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アークライセンス  作者: 植伊 蒼
第6部‐彼と彼女の心の距離は‐
188/259

49:『もう一つの決意』

「終わりましたね、会長」

 全ての仕事が片付いた頃、キャンプファイヤーに火が灯される様を少し離れたところで眺めていた遥の後ろから、そんな声が聞こえた。腰に手を当てたまま首だけで振りかえった遥は、声の主の姿を認める。

「ええそうね、隼斗。ところで、そっちも終わったの?」

「はい。教室から出していた分の椅子と机、それと教卓は全て元の教室に戻されたのを確認しました。代休明けからすぐに授業はできる状態になっていますよ」

「ありがとう。やっぱりこのスケジュールは慌ただしいわね」

 再びグラウンドの中央に視線を戻した遥は、軽く肩をすくめた。

 本来休日である土日の二日間を使って行われた行事なので、明日からの二日間は代休ということになっている。私立学校は土曜日授業が有るのが基本だが、星印学園は比較的部活動の優先度が高いことも有って、土曜日も午前中授業と言わず、終日休みになっている。

 しかしその関係で授業時数が少なめであるため、この文化祭後の代休明けは早速授業がある。午前の授業の後、午後からは残った片づけを全校生徒で一斉に行うことになっている。ただそれだけでは時間がかかり過ぎるので、このキャンプファイヤーの準備と並行して最低限授業の出来る状態まで片付けが行われていたのだ。

「あっという間だったわね、本当に」

 この後夜祭の終了をもって、第一回星印学園文化祭は全て終了となる。ささやかな寂寥感を覚えるのは、この日のために尽力してきたからこそだろう。

 去って行った夕日と、終わりつつある今日を惜しむように、キャンプファイヤーは眩しいほどの光を放っていた。それが消えるときが慌ただしかった二日間の終わりとなるならば、いつまでも消えないでいてほしいと願うのは、何らおかしなことではない。

 同じように思うからだろうか、キャンプファイヤーの周りには既に多くの生徒が集まっていた。こういう時はこういうものだろう、といった具合に適当に流されている音楽に合わせて、フォークダンスを踊り始めている生徒もちらほら散見された。

 クラス単位で打ち上げを行っているところもあるようなので、到底全校生徒には及ばない数だが、賑やかな雰囲気を作れる程度の生徒はいるようだ。

「見直すところも多かったし、休み明けは文化祭の反省会になるかしら」

「そうですね。特に講堂裏で楽器や演劇の背景の配置に苦労したという話は何度か聞きました。今回は初めてとしては上手く行ったと思いますけど、改善できる場所も多々ありそうですね」

「確かにその辺りのノウハウ不足は目立ったわね。企画としては良い物も多かったし、運営面でも大きな問題は起こらなかったから、基本的には今回の失敗点を次に活かすようにすれば十分かしら。あとは……」

「会長」

 反省会は休み明けだと言ったばかりで、勝手に一人で反省会を始めてしまった遥を、隼斗がそう制した。

「今はそのぐらいで。ちゃんとした反省会はまた後日、ということでいいでしょう?」

「……そうね」

 力んでいた肩の力を抜いて、遥は自嘲気味な笑みと共にそう答えた。

「ダメねー、私。すぐにこんな感じになっちゃうわ。慣れてるから自分はいいのだけど、やっぱり力の抜き方は覚えておかないといけないかしら」

「何か有ってからでは遅いですから、そうすべきでしょうね。そうだ。せっかくですし、付き合ってくれませんか?」

 隼斗はそう言って、遥が眺める視線の先を指さした。

 座って談笑をしている生徒が大半だったが、キャンプファイヤーを囲んで踊っている生徒も居る。

 スタンダードに男女で手を取り合っている者も居れば、普通に友人同士で踊っている女子も居たし、何の因果かしかめっ面で互いの手を握っている二人の男子も居た。罰ゲームか何かだろうか。

 その様子を雰囲気そっちのけで囃し立てている生徒も含めて、若干カオスな事になっているものの、ほどほどに盛り上がっているように見える。

 そして伸ばされた隼斗の指先がキャンプファイヤーの周りで踊っている生徒に向けられていたのは、遥にもちゃんと見えていた。

「少し恥ずかしいわ」

「……やめておきますか?」

 遥が一瞬眉を寄せると、隼斗は落胆したように声の調子を落とす。そのわかりやすい態度を受けては、遥も首を横に振ってしまった。

「いいえ、行きましょうか」

「はい」

 隼斗は思わずといった様子で笑みを浮かべて、遥の手を取ってグラウンドの方へと歩きだす。

 一歩近づくごとに、少しずつ鮮明になっていく生徒達の声を聞きながら、隼斗と遥はキャンプファイヤーを囲む生徒達の話の中に入り込む。

 生徒会の二人だからか、あるいは単に遥の存在からか、周囲の視線がまちまちとだが彼らへと向けられる。

 少々居心地悪そうに肩を縮めた遥の手を取り直して、隼斗は他の生徒と同じように、音楽に合わせて身体を動かし始める。

 引っ張られるような形でそれに合わせる遥に、隼斗はこう語りかけた。

「長かったですね、本当に」

「準備まで含めたら、生徒会はもう3ヶ月ぐらいかしら。夏休みの頃にはもう活動を始めていたものね」

「一般生徒なら2週間ですけど、僕ら生徒会はそんな感じでしたっけ」

 隼斗の語るように、一般生徒の準備期間は2週間だったが、生徒会はそれよりずっと前から活動をしていたのだ。

 教師陣の考える生徒主導というのは結構極端なもので、過去の例のないところから、ほとんど生徒会が自力のみで手順やイベントの企画を構築したのだ。東洞が経営している関係で資金面には余裕があったが、逆に言えばそれ以上の支援は無かったとも言える。

