4章『彼である事』:2
「ここって、本当に学園の地下にあるんすか?」
「ええ、そうよ。ここは星印学園のちょうど真下、地下200mに作られた大型研究施設なの」
はー、と飛鳥は辺りを眺めながら呆れたように息を吐いた。
あの後、エレベーターの中で棒立ちしているのも流石にないだろうと、遥たちは茫然としていた飛鳥を連れて施設の中を移動することにした。
とはいえ、そろそろ飛鳥も調子を取り戻していた。遥はキョロキョロとあたりを見渡す飛鳥を横目に見ながら、説明を続ける。
「東洞財閥は知っているわね? ここはその東洞財閥が運営するアークの研究機関よ」
東洞財閥と言えば日本で最大の財閥で、星印学園を経営しているのも東洞財閥の関係だ。飛鳥も知っていて当然といえるだろう。
「日本にあるアーク研究機関の中では最大級の規模を持つ研究機関で、二機のアークがこの施設で管理、研究されているわ。……だからほら、そこにも」
遥がそう言ってある一か所を指さした。その方向に目を向けた飛鳥は、すぐにまた目を見開くことになる。
「あれ、アストラルか!?」
「ええ、アストラルはこの施設で管理されているアークの一つ。そしてもう一つが、あれ」
遥がまた別の方向に指先を向け、飛鳥がそれを目で追って行く。その先にあったものにも飛鳥は見覚えがあった。巨大な機械というか鉄骨に周りを囲われた褐色の巨影。両腕に武器はないし所々装甲が無くなっている部分もあったが、間違いない。
「そう、バーニングよ」
「なん……で…………なんで、あいつがここにあるんだ!? あいつはアクエルを襲った機体だろ!? それがどうしてこの施設で、しかもアストラルと一緒に管理されてるんだよ!」
とってつけたような敬語すら忘れて遥に掴みかかろうとした飛鳥の腕が、彼女の隣を歩いていた隼斗に掴まれた。
「ストップだよ、アスカ」
隼斗の手は想像以上に強い力で、飛鳥の腕をがっちりと握り込んでいてピクリとも動かない。
少し頭の冷えた飛鳥が降参を示すように手をグーパーすると、隼斗もその手の力を緩めた。手をだらりとたらし、飛鳥は一度大きく深呼吸をする。
その様子を横目に見守っていた遥は、身体ごと飛鳥の方に向き直って告げた。
「いろいろ疑問もあるでしょうね。それに答えるにしても、まずは腰を落ち着ける場所に行きましょう。それまでは少し我慢してね」
「……わかり、ました」
渋々といった様子で頷く飛鳥に笑顔を見せると、遥は後ろに振り向いてスタスタと歩いていってしまう。飛鳥と隼斗はそれに遅れないように慌ててその背を追った。
「はい、どうぞ」
「……どうも」
部屋に着くなり広々とした黒革のソファに着席を促され、いつぞやのように遥がお茶を入れたグラスを差し出してきた。飛鳥はそれを受け取ると一口煽って、部屋の中をぐるりと見渡した。
部屋は研究所の一角に作られた四角い箱の中にあり、その内装は会社の応接室と表現するのが妥当だろう。今飛鳥達が座っているのは2つの黒革のソファ、それらの間にはガラス製に見える透明のテーブルがある。小型だがテレビも設置されており、ガラステーブルの端には空間投射ディスプレイの発生装置が無造作に置かれている。
全体的に金がかかっていそうなものの豪華という印象はなく、こじんまりとした雰囲気がある。
飛鳥が座るソファの対面に遥が腰をおろしたのを確認し、彼はおもむろに口を開く。
「それで、何を教えてくれるんですか? 正直なところ、何を聞けばいいのかもわからないレベルで俺は何も知らないんですけど」
さっき掴みかかったときよりもだいぶと落ち着いた様子で飛鳥が尋ねると、遥は小さく頷いて、
「まず核心部分について話すと、先日の事件は全て私たち……いえ、正確にはこの研究所の人間が計画したことなの。私や隼斗も含むけれどね」
「計画、されていた? それは…………どこから?」
不穏な発言に、飛鳥は思わず眉を寄せ尋ね返す。
「端的に言えば最初からよ。あなたがアクエルに行くように差し向けたのも、そこをバーニングに襲わせてアストラルに出会うようにしたのも」
「そんな……」
驚愕する飛鳥をよそに、遥は淡々と事情の説明を続ける。
彼女の話をまとめるとこうなる。
そもそも飛鳥達が使ったアクエルのチケット自体が純粋な抽選ではなく、恣意的に当選として届けられたものであったこと。
飛鳥達の携帯のGPSや園内にあった監視カメラを用いて、彼らの居場所は常に把握されていたこと。
