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アークライセンス  作者: 植伊 蒼
第6部‐彼と彼女の心の距離は‐
163/259

24:『準備を終えて』

「ふぅ、なんとかここらで終わりか……っあ!」

 ぐぐいと伸びをした飛鳥の口から、そんなくぐもった声が響く。


 現在は午後5時を過ぎたところだ。

 飛鳥達は屋外ステージの全てのセッティングを済ませた後、正門の飾り付けの手伝いをして、今日の作業を終了させた。

 ようは遅れが出ていた正門の作業の応援が、彼らの準備期間での最後の仕事となったわけだ。

 しかしもともと遅れるだろうと予想されていたのは屋外ステージの方で、だからこそ副会長、つまりは遥の右腕的なポジションである九十九が現場監督に回されていたのだ。それでも時間内に終わらないだろうと予想されていた、というのが裏の話だったりする。

 ところが実際には全体的なオペレーティングが良かったからか、こうして時間内に終わって他の応援に行くことすらできていた。

 やはり最大の要因は、遥が作ったという作業手順表の存在だろう。あれがあったからステージの組み立てという大きな作業が午前中に片付いたのだ。

 調子一つでこれだけの人間が動く作業に大きな影響を与えてしまう辺り、遥が元来持つスペックの高さが伺える。

 果たしてこういった彼女の能力すらも、サードイヴの遺伝子と何か関係があるのだろうか。

 そんな風に、我が事ですらない飛鳥でも疑心が鎌首をもたげるのだから、当事者である遥が感じていた不安の大きさも、ぼんやりとだが想像できる。簡単に割り切れなどとは、やはり言うべきではなかった。

(思ったよりも引きずってんな……)

 一仕事終えてさっぱりすべきところなのに、一々そんなことを思い出してしまう自分に飛鳥は辟易する。このある種の臆病さは、彼が嫌う自分の性格の一つだった。

 ただ今になってあれこれ悩むようなものでもないと、飛鳥は一つ息を吐いて割り切ってしまう。それができるようになった辺りが、彼なりの成長というか、変化だった。

「うっし、んじゃどうする? 明日本番だし、さっさと帰って備えるか?」

 頭の後ろで手を組んだ姿勢で、飛鳥は正門のアーチにもたれかかっていた泉美を振り返った。

 泉美はアーチから背中を離して、飛鳥の方へとスタスタと歩み寄る。

「それより、少しクラスの方見ていかない? やっぱり、顔ぐらい出しておいた方がいいと思うよ」

「ま、お前ならそう言うか」

 肩をすくめて、飛鳥は絡めていた両手の指をほどき、腕をだらりと振り下ろした。

 そのまま校舎の方へと歩き始めた飛鳥の背中を、いつもの通り泉美が何も言わずについて行く。


 一応の終了時刻を迎えてなお、まだ喧騒冷めやらぬ校舎に入った彼らは、その足で自分達のクラスへと向かった。

 だが辿り着いた教室のドアを開いたところ、何故か片手で足りるほどの数の生徒しかなかった。

 どうやら練習などをしているメンツや、大道具の声の大きな生徒達が居ないからか、教室には静かでだらりとした空気が満ちている。

 そこにいた数人の生徒達は集まって何かをするでもなく、各々まったりとした空気に呑まれていた。人数の少なさも相まって、活気というものがまるで感じられない。

 そしてここで薄情な飛鳥である。ただでさえ少ない生徒が、ものの見事に名前のあやふやな生徒ばかりだった。

 はてさてどうしたもんかと教室を見渡して、飛鳥は辛うじて名前のわかる生徒を見つけた。

「よっ、桐生」

 窓近くにポツンと置かれた椅子に座っていた女子生徒に近付いて、飛鳥は上から覗き込むようにひょいと片手を上げる。

 桐生楓キリュウカエデ。赤ぶちの眼鏡と綺麗に切りそろえられた黒髪が特徴と言えば特徴の、ハッキリ言って目立たない女子だ。今と大体同じで、彼女は普段からクラスでも端の方で独り本を読んでいることが多いのもあって、存在感だけならいっそ美倉よりもない。

