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アークライセンス  作者: 植伊 蒼
第6部‐彼と彼女の心の距離は‐
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40:『これから』

 2周も回れば程良く飽きが来てしまうというのも、こういった一発ものの行事故か。

 泉美と一緒に巡っていた時や、生徒会室に来る前に一人でぶらついていた時にもチラ見程度はしていたせいか、改めて興味をそそられるような出し物を見かけることはついぞ無かった。

 舞台を使用した大きめのイベントが2日目に集中しているのは、案外1日目で飽きてしまった人をそちらに集中させるためなのかもしれない。

 文化祭はホームルーム活動の一環でもあるため生徒の出席は必須だが、特にやることが無い状態でこの場に居ることのしんどさは、飛鳥自身実感するところだ。とりあえずでバンド演奏なり演劇なりを鑑賞していられる場所があるというのもありがたい話である。

 で、そんな風に感じてしまうような飛鳥に、上手いエスコートなど出来るはずもなかった。

 最初の一回目にその場の勢いでお化け屋敷に連れ込んだ結果が、完全なやらかしになってしまったこともあって、積極的に行動を起こせなかったということもあるが。

 ともかく残りの時間は終始、遥が仕事中に見かけて行きたいと思っていた場所に順番に回っていくだけになった。

 そうして残り15分弱となったところで、遥は立ち止まりこう言った。

「さて、私が気になったところはこれで全部かしら。アスカ君は、どこか行きたいところはあるの?」

「俺は……」

 何もないぞー、とは口には出さないものの、困り顔に内心が表れている飛鳥。

 しかしここで何もないからと流れでお開きになってしまうのはちょっと情けない。ここ、地味に正念場である。

 何かないだろうか。

 無い知恵を振り絞って考えてみても、これといった意見が浮かぶことは無い。……のがいつものパターンなのだが、この時はちょっとした妙案が浮かんだ。

 軽く手を打ち鳴らして、飛鳥は答える。

「そういえば、俺のクラスは明日演劇やるんですけど、遥さんのクラスって何やってるんでしたっけ?」

 文化祭当日の2日間は遥は生徒会の人間として終日運営に回ることになるとあらかじめ知っていたため、飛鳥としては彼女のクラスが何をやっているかについては完全にノーマークだったのだ。

 新鮮味の無さで飽きを感じていたのだから、意識していないそれは飛鳥にとってはちょうどいいチョイスになるだろう。

「うちのクラスは飲食店をやっているわ。ほとんど運営にかかりっきりだったから、あまり詳しくは知らないのだけど、スタンダードな喫茶店だったんじゃなかったかしら。明日は少しぐらい手伝えると思うのだけど」

 問題は遥の反応だったわけだが、この態度を見る限り問題なさそうだ。

 飛鳥は快活に頷いた。

「そっすか。じゃあ、行ってみましょう」

「ええ、そうね。…………少し、話しておかないといけないこともあるし」

 頷き返して、遥は飛鳥の前を歩き始めた。

 すれ違いざまに呟かれた言葉を飛鳥は聞き逃さなかったが、追及する事もなかった。

 その意味を彼はわかっていたからだ。


 遥の在籍しているクラスの教室へと辿り着いた彼女達を出迎えたのは、白いブラウスに黒のフレアスカート、そしてカーキ色のエプロンを身につけた一葉だった。

「あれ、遥にアスカくんじゃないですか。二人揃ってどうしたんですか?」

 彼らが現れたということより、二人が一緒にいるということに少々驚いた様子の一葉。

 質問に答えたのは遥だった。

「文化祭運営の仕事が一通り終わって時間ができたから、生徒会室で休んでいたのよ。その時たまたま来たアスカ君と一緒にいろいろ見てみることになったの。これまでほとんど時間も取れなかったから」

「へぇ、そうだったんですか」

 そう言いながら、一葉は飛鳥に含みの有る笑みを向ける。

「っ……」

 なんとなく言いたいことがわかってしまい、飛鳥は恥ずかしさから顔を背けた。

 生徒会室に立ち寄ったのは本当にたまたまなのだが、ここで言い訳をしてもなんというか温い視線にさらされること請け合いである。

 そんな飛鳥の葛藤など露知らず、遥はいつもの調子で尋ねる。

「ところで、少しお茶していきたいのだけど、まだ入っても大丈夫?」

 身体を横に傾けて、遥は入口から教室の中を覗き込んだ。

 ドアの傍で立っていた一葉が、教室に入って飛鳥達に手を差し伸べた。

「ええ、大丈夫ですよ。いらっしゃいませ」

 首だけ振り返ってこちらに向ける遥とアイコンタクトを取って、飛鳥達も教室に入る。

「今はお客さんも少ないですから、好きな席に座ってもらっていいですよ」

 それだけ言うと、特に二人を案内する事もなく奥の方に行ってしまう一葉。

 遥は気にした様子もなく、窓際の席へとスタスタと向かう。まるで入口付近の席に居た、他の客を避けるような行動にも見えた。

 教室の前の方に厨房ないしそれに準じたものがあるのか、話声が漏れ聞こえてくる。店内BGMはかかっていないが、活気のある話し声が薄板一枚でいくらか遮られたそれが、ちょうどBGMの代わりになっているようだった。

