1章『時期外れのクリスマス』:4
飛鳥達の向かったゲームセンターは、駅前にある大きめの店だ。
一葉に特訓と称して連れて来られた場所であり、飛鳥や伊達、一葉もプレイしている格闘ゲームの筺体が複数置かれている。レースゲームやリズムゲーム、あとはメダルゲームなどのアミューズメント系も含めて一通りの物がそろっている。
こういったゲームセンターは、今となっては随分数も減ってしまった。
家庭用ゲームに、特に対戦要素のあるゲームにはオンライン対戦が搭載されるのが当たり前になってからは、わざわざ足を運んで、一回ごとにお金を入れてまでプレイする者も少なくなったのだから、当然といえば当然だ。
それでも対戦相手と顔を突き合わせて勝負するという独特の緊張感を求めてゲームセンターへとやってくる人間は居るのだが、それも数は限られている。そういった緩やかな右肩下がりの変遷が続いた結果、どこも採算が合わなくなって、店を畳むか、あるいはアミューズメント系統に特化する形となっていった。
結果残ったのは、飛鳥達が行っているような大きな店ばかりだ。その分、限定的な需要が集中する事もあってか、常に一定のにぎわいは見せている。
ただそれにしたって対戦格闘ゲームは賑やかしに近く、プレイ人口はリズムゲーム等の方が明らかに多い。身体を動かすようなゲームのインターフェイスは、家庭に持ち込むには大きすぎるため、各家庭でできるようなものではない。そういった理由もあって大型筺体を用いるゲームのプレイヤーが全体としても大きな割合を占めている。
逆に言えば、そうでもない限りはわざわざこんな所に来てまでゲームをしようと思う人間が、それだけ少ないということだ。
このような客層の変遷で特に割を食っているのが、飛鳥達がプレイしているような対戦格闘ゲームの類だろう。
リズムゲームなら大型のタッチパネルや、あるいは足で操作するようなセンサー、そして広い空間。レースゲームならハンドル型コントローラーにアクセル、ブレーキペダルといったインターフェイスを要求する。市販されているものもあるとはいえ、大きなスペースを要求するし、何よりも価格が馬鹿にならない。
その点ジョイスティックやボタンで操作できる格闘ゲームは、比較的安価にプレイ環境を用意する事ができる。割り切ってしまえば、単なるゲームパッドを使用してもプレイ感に極端な差は出ない。そのためそれぞれ自分で環境を整えてしまうか、そもそも適当な環境で済ませる人間が多いのだ。
何にせよ、今どき特別性が無ければ厳しいということである。
最近出てきたVRゲームというのは、この停滞した状況を打開するための物でもあった。
VRゲームが持つ臨場感は他とは比べ物にならない物で、それだけでも大きな新鮮さを持つ。加えてVRデバイスはまだまだ大型かつ高価で、とても一般人が手にできるようなものではない。つまりこうした大型のゲームセンターぐらいでしか、お目にかかれないものなのだ。
大きなゲームイベントで最初にお披露目されたのはレースゲームだったのだが、結局最初にリリースにこぎつけたのは対戦格闘ゲームだった。VRの格闘ゲーム、に需要があるかはともかく、VRゲーム自体には需要がある。その先駆けともなれば話題性はあるだろう。
家庭で出来るからという理由が主な人口減少の原因の一つであれば、家庭では出来ないものを組み込めばいい。
それが、このゲームジャンルの生き残りの手段だったわけだ。
「にぎわってるなぁ」
立ち入った店の中で一際人の多い区画を眺めて、伊達は感心したように呟いた。
伊達の視線が向けられているのは、件のVRゲーム筺体が置かれているスペースだ。稼働を始めてからそれなりに経つため、大賑わいというほどではないにしろ、ちょっとした人だかりができる程度には人が居た。
プレイヤーだけでなくギャラリーも居るのだろうが、たった2台しかない筺体の周りだけ人口密度がかなり高いのだ。
「あんまり面白いゲームって感じではなかったんだけど、やっぱプレイする奴は居るんだな」
一葉に連れられて、稼働前にバックヤードでプレイさせてもらった時のことを思い出しながら、飛鳥はしみじみとそう呟く。
途端に伊達が、キョトンとした表情でこちらをうかがってきた。
「え、アスカもうあれプレイしたのか?」
「あ……、ああいや、ちょっとだけな」
