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アークライセンス  作者: 植伊 蒼
第6部‐彼と彼女の心の距離は‐
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29:『残された二人』

 チャイムが鳴った。

 文化祭前日と前々日は、朝と昼、そして最終下校時刻である夜7時にのみチャイムが鳴るようになっている。

 今のは、最終下校時刻を告げるものだった。


「う~ん、もうちょっと時間ほしかったけど……」

「最低限キリのいいところまでは出来たんだ。あとは俺と泉美でなんとかするし、大丈夫だろ」

 作業の手を止めて名残惜しそうに呟く野村に、飛鳥は気楽な調子で返す。

「それもそっか。あとは簡単な作業しか残ってないし、っと」

 グイッと握っていたドライバーを一捻りして、野村は作業を切り上げた。

 とりあえず問題だった足の周りの修理は完了している。

 実質30分という短い時間だったが、素人には難しそうな作業だけでもなんとかなったのだから、これで上々と言えるだろう。

 しかし、折り畳めるようにしていたのは仇になっていた。構造がやや複雑でパーツの数も多かったため、大きな誤差が発生しないようにするには、どうしても作業が慎重になってしまうのだ。

 とはいえ極端に時間のかかる構造になってしまっているのも、講堂の団体ごとのスペースが限られているため、こうせざるを得なかったという理由があってのこと。来年以降の文化祭における課題になりそうだった。

 なにはともあれ、最低限のノルマは達成されたのだ。残りは時間がかかるとしても飛鳥と泉美の二人で出来る作業しかない。

「星野、手順を簡単にまとめておいたから、残りはこれに従って作って」

「おお、サンキュー桐生」

 スッと差し出してきた紙を受け取って、飛鳥はそれに軽く目を通す。

 設計図というほど大仰なものではない簡易な図と、細かな作業手順が記されている。裏面には各部分の寸法も記されているなど丁寧で、何より読みやすい。

 活字か何かに見えるほど字が綺麗なのが逆に違和感を生むほどだが、何にせよわかりやすいに越したことはない。

 修理を開始してすぐに、全ての作業を終わらせることは不可能だと大道具班は予想していた。実際そうなったわけだが、飛鳥はその指摘を受けてすぐ、手をつけられなさそうな部分の製作手順をまとめるように、桐生に頼んでいたのだ。

 終わらなかった分は飛鳥と泉美が作ることになるのだが、手順がわからないまま他の部分を真似して作るというのもリスキーだ。そのため、おおかたの作業工程を正確に把握していた桐生に、飛鳥にも分かるようにそれをまとめてもらったのである。

「うん、これなら俺でもやれそうだ。なんつーか桐生、今日はバリバリ冴えてるな、仕事が完璧じゃん」

 満足そうに頷いて、飛鳥は桐生を褒めそやす。だが桐生は真顔だった。

「それ設計したの私だから、普通だよ」

「……お前助っ人じゃなかったっけ?」

「力仕事の助っ人に呼ばれるなら、適当な男子になるよ。私が大道具に回されたのは、それだけの理由があったからだし」

「…………」

 絶賛呆れていますと顔に張り付けて大道具班の男子3人を見てみるも、彼らはしれっと顔を背けるばかりだ。

 どうやら最初の設計すら出来ていなかったのを見かねて、小道具班の配慮で桐生は大道具に再配属されたらしい。最初はみな初心者とはいえ、これは大概な体たらくである。

「いやまぁ、今更いいんだけど」

 今更ごちゃごちゃと言っても意味など無い。そもそも彼らは期限内に自分達のノルマは達成させていたのだ。この修理作業はイレギュラーに過ぎないのだから、あれこれ言われる筋合いもないだろう。

 口調こそ余裕ぶってはいても、思った以上に自分に余裕が無いことに、飛鳥は気づいてしまう。

 伊達に関してもそうだが、美倉のことも頭にこびりついたようになっている。

 悪いことをしたなとか、心配だとかいうことは無いのだが、そもそも最近彼女の様子がおかしかった理由の方に引っかかりを感じていたのだ。

 今は考えても仕方が無いことだ、と飛鳥は被りを振ったのとほぼ同時、教室のドアが開かれた。

「そっち終わったー?」

 言いながら入って来たのは水城だった。

 彼女は桐生と向かい合う形になっていた飛鳥を一瞥すると、すぐに視線を修理中の背景に向ける。

 どう考えても自分には聞かれていないな、と考えた飛鳥が黙っていると、代わりに野村が口を開いた。

「まだ。でも面倒な部分はなんとか終わらせたから、あとは残る二人でなんとかできると思うぞ」

「……ふぅん。ま、間に合うのならいいけど」

 二人が話しているうちにも、リハーサルのために講堂へ行っていたメンバーが続々と教室へ戻ってくる。

 閑散としていた教室にやにわに活気づく。ちょっとした人ごみを作っていた他のクラスメイトの間を掻い潜って、篠原と松田が飛鳥の元へとやって来た。

「泉美はどうだった?」

「セリフも演技も全く問題なかったよ。正直、伊達よりもうまく主人公やってたと思う」

「おいおい……」

 篠原はさらっと答えるが、飛鳥はガクッとバランスを崩した。

 とはいえちゃんと出来ているなら何よりだ。一応問題なく主人公役を務めていたらしい伊達よりもというのだから、泉美の演技は相当なものだったのだろう。

 ほっと安堵の息を吐く飛鳥の対面で、篠原は表情を曇らせた。

「ただやっぱり全体での通し練習をしてないせいで、ちょっと立ち位置が怪しいんだ。まぁ他が完璧って考えると、少し練習すればどうにでもなりそうなんだけどさ」

「全員での通し練習を……やる機会はもうないか……」

 応じながら、飛鳥も思わず顔をしかめる。仕方ないとは言え、ぶっつけ本番に近い状況になってしまうということに、少なからずの不安があったのだ。

 しかし他にやりようもない。

 これに関しては、もうそういうものだと諦めてしまいかけたところで、松田がおずおずと片手を上げた。

「それなんだけど、昨日講堂で練習できたから、背景とかは無しで一旦全体を通してやってみたらしいんだ。それでその練習風景をビデオカメラで撮影した映像があるんだけど、もしかしたら何か役に立つかな?」