 同じクラスの女子と話しているらしい声が聞こえてくるが、その中には一葉の声も混じっていた。友達なのだろうか。

 どうでもいい考察をしているうちに、メニュー表を二つ胸元に抱えた一葉が戻って来た。

 メニュー表と言っても、A4用紙をラミネート加工しただけの簡素なものだ。それを飛鳥と遥かにそれぞれ手渡しながら、一葉は接客口調で言った。

「ご注文が決まりましたら、またお呼びください」

 そう言って立ち去ろうとした一葉を、遥が呼びとめた。

「すぐに決めるから、少し待って。二度手間になっちゃうし」

 言うや否や素早くメニュー表に斜めに目を通して行く遥。

 飛鳥も遥もちゃんと昼食を取る時間はあったので、特に空腹を感じているわけではないし、時間が時間なので長居はできない。片付けの迷惑にさえならなければ少しは延長でいさせてもらうこともできるかもしれないが、そもそも遥には生徒会の仕事があった。選ぶ対象など、ドリンクがせいぜいだ。

「うーん。じゃあ、私はアイスカフェオレにしようかしら」

「俺は……、ま、コーラでいいか」

 お互い無難なところをチョイスして、注文を済ませた飛鳥達。

 このぐらいならメモもいらないと判断してか、伝票は持たずに一葉は答えた。

「カフェオレとコーラですね。かしこまりました。少々お待ち下さい」

 言い慣れていない感じの言葉をつらつらと並べて、一葉は駆け足でバックヤードに向かう。

 元々用意してあったのか、そもそもそんな手間になるようなものではないのか、1分と待たずに一葉が戻ってきた。

 トレイに乗せたグラスと二人の前にそれぞれ置きつつ、一葉は営業っぽさのない笑みを浮かべて言う。

「お待たせいたしました。カフェオレと、コーラです」

「ありがとう」

「どーも」

「それでは、ごゆっくりどうぞ。……と言っても、時間はあまりないですけどね」

 いたずらっぽく微笑むと、一葉は踵を返してテーブル傍から立ち去った。

「へぇ……」

 案外慣れた仕事ぶりに、飛鳥は少し驚いた様子だった。

 バックヤードに向かう一葉の背中を何の気なく目で追いながら、コーラの入ったグラスに口をつけたところで、遥の声が聞こえた。

「少し、話をしてもいいかしら?」

 飛鳥は横目でそちらを窺って、遥の神妙な表情を見とめると、中の液体を一口だけ飲んでグラスをコースターの上に置いた。

 遥の方に向き直ると、飛鳥は努めて平常な調子で応じる。

「美倉の……。いや、九十九先輩のこと……ですよね?」

 遥は静かに頷いた。

「彼が私たちのことを調べていたのは、ずっと以前から知っていたわ。知っていて、私はそれを見逃していた。隼斗達は気付いてはいなかったと思う。そのぐらいには、九十九君も嘘が上手だったから」

「そうでしょうね。でもどうして、わかっていて見逃していたんですか?」

「ある種の保険だったのよ」

 そこで一度言葉を切って、伏し目がちに続ける。

「私たちの研究はあくまでも、一部教員と同意を取った学生達だけで進められるものなの。ライセンス所有者を見つけることと土地の確保という観点から、私立高校という隠れ蓑を用意してはいるけれど、星印学園それ自体を研究に巻き込むつもりは全くなかったわ」

「……でも、確証が無かった」

 飛鳥の言葉に、遥は神妙な面持ちでうなずいた。

「その通り。信用していないわけじゃない。だけど私たちの研究が今後絶対に一般の生徒達に危害を加えない範囲だけで行われると、確信を持てたわけでもなかったの。だから私は彼が研究のことを暴こうとする行動を止めなかった。私たちの研究がもし、一般の生徒達に影響を及ぼしてしまうようなことになったとき、彼がその抑止力になると思ったからよ。私たちの自由にならないところで、私たちの過剰な研究を抑制するためのブレーキ役に、九十九君なら成ってくれると思ったの」