 手探りでの文化祭の下地づくりはそれなりどころではないほど大変だったが、充実はしていたものだと、生徒会としての準備期間を振り返りながら隼斗は思った。

 小さなアクシデントは頻発したし、隼斗にとってはクラスメイトが怪我をするという大きな問題だって起こった。だがそれを踏まえても、こうして後夜祭を迎えられている今を考えれば、努力した価値は有ったと思える。

 遥の手を引いたまま、隼斗はぐるりと周囲を見回してみる。

 キャンプファイヤーを囲む生徒の姿はごく一部を除いて皆一様に笑顔だ。踊っている者だけでなく、それを遠巻きに眺めている者もまた。その中で、副会長である九十九と一葉が並んでこちらを見ている姿もあった。

 隼斗は手を振る一葉と視線だけを寄越す九十九に軽く会釈をすると、手を取り合う遥へと視線を戻す。

 彼女もまた隼斗と同じように周りを見ていたのか、その表情には小さく笑みが浮かんでいた。それを見た隼斗は、口元をゆるめて再び口を開いた。

「……いろいろありましたけど、僕はこの文化祭、成功したんだと思います」

「そう、かしら? 私はもう少し上手くやれたんじゃないかと思うのだけど。隼斗は、どうしてそう思うの?」

「会長が今、笑顔でいてくれているからですよ」

「っ…………」

 そんな隼斗の言葉に、遥は大きく目を見開いて顔を上げた。

 どこか恥ずかしそうに頬笑む隼斗と目が合うと、脱力した様子でため息をつく。

「まったく……。貴方、いつからそんなにキザったらしくなったのかしら?」

「いつからということでもないですけど……。でもこの文化祭に一番力を尽くしたのは、やっぱり会長だと思います。その会長がこうして笑って後夜祭を迎えられているんですから、これで良かったんじゃないでしょうか。そうでしょう?」

「そうかもしれないけど…………もう」

 どうしてか怒ったような態度を取る遥だったが、それは彼女の表情にまでは表れていなかった。

 遥と同じように、隼斗もまた完璧だったとは思っていない。だがそれでも多くの生徒が、満足して最後の夜を迎えられていることが隼斗達に大きな充足感として返ってきていた。遥もそれを感じているのだろう。

「僕は、会長の力になれたでしょうか」

「……隼斗?」

 ふと視線を落とした隼斗の言葉に、遥は怪訝そうな表情を浮かべた。

 まるでひとり言のように、隼斗は淡々と続ける。

「力不足は、感じていたんです。会長がサードイブのことで悩んでいた時も、僕にはこれといって何かをすることはできなかった。結局は、それも全部アスカに任せてしまいました。……彼には、本当に敵わない」

「あなた、そんなことを……」

「おかしな話なんですけどね。自分から任せておいて、嫉妬するなんて。でももし会長を元気づけられたのが僕だったらって、そんな風に思ってしまうんです。もしそうだったら、もっと自信を持って会長をここに誘えたかもしれないなと」

 そんなことを語りながらも、隼斗は暗い表情だけは浮かべなかった。しかし自嘲的な笑みも、それはそれで痛々しく見えてしまうことに、その時の彼は気付かなかったのかもしれない。

「僕は彼にはなれないと、今さらですけどそう感じました。でも同時に、僕なりにもっとたくさんの事ができるようになれるんじゃないかとも。この文化祭を通して、そんな風に思ったんです」

「隼斗は頑張ってくれたじゃない。サードイブのことで悩んでいた時は、私もほとんど仕事が手につかなくて、皆に迷惑をかけたわ。あの時は九十九君も集中できていなかったから、特に隼斗には随分負担をかけたでしょう? それは十分、助けられたと思っているわ」

「はい。だけどそれは特別な事なんかじゃなかった。それに出来ないことだって有ったんです。そこに無力さを感じてしまった。……だから僕はもう、第三者のフリをして傍観するのはやめました」

「そう……」

 その本意が遥に伝わるかどうかは、この時の隼斗は考慮していなかった。今の言葉は彼女に向けたものではなく、彼自身を奮い立たせるためのものだったのだから。

 短く息を吸って吐いた隼斗は、真剣な表情で遥をじっと見つめた。

「今の僕はまだ、会長に頼ってばかりだと思います。だけどいつか、会長からも頼ってもらえるようになると、ここで約束します。だから……」

 そこで言葉を切った隼斗は、彼らしい柔和な笑みを浮かべる。

「いつかそうなれたら、その時は、僕のこの気持ちをあなたに伝えたい。それまで、待っていてもらえますか?」

「隼斗…………」

 いつの間にか汗ばんでいた隼斗の手に、遥はそこでやっと気がついた。

 そこに何を感じたかは、きっと遥にしかわからない。

 静かな声で、頬笑みを浮かべた彼女はこう答える。

「……ええ、わかったわ」

 白磁の様な遥の頬は赤く燃える火に照らされて、ほんの少しだけ朱が差して見えた。

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