39:『文化祭めぐり2nd』
もう少し活気のあるタイミングで回ったほうが盛り上がったかもしれないと残念に思う反面、今のように静かなタイミングの方が二人でいる感覚がして楽しいとも思える。
おおよそ文化祭それ自体とは直接関係の無いところで、飛鳥の現状評価のシーソーは落ち着きなく左右に首を振っていた。
どちらにせよ現状は後者なのだから、そのつもりで楽しめばいいだろう。そんな風に結論付けてから、飛鳥は足を止めた。
入口を指さす。
「とりあえず、こことかどうです?」
「……お化け屋敷?」
「な、なんでそんな嫌そうなんすか」
入口上に掛けられた看板を見て、ほんのり眉を寄せた遥。予想外の反応に飛鳥はたじろぐ。
ベタすぎるチョイスであることは認めよう、というか間違いない。だがこの反応はなんだ。正直どうでもいいです的なリアクションならまだ分かるが、いきなり情け容赦なく嫌そうな顔をするというのはどうなのか。こうあからさまに心を折りにくるような反応は、少なくとも遥らしくは無いのに何故こんな――――以下省略。
などとまぁごちゃごちゃ考え出したものだから、知恵熱オーバーヒートで飛鳥は1秒と待たずに白目を剥いてしまう。その傍らで、遥が俯き加減に額を押さえた。
「いえ、まぁ……。ちょっと、嫌なことを……その、思い出したものだから…………」
引きつった笑みからの、歯切れが悪いとかそんなレベルではない返答を受けて、メデューサにガンつけられたようになっていた飛鳥もまばたき二つで冷静さを取り戻した。
被りをふってから、恐る恐る尋ねてみる。
「……何かあったんすか?」
「あったわ」
「何が……」
「聞かないでちょうだい」
取り付く島など有ったものではない。
明らかにこれ以上触れるなという意思のこもった応対なのだが、飛鳥にはどことなく面白そうな臭いが感じられてならない。その上、そこまで深刻な雰囲気も無かった。
で、ここで彼がどうするのかという話だ。
答えは簡単。
「そんじゃ、行きましょう!」
仏頂面の遥の横顔を、悩んだ様子で見つめていた飛鳥がようやく口を開いたかと思えば、いきなりそんなことを口走った。
「……えっ?」
行きましょう、で廊下の奥に向かうのかと思っていた遥。
爽やかスマイルで手を引く飛鳥の足が完全にお化け屋敷の教室入口へと向かっているのを見て、慌ててその場で踏ん張った。
「待って待って待って! アスカ君、私の話聞いていたの!?」
「聞いてました。でも大丈夫ですって!」
「大丈夫って……」
何が大丈夫なのかすら一切語らず、飛鳥は問答無用に遥の手を引っ張っていく。
なおも抵抗を続ける遥は、普段なら考えられないほどに必死で飛鳥を説得しようと試みた。
「やっぱりダメ! 私こういうの本当にダメだから! お願いアスカ君!」
「いやいやいや、文化祭っすよ、学生の作った奴っすよ。そんなマジな奴じゃないですって! 絶対怖くないですから行きましょうよ!」
「だから私が言っているのはそういう意味じゃ…………って、ああもうっ!」
ずりずりずり~、と抵抗むなしくお化け屋敷に引きずり込まれる生徒会長月見遥。
才色兼備でも綱引きに勝てるわけではないという自然の摂理に従って、2名様ご来店となった。
実は遥がキャラに似合わずものすごい怖がりで、これからお化け屋敷とかホラー系でありがちな「きゃーこわーい」とかいう展開になるんじゃないかと思春期の妄想をたぎらせた飛鳥はテンションの高まりを抑えぬまま――
行って。
出てきて。
出口に並んだ二人は、しばし無言で明後日の方向を見つめていた。
「……まぁ、普通でしたね。普通っていうか、らしいクオリティ。半笑い系の」
「…………」
「釣り竿コンニャクのベタなドッキリはさすがに反応に困りましたけど、炎色反応かなんかの青い火の玉とか結構センスあったんじゃないっすかね」
「…………」
