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アークライセンス  作者: 植伊 蒼
第6部‐彼と彼女の心の距離は‐
174/259

35:『開祭を告げる合図』

「よっし、お疲れ!」

 そう言ってパンと手を叩いたのは、大道具班の班長である野村だった。

 ちょうど野村を含めた3人の大道具班の生徒が、飛鳥と共に背景の舞台裏への搬入を終えたところだ。

 実は朝早くから来たメンツの中には他にも大道具の生徒が数人居たのだが、残りはエキストラとして舞台に上がるため、今は教室で練習をしている。

 飛鳥達が朝食を簡単に済ませたのと、篠原に続く生徒が教室に揃ったのがほぼ同時。練習に移る舞台班の脇で修理した背景をチェックして、問題なしと大道具班の判断を下すと、すぐに搬入に向かって現在に至るというわけだ。

「ま、なんとか間に合ってよかったよ」

 肩の力を抜いて、飛鳥は安心した様子で呟く。

 手を叩いたままの姿勢で搬入口の方をチラリと窺った野村は、小さく肩をすくめて見せた。

「けどよく間に合ったと思うよ、ホント」

「それ教室でも言ってただろ」

「いやいや、まぁそうだけど。でも二人でやったんだろ? 途中で帰った俺達が言うことじゃないけど、結構量残ってたじゃん」

「確かにそうだけど、それでも簡単な作業しか残ってなかったし。最悪徹夜すればなんとか終わるだろってぐらいのつもりでやってたよ。ホントは文化祭の一日目が終わってからに回せれば楽だったけど、そうはいかないしな」

 搬入の順序の都合で、背景の修理を含めた諸々は、昨日の内に終わらせなければならないという事情があった。

 かなりギリギリではあったが、それでも終わらせることができたのだから結果オーライというところか。仮に修理に問題があったりすれば、今日の開場までに片さないとならなかったと考えると、なかなか恐ろしい話だが。