 だがときおり発揮されるその猛烈な暗算のスピードから、頭に電卓インストールしてる系女子として、クラスの中では割と有名な生徒ではあった。飛鳥が名前を覚えていたのもその関係だ。

 膝の上に文庫本サイズの本を広げていた桐生は、調子の悪いパソコンのような短いラグを挟んで、その顔を上げた。眼鏡の奥から、どこに焦点が合っているのか分からない視線が飛んでくる。

「星野、どうしたの?」

 気力が脱落したような表情の割には、ゆっくりながらもしっかりした口調で桐生は尋ねてくる。空に迷わせた細い指先が、少しの後に膝上の文庫本をぱたんと閉じた。

「実行委員の仕事が終わったからクラスの方でも見てこようかと思ったんだが、居なかったからさ。みんなどこ行ったかわかるか?」

「みんななら、大道具と小道具で作ったものを講堂に運びに行ってるよ」

 教室のドアを指さしながら、桐生は答える。

 午後の作業が開始してすぐに、隼斗から伝言を受けていたことを思い出して、飛鳥は思わず頭をガジガジと掻いた。

「あっちゃ、そういやそうだった。忘れてた。まぁいいや、それじゃあ講堂行くか?……つか桐生、お前何してんの?」

「私はここで留守番。作ったものと、あと私物を置いて行ってる人がいるから、誰か教室に居ないと」

 他にも教室には数人生徒がいるのだが、とぐるりと見回してみるが、すぐに桐生に行く気が無いというだけだと気付いて飛鳥は脱力する。

 彼と同様に、少し外れた奴なのだ。

「そうか。そんじゃ、また明日な」

 講堂の方でクラスメイトの様子を確認したあとは、飛鳥はもう帰ってしまうつもりだった。

「うん、また明日」

 閉じていた文庫本を開き直して、そちらに視線を落としながら桐生は答える。

 用件は済んだとばかりにすぐさま自分の世界に戻ってしまう桐生に、飛鳥は肩をすくめて笑う。

 普通なら愛想の悪さに嫌な気分になるかもしれないところだが、飛鳥は桐生のこういった所作を含めていい意味で『変な奴』だと、プラスに評価していた。彼女とはさして仲がいいわけではないが、お互い立ち入ったことは絶対にしない距離感が気楽だったからだ。

 手を振ることもなく教室のドアに向かう飛鳥の後ろに、やはり泉美が黙って付いてくる。

 最近の彼女の定位置なので普段なら気にしないところなのだが、このときは何故か妙に視線が気になって、廊下に出たところで飛鳥は振り返った。

「……どした、何かあったか?」

 バッチリ目があったのを確認した飛鳥が一拍置いてから尋ねるが、泉美はひょいと視線を逸らした。

「何でもない」

 本当に何でもなさそうな表情だったので、「あ、そう」と飛鳥のリアクションも尻すぼみだ。

 何か付け足す言葉も思いつかなかったため、飛鳥は黙って講堂の方へと向かった。


 大道具の搬入といえば恐らくここだろう、と適当に当たりをつけて、飛鳥達がやって来たのは講堂舞台側の両サイドにある大きな搬入口だった。

 人が出入りする場所としてはかなり大きなドアからは、外に向けて簡易な階段が設置されている。

 その近くでは飛鳥のクラスメイト達が、大道具が製作した数枚の背景を囲んでいた。

 場面切り替えのスピードを求めたのか、背景はただの紙ではなかった。

 直接背景の絵が分割して描かれた複数枚の薄いプラスチック板を木材の骨組みに取り付け、背景全体が蛇腹に折り畳めるようになっている。下には計8つのキャスターが付いているなど、少し重そうではあるが、丈夫で運びやすそうなものだった。

 4人1組で背景を囲んでいた生徒達。

 大道具が率先して運んでいるのは当たり前として、伊達や美倉をはじめとした舞台上に立つ人間も何人かその周囲に居た。他にこの場にいる生徒は小道具を運んでいたり、講堂の中に居たりするのだろう。