「全部ひっくるめて、そんなにびっくりするようなことは無かったけど、まぁそれなりに面白かったかなっていうのが俺の感想でした。ん、ですけど……」
全く返事を返さない相手に一人でそこまで喋ってから、飛鳥は頬を引きつらせながら遥の横顔を窺った。
「あの、いくらなんでも常時真顔でノーリアクションってどうなんすか……?」
彼はこれでもかというほどがっくりと肩を落として、抑揚の無い声でそう言った。
途端、遥は両手で頭を抱えてしまう。
「だから嫌だと言ったのよ……っ!」
遥は絶望に満ちた表情で、喉奥から絞り出したような声を発した。
事の次第は飛鳥の発言が全てだ。
真顔。無反応。
それも無理して怖がらないように無表情を作っているとかそんな可愛いものではなく、いっそ恐怖という感情そのもの喪失してしまったかのように見えるレベルの無感動ぶりだったのだ。
遥自身の整った顔立ちがこの時ばかりは悪い方向に働いて、お化け屋敷で超リアルな西洋人形がずっと隣を歩いているような極めて異常な事態が続く羽目になり、飛鳥にとっては正直それが一番怖かった。
「あの、遥さんが入りたくないって言ったのって、もしかして……」
「ええ、その通り……。どうしてかこういう状況になると、まるで表情が追いついてくれなくなるのよ……」
初めてみたダウナーな遥かに新鮮さを感じる飛鳥だったが、当の本人にそんなことを考えていられる余裕はなさそうだ。
どうやら遥は自分がお化け屋敷で先のような態度になることを理解していたらしい。
そういう彼女を見たからといって飛鳥はどうこう思うわけではないが、人に見られたくないという気持ちもよく分かる。
顔は上げたものの、腕をだらりと垂らしたまま、遥は静かに続けた。
「いっそ、この際だから話しましょうか。……1年の頃にクラスの友達と遊園地に遊びに行く機会があってね」
「遊園地って、アクエルっすか?」
「あの時はまだアクエルはオープンしていなかったから、もう少し遠くの小さな所に行ったの。その時に皆でジェットコースターに乗ったのだけれど……」
「けど?」
言葉を切った遥の表情からはいくらかの躊躇が伺えたが、やがて彼女は意を決し、続けた。
「降りた後に、隣のシートに座っていた子から『ジェットコースターよりずっと真顔だった月見さんのほうが怖かった』って言われたのよね……。冗談とかそんなものじゃなくて、笑い話にもならないぐらい真剣な態度で。なんていうか、地味にショックだったわ……」
遥はそう言うと、窓の向こうに遠い目を向けた。
「…………あー」
まさしくつい先ほどの飛鳥が感じていた事と全く同じ感想を聞いてしまっては、気の利いた励ましの言葉など出てこようはずもない。
それでも、と苦心した結果、飛鳥はひきつった顔でこう言うのだ。
「い、いや、でも、そういうのもあの、個性……なんじゃ……?」
「……そこは断言してくれてもいいんじゃないかしら?」
「個性だと思います! 間違いなくっ!」
自分から誘っておいて――というか誘ったのではなく無理矢理引っ張り込んだのだが――気まずくするわけにはいかないと、脊髄反射のスピードで返答する飛鳥。
そのある種健気にも見える彼の対応に、遥はくすりと笑った。
「ふふっ、まぁ、今はそんなに気にしてないのだけどね。できれば見られたくなかったってだけで」
「ホントすんません。まさかこうなるとは……」
「いいわよ。入る前に私がちゃんと説明していれば良かっただけのことだもの。そんなに落ち込まないで」
「……ぁ、はい。ありがとうございます」
励まそうとして励まされ返すという奇妙な状況だったが、なにはともあれ気まずい状況からはいくらか抜け出せた。
気を取り直して、飛鳥は背筋を伸ばす。
「それじゃあ、もう少し他のところも行ってみます? あんまり時間無いけど、それまでなら」
「ええ、そうしましょう」
微笑む遥の斜め隣を、飛鳥は再び歩き始めた。