「とにかく、修理も問題なかったし、今はそれでいいだろ」

 首をぐるりと回しながら、飛鳥はさっぱりした表情を浮かべる。

「そうだな。あとは本番でトラブルが起こらないでいてくれたら、それでいいや」

 野村はそう言って、合わせていた手をストンと落とした。

「それでこれからどうする? 俺は、っていうか俺達は教室に戻るけど、星野も戻るのか?」

「いや、俺は一旦帰る。さすがにちょっと汗かいたし、シャワー浴びるなり着替えるなりしないと気持ち悪い。別にいいっちゃいいんだけどさ。そんじゃ、またあとで」

「あれ、すぐか。早いな」

「実行委員の仕事で最初のシフトに当たってるんだよ。いろいろ運悪いわ。じゃあな」

「おーう」

 パパッと適当に手を振って、飛鳥は素早く駆けだした。

「忙しい奴だなぁ」

 そんな野村の呟きも、走り去る飛鳥の背中には届かなかった。


 そうしてダッシュで家に帰った飛鳥はノンストップで身支度を済ませて、またダッシュで学校へと向かった。

 ほどほどのペースでも、走れば片道15分程度の距離。

 さほど大変ではなかったものの、それでも再び学園が見える場所へ戻った時には、うっすらと汗をかいていた。

 空模様は雲7割といったところか。帰宅時にちらっと見た天気予報曰く、明日は晴れるらしいが、とにかく今は気温も低めである。

 もし快晴であれば、現状よりも二回りは汗を流すことになっていただろうと考えると、この曇り空も幸運なのかと飛鳥には思えた。

 そろそろ文化祭が始まる時間だ。

 普段の遅刻ギリギリ組がこの開始10分前に集まっているらしい。少し離れたところからも、ちらほらと校門へ向かう生徒達の背中が見えた。

 時間を考えれば、大半の生徒は既に各々の持ち場に着いて、開祭の合図を待っていることだろう。

 実は飛鳥は生徒会の仕事の関係で、既に実行委員の集合場所に到着していなければならないことになっている。

 諸々の事情は生徒会長である遥には伝わっているので配慮はしてくれるだろうが、かといってそれに甘えていいわけではない。

 テンション高めに隣を歩く生徒とおしゃべりしている者や、逆に一際気だるげに足を進める者たちの合間を縫って、飛鳥は素早く校門をくぐり抜けた。

「ふぅ……。って、一息ついてる余裕ねーや」

 人波を抜けて大きく息を吐いたところで、飛鳥は慌てて被りを振る。時間は8時50分を少し回ったところ。いい加減に準備に向かわないとまずい。

 スペースの関係で、朝のミーティングにおける集合場所は校門近くの仮設本部ではなく、本校舎の多目的室ということになっている。準備期間に実行委員がよく利用していた部屋だ。

 見渡せばわかるが、校門前はかなり人や物が多い。

 登校してくる生徒だけでなく、あれやこれやの荷物なのか資材なのかを運んでいる生徒や、呼びこみのために設置された看板の存在などから、お世辞にも通行しやすい環境ではなくなっている。

 ここに1クラス単位の人数がいる生徒会メンバーが一堂に会してしまうと、もはや通行などというレベルではなくなってしまうのだ。

 事情が事情だと割り切って、飛鳥がその場から駆けだそうとしたときだった。

「あれ、アスカ。もう戻ってたの?」

 聞こえた声に、飛鳥はふと顔をあげる。

 片手を上げながら近づいてくるのは、朝起きた時よりはいくらか締まった表情をしている泉美だった。

「おっす。もう練習は終わったのか?」

「巻きで通し一回だから。それでも30分以上かかるんだけど」

「やれそうか?」

「あたしを誰だと思ってんのよ」

「その台詞、リアルで聞くときが来るとは思わなかったよ」

 腰に手を当てて尊大に胸を張って見せる泉美。その挑戦的な視線からは、相応の自身が伺えた。

 要するに完璧だというわけだ。

「と言っても、明日の直前練習もきちんとやるよ。舞台での全体リハーサルは結局できなかったし」

「確かにそれは不安要素だな。でもま、なるようになるだろうさ」

「適当ね。別に間違ってないけど」

 文字通り適当な態度で言ってのける飛鳥に、泉美は軽く肩をすくめた。

 飛鳥は遠方に見える校舎の壁の時計を確認して、表情には出さないものの、やや慌てたように話題を変えた。

「っと……んで、お前はどこ行くんだ? 一旦帰るのか?」

「うん。さすがにこのままで文化祭はいろいろキツイし、シャワーと……あとはいろいろ、ってトコかな」

 自分の頬をトントンと指で叩きながら、泉美はそんなことを言う。

「あぁ、メイクか。そういや、してるんだったな」

「ちょっと、あんまりサラッと言わないでよねそーゆーの」

「そんな細かい機微なんてわかんねーよ。じゃあさっさと行って戻って来い。時間は有限だ、もう始まるしな」

「はいはい、言われなくても。それじゃ、またあとで」

 相変わらず姿勢のいい歩き方で飛鳥とすれ違って、泉美は校門の影に姿を隠した。

 数秒そちらを眺めてから、飛鳥はポツリと呟く。

「あの様子じゃ、やっぱ忘れてんだろうな。予想通りではあるけど」

 再び振り返り、校舎の方へと向き直りながら、飛鳥は小さく笑った。

「まぁいい。そのために俺がいるんだ」

 たんと地面を蹴って、飛鳥は軽快な足取りで多目的室へ向かう。


 しかしながら、飛鳥が多目的室に到着したころには、見事なまでにがらんとした部屋だけが残っていた。

「Oh……」

 思わずいつぞやのアルフレッドの様なリアクションを取ってしまう飛鳥だったが、見渡すまでもなく、一人の生徒の姿が目に付いた。

 視界の端に捉えた瞬間に特定できる銀色。遥だ。

「もしかして、皆もう行っちゃいました?」

「アスカ君、今来たのね。ええ、そうよ。みんなで集まってミーティングを済ませて、すぐに解散したの。だからもう全員それぞれの持ち場に向かっているわ」

「あっちゃ~」

 完全に遅刻である。

 やらかした、とでも言いたげに頭を掻く飛鳥に、遥は優しい笑みを向けた。

「大丈夫よ、各人のシフト確認程度の簡単なことしかしていないから。それより、クラスの方は大丈夫? 状況が状況だったから、確認にも行けなかったけれど……」

「そっちは大丈夫っす。確かに結構大変でしたけど。それより、ありがとうございました。搬入のタイミングをどうするかってのが、こっちじゃどうにもならない問題だったんで」