「昨日……? ああ、伊達と美倉がいる状態か。そうだな、あれば少しは確認しやすくなるかもしれないな。今持ってるのか?」

「うん。大道具が背景を運んだりするタイミングとか、もろもろの確認のために全員に映像データが配られてあるんだ。今ケータイに入ってるから、星野のケータイに送ればいいか?」

 ポケットからケータイを引っ張り出して、ちょいちょいと操作しながら松田は言う。

 飛鳥は頷いて、自分もケータイを手に取った。

「直接送ってくれるか? アドレス交換とかしてないはずだし」

「そういえばそうだな。交換するか?」

「面倒だしいいだろ」

「そうか。それじゃあ送るぞ」

 しれっと薄情なことを言う飛鳥だったが、松田は松田で特に驚いた様子は見せない。 

 そもそも飛鳥はクラス内でも連絡先を交換しているのは伊達に隼斗、そして泉美ぐらいのものだ。

「よし、受け取った」

 覗いていたケータイの画面に表示されていたバーがものの数秒で端まで到達したのを見送って、飛鳥はひょいとケータイをポケットに戻した。

 同じようにしながら、松田が尋ねる。

「ああそうだ。星野のケータイは投射ディスプレイが付いてるタイプか? 出来れば大きい画面で見たほうがわかりやすいと思うんだけど」

「付いてるよ。これで結構高かったからな。ま、バッテリーの消費が頭おかしいから全然使ってないけど」

「バッテリー……、今どれくらいなんだ?」

「どうだっけ。うん、30パーセントくらいだな。……あれ、これ投射ディスプレイで映像とか1時間もつかなぁ」

 頬を引きつらせる飛鳥。

 松田は小走りで教室に置いたままにしていた自分の鞄に駆け寄ると、中から黒い箱状の物を手にとって戻って来た。

「なんだそれ?」

「予備のバッテリーだよ。ケータイの充電機って確か全部一緒だったよな? 星野のケータイでも使えるはずだから、バッテリーが切れそうならこれ使ってくれ」

「おお、何から何まで悪いな。とりあえずサンキュー、明日返すよ」

 受け取った充電機をひょいと掲げて、飛鳥は軽く笑んだ。

「おーし、お前ら。もう時間だぞー」

 半開きだったドアを通って、飛騨が教室に姿を現した。手には何故かコンビニ袋が提げられている。

「残るのは、星野と本郷だけだな。他の生徒はもう時間だから、さっさと帰るように。もし何かあれば明日1時間でも早く来ればいい。とりあえず、今日はもう帰れ」

「はーい」

 事務的な飛騨の語り口にも、特に不満そうな態度は見せずに、生徒達は元気良く返事をする。

 小学生のようにも見えるこのやり取りだが、どうもこのクラスで最近流行っている遊びの様なものだった。

 教壇の上に上った水城が、クラスメイト達の方へと向き直る。

「それじゃあ、今日はこれで解散ね。まだあんまり自信が無い人もいるかもしれないけど、明日からは文化祭だから、無理せずしっかり休むこと。それじゃ、お疲れ!」

 水城の号令に従って、生徒達は口々に「お疲れー」などと言いながら教室から出て行く。

「それじゃ、あとは任せるぞ。星野」

「おう。心配しねーで、しっかり休んで明日に備えろよ」

「お前は悠乃か」

 飛鳥が適当にセリフをパクってみたら、篠原にジト目で返された。

 肩をすくめる飛鳥を横目に見送って、篠原と松田も教室から去って行く。

 再び静寂に包まれた教室には、飛鳥と泉美、そして飛騨だけが残っていた。

 飛騨は腕に下げていたコンビニ袋を教卓の上に置きながら、軽い調子で口を開いた。

「とりあえず、こいつは差し入れだ。どうせ晩飯のことなんて何も考えてなかったんだろ?」

「ひゅー、さっすが先生、やるぅ!」

「褒めてるのかおちょくってるのかどっちだコノヤロ」

 早くも深夜テンションに片足を突っ込んだ飛鳥のリアクションに、飛騨が額の血管をやたらと自己主張させた。

 ため息をついて、飛騨は続ける。

「ま、それはいい。久坂から連絡だ。講堂は今からしばらく使ってもいいらしい。後で久坂も講堂に顔を出すらしいから、詳しい話はそこで聞け」

「講堂を……、ラッキー」

 飛鳥はニヤリと笑みを浮かべる。

 立ち位置の確認は教室でやってしまおうと考えていた飛鳥だったが、講堂が使えるならそれに越したことは無い。ぜひ利用させてもらおう。

 飛騨は残った飛鳥と泉美の顔を交互に見て、小さく頷いた。

「さて、話はこれだけだ。許可を取った居残りじゃない以上、俺はもうこっちには来られない。あとはお前達二人でなんとかしろ」

「わかってます」

「ならいい。健闘を祈る」

 さっと軽やかに手を振った飛騨は、そのまま教室から出て行った。

 普段から飛騨のことは苦手にしていた飛鳥だったが、肩で風を切る飛騨の背中は、この時ばかりは格好よく見えた。

 ポン、と両腰に手を当てて、飛鳥は隣に視線を送る。

「いよっし! んじゃ、もう一回講堂に行くか」

「そうね」

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