50:『背中合わせの追憶』
話をしていた美倉と伊達を、二人は部室棟の屋上から眺めていた。
伊達が美倉を抱き寄せたところで、泉美は感心したように呟く。
「……へぇ。伊達、意外とやるじゃん。もうちょっと消極的かと思ってた」
「あいつはやるときはやる奴だよ。きっと、次の大会でもそうなんだろうさ」
それから少しの間、上から二人の様子を眺めていた飛鳥だったが、彼らの動きが無くなったところで、これで満足だと目を閉じた。
一字一句とはいかないものの、二人の会話はある程度聞こえていた。飛鳥が言った通り、ちゃんと格好を付けられたようで何よりだ。
伊達がああ言った以上はもう優勝するしかないが、彼ならやってくれるに違いないと飛鳥は確信する事ができた。
ならばもうこれ以上の干渉など必要ないだろう。そんな風に考えて、飛鳥は肘を乗せていた柵から離れた。
「でもやっぱり、これちょっと下世話じゃない?」
「だから最初にそう言っただろ」
肩をすくめながら言う泉美の言葉に対し、飛鳥は苦笑気味にそう返した。
実際問題、どういう結果であれこれ以上の干渉はしないと飛鳥は最初から決めていたのだ。それを踏まえて考えれば、こうしてわざわざ二人の様子を見ることなど、下世話以外の何物でもない。
「多少は野次馬根性もあるよ俺だって。それにまぁ、適当だけどずっと応援はしてきたし」
言い訳めいたことをつらつらと並べて、飛鳥は反対側、グラウンドに面した方の柵に向かう。
泉美もそれを追うように柵から離れると、背を向ける飛鳥にこう尋ねた。
「応援って、アスカが?」
「似合わないって言いたそうだな」
「別にそんなことは……」
いまいち内心の読めない平坦な口調で返されて、泉美は言い淀む。
飛鳥はグラウンドの方を覗きながら、片手をゆるりと払った。
「大丈夫だ俺もそう思ってる」
「あんたねぇ」
一体何をかは、恐らく当人も理解していないことだろうが、とにかく飛鳥の小馬鹿にしたような口調に泉美は露骨に嫌そうな顔をする。
グラウンド側の柵に手を掛ける飛鳥の一歩手前、設置されたベンチに泉美は腰掛けた。
「でも応援なんて、なんでアスカがそんなことを?」
「普通に友達だったら、多少の応援ぐらいしないもんかね」
「それはどうだろ。でもあたしには、友達だからってだけには思えないかな」
「……まぁ、俺もあいつと同じようなもんだからさ」
ポツリと呟いて、飛鳥は再びグラウンドの中央、キャンプファイヤーを囲む生徒達に視線を向ける。
遠巻きに眺めている生徒もいるが、中にはキャンプファイヤーを囲んで踊っている生徒も居る。その中に見慣れた銀髪を見つけて、飛鳥はため息と共に柵から手を離した。
「……はぁ、先越されたか」
1歩2歩と後ずさって、そのままストンとベンチに腰掛ける。
足を組んで両手で身体を支えると、背中を伸ばして空を見上げた。
「はぁ~あ、つっかれたー」
ペンキをぶちまけたようなものとは違う、複雑な黒色に投げ掛けられたひとり言。
同じベンチに座っていた泉美が、柵越しにキャンプファイヤーの火を眺めながら応じた。
「あたしも。なんていうか、文化祭って忙しいのね」
「そういや、お前は初めてだったか」
泉美は小学生だった頃に中国へ引っ越して、今年になって日本に戻って来た。通っていた小学校は飛鳥も彼女と同じだったが、そこではこう言った文化祭というものは行われなかったのだ。
というと飛鳥も同じようなものだろうか。しかしこれほどの規模ではないとはいえ、中学で1年と3年のときに似たようなものを経験している。これが初めて、とは少し感じ方が違った。
つくづく、泉美とは経験してきた物が違うのだと思い知らされる。
「…………いや」