「それは隼斗に言ってあげて。今回のあの子は、私よりもずっと頑張っていたから。先生にバレないように手続きをするのも、スケジュールの調整も全部隼斗が一人でやったのよ。生徒会のメンバーだけど、そこからなりにクラスの出し物に尽力していたわ」

「隼斗が……そうだったんですか。後で礼は言っておきます」

「そうするべきね」

 そう言って遥はテーブル上に置かれていたタブレット端末を一瞥してから、飛鳥の方に視線を向け直した。

 視線に、薄く緊張感が宿る。

「ところでアスカ君。少し、頬が腫れているようだけれど」

「あれ、まだ残ってます? 部屋で確認した時は無かったはずなんだけど……。ああ、ま、いろいろありまして」

「実は副会長も同じようになっていたの。何か、あったのね?」

「…………そういうことっすか」

 敵意や怒りからではなく、ただ訝しげに目を細める飛鳥。

「やっぱり知ってたんですね、九十九先輩のこと」

「ええ。事情があって、見逃していたの。……やっぱり、この話は時間があるときにしましょう。長くなりそうだわ。聞きたいこともあるでしょう?」

 飛鳥は頷いて、それ以上その話題には言及しなかった。

 身をひるがえし、一人椅子に座ったままの遥に背を向ける。

「それじゃあ、これから実行委員で仕事あるんで、俺はこれで。頑張ってください」

「ええ、アスカ君も頑張って。……ちょっと待って。アスカ君は朝のシフトには当たっていなかったはずよ?」

 飛鳥は半身に振り返ってから、肩をすくめて自嘲気味に笑った。

「俺は暇にしてあるんで」

 要領を得ない返答と一緒に軽く手を払って、飛鳥はその場から去って行った。

 多目的室を出たその足で、飛鳥は元来た場所である校門の方へと向かう。

 多目的室へ向かう途中で実行委員のメンバーとすれ違った記憶はないが、そもそも飛鳥は人の顔を覚えるのが苦手なタイプだ。単純に気付いていなかっただけかもしれない。

 飛鳥が担当する仕事は、校門近くでの案内や、学外の来場者に対するパンフレットの配布などだ。迷子の受付といった特殊なことは、校舎にあるまた別の部屋で他の実行委員が担当する事になっている。

 そんなわけで、目的地である校門前に辿り着いた飛鳥。

 パンフレットの積まれた長机と、その傍らに二つ並んだパイプ椅子。その一方に腰かけていた猫背気味の背の低い女子生徒に、飛鳥は声をかけた。

「おはようございます」

「おー、ギリギリだねぇー……って、あれ? 君、本郷泉美さん?」

「いや、そいつのクラスメイトの星野飛鳥っす」

 苦笑気味に返す飛鳥に、その女子生徒はキョトンと首を傾げた。

「おやおや、何かあったのかな?」

「ちょっと事情があって、泉美が今家に帰ってるんで、シフトには交替で俺が入ろうかと。……いいっすか?」

「そうだったんだ。私はいいよ、全然構わない」

 彼女は椅子に座ったまま体をくるりと回転させて、飛鳥の方に向き直った。膝の上でちょこんと拳を握っているのが、なんというか印象的だった。

「私は中崎蘭、総務班長だよ。この間仕事でちょっと話したよね」

「ああ、あの時の。覚えてます覚えてます。よろしくお願いします」

「かしこまらなくていいよ。よろしく、後輩君」

 簡単な挨拶だけを済ませたところで、開祭を告げる放送が校内に鳴り響いた。


『ただいまより、第1回星印学園文化祭を開祭します!』

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