アクエルのシステム上ビジネスエリアはその他区画からの音等の情報が遮断されるようになっていたこと。
飛鳥達がビジネスエリアにいる間、ビジネスエリアの全てのゲートは封鎖されており彼ら以外の一般人は誰もいなかったこと。
バーニングの破壊行為は敵らしく見せるための演出の一部に過ぎず、破壊された艦船も破壊するための小道具に過ぎなかったこと。
完全な情報統制により、あの戦いは世間からはその事実ごと完全に消滅していること。
そしてその他あらゆる状況は、全て遥達の把握するところであったこと。
―――つまり、1から100まで全てが彼女たちの計画の内だったということ。
飛鳥は絶句する。
だが言葉を失いながらも、彼は被りを振って何とか問いをひねり出した。
「最初から計画されていたとして、何故そんなことを……」
「そうね……アストラルの、本当のパイロットを手に入れるためよ」
遥はそこで一旦言葉をきると、隣の隼斗に目配せして話を再開する。
「アークは一機につき、世界でたった一人だけパイロットを選ぶの。そのパイロットは、パイロットの才能のようなものを持った人の中で、その機体に深く関わることで選ばれる。だから、アストラルのパイロットになれる可能性のあった君をああいう形でアストラルに関わらせたのよ」
「俺に、パイロットの才能がある……? それに、関わるってあんな戦闘をしなくちゃかかわったことにならないんすか?」
自分の知らない自分の能力を指摘されたように、飛鳥は少し考え込む。だが遥は深刻そうな様子は見せずに、
「いいえ、関わるというのはアークに興味を抱いてそれに関心を持てば関わったことになると思ってくれていいわ。ただ……」
「ただ?」
飛鳥が尋ねると、遥は若干答え辛そうにして、目を伏せてこう答えた。
「以前のパイロット候補をアークのパイロットに登録しようとした時に一度失敗しているのよ。その子はアークに対してかなり強い興味を持っていたから、実際は関心があればそれでいいというわけではなかったの」
「なら、それ以外の何かが必要だった、と?」
懐疑的になっている飛鳥に対して、遥はただ頷いた。
「アークを受け入れる気持ちというか、覚悟のようなものが必要だった……と私たちは結論したわ。だからこそ、パイロット候補の人自身からアークの力を求めるように仕向けたの。それだけよ」
「つまり俺が戦わざるを得ない状況を作れば、俺がアークの力を求めるだろうと。そうなれば失敗することなくパイロットに登録することができるだろうってことですよね。……けど、どうして俺だったんです? 以前の候補がいるってことはパイロットになれる可能性のある人間は他にもいたってことですよね。それとも以前の候補と俺以外にいなかった、とかですか?」
そこまで言って、飛鳥はそれはないなと自分で結論した。それは単に、世界に二人しかいない人間の内の一人が自分だというのにいまいち現実味を感じられなかったからだ。
遥は一瞬視線を宙にさまよわせると、一つため息をついた。
「まぁそういうわけではないのだけど……。あなたを選んだのは、隼斗からあなたのことを聞いていて、君なら引き受けてくれそうだっていう勝手な信用。あとはそうね、他にもアストラルのパイロットに成れる人間はそれなりにいたわ。あなたやさっき言った以前の候補を含めてもこの学園だけで5人いるわね」
遥はさらっと言うが、現在1,2年しかおらず、2年は定員が埋まっていない星印学園の全校生徒数は500人程度だ。その中に5人も該当者がいるということはつまり、
「それって100人に1人は該当するってことすか? なんか予想以上にいっぱいいるんですけど……」
流石に世界で二人程ではないにしろ、結構壮大な感じを期待していたにもかかわらず実情は拍子抜けするほどに陳腐だった。
飛鳥がなんとなくガックリしていると、遥はクスクスと笑う。
「とはいってもパイロットに選ばれる人間は14歳から19歳にかたまっているから、実際にはある程度限定的な状況で初めて100人に1人という数字が出るのだけどね。例えばほら、こういう学校みたいな空間とか。……だからこの学校もそのために作られた。研究所を隠すための広大な土地が必要ということもあるのだけど」
「は…………?」
あまりにも衝撃的な告白に、飛鳥は驚きで言葉を失った。
何せ、状況が限定されるにしろ100人に1人は居るような人間を見繕うために学校ごと造るなど正気の沙汰ではない。普通の神経をしていればまずやらないことだろう。