飛鳥は極力そのことは考えないようにして、ぐでんと身体から力を抜いた。
「泉美は特に忙しかったもんな。俺が実行委員の仕事だけでこのざまだし、それプラスクラスの演劇はさすがにハードスケジュールすぎるか」
「どうかなぁ。でも当日二日の実行委員の仕事なんて、全部アスカにまかせちゃってたし、そんなに大変さ変わらないと思うよ。……あ、そだ。仕事代わってくれて…………えっと、ありがとね。おかげで他のクラスの展示も見れたわ」
「そりゃなによりだ。つっても俺は時間持て余しまくってたし、これ以上自由時間が有っても逆に大変だったから、こっちもこっちで助かってたけどな」
いま一つ目的の無い時間の潰し方というものを心得ていない飛鳥にとっては、実行委員の仕事をしている時よりも、一通りの出し物を体験し終えた後の空き時間の方が辛く感じていたのだ。そういう理由で、今の彼の言葉に嘘はなかった。
言葉に含みを感じなかったからか、泉美もそれ以上言及する事はない。
代わりに飛鳥の方に首を向けて、呟くような声音で語る。
「あんたもさ、忙しかったでしょ?」
「うん? いや、それでもお前ほどじゃないだろう」
「……ま、あんたならそう言うよね」
「…………?」
なにやら泉美が勝手に自己完結している様子だったので、飛鳥はキョトンとした表情でそちらに視線を向けた。
ちょうどこちらを向いていた泉美と目が合うが、彼女はふと目を閉じると、そのままグラウンドの方に顔を向けてしまう。
「転入してからこっち、迷惑掛けてばっかりだったよね」
どこか懐かしむような視線で、彼女は揺らめく炎を眺めていた。
たった2ヶ月ほどの期間だろうが、瞬き一つで思い返せるほど、薄い記憶ではないらしい。
準備期間を含めても2週間と少しでしかなかった文化祭期間でさえ、思い出すのも億劫な程に濃密だったことを考えれば、それも当然だろうか。
「……俺が勝手にやったことだ」
泉美は今、いつの出来事を追憶しているだろうか。
飛鳥は空にまちまちに並ぶ星に目を凝らしながら、彼女が来てからの記憶を順々にたどって呟いた。
果たして彼の呟きは聞こえていたのか、泉美は静かな口調で話を続ける。
「でも、やっぱりアスカの言う通りにしてよかったよ。あのままあたしが一人だったら、クラスの演劇の練習なんてきっとしなかったし、あたしは皆にとって何の力にもなれなかった。それに皆と一緒に何かをするってことの楽しさは、きっと知らないままだったと思うから。あんたの言葉、信じて良かったと思ってるわ」
「だけど、俺は約束破っちまった。巻き込んだものは全部守るって言っておいて、間接的でも伊達には怪我させたし、美倉だって不安にさせて傷つけた。……また、中途半端だったんだ」
全てが完璧にいったわけではない。むしろ失敗したことの方が多かっただろう。
その場その場で最善を尽くしたつもりでも、結局はどこかしらにほころびが残る。そしてそれが彼の言葉を嘘にしてしまうのだ。それが美倉であり、それが伊達だった。
「それでもよ」
瞑目した飛鳥の耳に届いたのは、そんな泉美の言葉だった。
「伊達が怪我したってことは変えようのない事だと思う。でも、聞こえてたでしょ? 伊達は勝つって言ったのよ。あたし達だって、それを信じなきゃ。後悔するのはおかしくないわ、あたしだってそうだもの。だけどそうやって勝手に後悔して暗い顔し続けることは、伊達が望むようなことじゃないでしょ」
「そう……だな……」
そう呟いて、飛鳥は唇を噛んでいた力を緩める。「それに」と泉美は続けた。
「あたしは少なくとも、あんたのおかげで救われたよ」
「……え?」
驚いた表情で隣を窺う飛鳥に、泉美は屈託の無い笑みを向けた。
