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アークライセンス  作者: 植伊 蒼
第7部-始祖の末裔-
197/259

1章『時期外れのクリスマス』:3

 すったもんだが有ったような無かったような。

 ともあれ飛鳥にとっては、ストレスだけが妙に溜まったテスト返却最終日。その翌日は終業式だった。

 飛鳥は例によって、校長その他のありがたい話を夢の世界へ置いてきた。夏休み前の終業式もそうだったし、始業式に至っては有ったのか無かったのかすら彼には思い出せない。こういう場でしか顔を合わせる機会の無い校長など、入学式の時の記憶がうっすらと残っているばかりで、そろそろ顔も思い出せなくなりそうだった。

 そんな終業式を終えて、飛鳥達は教室へと戻っていた。

 クラスによっては学期最後のホームルームで担任から連絡事項が有ったりするのだが、飛鳥のクラスの担任である飛騨は、始業式の前に教室であらかじめ式後にホームルームは無いと告げていた。

 そのため講堂での終業式が終わり次第、教室には戻らずそのまま帰宅した生徒もいる。教室を軽く見渡せば、生徒の数が少ない事はすぐに分かることだった。

 その少ない生徒達は何をしているのかと言えば、皆もっぱら明日からの長期休暇の予定について話している様子である。

 鞄を抱えた伊達は、自分の席で帰宅の準備をしている美倉と話をしている。そこから少しはなれたところでは、泉美と水城が楽しげに談笑をしていた。

 そんな風にクラスメイト達が話をしているのを、教室の後ろの方で遠巻きに眺めていた飛鳥。

 ぼんやりとしていた彼の元に、同じくもてあました様子の隼斗がやって来た。

「アスカは何か、冬休みの予定は立ててるのかい?」

「俺か? いや、特には何も。長期休暇だから、同好会の方で何かするんじゃないかと思ってたし。まぁ無くても予定立てたりしないんだけどさ」

「実家の方には戻らないのかい?」

「実家は俺が住んでるとこだよ。親の方には……まぁ、そっちも予定はないな」

 もう何日会っていないだろうかと思い返してみる飛鳥だったが、高校に進学してからは本当に一度も親の顔を見ていない事に気付く。たまに連絡を取ってもメールぐらいのもので、それこそ声すら聞いていなかった。

 その事実に気づいてなお何も感じないのだから、飛鳥もたいがい極端な人間だ。

「結局、夏休みの時も行かなかったんだろう?」

「行かなかったけど、それで何かあったわけでもないしな。いいだろ、こっちはこっち、あっちはあっちで自由にやってるだけだよ」

「さばけてるなぁ……」

 感心しているのか呆れているのか判別のつき辛い調子で、隼斗はそう感想を述べた。

 頭の後ろをガジガジと掻いた飛鳥は、隼斗に尋ねる。

「それで同好会の方は、この冬休み中に何かあるのか? 俺はテスト期間はほとんど行ってなかったから、何か連絡受けたりなんてしてないんだけど」

「僕はたまに顔を出していたけど、それらしい話は聞かなかったなぁ。……ああいや、そういえば最近欧州の研究機関と交流が多いみたいだったけど、もしかしたらその関係で何かあるかもしれない」

「何かねぇ……」

 何か、と曖昧な言い方をされても、研究がらみで外国の研究機関と何をしたかというと、飛鳥にはアメリカ、オーストラリアの研究機関と共に行った合同研究ぐらいしか思い当たらない。

 それ以外にもいろいろな機関と共同で研究を行なったりしているらしいのだが、パイロットである飛鳥達にまで影響のある事となると、大規模な合同研究ぐらいしかないのだ。

 首を傾げている飛鳥に、肩をすくめて隼斗は告げた。

「すまないね、僕もちゃんと話を聞いたわけじゃないから。明日辺りにでも確認しに行くといい」

「明日? 今日じゃなくてか?」

 話を聞くだけなのに、わざわざ明日と指定してきているのはなぜだろうか。首を傾げる飛鳥に、隼斗はどこか得意げな態度で答える。

「ちょうど今日、バーニングの大規模な改修をするのさ。今日中に一気に全部やってしまうってことでね、人手がそっちに取られるんだ。ちょっと話を聞くのも大変なほど忙しくなりそうだから、急ぎじゃなければ明日にしてほしい」

「改修? そんなのするのか。なら明日、普通に朝からでいいか。……ってか、人手が取られるってことは、今日は俺は行かない方がいいのか?」

「行かない方がいいとまでは言わないけど、行ってもする事はないかもしれないね。総出で、という話だから、アストラルに人が回れないと思うし」

「なるほど。ま、それならテスト明けってこともあるし、のんびり過ごさせてもらうよ。隼斗は行くのか?」

「僕は、そうだね。動作テストもするだろうし、僕が居ないと何かと不便がありそうだから」

「それもそうか」

 肩をすくめて、飛鳥は短く会話を打ち切った。

 しかし、飛鳥は今日は放課後は普通に研究所に行くつもりだったのだが、予定が狂ってしまった。

 のんびり過ごすと適当に答えてしまったものの、特にしたい事が有るわけではない。冬休みの課題も少ないながらも有るには有るのだが、暇だからといってやる気になるようなものでもなかった。