唖然とする飛鳥に向けて、遥はこう補足した。
「そうまでしてでも、アークのパイロットは見つけなければならないものなの。アークは最初はシステムの各所にロックがかかっていて本来の性質が調べづらい。だけど正式なパイロットが登録されて、そのパイロットがうまくアークを操れるようになれば、そのセキュリティは順々に解除されていくようになっているのよ」
ほぉ、と飛鳥は分かっているような分かっていないような曖昧な返事をした。
「何故そんなにも必死にアークを調べる必要があるんすか? 確かにすごい技術で出来てるというのは感じましたけど……」
飛鳥の問いに遥はそうねぇ、と考え込む。数秒沈黙して、遥はおもむろにこう切り出した。
「それを説明しようと思うと、アークとは何かという基本的なことから話さないといけなくなるのだけど……。多少難しい話になるけれど、大丈夫?」
大丈夫だと答える代りに飛鳥は真剣な顔で頷く。
遥は一度咳払いをすると、できるだけわかりやすくなるようにと努めながら説明を始めた。
「アークというのは、この世界に26機存在するとされている古代兵器。今から13年ほど前にトルコで最初の一機が地中から発見されて以降、世界各国の地中や海中から次々に機体が発見されたわ。それらは当時の、いえ現代でさえも私たちの技術体系では説明の出来ない特殊な技術の塊だった。だからこそ、世界各国でアークを研究するための研究機関が立ちあげられたの。というか、アークは以前生徒会室で話したオーパーツの事よ、覚えてない?」
「あ……そうか、それのことだったんすか」
言われて初めて飛鳥はそれに思い至った。
遥の話ではアークの出土は最初の一機が発見されてから4年程の間に、現在確認されている全てのアークが発見されたらしい。
ちなみに、アークはそれぞれに名前が刻印されていたらしく、それらの固有名の部分にはそれぞれ別の頭文字があてられていた。例えばアストラルなら『Astral』で『A』、バーニングなら『Burning』で『B』というような感じだ。他にも『C』のクランブル、『D』のディベースなどがあるが、固有名の頭文字で被っているものはないらしい。これがアークが26機であると思われている理由だ。
「じゃあ26機しかないと思われてるのは、単純にアルファベットの文字数分しかないからってことですか?」
「そういうこと。だから今後もし固有名のイニシャルが被った機体が現れれば、現在の定説である『アークは26機』というのがひっくり返ることになるわね。それ以前に、何故アークの固有名が英単語なのかも分かっていないのよ。過去時代の人間たちも英語を使っていたのではないか、とされているけどこれも何の確証もないわ」
当人が直接かかわっているからか、遥はつまらなさそうにため息をついた。
「ともかく、アークはそもそも数に限りがあることを覚えて頂戴。そして、さっきアークが古代兵器と言ったように、アークというのは今のこの世界とは全く異なる方向性の技術進歩を辿っていることが研究の結果わかったわ。つまりアークを研究し尽くせば、私たちが選ばなかった数千、数万年分の技術を手に入れることができるのではないか……ということよ」
飛鳥自身の体感では、アークの技術は現代でも少なくとも一般化されている技術では再現できないだろう。異なる技術進歩ならばそもそも比較もできないだろうが、それでも全ての技術を手に入れることができれば凄まじい技術発展につながることは容易に想像できた。
そういうことならば、アークを研究するのもうなずけるというものだ。
ふぅむ、と飛鳥は考え込む。
彼は遥の話を大体理解できていた。アークは非常に技術的な価値があり、パイロットはそのアークにおいて重要な価値があるらしい。
「となると、あのバーニングにもパイロットがいるってことですよね。それって誰なんです?」
その質問自体は飛鳥の単なる興味だった。別に誰であっても構わなかったし、それは今後会うとも限らなかったからだ。
ただ、その回答は思いもよらぬところからやってきた。
遥の隣の、隼斗からだった。
「バーニングのパイロットは、僕だ」
「隼斗? …………。…………マジで?」
黙って頷く隼斗。飛鳥はパチパチと瞬きしながら、遥の方に視線を送った。
会話の相手が切り替わったからか、お茶を飲んでいた遥はその視線に気づくと湯飲みから口を離して頷いた。