「全部終わった後にね、美倉さん……ううん。由紀と、話したのよ」
「泉美、お前……」
由紀という呼び名が泉美の口から出たことに、飛鳥はまたしても驚きを隠せない様子だ。
そんな彼に、泉美は優しげな声で語りかける。
「由紀に言われたんだ。あたしが軍に居たことも、今もアーク研究に携わっていることも、もう全部知ってるって。それを聞いてさ、また一人に戻るのかなって、あたしはそう思ったわ。でも違った。……例えあたしがどんな過去を持っていても、今何をやっていても、構わず自分は友達で居たいって。由紀がそう言ってくれたのよ」
「……ああ」
飛鳥にはそれ以上の事が言えなかった。
よかったな、と言えれば十分だったはずだ。けれどどうしてか、たったそれだけの言葉が彼の口からは出てこない。
気付けば口元が震えていた。その理由に気付くのに、彼は誇張でもなく数秒を要した。
嬉しいのだと。
「そっか」
それを理解して、飛鳥は口元を綻ばせる。無駄ではなかったと思えることが、こんなにも嬉しいのだと飛鳥は知らなかった。
「それに喧嘩してたわけじゃないんだけどさ、悠乃とも仲直りできた、んだよ。……っ」
一瞬言葉を詰まらせた泉美。
だが飛鳥の視線がそちらへ向いた直後、彼女は隣に座る彼に背中を向けてしまった。
「あ…………」
背中を向ける泉美の頬に、涙の跡が見えた気がして、飛鳥は言葉を失ってしまう。
「だから……。だからあんたのこと、信じてよかったって思うんだ」
泉美は飛鳥とは反対の方を向きながら、殊更明るい声でそう言った。
もう一度空を見上げた飛鳥は、やはり沈黙したままだ。けれどそれは身体の奥から来る震えが原因だったのではなく、ただ単に気恥ずかしくて答えられなかっただけだった。
ほんの少しだけ頬を赤くしていた飛鳥と、ベンチに横向きに座って目元を拭う泉美。
場を繋いだのは沈黙だったが、それは不思議と不快なものではなかった。
ぽつり、と泉美が呟く。
「アスカはさ。どうしてあたしのこと、放っておかなかったの?」
背中越しに聞こえた言葉に、飛鳥はしばし考え込んだ。
何が理由なのか、そうすぐに出てこなかった。
何故なのだろう。幼馴染だからか。だがそれだけだと考えると、どうしても違和感が残る。ならばクラスメイトだからか。それはもっとずれているように感じる。
償いという言葉が頭をよぎった。けれどそれでさえ、思い返した彼の心情にピタリと噛み合うものではない。
「んー…………」
いかにも悩んでいるというような声を上げて空を見上げた飛鳥は、そこでふと目を見開く。
広がる夜空にポツリポツリと在っただけの小さな星達が、まるで空全体を埋め尽くすほどに広がったように錯覚したからだ。
そして、理由がわかった。
「ああ、そういうことか」
すんなりと落ち着く答えが見つかって、飛鳥はキョトンとした表情を浮かべてしまう。それぐらい、単純な答えだったのだ。
飛鳥は軽く腰を浮かせて横にずれると、背中を向ける泉美のすぐそばで再び腰を下ろした。
「……アスカ?」
不思議そうな声を上げる泉美の肩越しに、飛鳥は天を指さす。
彼の伸ばした指は、広がる東の空を真っ直ぐに捉えていた。
「見えやすいのは、おうし座か。あとはなんだ、ぎょしゃ座とか。そんであの辺が確かオリオン座かな? まぁ今見えるようなもんでもないけど。んであっちの方がペルセウスだっけ。その結構横に牡羊座……がある。たぶん」
「……それがどうしたの?」
質問とはまるで噛み合わない言葉を並べる飛鳥に、泉美はキョトンとした表情を浮かべる。
曖昧な記憶から辿って、東の空の星座をいくつか言ってみせた飛鳥は、伸ばしていた手を引っ込めた。