「そのために……」

 結局のところ、それもまた他の生徒に危害をもたらさないようにするための選択だったのだ。

 遥らしいと言えばその通りだ、一つ、もたらされた結果が違ったという点を除けば。

「ごめんなさい」

 そう言って、遥は小さく頭を下げた。

「アスカ君のクラスメイトが私たちの研究に巻き込まれたのも、そのせいで怪我をしてしまったのも、こうなる可能性を考えることのできなかった私の責任だわ。だから……」

 本当にごめんなさい、と。遥はそう言った。

 許しを請うためのそれではなく、ただ自らの過ちを償うための謝罪の言葉だ。

 誠実な人だと、飛鳥はそう感じた。

 きっと遥は、飛鳥が憤りをぶつけるのだと思っているのだろう。俯き加減のその態度からは、少なくとも好意的な感情を向けられる余地はないという考えがにじみ出ている。

「…………」

 見くびられたものだ。

 瞑目していた飛鳥はグラスの中のコーラを半分ほどまで一気に飲むと、小さく息を吐いた。

「いいですよ。……きっと、これはしょうがなかったんです」

「え……?」

 驚いた様子で顔をあげる遥に、飛鳥は微笑んでみせる。

「どこかに誰かの悪意があったわけじゃない。ただ皆が関係ない人を巻き込まないようにって、自分に出来る努力をして、でもそれがうまく噛み合わなくて、だから俺の友達が怪我をした。……でも、それだけです。俺がどうこう言うことじゃないのは百も承知だし、無責任なのは自覚してるけど……。それでも、誰か一人が加害者で、誰か一人が被害者だなんてことはありませんよ」

 怪我をしたのは伊達だ。そして今回の件に関して言えば、彼に一切の非は無い。

 しかしそれを除けば、この事態の近くにいた人間は、みな最悪の状況を回避できる可能性を持っていた。

「確かに、遥さんが九十九先輩を止めていたら、こうはならなかったかもしれない。でも同時に、九十九先輩が美倉を巻き込むだなんて決意に反したことをしなければ、こうはならなかった。仮に一葉さんがちゃんと九十九先輩のことを気にかけていれば、向き合っていれば、九十九先輩があんな選択をすることはきっと無かった。泉美が転入してすぐにクラスメイトを遠ざけるような態度を取らなければ、美倉が必要以上に悩むことなんてたぶん無かった。美倉が少しでも俺達のことを信用して、自分が知ったことを打ち明けてくれれば、俺や隼斗だってそれに答えることができたはずなんです。もし隼斗が、美倉が研究について知ったことに気づいていれば、あいつならこんな事態になる前に美倉を止められたはずだ。……俺がもっとうまくやってりゃこうはならなかった。いや、いっそあの時に俺の足が追いついてさえいれば、怪我をするのが俺で済んだかもしれなかった。せめて関係の無い伊達を巻き込むことだけは無かったかもしれないんです」

 下唇を噛んで、それでも飛鳥は憤りを自分の中に押しとどめていた。

「みんな頑張って、だけど全部悪い方向に行ってしまって、だから上手くいかなかった。本当に、それだけのことだったんですよ。……謝らないで下さい。せめて俺には」

 ただ誰もがそれぞれの選択の中で、一番理想に近いと思った物を選んだだけだ。

 もしその時に、違う選択肢を選んでいたら。

「それに本当に大事なのは、そんなことじゃないですよ」

 今とは違う可能性を考えたところで、ここにある現実はたった一つだ。それを今から変えることはできない。

 だからこそ、今行動を起こすことのできる飛鳥達は、まず贖罪よりも先にやらねばならぬことがあるのだ。

「これからどうするか、よね」

 グラスのカフェオレを一息に飲み干した遥が、強い意志を感じさせる目を眼前の飛鳥に向けた。

「その通りです」

 残り半分のコーラを一気に飲み干した飛鳥が答えたとき、校内放送の音が響いた。

『ただいまをもって、星印学園文化祭、1日目を終了します!』

 静かだった教室。

 それもバックヤードや廊下から入りこんでくる喧騒の切れ端に呑まれ、やにわに活気づいていく。

 どちらからともなく椅子から立ち上がったところで、飛鳥は口を開いた。

「遥さん」

 彼女の視線が自分に向くと、飛鳥はニヤリと口の端を釣り上げる。

「俺はまだこの文化祭が、俺達にとって失敗で終わってしまうとは思ってません。ここからひっくり返して、よかったって思えるような最後をぶち上げてやれるって、そんな方法があるって信じてる。その可能性を、俺は最後まで捨てません」

「アスカ君……」

 驚いたような表情を浮かべた遥。そして飛鳥は、ふっと肩の力を抜く。

「やってやりますよ。ここからでも、こいつを『最高の文化祭だった』って言えるようなものにしてやります。皆がそう言えるようなものに……そう、伊達だってそう言えてしまうようなものにです」

 ここで大口叩けないで、ヒーローになんてなれるもんか。

 ニヤリと笑う飛鳥の眼からは、迷いも後悔も、その欠片すら見つけることは出来ない。

 胸に手を添えて、遥もまた、力強い視線を返した。

「アスカ君。私も、出来る限りのことをするわ」

「そうこなくっちゃ。それじゃあ、さっそく行きましょうよ」

 1日目の終わり。

 その喧騒の只中で、二人の足取りはどこまでもまっすぐだった。

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