28:『修理』
「よっし、じゃあ俺達は背景の修理をやるぞ」
飛鳥は残ったクラスメイト達を振り返ってそう言った。
大道具担当の面々が残っている以上、この場では飛鳥は手伝いのポジションが正しいだろうが、流れというものもある。自分が仕切るより他ないだろうと、飛鳥は結論していた。
壁にかかった時計を横目に確認して、小さく眉を寄せる。
「つっても、時間はあんまりないな。今から1時間しか作業はできそうにない。……それ以内で終わりそうか?」
ダメだろうなと予想しながら聞いてみたら、案の定の答えが返って来た。
「それは流石にキツイな」
答えたのは、大道具班の班長である野村だった。
授業の6割は睡眠時間という彼は、普段ならおちゃらけた態度が基本なのだが、状況が状況だからか割と真面目な顔をしていた。
その上でも少し頼りなく見えてしまうのは、普段の行いという奴だろうか。
「折れた部分を作り直すだけならすぐに終わるんだけど、これいくつか他のパーツと接着剤で固定してるんだ。だから周りのひっついてる部分も新しく作り直さないといけないんだよ」
「それは足の方か?」
「真ん中のデカイ骨組みの方だよ。つっても、足は足でめんどくさいんだけどな」
腰に手を当てて、ふぅと息を吐く野村。その脇で3人の大道具班のメンバーが、端に置いていた背景を教室の真ん中に広げた。
飛鳥はあごに手を添えるとう~んと少し唸ってから、おもむろに口を開いた。
「じゃあ、間に合わないなら間に合わないでいい。どのみち俺と泉美は残んなきゃいけないから、作業が残ってるのは別にいいんだよ。ただ、そうだな。作るのにコツがいるっつうか、難しい部分ってあるか?」
「それなら、まぁ足部分だな。こっちはちょっとめんどくさい。骨組みの方は切って接着剤塗って釘打つだけだし」
「切って……? ああ! そうだ、材料だ! 余りはあるか?」
修理といっても、該当するパーツを作り直して新しいものと入れ替える作業だ。入れ替え用のパーツを作れるだけの材料が必要になる。
「どうだったかなー、骨組み用の木材なら残ってたような気がするけど……。いや、まとまった大きさは残ってなかったはずだ。もっと短い切れ端みたいなものならあるんだけど、新しいパーツに使えそうなものは無いと思う。っていうか、接着剤とかもほとんど使いきってたはずだ」
「ちっ、だったら買い出しに行く必要もあるか。……しゃあねぇ。とりあえず、どこを修理する予定なんだ? ああいや、俺に詳しい説明はいらない。なるべく手間のかからないように修理したとして、どこを作り直すかが分かればいいんだ」
長話をさせている余裕などないので、飛鳥は少し話から外れて大道具の生徒達を促す。
野村を含めた生徒達は壊れた背景を囲んで、あちこちを指さしつつ話し始めた。
「手っ取り早く直すなら、隣の枠と繋いでる部分ごと外してしまえばいいんじゃないか?」
「でもそれ材料かなり必要になるぞ」
問題点を指摘する野村だったが、先ほど語っていた生徒は首を横に振った。
「材料はそうだけど、やるとしても鋸で切るだけなのは変わらないだろ。下手に添え木とかでやろうとしたら余計手間だし、それに壊れやすくなる」
「手間を減らすとなると、やっぱりこの一枚は丸ごと作り直した方が絶対楽だ。プラスチック板だけ無理矢理にでも剥がして、あとは端の蝶つがいを外して折れた部分ごと骨組み全部を入れ替えよう」
野村は納得した様子で頷いて、今度は足部分を上から覗き込んだ。
「こいつはどうする?」
「足のキャスターはねじを外せばそのまま使えるだろ。残りはここのアルミ、だっけ? が曲がってるから、作り直さないといけないと思うけど」
「なら壊れた部分と周りの骨組み、あとは壊れた足全体を作り直すか」
集まっていた3人ほどの生徒かそろって頷くと、班長である野村が飛鳥の方を振り返った。
「星野、一応決まった。必要な材料もこれで出せる」
飛鳥は頷いて返す。
「よしわかった。じゃあ桐生、必要なパーツを確保できるだけの木材と、あとは接着剤だとか……。買い物リストだ、今作れるか?」
教室の端に居た桐生に声をかける飛鳥。
大道具は初めの進捗が悪過ぎて、途中から桐生が助っ人に入って一気に進めたという話だ。この場でも、桐生の協力は欠かせない。
「少し待って」
短く答えた彼女は黒板前に立つと、手近にあったチョークをすばやく走らせた。直接会話に入ったわけではないだろうが、横から聞いていただけで全て把握していたようだ。
雑な図や文字をいくつか高速で書き連ねた桐生が、ふと手を止めて瞑目する。
頭の中で計算でもしていたのか、ほんの2秒ほどで目を開けた彼女は、並んだ図の隣に、今度は飛鳥にも読める字で単語を縦に書きならべた。パッとポケットからケータイを取り出すと、背面についたカメラでそれを撮影した。
「できたよ」
「早いな」
特に自慢するような態度すらとらずに桐生は言い、飛鳥は感心した様子で2度ほど頷く。計20秒ほどで買い物リストを完成させた桐生は、ケータイを掲げて教壇からピョンと飛び降りた。
「良く分からないけど、それで足りるんだな?」
