつけながら、
「まぁ実際単なる殴り合いになっても面白くないしな。ともあれ武器使ったり波動撃ったりするだけであくまでもスタンダードな格闘ゲームになるんじゃないか?」
「それスタンダードって言うっけ……。ともかくVRなら元は3D対戦格闘か。なんかのシリーズなのか? ……筺体が違いすぎるからそれもないか」
格闘ゲームも最初の開発から何年経ったか分からないが、いくつかの別パターンが現れた今でさえ操作系の主流はジョイスティックと複数ボタンだ。
ジョイスティックが16方向になったり(ほぼアナログな入力が初心者お断りすぎてプレイヤーが増えなかった)とか、ボタンがタッチパネル式になったり(特殊なボタンが条件で現れたりしたが、そもそも入力が安定しなかった)と混乱期はあったものの、最終的には昔ながらの8方向ジョイスティックと4~8程度の複数ボタンに落ち着いたのだった。
とまぁそんなこんなで、格闘ゲームは操作系に関して割とシビアなようで、同じ会社でも大胆に操作やゲーム性が変わるときは、名前売りするのでなければ別の作品名を冠するのが基本となっていた。
そしてそれは今回のVR格闘ゲームでも同様のようだ。
「ああ、完全新作らしい。つっても会社としては有名どころらしいからそこまで酷いことにはならないと思うけど……まぁあの手のゲームで新シリーズって当り外れひどいしなぁ」
「どっちにしろ話題性だけでそれなりに人気出るんだろ? って言いたいとこだけど実際前のレースゲームで痛い目見てるし何とも言えないな」
「確か筺体の稼働が来月中旬だった気がするんだが。なんにしても、面白いゲームになってくれることを期待しとくわ」
それだけ語って話は終わりだとばかりに自分の昼食に専念し始める二人、伊達はそこそこコアで飛鳥はたしなむ程度と多少差はあるものの、揃って格ゲーマーな二人にとってはそれで情報は伝わったということになっていた。
伝わってはいたのだが、果たしてどうも尾切れトンボな感じだ。自分の食事を口に運びかけたところで、飛鳥がふと首をかしげた。
「あり? 話ってそれで終わりか? ただの知識自慢になってたが」
飛鳥が問うと、対面の伊達が箸を止めて彼の方に視線を向けた。
「そうだ、そうそう、言うの忘れてた。それでさ、今度の日曜ゲーセン行こうと思ってたんだけど、飛鳥も一緒にどうだ?」
「今度の日曜? いや、そのVRの稼働って来月だろ?」
「別にそれをやろうぜって言ってるわけじゃねぇよ。最近プレイしてないから腕鈍って仕方ないんだよな。そんなわけでちょっくら感覚取り戻すのと暇つぶしに付き合えって話なんだが」
「お前とやったら俺は絶対勝てないだろうが……」
どの程度入れ込んでいるかは先ほど言った通りで、伊達の実力は飛鳥よりも一枚も二枚も上だった。それ以前に飛鳥は基本のコンボも半端にしか覚えていないという状態なので、まともな勝負になることは稀だった。
とはいえ勝率自体は飛鳥が3割とちょくちょく勝っているのが数字に表れている。この辺りは飛鳥がゲームのときだけ発揮する異常な反射神経が生み出した結果なのだが、いかんせん調子依存な部分が大きく安定した勝ちに繋がらないというのが現実であった。
ともあれ、さきほどの伊達の提案が途中から明らかに命令にすげ変わっていたことには気付かないふりをしつつ、飛鳥は先に疑問の方を潰しておく。
「それに、日曜って陸上部の活動あるんじゃないのか? サボってやるつもりか」
「いや、今回は土曜の午後から。他の部との兼ね合いでグランドの使用が被ったからって先輩が言ってた。アクエルに行った時と同じ状態なんだが、あの時は土曜が創立記念日だったしな」
星印学園は私立高校なので、土曜日にもちゃんと授業はある。半ドンという言葉はもはや死語だが、要するに午前中だけの半日授業だ。
とはいえ、それに関しては教師の都合だとかで、クラス単位ではあるが結構簡単に休みになったりもする。しかしながらそれは直前にしか分からないことが多いので、それを予定に組み込むのは無理があるのだが。
