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アークライセンス  作者: 植伊 蒼
第6部‐彼と彼女の心の距離は‐
181/259

42:『文化祭2日目』

 ままならない事ばかりだった。

 けれど振り返ったところで、変えられるものなど何一つない。

 望むものはいつだって、踏み出した先にしかないのだから。

 広がる喧騒を全身で浴びて、飛鳥はその只中へと踏み出していく。

 長かった2週間。

 その最後の一日は、既に始まっていた。



 時間は午前10時30分の少し前。

 それは1日目に泉美と交替で入った、朝一番のシフトが終わる時間だ。今日の飛鳥は、この時間から実行委員の仕事に当たっている。

 学生としては本来なら開始の時点で学園に居るのが普通だが、出席確認もあってないようなもののため、時間通りに来ない者もそれなりに居たりするのだ。

 1日目の時点で時間に余裕の有った生徒は一通りの展示を消化してしまっているし、特別リピート性の高い出し物が多いわけでもないので、欠席はともかく、2日目は遅刻や早退をする生徒の姿がちらほら見掛けられた。

 そんな生徒に紛れて、飛鳥は持ち場に向かう。

 彼は一昨日に昨日と、いろいろどころではないほどいろいろあったものだから、かなり疲れがたまっていたのだ。1日開けての自宅だったということもあってか、風呂なり夕食なりを済ませてベッドに倒れ込むと、またたく間に気を失ってしまい、目が覚めたら朝だったという次第である。

 朝早くに家に押しかけてきた泉美には、その場で飛鳥の制服を渡している。多少サイズは大きかったようだが、簡単な調整なら即席で出来るらしい。

 ちなみに寝ボケ眼でやり取りをした後に平然と二度寝をしたのが、飛鳥が現在遅刻をしている原因である。相当な疲れという要素もあったのだし、今回ばかりは大目に見られてもいいだろう。

 遅刻した割に妙に堂々とした態度で、飛鳥はすぐ自分の持ち場へ向かう。

 仕事は昨日の朝やっていたことと同じ、校門前でパンフレットの配布などを行うことだ。

 2日連続で同じ仕事の担当になったように見えるかもしれないが、昨日の分は泉美との交替だったので、飛鳥に割り振られた校門前での仕事はこれが1回目になる。

 飛鳥がついたタイミングでちょうど前の担当との交替の時間だったらしく、顔を見たような気もする二人の実行委員の生徒に会釈をして、長机近くの椅子に座った。

「星野飛鳥くん、だっけ?」

 隣の椅子に腰かけた、不良風な黒い長髪の女子生徒がそう尋ねる。

 二年の、名は確か……。

「あぁ、はい。えと、佐久間先輩、でしたっけ?」

「そうだよ、佐久間。佐久間翼」

 昨日の朝の時点では貰いそびれていたのだが、実行委員に配布されたシフト表にはそれぞれの仕事を担当する生徒の名前が記されている。といってもあらかじめ決定した内容自体は先んじて告知されており、昨日配られたシフト表は念のために作られたものだった。

シフト表を持っていなかった飛鳥が、自分と泉美の担当時間を覚えていたのもそのためだ。

 昨日の時点で飛鳥も貰った以上は一応確認していたので、このシフトでの相方となる佐久間の名字は覚えていた。

「あれ、でもシフト表って名字しか書いてなくないですか? なんで名前まで?」

「うん? はははっ。君、細かいところ気にするね。蘭……中崎って子、私のクラスメイトなんだけど、昨日組んだでしょ?」

「中崎先輩っすか? ええまぁ、2回ほど」

「2回?」

 故あって昨日は2度シフトに入った飛鳥だが、実行委員は皆、本来1日1度のシフトである。特別な事情がある生徒は、1日目ないしは2日目に2度のシフトに入るように組まれている場合もある。いずれにせよ、全員が計2回の仕事を行うのが原則となっている。