さすがにバックヤードに入らせてもらったという事は言えないため、飛鳥は適当にそう言って誤魔化す。
まともなゲームとしてプレイしたわけではないのであまり適当な事は言えないのだが、少なくとも飛鳥にとっては、あのVRゲームが面白かったという印象はない。
あるいは神経接続型のVRシステム自体に珍しさを感じていれば、それも面白さと思えたのかもしれないが。
しかしながら、所詮はあのVRシステムもアークに搭載されている物のダウングレードモデルだ。より正確には、アークのVRシステムを参考に開発されたVRシミュレータのダウングレードモデルである。
オリジナルである、より高度なVRシステムを慣れてしまうほど体験してきた飛鳥にとっては、特に珍しさを感じるものではなかったのだ。
ちなみにだが、このゲームセンターに置かれているVRゲーム筺体も、東洞系列の企業が開発したものだ。要するにアーク研究の技術がある程度フィードバックされている。
飛鳥が参加したアメリカとの合同研究は2回目のもので、それ以前に行われた1回目の合同研究では共同でVRシミュレータを開発していた。このVRシミュレータ自体は機密情報で、アーク研究外には持ち出されていないのだが、その基幹技術の一部は東洞系列の企業へとフィードバックされていたのだ。
シミュレータの方はアークに搭載されているものに限りなく近づけるため、かなりの情報を処理する必要があることから、星印学園地下研究所では大型のスーパーコンピュータに直結して稼働している。
このゲーム筺体は、シミュレータに比較して処理する情報量を制限することで本体をコンパクト化し、座席型の筺体1台で神経接続型のVRを実現したものである。
長ったらしい話ではあったが、これはアメリカでの合同研究の後に、飛鳥が気になって隼斗に尋ねてみたときに聞かされた話だった。
「つか伊達、あれやるのか?」
物珍しそうにVRゲームの周りに集まった人を眺めていた伊達に、飛鳥はそう尋ねる。伊達はワンテンポ遅れて首を横に振った。
「いや、なんかよくわかんねーし、また今度でいいよ。いつも通り、アレやろうぜ」
伊達がそう言って指さしたのは、店の奥のこじんまりした空間に並べられたゲーム筺体だった。
終業式が終わってそう経たずにここへ来たので、まだ正午を過ぎたあたりだ。時間が時間だからか、筺体の周りには人がいない。
「オッケー、分かった」
最初からそのつもりだった事もあって、飛鳥は迷わず伊達の指が向けられた筺体の方へと向かう。伊達もそれに続きつつ、その周辺を見回して言った。
「しっかし人少ねぇな。みんなあっちに行っちまったのか?」
VRゲーム筺体とそこに群がる人達を親指で指さしながら、伊達はそう尋ねる。
飛鳥は首を横に振った。
「いや、そりゃないだろう。単に時間が早いからだと思うぜ。結構前だけど、夕方来た時はまだまだそれなりに人はいたしな」
客層的な問題もあるだろうが、このゲームに関しては平日の昼間からプレイしに来るような人間はほぼいないのだろう。
ちょっとした貸し切り状態になっているゲーム筺体の片側に腰掛けて、飛鳥は腕や指先を軽くストレッチさせた。
「キャラは?」
対面の台についた伊達が、筺体の横から顔を出してそう尋ねた。
飛鳥も軽く身体を傾けながら答える。
「俺はいつもどおりにするつもりだけど、そっちは?」
「じゃあ俺もいつも通りにするよ。……アップデートあったよなぁ」
「有ったなら有ったで、対戦しながら慣らしていけばいいだろ」
「それもそうだな」
そう言って、伊達は頭を引っ込めた。
こういう類のゲームは、バランス調整や新規キャラクターの参戦などで頻繁にアップデートが行われる。そのたびに細かい調整が入ると、間が空いてからプレイすると、操作感ががらりと変わっていたりなどということもしばしばある。
「どーする? ハンデでもくれてやろうか?」
飛鳥は肩をすくめると、ゲームの音に負けない程度に声を張って、伊達を軽く煽ってみせた。
伊達は小さく噴き出して、同じく大きな声で答える。
「いらねーよ。なんならこっちが手加減してやろうか、アスカ?」
「はん、なめんなよ。ボッコボコしてやるぜ」
ケータイを近づけて電子マネーでクレジットを投入した飛鳥は、ニヤリと笑って、掌をスタートボタンに勢いよく叩きつける。
