after 交錯する思惑
その日、ある男に知らせが入った。
濃紺のスーツを纏った端正な顔立ちの男は、携帯のバイブレーションに露骨に顔をしかめながらもそれに視線を向けた。
その男は、神原宗二。神原財団という財団の創始者であり、現在の財団最高責任者でもある男性だ。
上等そうな木製のパソコンデスクの上で、耳障りな音を響かせる灰色の携帯。
数秒バイブが止まらないのを見て、やっと電話だと理解した宗二は億劫そうにそれを取り上げた。
ボタンを数回押して携帯をそのままデスクの上の放り投げると、灰皿の煙草に手を伸ばしそれをおもむろに口に咥えた。
数瞬の後、パソコンのディスプレイにウィンドウが現れる。携帯の代わりに、パソコンの画面で行うテレビ電話だ。
純粋に画面サイズの大きさに差があるのも理由の一つだが、セキュリティの観点から見ても、暗号化のレベルなどからこちらの方が安全なのだ。
画面に映る、いかにも気弱そうな中年の男性。
見た目で言えば、宗二はその男よりも歳をとって見えるし実際の年齢も同様だ。だが、身体から出る覇気のようなものが、その男を遥に凌駕している。
「こんな時間に何の用かね、山岸君」
昼の短い休憩時、クラシックでも聞きながらリラックスしようとしていた矢先の電話だったため、宗二は苛立ちを隠そうともせずそう尋ねた。
山岸と呼ばれた男はその小柄な身体をビクッと震わせると、さらに縮こまりながら話し始めた。
『ええと、その、まことに申し上げにくいのですが……』
「前置きはいい、早く話したまえ」
ピシャリと言い放つ。
この男は仕事はできるのだが、自信のない態度だけはいただけない。自分で目的を立て動き始めれば仕事の顔になるので、それまでは我慢することにした。
山岸はその言葉にさらに身体を震わせると、いかにも恐る恐ると言った様子で、
『諜報部から報告がありまして……。どうにも、東洞がコードAの適合者を手に入れたとの情報でして……』
「なんだと?」
聞き流すわけにはいかない報告に、宗二は露骨に眉をしかめた。
「それは事実か?」
『は、はい。確証は取れているとのことです』
声を震わせながら答える山岸の言葉に、宗二は「ふむ……」とあごに手を当てて考え込む。
ややあって、宗二は視線をディスプレイに向けた。
「なるほど、先を越されたというわけか。ならば仕方あるまい、我々も早々に適合者を見繕うとしよう」
『方法は?』
「一任するよ。ただ……そうだな、まずは手近なところからというのが定石だろう」
『了解しました。すぐに実行いたします』
「焦る必要はないが、期待しているよ」
理解し合った者同士故の会話。要点だけを押さえたその連絡は、ほんの数言交わしただけで目的を全て達してしまう。
用は済んだとばかりに、宗二は通話中のウィンドウを消し去った。
そのままデスクトップのアイコンに視線を向けて、ソファに深く腰をかける。
一体どういう操作を受け付けたのか、部屋のあちこちに配置された大きなスピーカから一斉にクラシックの音楽が流れ始める。
宗二はデスクに背を向けて、大きな窓ガラスに対面する。
防弾ガラス越しに広がる灰色の街並みを眺めながら、宗二はゆったりと音楽の世界に身をゆだねていく。
瞳を閉じ、煙草の煙をくゆらせながら、宗二は一人物思いにふける。
「まだ、焦るときではない。ゆっくりでいい、今はそれでいい。我々の立つ場所は他と同じスタートラインなどではないのだからな」
ひとりごちて、ゆらりゆらりと身体を揺らす。
激動に至るのは、まだ先の話なのだ。
だから今は、アダージョにいこう。
5/22に1部を改稿しました。