「足りる。骨組みの木材は少し余るよう見積もっているから、多少はミスしても大丈夫だよ。必要なものは全部ホームセンターで買えるから無駄もないと思う」
「そりゃ完璧だ」
非の打ちどころの無い桐生の仕事に、飛鳥はパンと手を叩いた。
改めて部屋に残ったメンツを確認して、飛鳥は腕を組む。
桐生と野村、それに大道具班の生徒二人、あとは飛鳥の計5人。やや心もとないが、リハーサルをやっているところから人間を引っ張ってくるわけにもいかないし、必要以上に大所帯になっても統制が利かない。
なにより今現場を取り仕切っているのは門外漢の飛鳥だ。大道具班の内で意見が対立すると、それを押さえられる確信もない。
人手を削るのも致し片ないと、飛鳥はそう割り切った。
「桐生、その買い出しは何人いれば出来る? 自転車を使うから、長いものは一人でいくつも持つのは危ないんだが」
「それなら3人必要。それ以上は意味無いし、それ以下だったら一人で3つぐらいは長い材料を持つことになる」
「一人3つか。無理ではなさそうだけど、ここでさらに怪我人増やすわけにもいかないな。……よし、なら3人だ。とりあえず俺は行くとして……」
買い出しに行く3人を選ぶと言うより、残って作業を行う二人を選ぶという考え方が妥当だと飛鳥は判断する。
まず知識の無い飛鳥は真っ先に排除される。時間が無い状況で無知が一人紛れ込んでも邪魔にしかならない。買い出しは実質荷物を持つだけなので、役割としては極めて妥当だ。
そして先ほどの大道具班での話を聞くには、骨組みに接着されたプラスチック板を剥がすらしい。恐らく力仕事だろうし、男子が担当した方が効率良くできるだろう。となれば桐生もこの場は除外だ。
最後の一人はどうしようかと迷ったが、同じく大道具班での話で特に適切な意見を言わなかった野村はあまり構造を理解していないのではないか、と無礼な予想を立てて、飛鳥は結論を決めた。
「……そうだな、桐生と野村、お前たちは買い出しだ。残りの二人は残って作業をしていてくれ。とりあえず……なんだ、バラす作業があるならそっちを先に、でいいのか?」
「ああ。面倒な奴から片付ければいいんだっけ?」
飛鳥の質問に答えつつ、大道具班の生徒の一人が尋ね返した。
「そうそう。最終的に俺と泉美が残りの作業を片付けることになるから、一応素人二人で出来る程度の作業以外が片付いてるとありがたい。ともかく、買い出しは30分程度で終わらせる。それまでに出来る限りのことをやっていてくれ。間に合わなかったら、……まぁそれはそのとき考えよう」
「わかった。じゃあ早速始めるよ」
「オッケー。それじゃあ桐生、野村、行くぞ」
大きく手招きをして、飛鳥は教室の外に歩いて行く。
二人が付いてくるのを確認しつつ、飛鳥は隼斗に連絡を入れ、学校の備品である自転車の使用許可を出してもらった。
そうして買い出しを終えて飛鳥達が帰って来たのは、先に言っていた30分よりはいくらか早い22分ほど後のこと。
暗くなった街で自転車を転がして学校の門に辿り着いたところで、飛鳥はそこからでも見える大きな時計を確認して安堵の息を吐いた。作業終了まであと30分ほど有るし、面倒な部分はなんとか終わらせられるだろう。
そんな風に考えながら門のところで自転車から降りた飛鳥の前に、近くで仕事をしていた様子の遥が姿を見せた。
「わりい、先に教室戻っておいてくれ。それと野村、これ頼む」
「うん?……あー、おっけおっけ、任せてくれ」
手に持っていた長い木材と買い物袋を野村に押し付ける。
両肩に担いで教室へ向かう野村と、その後ろに続く桐生、彼らとすれ違うようにして、遥は飛鳥の方へと駆け寄って来た。
「アスカ君」
「どもっす。……隼斗から、話は行ってますよね」
「当然じゃない。それで、大丈夫なの?……怪我した子と、あとクラスの方は」
怪我の話は秘密にしているということも聞いているのか、遥は直前に周囲を伺ってから、小声で尋ねた。
「伊達、……怪我した奴は、どうも足首の骨が折れてるっぽくて今病院に居ます。経過は聞いてないんでわからないですけど、そんなに酷くないとだけは」
「そう……」
「クラスの方は今リハーサルやってます。泉美が主人公の代役っていうちょっと特殊なことになってますけど、あいつなら大丈夫だと思います。俺は壊れた背景の修理を手伝うって形で。こっちもなんとかなりそうです」
沈痛な面持ちだった遥に、飛鳥は努めて明るく返した。
あくまでクラスのことだ、余計な心配はしてほしくない。
「わかったわ。そうだ、居残りのことだけど、クラスメイトから連絡があったらしくて、それも隼斗から聞いているわ。生徒会はまだしばらく残るけど、先生にはバレないように気をつけてね」
「はい、了解っす」
「ええ。……っとと、引き止めてごめんなさい。クラスのこと、頑張ってね。何かあればきっと協力するから」
「わかりました。とりあえずなんとか自分達でやってみます。それじゃ」
遥の厚意は嬉しいが、明らかに忙しいだろう生徒会を頼るのも筋違いだ。
さっと手を振って、飛鳥はその場を去っていく。
自分に出来ることを全部やる。それが、飛鳥がこの状況を乗り越えるためにやらなければならないことだ。
短く息を吐いて、飛鳥は大股で教室へと向かって行った。