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アークライセンス  作者: 植伊 蒼
第6部‐彼と彼女の心の距離は‐
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38:『当日の仕事』

「さて後輩君! この中に足りない物がある! なんだ!」

「紙コップの予備っす」

「正解!」

 全く無意味にハイテンションに、総務班長中崎は頭の上で大きく丸を形作った。

 そう、どういう巡り合わせか、またしても飛鳥と中崎は同じシフトに当たっていたのだ。厳密には朝のシフトは泉美の担当だったものだが、実際には飛鳥が担当したのだから結局2連続で組んだということに変わりはない。

 この無意味なハイテンションは本来飛鳥が苦手とするところだが、こと中崎相手においては乗っかってしまった方が楽だと、先のシフトで認識している。

 飛鳥がフラットに対応しても、中崎は問答無用に今のハイテンションを続けてくるのだ。結局意識していても釣られてその内に似たようなテンションにされてしまうので、それなら最初から中崎に合わせて行く方が楽だという判断だった。

 腰に両手を当てて、中崎は無い胸を大きく張って見せる。

「というわけで後輩君、資料室から追加の箱を持ってきてもらいたいのだ」

「いいっすけど、さっきみたいに次の担当の人に持ってきてもらったらいいんじゃないすか?」

 キョトンとした顔で尋ねる飛鳥だったが、中崎は遠い目を浮かべて顔を背けた。

「それさっき滅茶苦茶どやされたのさ……」

「あちゃー」

 芝居がかった動きで額を抑える飛鳥に、腕を上下に振った中崎が続ける。

「と、というわけだから! これは私たちが果たすべき責務ということで。それにまだ終わりまで時間があるから、用意はしておかないとね」

 グッと拳を突き出した中崎は、にこりと笑って飛鳥を指さした。

「後輩君、準備は良いか」

「まぁ、普通に行って取ってくるだけっすよね? 準備も何も、いつでも行けますよ」

「よろしい! ならば30秒だ!」

「無茶言わんで下さい」

 ヒートアップして収拾がつかなくなっている中崎を、飛鳥は肩を落としながら掌で制する。

 頭の後ろをガリガリと掻いて、少々気だるげに続ける。

「じゃ、ちゃちゃっと行って取ってきます。1箱分でいいっすか?」

「うむ。迅速にだぞ!」

「あいあいさー」

 やる気の無い敬礼を一つして、飛鳥は小走りでその場を去って行く。

 ちなみに紙コップがどうこうというのは、模擬店で使用されているものの予備のことだ。容器類はそれぞれの模擬店ごとに使用するものが決まっているのだが、当然同じ種類の容器を使用する部も多い。割り箸や爪楊枝といったものも同様だ。

 普通なら部毎に勝手にそろえるところだろうが、どうせ同じものを使うのだからということで、実行委員会を通してまとめて発注をかけるという形を取っている。

 一度の注文での量が多いとその分安く済むということもあるが、委員会でそれらを一元管理し、委員会から各部へ配布するという形を取ることで、どの部の所持物かがわからなくなるというトラブルを避ける目的もあった。

 飛鳥が午後から担当しているのは、そんな模擬店関係の管理やトラブル対応の仕事だ。

 トラブル対応と言うと物々しく聞こえるかもしれないが、実際のところどの部も問題など起こさず上手くやってくれているので、飛鳥達の仕事など有って無いようなものだった。何かあった時に対応できなくなるためその場を離れることはできないが、もっぱら活気に満ちた模擬店区画をぼんやりと眺めるのが仕事のようになっていた。

 あとはたまに来る容器の補給に対応するぐらいか。

 極端な言い方をすれば、それがメインの仕事になっているのだから、寄り道せずに済ませなければならない。

 人の流れをうまくかわしながら、飛鳥は本校舎3階の資料室へと急いだ。


 その後も大したトラブルなどなく、作業的な仕事に従事すること1時間ほど。

 午後4時。いくらか日も落ち始めたタイミングで、飛鳥達は次に担当する事になっていた生徒に仕事を引きついで、ようやく自由の身になれた。

 基本のシフトは3時間毎だが、12時か13時までの1時間シフトや、16時から終了後の簡易な片づけまでを担当するシフトなど特殊なものもある。巡回の仕事などは交替時間が少し重なるようになっていたりするので、3時間というのはあくまで基準でしかないが。