「昔の夢だったんだよ。ヒーローが自分のそれになる前の、もっともっと前の夢だ。記憶があいまいなぐらいガキの頃のさ」
「天文学者?」
「いんや、宇宙飛行士。大した理由なんてない。当時の俺が知る中で、一番凄そうだったのが宇宙飛行士って奴だった。だからとりあえず夢にしてたんだよ。ほらあれだ、将来の夢はなんだって言われたときに野球選手とか飛行機のパイロットとか答える奴ら居ただろ? アレとおんなじ」
子供たちの夢を十把一絡げに『とりあえず』の枠に放り込んだ飛鳥の態度に、反省や遠慮の色はまるでない。
軽い調子で手を払って、彼は適当な態度で続けた。
「別に本気なんかじゃなかったけど、少しぐらいは勉強したもんでさ。勉強ってより自分の好奇心を満たしてただけだけど、まぁ一応は。つってもいつの間にかそんな夢も、それこそ夢物語みたいな程度のものになっちまったけど、その時調べたりとかしたことは今も忘れないようにしてるんだ」
宇宙飛行士というある種の職業を夢物語にしておいて、今の掲げる夢がヒーローというのが何とも彼らしいが、とにかくそういうことなのだ。
泉美はわずかに首を傾げる、「どうして?」と尋ねる。
飛鳥は懐かしむように空に向けていた目を閉じると、くるりとその場で90度回転して、泉美と背中合わせの形になった。
「意地だ」
そう答えた飛鳥は、空に掲げた右の手をほんの少しだけ強く握る。
「たとえ何かに失敗しても、目標に手が届かなくても、そのためにした努力とかそういうのは捨ててしまわないようにしたいんだ。自分が出来なかったことを忘れないようにって理由もあるけど……。もし、もしもう一度のチャンスが来たなら、そのときはちゃんと成し遂げられるようにって理由もある。そんなチャンスを逃さないようにする、そのため意地だ」
それが彼の気持ちに最も当てはまる理由だった。
自分は大層な人間ではないのだなと、飛鳥は今更にそう思う。ここまで奔走してきた理由が、これほどに単純な心情だったのだから。
「そっか。……教えてくれて、ありがと」
消え入るような声でそう言って、泉美はふと遠巻きにキャンプファイヤーの火を眺める。
そこに何を思ったのだろうか。スッと天を見上げた泉美は、意を決して口を開いた。
「話すわ。向こうで、何があったか」
「中国でのことか?」
「ええ。美倉さんも知らない、もっと深い話」
「…………」
それは泉美がこれまで語ることを避けてきた、恐らくは飛鳥の想像よりもずっと苦しい記憶だ。
沈黙した彼は短く深呼吸をしてから、
「教えてくれ」
真剣な飛鳥の声音に泉美はくすりと笑うと、まるで思い出話をするかのような軽い調子で語り始める。
「ホライゾンの適合者探しは、首都近郊の人口の多い地域で子供たちを集めて行われたの。複数の子供たちの中で最も初期適合レベルの高かった子を、そのパイロットにするためにね。当時あたしが住んでいたのも、運の悪いことにその地域だったわ。そしてあたしの初期適合レベルはA、つまりは分かっている限りでの最大。アークを即戦力として捉えていた軍にとって、それ以上の条件は無かったんだと思う。あたしの生まれが日本だとか、そんなことは一切関係なく、あたしはその場でホライゾンのパイロットに登録されてしまった」
「運悪く、か」
「ええ、運悪く。そのあとは前に話した通り、家族を人質に取られて軍に入隊させられた。裏切ったり逃げたりすれば、家族を皆殺しにするって、そういうわかりやすい方法でね。軍で与えられた階級は海軍特尉、いわばライセンス所有者専用の階級だったわ。やることはアークのパイロットとして研究開発に協力する事、そして軍事演習及び訓練への参加。あとは……」
他愛ない話のように言葉を紡いでいた泉美の口調が、ふと鋭い冷たさを帯びた。