「…………嘘だろ……」
「そりゃ秘密裏に行ってることだからね、一般人にそうそう知られても困るさ」
当たり前のように答える隼斗だったが、飛鳥はどうしても納得することができなかった。飛鳥の認識している久坂隼斗という少年と、あのバーニングの行動があまりにもかい離していたからだ。
「けどバーニングはあの場所にあった物いろいろぶっ壊してたじゃないか、お前らしくないだろ。それ以前に、お前がロボットに乗って機銃ばらまいてたとか想像がつかないぞ」
隼斗は苦笑すると、
「それ以前に、ロボットに乗ってそういうことをしてる姿を想像できる相手っているのかい? 正直誰を当てはめてもしっくりこないと思うんだけど」
「そう言われれば確かにそうだが……」
飛鳥としては、この事実に驚きを隠せないでいた。古くからの知り合いというわけではないが、飛鳥にとって隼斗は高校に入ってから一緒にいる時間の一番長い親友だからだ。それがいきなり「ロボットのパイロットです」なんて言われて素直に受け入れられるわけがない。
実は自分がそれに成りかけているという事実を忘れたまま、飛鳥は本気で頭を抱えていた。何やら唸っている飛鳥を心配したのか、遥がその肩をちょんちょんとつついた。
「パイロットであることを隠すよう隼斗に指示したのは私。決して隼斗があなたに隠し事をしていたというわけではないから、彼のことは悪く思わないで」
「それはないっすよ。ただ少し驚いたってだけで……」
どうやら、飛鳥との隼斗の関係を気にしていたようだったので、飛鳥は首を振りながらそう答えた。
遥は優しげな笑みを浮かべる。
「そう、それならよかったわ。ついでに言っておくと、あの時隼斗が自分から壊したのは沖に浮かんでいた船だけよ。その船もあらかじめ壊すために用意したものだし」
「……船沈めてまであの状況を演出したんですか?」
「ええ、そしてそれに見合う結果は出たわ。あなたがあの場で本気になってくれたから、アストラルはあなたをパイロットとして受け入れた」
あの規模の事件の中心に最初から自分がいたという事実に、飛鳥はめまいさえ覚えていた。そんな彼の様子を視界に収めながら、遥は腕を組んでこう続けた。
「アークは凄まじい技術の塊だから。……あとはまぁ、アークは兵器である以上軍事的な価値も大きくて、その点で考えても各国が躍起になって研究を推し進める理由が伺えるわね」
聞こえたその言葉に飛鳥の表情がこわばる。
「戦争……ですか?」
「そこまで大きなことにはならないけど、やっぱり軍事技術への転換の余地は大きいしどこもそれなりに必死に研究しているわ。……どこまで行っても、アークは兵器なの」
なるほど、と飛鳥は頷いた。
飛鳥がこれまでアークの話を聞いたことがないのはそれが理由なのだろう。
日本は未だに対外攻撃用の戦力を持つことが憲法で許されていない。政府の方針や国民の考え方で多少はその辺りも緩和されたが、『自衛のための必要最小限の戦力』が『自衛のための必要最大限の戦力』に変わったにすぎない。
極端な話、身を守るためならどれだけ武装しようが構わないが攻めるための一切の武器を持つことが許されないのだ。
使い方次第で簡単に攻撃に使えてしまいそうなアークを公に研究するのは体裁上あまりよろしくはない。その辺りも加味すると、この前の事件が巷で全く情報が出回っていないのはそれに関わる情報統制の関係でほぼ間違いない。
(けど、俺はアストラルのパイロットに登録されたんだよな? そんな、俺が兵器のパイロットなんて……)
考え込む飛鳥の前で、遥は大きく深呼吸をした。
机に手をついて軽く身を乗り出しながら、真剣な目で話しだす。
「ここまで話した上で、アスカ君に質問するわ。これからもアストラルのパイロットとして協力してもらえないかしら。……一応今は仮登録ということになっていて、登録から100時間以内ならそれを取り消すこともできるわ。逆に、その時間を過ぎると登録者が死亡する以外で正規パイロットの変更はできなくなる」
唐突な話題の転換に、飛鳥は頭に疑問符を浮かべる。しかしそんな彼の様子など
「だから、もしあなたが嫌だと思ったのなら断ってくれて構わないわ。仮登録の時点では何も話すことが出来なかったけど、全部話した上であなた自身に結論を出してほしいの」
飛鳥は最初冗談か何かだと思ったが、遥の眼を見る限り嘘をついているようには見えない。飛鳥は遥に目を見つめ返す。