ともあれ今度の日曜は陸上部の活動が休みなので、伊達はその暇つぶしに飛鳥を誘っているのだった。
「んー、お前が暇っつってもなぁ。土曜の午後なら別によかったんだけど、日曜はちょっと予定があるからさ」
「星野君部活始めたの?」
飛鳥が呟いたところで、横から割り込むように話してきたのは美倉だった。
さっきまで一人で黙々と食事にいそしんでいたからか、彼女の目の前の小さな弁当箱は米粒一つ残さず綺麗に平らげられていた。
飛鳥は美倉と、その弁当箱をまじまじと見つめながら、
「そういうわけじゃないけど。……美倉、お前の弁当小さ過ぎないか? 足りないだろそれ」
小さな、で片付けられるのか分からないほどの小サイズな弁当箱は、へたをすると飛鳥の掌に綺麗に収まってしまうほどの大きさだった。
「え、普通だと思うけど。足りないとは思ったことはないかな」
「ふぅん……。燃費いいんだな」
感心したように呟く飛鳥。
女子としてはさほど気になるほど少ないわけではないのだが、その差を考慮しなければかなり少ないと言えるだろう。しかしそれをちまちま食べているのかというとそうではなく、現に飛鳥達が雑談に興じていた10分ほどの間に全部食べきっているのだからむしろ早いぐらいだ。
ところで、井戸端会議というものは往々にしてあちこちに話題が飛んで行ってしまうものである。こうした昼休みの雑談をそう呼ぶわけではないが、話のレベルは同じようなものであろう。そんなわけでこの会話も、最初の話題は遥か彼方だ。
軌道を修正したのは伊達だった。
「それで、アスカ。日曜は無理ってことでいいのか?」
「ああ、そうだな。ちょっと予定があるからな」
「言えない予定か?」
「想像に任せるよ」
ぶっきらぼうにそう言って早々に話題を切り上げてしまった飛鳥。馬鹿正直に答えてしまわないかとヒヤリとしていた隼斗も、模範に近い回答に胸をなでおろした。
一応伊達は関係者側の人間なので、この程度のぶつ切りの情報で通じている。とはいえ直接関わっているのではなくあくまでも『踏み込んではいけない話』として知っている程度なのだが。
飛鳥の日曜の予定とは、もはや言うまでもなく星印学園地下研究所に赴くことだった。
星印学園に存在する秘密の同好会組織、古代技術研究会。古技研と略されるその集団は、学園内における星印学園地下研究所への窓口としても機能していた。
また、研究所に直接関わる生徒は建前上古技研のメンバーということになっており、何かしらの要因で集まっていることがバレた際の最後の隠れ蓑としての役割を持っている。
基本的に日本という国は公的には兵器たるアークの研究を行っていないことになっているため、体裁上あけっぴろげなスタンスは好まれない。また、星印学園地下研究所に搬入される資材のなかには、学校の備品と偽られて搬入されるものも紛れている。
こういったことから、研究所は特に学園内では公になってはならないのだ。学園内に必要以上の関係者がいないのも『多数の痕跡を繋いだ先の真実』に辿り着く一般人が現れないようにするためという理由からだった。
しかし関係者自体は存在する必要があるため、いつまでも隠し続けられるのかというとそれも確信のある話ではない。なので、その学園内の関係者が何らかの手がかりを掴まれた際に、同好会の活動やそれに関係することだと偽るためにも古技研は存在しているのだ。
古技研の活動は古代技術について研究すること。アークが古代技術の産物であると目されている以上、古技研のメンバーがそれについて『不自然に』よく知っていることは、しかし何もおかしいことではなくなるのだ。
多重に掛けられた安全装置。
秘匿も一つの機能として組み込まれた全体システム。
学び舎という領域に広がる別の目的。
それらを踏まえたうえで、飛鳥達は何も知らない一般生徒というカテゴリに自らを当てはめる。
そうして話を終えた飛鳥と伊達、隼斗はそれぞれの昼食の残りを口に放り込んでいく。
ただ一人、美倉が怪訝な表情を浮かべていることにも気付かずに。