 さてどうしたもんかと飛鳥が顎に手を当てたタイミングで、それまで他の生徒と話をしていた篠原が駆け寄って来た。

 わざわざ教室の中を小走りでやってきた篠原を見て、飛鳥は怪訝そうな表情を浮かべる。

「どうしたんだ、篠原?」

「聞きたい事があってさ。星野、あと久坂も、お前ら冬休みの最終日って予定空いてるか?」

「最終日? いや、まだ特に決めてないけど、これから予定が埋まる可能性もあるな」

「そっか……。久坂は?」

「僕も飛鳥と大体同じかな。今のところは無いけど、まだ分からないね」

 軽く両手を広げながら、隼斗も飛鳥と同様に曖昧な回答を返す。

 うーん、と悩んだ様子を見せる篠原に、飛鳥はこう尋ねた。

「必要があるなら予定が入らないように工夫はしてみるけど、何か大事な用でもあるのか?」

「大事な用っていうか……。クラスでクリスマスパーティをやろうかって話が出ててさ。出てるっつーか、俺が言い出したんだけど。あと企画が悠乃。んで、今は参加する奴を募ってるとこなんだ」

「ふぅん……」

 頷いて、しかし納得しかけたところで飛鳥は違和感に眉を寄せた。

「って、クリスマスパーティだ? 冬休み最終日って、もう年越した後じゃねーか」

「だから最初はクリスマスパーティのつもりでやってたんだけど、ほら、予定埋まってる奴多かったからさ。旅行とか。んで都合つく奴の多い日が冬休み最終日ぐらいしかなかったもんだから」

 もっともな指摘をする飛鳥の言葉に、篠原は苦笑気味に頭の後ろを掻いた。

「まぁ多いっつっても、それはそれであんまり人が集まんなくてな。とにかくそういう訳なんだ。だからクリスマスパーティと忘年会と新年会と、あとは伊達の大会優勝祝いを兼ねてホームパーティみたいなのしようぜってことだよ」

「いろいろ混ざり過ぎてワケ分かんない事になってるけど……。そうか、伊達の優勝祝いか。なら、確かに参加した方が良さそうだけど……」

 とはいえ研究関係で予定が入ってしまったら自分の都合ではどうにもならないし、と飛鳥は思わず難しい表情を浮かべてしまう。

 どうも結論を出しかねている飛鳥に代わる形で、隼斗が代わりに答えた。

「伊達のお祝いもあるなら、参加すべきだろうね。すまない、篠原。アスカも同じだろうけど、今はまだ予定がはっきりしないんだ。明日、ないしは明後日までにはわかると思うんだけど、また今度返答というわけにはいかないかい?」

「明日か明後日か。オッケー、わかった。じゃあそれまでに返事してくれよ。まぁ最悪お前たちが来られなかったら、今んところ参加の決まってるメンツでやるから、あんまり気にしないでいいぜ」

「ああ、ありがとう。できる限り参加するようにするよ」

 にこやかに答える隼斗に頷き返して、篠原はタタタッと二人の元を離れて行った。

 なんとなくテンションが上がっているのが後ろ姿から伺えそうな篠原の講堂に、飛鳥は小さく笑う。

「たぶん伊達よりあいつの方が楽しみにしてるんだろうな」

「だろうね。そういえば、篠原がこういうことを企画するのって珍しいのかな?」

「どうだろうな。あいつアレであんまり他の奴とつるんでたりすることって少ないし、珍しいかもしれない。つか、わかった。あれだ、クリスマス当日は伊達の予定が合わなかったんだ」

「うん? なんでわかるんだい?」

 何かに思い至った様子でポンと手を叩く飛鳥。

 不思議そうな表情で尋ねる隼斗に、飛鳥はほんのり得意げな表情でこう答えた。

「あいつクリスマスは美倉と二人で過ごすんだろ。そういう予定立てていたかどうかはともかくとして、篠原……じゃないな。水城がその辺気を使って、クリスマスの前後は避けたんじゃねーかな」