「反体制派の弾圧、とかね」
恐らくそれは、思い出したくもない記憶の一部なのだろう。
聞きもらすまいと、飛鳥は呼吸すら忘れるほどに耳をそばだてた。
「あの頃は物価の高騰とか、元々あった経済格差の拡大とかで貧困層の政府に対する不信感が高まってた頃でさ。頻発していたデモが規模を拡大し続けて、チベット自治区なんかの別の問題を抱えた地域まで巻き込んだ結果、デモはテロリズムに変わっていったの」
デモを起こしたところで、政府の対応は変わらなかった。規模が拡大を『続けた』というのは、つまりはそういうことなのだ。
その結果デモ活動の中心だった人物達は自らを武装するという手段を選び、テロ組織を結成するに至った。
貧困層の生活改善だけが目的ではないのは、チベットという全く別の問題を抱えた地域すら巻き込んだことからもわかるだろう。武装化したテロ組織の目的はただ一つ、当時における現政府の打倒だった。
非暴力を常としていたチベット自治区すら巻き込んでしまったことも要因の一つだっただろうが、当時の政府はこのテロ組織の結成に警戒を強めていた。もしそのテロ組織が本格的に活動を始めれば、それは単なるテロ活動にとどまらず、内戦という最悪の状態に陥る可能性もあったからだ。逆に言えば、事態はそこまで深刻だったともいえる。
故に政府はこのテロ組織が決起をする前に、その戦力を潰すことに決めたのだ。そして、軍内部にすら裏切り者がいたのか、大規模な武装化を果たしていたテロ組織が持つ、兵器を集約させた拠点がターゲットとなった。
その手段として選ばれたのは、まだ年端もいかぬ子供たちが操るアークだった。
「中国軍所属の3機のアークを使って、反体制派テロ組織、その中核となる拠点への襲撃作戦が行われた。……そして作戦開始から3分で拠点は完全に壊滅、軍へ対抗するための戦力の大半を失った反体制派の決起は失敗して、組織も瓦解したわ。その後はテロも組織の残党がゲリラ的に行う物を除けば無くなっていたし、デモすら起こらなくなったの。理由は簡単よね、やれば殺されるから」
「……その襲撃は…………武器だけだったのか?」
「わからない。そこに人がいたのかなんて聞かされてないの。ただ兵器を見つけたら引き金を引いて全部壊せって、それだけの指示だったから。……でも、あんまり関係ないよ。弾圧はそれで全部だったわけじゃないし。その後のゲリラ活動の鎮圧にもアークの力は求められたのよ。アークを使っておけば、軍側には怪我人の一人すら出なかったから」
そう言って、泉美はしばし瞑目する。
彼女の語った点こそがアークが持つ優位性の一つであり、同時に問題点でもあった。
あまりにも強力かつ簡単過ぎる武力は、その手段に人を甘んじさせるある種の魔力を持ってしまう。リスクを負わない暴力は人から理性を奪い、いともたやすく振るわれてしまうのだ。それが紛争を助長してしまう可能性だって、決して小さなものではない。
そうして力を持つ者が安易な解決を求める中で、夥しいほどの小さな願いが踏みにじられていった。
結局大元のデモ参加者達の要求であった貧困層の生活改善が、軍の弾圧によって望みを絶たれたこともその一つの例と言えるだろう。
改めて、自分が扱うものの重みを再確認させられた飛鳥。
「だけど、それだけじゃない」
沈黙する飛鳥と背中合わせだった泉美が閉じていた瞼を上げた。
彼女が深呼吸をしているのが、触れ合う背中の感触で飛鳥にも伝わってくる。
「…………?」
形容しがたい不安の様なものを感じ取った飛鳥が振り返ろうとしたその矢先、泉美の口から驚くべき一言が放たれた。
「あたしはこの手で、アークじゃない自分自身の手で、何人もの人を殺してきたの」