「なぜ、そんなことを?」
そうね、と遥は少し考える様子を見せると、
「これまで勝手に話を進めて言えたことではないのだけど……」
「それでもいいっすよ。……キャンセルできるとしても100時間以内。それを教えずに時間が過ぎてしまえば事後承諾的に押し付けることだってできるはずです。『死んでも嫌だ』なんてよほどのことがない限り言いませんし、実行するなんてもっとです。その上で、俺に断れることを話した理由を聞きたいんです」
実際のところ、研究最優先なら個人の意思なんて無視するだろうし、アークにはそれをするだけの価値があることは飛鳥にもなんとなくだが理解できた。
確かに、飛鳥は兵器のパイロットに成りたいとは思わないし、取り消せると聞いて少しはそうしたいとも思った。だがそれを聞かなければ、仕方ないで済ましていた可能性もある。
しかし、遥は全てを飛鳥に話したのだ、それにどういう理由があったのか。
「……戦争にはならないと言ったけど、それも確証のある話ではないわ。今後の世界情勢の変化によっては戦争が起こる可能性もある。そうならないように最大限努力するつもりだけど、場合によってはアークがそのパイロットを乗せて戦場に出なければならないかもしれない。そうでなくても世界で最大26人しかいない古代兵器のパイロット、個人の考えが世界に対して大きな影響を及ぼしたっておかしくはないの。……これほどのことを、本人の理解なしに決定は出来なかったのよ」
「そうだったんですか……」
そんなところだとは飛鳥も思っていた。
どうやら遥は研究だけでなく、飛鳥のことも考えて行動しているらしい。
俯いていた顔を上げて、飛鳥は小さく笑った。
「そういうことなら、引き受けますよ」
「…………いいの?」
自分から頼んだことでありながら、その回答に遥は酷く驚いた表情を見せた。
「はい、俺のことを多少は気にしてくれての考えみたいなら、それこそ断る理由はないですよ。そんなに悪い様にはされないと信頼します」
「いえ、でも、私が嘘をついていたかもしれないのよ?」
「嘘だったんですか?」
答えは分かりきっていたが、飛鳥はあえて悪戯っぽくそう尋ねる。案の定、遥は言葉に詰まりながらこう答えた。
「それは、そうじゃないけど……」
「ならいいじゃないですか」
そう言って、飛鳥は本当に何でもないことのように笑う。
結局飛鳥には、申し訳なさそうに事情を話していた彼女が嘘をついているようには思えなかった。そもそも騙して誰かを利用するぐらいなら、彼女は真正面から『やれ!』と強要してくるような人間だからだ。
それこそ演技だと言われればそれまでだが、疑うよりは信じる方を飛鳥は選んだ。
不安そうな顔をする遥に対して飛鳥は逆に笑みを向ける。
「俺はさっきの遥さんの言葉を勝手に信用します。そして当然この選択は俺の責任です」
笑いながら努めて適当な様子で語る飛鳥。そんな彼の言葉を聞いて、遥は眼をぱちくりさせていた。
「だからその、いつもみたいに『引き受けて当たり前』みたいな顔してて下さいよ。その方が遥さんらしいし、そういう遥さんの頼みだから俺は引き受けたんですよ」
「そういう私、だから?」
遥の不安そうな問いに、飛鳥は大きくうなずいた。
「遥さんが堂々としてたら、なんとなく大丈夫な気がするんです。そんな気がするんだから、きっと大丈夫なんですよ」
飛鳥の論理も何もない無茶苦茶な答えに遥は茫然とした表情を浮かべていたが、やがておもむろに口を開いた。
「……なんていうか、ほんとアスカ君はむちゃくちゃね。ふふっ、面白いわ。やっぱり、君をアストラルのパイロットに選んで良かった」
遥はそう言ってクスクスと笑っていた。しばらく肩を震わせた後、おもむろに身を乗り出すと飛鳥に向けて手を差し伸べた。
「それじゃあこれからもよろしくね、アスカ君」
「はい、よろしくお願いします。遥さん」
飛鳥は差しのべられた手をグッと握って頷いた。
それは確かに彼の未来を間違いなく変える契約のようなもので。
けれどそれがどういう結果を生むのかなど、彼も含めて誰にもわかることではなくて。
だからこそ、その未来というものに少し希望を乗せてもいいかなと。
受け入れることで、彼の目指すものにほんの少しだけでも近づけるのではないだろうかと。
未だ胸のどこかにあの日のヒーローの実感を抱きながら、飛鳥は、そんな風に考えていた。