 ともかく仕事を終えた飛鳥は、傍らでぐいーと伸びをしていた中崎に声をかけた。

「お疲れ様っす、先輩」

「うん、後輩君もお疲れ様だよ」

「ところで、先輩はこれから予定あったりします?」

「うむむ~? ほうほう、デートのお誘いかな?」

「違いますって」

 飛鳥は顔の前で軽く手を振ると、やや脱力した様子で続けた。

「ま、いいや。ちょっとだけ待ってて下さい、すぐ戻るんで」

「え、結局どういうことなのさ……ってあらら、行っちゃった」

 言うだけ言って、飛鳥が返事も待たずに駆けだしたので、中崎も少々困り顔だった。

 何事なのだろうかと考えながら手持無沙汰に待たされていた中崎だったが、それも1分弱のことだ。

 小走りで帰って来た飛鳥の手には、ちゃっかり綿菓子が握られていた。飛鳥はそれを中崎に向け差し出す。

「ほい、先輩。さっきのお礼っす」

 きょとん首を傾げる中崎だったが、すぐに思い出したのか、ぽんと手を打った。

「おー?……おー! よく覚えていたねぇ後輩君。うむうむ、いい心がけだよっ!」

 びょんと飛び跳ねて、飛鳥の手から綿菓子を受け取る中崎。

 彼女はその勢いでくるりと半回転すると、手に持った顔より大きいぐらいの綿菓子に一口かぶりつきながら、飛鳥の方を見返り言った。

「よし、これから後輩君のことは律義君と呼ぼう」

「いやいや、それはやめてください」

「不満かな? じゃあ律義後輩君なら……」

「もう面倒なだけじゃないですか。普通に名前でいいでしょ」

「ま、それもそだね」

 中崎は口元に寄せていた綿菓子を離しながら、飛鳥をぴっと指さした。

「名前、何だっけ?」

「アスカ、星野飛鳥っす」

「星野飛鳥君だね。うんうん、覚えたよ! じゃーねー」

 満足そうに頷いた中崎は再び飛鳥に背中を向けて、ぱたぱたと小さく手を振りながら歩いて行った。飛鳥も大概だが、中崎のマイペースぶりは相当なものだ。

「ま、それなりに楽しくやれたし、不満もないけど」

 そうひとり言を呟いて、飛鳥もその場を後にした。



 特にやることも見つからず、ぶらぶらと校内を歩きまわっていた飛鳥。

 たまに目に付いた飲食店にでも入ってみようかなと思うこともあったが、一人で寂しくお茶をしている自分の姿を想像しては、そのたびに廊下の先へと足を向け直すことを繰り返していた。

 中途半端に終了1時間前に放り出されてしまったのが。なかなかに面倒だった。これならいっそ終了時刻までシフトが続いていた方が気楽だったかもしれない。

 時間が時間だからか、もうずいぶん人の数も減っている。

 ここから改めて人数が増えるということもないだろうから、今日は最大で1200人ほどの人が学校内に居たことになるだろうか。生徒数が500人程度ということを考えれば、かなりの人が来たことになるだろう。

 日曜日はこの文化祭全体のメインとなる、講堂を使用した複数の演目が行われることになっているし、盛況ぶりに拍車がかかるかもしれない。

 そんなことをつらつらと考えていると、飛鳥はいつの間に生徒会室の前にやってきていた。

「……お?」

 彼は通り過ぎようとしたところで、ドアが半開きになっていたのが見えた。

「誰かいんのか?」

 ぼんやりと人の気配の様なものを感じた飛鳥は、ドアノブに手をかけて恐る恐る扉を押し開く。

 一応今は実行委員の仕事中ではないし、彼は生徒会の人間ではない。生徒会に知り合いは多いが全員というわけではないので、もし知らない人だったら気まずいな、などと余計な心配をしていたのだ。

「あら、アスカ君?」

 だが飛鳥の不安に反して、照明の点けられていないその部屋に居たのは、遥だった。

 無意識のうちに少し身構えてしまっていた飛鳥は、彼女の姿を確認して肩の力を抜く。

「こんちわ。遥さんも、仕事は終わったんですか?」

「まだ終了後に少し残っているけど、ひとまずは全部終わったわ。その様子だと、アスカ君もシフトが終わったところかしら?」

 夕焼けの光を背に浴びながら、生徒会長のテーブルに肘をついた遥が言った。

 飛鳥も適当な椅子に腰かけながら、

「終わったところというか、終わってから少しぶらついて、たまたま通りかかったんでここに。遥さんは休憩中ってことですよね?」

「ええ、そうよ。今日はずっと走りっぱなしだったから」

「パンフレットが確か、昨日から今日に掛けてのギリギリだったんでしたっけ。お疲れ様です。……ということは、遥さん、今日はどこも回れてないんですか?」

「そうねぇ。10分程度の短い休憩は何度か挟めたんだけど、それで文化祭めぐりをするほどの余裕は無かったから、今日はどこにも行けず仕舞いだったわ。今日はというか、明日もそうなりそうだけど」

 それはそれで楽しいのだけどね、と付け加える遥。

 激務だったことは想像に難くないが、遥の表情から疲れは見られなかった。

 サードイヴのこともあって、準備期間中はいつも精神的な疲れの色が見受けられていたのだが、彼女のなりにいくらか気持ちは切り替えられているらしいし、吹っ切れてしまえばこんなものなのだろう。

 ともあれ、良かった。そう思った飛鳥は思わず顔をほころばせてしまう。

「ん? どうしたの、アスカ君?」

「あぁ、いや…………」

 一人ニヤついていたのはさすがに奇妙だったのか、遥が不思議そうに首を傾げていた。

 飛鳥は苦笑と共に首を横に振ると、椅子から立ち上がる。ピッと、肩越しに後ろのドアを親指で指し示した。

「それなら、今からでも回りませんか? 一人じゃどうも入り辛いところばっかりだったもんで、時間持て余してるんですよ。どうすか、一緒に」

 余計な一言を足してしまったと後から後悔するものの、訂正するのも馬鹿らしくて、飛鳥はそのまま遥を見つめた。それに、彼の気持ちは既に伝えてある。

 考えていたのか、少しの間をおいてから、遥もすっと椅子を立った。

「そうね。こんなところでダラダラしていても仕方ないし。せっかくの文化祭だもの、いろいろ見ておかないとね」

「そっすね。じゃ、行きますか」

 軽い調子で答えて、遥と並んだ飛鳥は生徒会室を後にした。

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