 噛み合わない数字に訝しげに眉を寄せた佐久間は、しかしすぐに被りを振った。

「まぁいいや。その蘭がさ、昨日えらく楽しそうに話してたもんだから。面白い後輩がいたー、って」

「なるほど。じゃそれ俺っすね」

「だろうね。いやぁ、うまそうに綿菓子食べてたよ。奢ってあげたんでしょ?」

「ちょっと借りがあったんで。冗談とは思いますけど、綿菓子を奢れと言われてましたから」

 飛鳥がそう打ち明けると、佐久間は愉快そうに肩を震わせた。

「あっははは! アイツ何を後輩にたかってんだか。蘭さ、可愛いけどめんどくさいでしょ?」

「面倒くさいっていうか、凄いテンション高いっすよねあの人」

「文化祭だから浮かれてんのさ、と言いたいとこだけど、蘭はアレで平常運転だからなぁ。ま、でも君はなかなかおもしろそうじゃない?」

「何が、ですか?」

「何がってほどでもないんだけど、蘭は人の名前覚えないから。それもフルネームなんて、相当珍しいんだよ」

「は、はぁ……」

 いまいちリアクションに困る評価をされて、飛鳥には苦笑いで返すより他なかった。

 そんな彼の様子になど構わず、佐久間は話を続ける。

「だけどまぁ、うるさいとは言っても、こういう時には居てほしいもんだ。座って待ってるだけなんて退屈だよ」

「今日は2日目だし、人は少なめみたいですね。それに昨日も来た人はパンフレットをもう持っているっていうのもあるんですかね」

「それもあるだろうけど、朝に結構な人数が講堂の方に行ってたからね。今頃あっちは地獄絵図じゃないかな。昨日は野外ステージがそんな感じだったし」

「ま、楽なら楽でいいんじゃないっすか」

「だね。それじゃ、のんびりこなしていこうか」

 佐久間は佐久間でサボりの気があるようだ。もしかしたら昨日、中崎も2回シフトに入っていたのは、佐久間の代わりでやっていたのかもしれない。

 なんにせよ、あまりやる気の無い二人も、一応は真面目に仕事をこなすのだった。



 そうして1時間半後、自分達の仕事を終えた飛鳥と佐久間は次の担当に仕事を引き継いで別れた。

「んー、これからどうすっかな」

 仕事を終えたはいいものの、その後にすることを一切決めていなかったため、さっそく手持無沙汰を炸裂させてしまう飛鳥。

 朝から来ていなかったこともあって、クラスメイトがどうしているのかもよく知らない。舞台の最後の方には演劇をするので集まることにはなっているのだが、それ以前はどうなっているのかなど知る由もなかった。

 このまま一人でうろうろするのも何か違うなぁ、とは思うものの、かといって名案が浮かぶわけでもない。

「ともかく、適当に昼飯でも食うか……」

 そう言いながら、クラス展示の方の飲食店あたりを目指して歩き始めた飛鳥に、横合いから声が掛けられた。

「おーい、兄弟! 待て待て待て!」

 聞きなれた声で放たれた英語に首を傾げながら振り返れば、そこには腕をブンブンと振りながらダッシュで近付いてくるアルフレッドの姿があった。

「お? おお、アルじゃねぇくうわあああああああああああ!?」

「兄ー弟ー!」などと叫びながらノンストップで突っ込んできたアルフレッドを、飛鳥は必至の形相になりつつも紙一重で回避する。

 勢い余って転びそうになったアルフレッドはたたらを踏んでなんとか転倒だけは凌ぐと、恨みがましい視線を飛鳥に向けた。

「避けるなよ危ねーな」

「避けるわ危ねーな!」

 相変わらずどこかずれているアルフレッドのマイペースさに、飛鳥は早くも頭を抱えてしまう。

 構わず、アルフレッドは屈めていた腰を伸ばした。

「よぉ、兄弟。約束通り見に来たぜ」

「そういや来るって言ってたな。完全に忘れてたよ」

「なにそれひっでぇ……って、なんかいろいろ有ったんだって? 親父から聞いたぜ」

「情報速いな。ああそうだ、いろいろあったんだよ、いろいろ」

 詳しい話を聞きたいとも思っていないだろうし、話せば長くなるので、飛鳥はそんな風に適当に答えた。

 片手を払って、話題を変える。

「それで、アルはいつ来たんだ?」

「いつだったっけ。だいたい1時間ぐらい前だったかな」

「じゃあ今まで一人で回ってたのか?」

「おう。……しかしすげーよなこれ、全部生徒がやってるんだろ? オレんトコじゃこういう好き勝手やる祭りは学校じゃ無いからな。一人でうろうろしてたけど、全然飽きなかったぜ」

「そういやそっちじゃ文化祭は無いんだっけ」

 アメリカのハイスクールでは日本で言うところの文化祭というものは基本的にない。それに近いイベントは学校によってはあるが、全校挙げての模擬店やら展示物やらといったごちゃまぜのイベントというものではないのだ。

 これまでに経験の無かったアルフレッドには、ずいぶん新鮮に見えたらしい。

「で? 兄弟はなんでヒマそうにしてたんだ?」

「なんでって、暇だったからだよ。俺は昨日も来てたし、一通りは全部見ちまったからなぁ」

「なーんだ、そういうことか。せっかく遊びに来たってのに、相変わらずノリ悪ぃなぁ」

「悪かったよ。ちょっと余裕無くてさ、その辺全部忘れてたもんだから……。いや、ホントごめん」

 手を合わせて謝罪の意を示す飛鳥だったが、アルフレッドは軽く肩をすくめただけだった。

「ま、いいぜ。実はちょっとは事情も聞いてるんだ。あんまりごちゃごちゃ言わないさ」

 ここにきて急に聞きわけのいいことを言い出すアルフレッドの態度に、飛鳥は思わずポカンとした表情を浮かべる。

 その飛鳥の態度を受けて、心外だとばかりに鼻を鳴らしたアルフレッドは、一転して笑顔になると、手招きをしながら歩きだした。

「とりあえず腹減った。何か食いたい! オススメある? 食いに行こーぜ」

「あ、おい、ちょっと待てって」

 マイペースなのは変わらないアルフレッドの背中を、飛鳥は慌てて追いかけて行った。

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