「よっし……」
対戦前の緊張感と高揚感は、どこかアークでの戦闘に似ていた。
それから2時間ほど経って、だ。
「なぜだ……」
怨念じみた声でそう呟いたのは、がっくりと肩を落とした飛鳥だった。
ほぼ貸し切り状態で2時間ほど連戦を続けた結果、10勝21敗。比率としては約3対7で負け越してしまったのだ。
これには飛鳥もさすがにショックが大きかった。
何せ曲がりなりにも慣らしの意味も込めてだが定期的にプレイしていたのだ。もはや半年単位のブランクがある伊達相手に、明確に負け越してしまうとは飛鳥も思っていなかった。
「なんっでお前のぶっ放しはことごとく通るんだよくっそー!」
「おっと、負けた奴特有のぶっ放し連呼か?」
「うるっせぇよ!」
ギリギリと歯を食いしばった飛鳥は、硬く握った拳をブンブンと上下に振り回す。駄々っ子のような動作だが、それだけ彼が感じている悔しさが表れていた。
そんな飛鳥を半笑いで眺めていた伊達は、そこでふと真面目な表情を浮かべる。
「まぁ、俺も大体直感でやってるからあんまり良く分かってないんだよな」
「……伊達、前からそうだったよな」
「定石とか覚えらんねぇんだよ、仕方ないだろ」
伊達は軽い調子で答えるが、直感プレイにぼこぼこにされた飛鳥としては堪ったものではない。
結局のところ、直感のぶっ放しとは言っても、その裏では経験や知識からあれやこれやと考えて出された結論に従って行動を選択する物なのだ。それが有効となるポイントで的確にぶっ放していけるのは、確かに運という要素もあるだろうが、伊達自身の勝負強さによるところが大きいといっていいだろう。
何にせよ、負けてしまった飛鳥にはあれこれ言う資格など無いのであった。
「おっと、もうこんな時間か」
がっくりとうなだれる飛鳥の前で、壁にかかっていたアナログ時計を見上げた伊達がそう言った。
「何か用でもあるのか?」
「いや、実は美倉に買い物誘われててさ」
「は? こんな時間に?」
自らも時計を見て、飛鳥はキョトンとした表情で尋ねた。
「昼飯家で食ってからのつもりだったんだよ。完全に食いそびれたけどな」
空腹を感じているのか、伊達は腹を撫でながらやや恨めしげにそんなことを言う。
「残念だったな」
「ああマジ残念だ。それじゃ、また今度な」
ここぞとばかりに笑顔で言ってやった飛鳥だったが、伊達は真顔でそれだけ答えると、軽やかな足取りで去って行ってしまった。
ゲームでも器のでかさでも負けてしまった気がして、飛鳥はやるせなさを誤魔化そうと小さく肩をすくめる。
相変わらず貸し切り状態のまま、虚しくBGMを垂れ流すゲーム筺体に肘をついて、飛鳥はため息と共に呟く。
「彼女、かぁ……」
そんな言葉と共にどこか遠い目をした途端、
「負け組ここに極まれり、って感じね」
「っ!?」
唐突に聞こえた失礼な言葉に、飛鳥は慌てて後ろを振り返る。
「って泉美かよ……」
「何それ、随分なご挨拶じゃない」
見慣れた姿に、呆れたように肩を落とした飛鳥。それが気に入らなかったのか、泉美は挑発するような視線を彼へと送った。
構わず、飛鳥は彼女の方へと身体ごと向き直った。
「で、なんでこんなとこに?」
「水城たちとこっちでお昼食べて、その帰り。通りかかったら伊達だけ出てきたから、あんたまだいるのかなって覗きに来ただけよ」
「ふぅん」
気の無い返事をする飛鳥から視線を外すと、泉美は飛鳥の反対側の筺体を覗きこんだ。
「ねぇ、これってアレでしょ、格ゲーってやつ」
「そうだけど……。なんだ、やるのか?」
「ちょっと気が向いた」
泉美はおもむろに飛鳥の対面に回ると、迷う様子もなくゲームを始めてしまった。
「アスカもやるでしょ?」
「は? 別にやるのは構わないけど、さすがにゲームにならないと思うぞ」
「いいからいいから」
渋る飛鳥だったが、泉美は聞く気はないとばかりに飛鳥に対戦を申し込んだ。
口ぶりからして泉美にプレイ経験はなさそうだ。まず一通りまともに自分のキャラクターを動かせるようになるまでで、既に一つハードルのあるタイプのゲームなのだが、いきなりやってもまともに対戦にはならないだろう。
ただ妙に乗り気な今の泉美には、恐らく止めておけと言っても聞かないだろう。
「はいよ」
そう呟いて、肩をすくめる。
仕方ないなと、飛鳥も再びゲーム筺体に向き合うのだった。