「なるほど、確かに一理ある。だけど、クリスマスに恋人と二人か。それはまったくお約束だね」

「何言ってんだ。伊達と美倉だぞ、テンプレ以外にできるわけないだろ」

「アスカ最近ナチュラルに嫌味言うようになったよね」

「荒んでるんだ。察せよぼっち」

「ここまで来ると一周回って微笑ましいな……」

 しれっと隼斗にも根も葉もない暴言を吹っかけてから、明後日の方を向く飛鳥。

 隼斗は隼斗で、意味も無く嫌味を言われたはずなのにまるで怒りがわかないものだから、自分でも不思議になったのか、俯いて考え込んでしまう。

 言葉の途切れた二人の元に、つい先ほどまで水城と話をしていたはずの泉美が現れた。

「ねぇ二人とも、クリスマスパーティの話は聞いた?」

「聞いた聞いた。けど、いけるかどうかはまだ分かんねーな」

「けん……同好会の方って、やっぱり冬休みも何かあるの?」

「まだ分からん」

 首を横に振りながら、飛鳥はそう答えた。

 出来る事なら参加したいという気持ちはあるのだが、研究の方が優先度は高かった。泉美がどう考えているかは飛鳥には分からなかったが、予定が被ったのなら研究の方を優先させるのは泉美も同様だろう。

「どっちにしても、あっちが分からないことには返事のしようもないからな。というか、泉美も水城にその話聞かされたのか?」

「うん。冬休み最終日に伊達の優勝祝いも兼ねてクリスマスパーティするから参加しないかって、悠乃に誘われたのよ。一応返事は保留にしてあるから、早いうちに予定を確認しないといけないんだけど」

 ちらりと肩越しに背後を気にしてから、泉美はそう呟いた。

「ならまぁ、俺は明日にでも行くし、その時に確認しておくよ」

「なんで明日? 今日は行かないの?」

「今日はバーニングの改修が有るんだよ。だから僕はともかく、二人は今日は出来る事が無いかもしれないんだ」

 不思議そうな顔をする泉美に対して、飛鳥に代わって隼斗が答える。

 泉美は何度か頷いて、

「へぇ、そうなんだ。じゃああたしも今日はやめとこうかな」

「明日はどうするんだ?」

「行く。そうね、その時に自分で予定聞けばいっか」

 そういった形で、結局飛鳥達は研究所の予定次第で変えるということで決定してしまう。

 参加したい気持ちは飛鳥にもあったが、いずれにしても明日を待つことに変わりはなさそうだった。

 妙にもやもやした気持ちが残っているのを振り払おうと、飛鳥は軽く頭を振って気持ちを切り替える。

「じゃ、今日はもう残ってやることもないし、俺は帰るよ。二人はどうするんだ?」

「僕は言った通り、同好会の方に行くよ」

「あたしはどうしよっかな。悠乃と一緒に買い物でもして帰ろうかな」

「そうか。じゃあ、また明日」

「ああ、また明日」

 そう答える隼斗と、水城の方に向かいながら飛鳥に小さく手を振って行った泉美、そして鞄を取るために自分の席へと戻って行った飛鳥。

「さて、っと」

 鞄を取り上げた飛鳥は、そうそうに帰宅しようとドアに向けて歩きだす。その彼の肩が、後ろからがしっと掴まれた。

「ん……? 伊達、どうした?」

「いや、アスカもこれから帰りか?」

「おうそうだぜ。伊達もか?」

「ああ」

 片手に持った鞄をひょいと持ち上げてみせた伊達。

 頷くだけで何も言わずに歩き始めた飛鳥に歩調を合わせて、伊達も教室から出て行った。

 そういえば伊達と連れだって返るのはかなり久しぶりかもしれない、と飛鳥は想起する。寮暮らしの隼斗よりは一緒に返るということに意味のある相手なのだが、伊達は部活があるし飛鳥は研究があるしで、飛鳥が地下研究所に行ったころから一度も一緒に返った事はなかった。

 半年以上前のことを懐かしく思っていると、伊達がおもむろに口を開いた。

「そうだ、アスカ。お前今日忙しいか?」

「いや、全然。帰ってもやることないからどうしようかって感じ」

「マジで? じゃあさ、帰りにゲーセン行かないか? 大会終わって一区切りついたし、久しぶりに行きたいんだよ」

「ゲーセンか……。おっけ、いいぜ。いつものやるのか?」

「おう。ま、いつものって言えるほど最近はやってないんだけどな。つーか、そういえばもう何か月単位で全く触ってないな」

 飛鳥達が「いつもの」と語っているのは、入学当初に何度か二人で対戦をした格闘ゲームの事だ。

 二人とも忙しくなってからはあまりプレイどころかゲームセンターに行くこと自体がほぼ無くなっていたのだが、落ち着いて時間に余裕もできたことだし、久しぶりにやってもいいだろうという考えだった。

 形容しがたい高揚感を覚える飛鳥は、ニヤリと笑って指の関節をポキポキ鳴らしながらこう言う。

「忙しかったけど、俺はちょっとは触ってたからな。ブランクある奴には負けねーよ」

「言うじゃねぇか。まぁ粋がれよ、これまで通り捻ってやるから」

 笑顔で軽口をたたき合いながら、二人は廊下を歩いて行った。

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