「おーっす、伊達!」

 頭の上で大きめに手を振りながら、背景を囲んで友人と談笑していた伊達に声をかけた。

 声に気付いた伊達がこちらを振り返ると、飛鳥と同じように大きく手を振る。

「よっす」

 近付いた飛鳥は改めてそう言う。

「なんだ、実行委員の仕事はもう終わったのか?」

 伊達はこう尋ねた。飛鳥は頷いて返す。

「ああ。思ったより早く、つーか予定通りに全部終わったからな。そっちは?」

「俺達は今から背景を舞台裏に運んで、30分ぐらい後に全体リハーサルの予定だ。それで準備は終わりだ」

「そうか。問題なく進んで何よりだ」

「いやいや、まだ不安はあるけどな」

 肩をすくめて言う伊達に、飛鳥はバカにしたような笑みを向けた。

「はっ、らしくねー」

「バッカ、俺だって緊張ぐらいするっつーの。ま、それでもまず大丈夫だけどな」

 伊達は何故か得意げな表情になるが、同じ背景を囲んでいた篠原が茶々を入れた。

「とか何とか言ってるけど、コイツ練習中噛みまくりだったからな。全然大丈夫じゃなさそうなんだよな」

「おうおう伊達君大丈夫かー?」

「うっせぇ、俺は本番に強いんだっ!」

 伊達はまるで子供のように両手を振り上げて喚く。

 だがその振り上げた手が当たった拍子に、立たせていた背景がぐらりと傾いた。

「ちょちょちょあっぶねぇあぶねぇ!?」

「うわうわうわうわ!!!!」

 地面にたたきつけられるその寸前で、背景を挟んで対面に居た篠原ともう一人が慌ててそれを支えた。

 ギリギリ手が届いて、二人と、傍から見ていた飛鳥が安堵の息を吐いた。

「おい伊達気をつけろよ!」

「わ、わりぃ……」

 切羽詰まった表情の篠原に批判的な視線を向けられて、伊達も思わず萎縮してしまう。

 彼は思いきりぶつけてしまった手を痛そうに振りながら、逆の手で後頭部を掻いていた。

 飛鳥は倒れた背景を立てるのを手伝ってから、その骨組みを軽く小突いて言う。

「なんだ、意外と簡単に倒れるんだなこれ」

「重心が高いんだよ。今のこれは支えの足を折り畳んでるから、広げてしまえば倒れないみたいなんだけどな」

「ああ、運ぶ時だけか。じゃあまぁ大丈夫そうだな」

 伊達の補足を聞いて少しだけ安心する。

 結構な勢いだったとはいえ、腕がぶつかった程度で簡単に倒れていては本番でハプニングの温床になりかねないからだ。

「お、そろそろ運んで良さそうだな」

 舞台裏へ向かうための階段を見上げた篠原がそう呟く。

 視線を向けると、階段の上で手を振っているクラスメイトの男子の姿があった。

 搬入をしていた一つ前のグループが、作業を終えたのだろう。

「これはどうやって上にあげるんだ?」

「どうやってって、普通に運んでだろ?……えーと松田、これって寝かせて大丈夫なんだっけ?」

 飛鳥が何気ない問いに、篠原はふと首を傾げてから、そこに居たもう一人の生徒にそう尋ねた。

 前の組が背景を舞台裏へと運んでいるのを眺めていた松田と呼ばれた生徒は、すぐにこちらへ振り返った。

「ああ、すまん、聞いてなかった。なんだっけ?」

「この背景って、横倒しにして運んでいいのかって」

「たぶん大丈夫だったと思うけど……。いや、一応立てて運んどこう。ここをこうしてさ……」

 松田はそう言いながら、その場に屈んで骨組みの下部をごちゃごちゃと弄る。

 立っていた伊達の足をペシペシ払ってその場からどかせると、内側に折り畳まれていた背景の二つの足を引っ張りだした。

「おおー!」

「すげぇ、そんな風になってたんだ」

 ちょっとしたギミックに感心したような声を上げる篠原と飛鳥。

 反対側にも回った松田が二つの足を広げて、少し得意げな表情を浮かべる。飛鳥はその態度で、松田が大道具の担当だったことを思い出した。

「各グループごとに舞台裏に物をおける範囲が決まっていてさ、足を折り畳まないと入りきらないっぽいんだよな」

 作るのに関わったからだろうか、聞いても居ない説明を付け加える松田。

 上から見ればちょうど『H』のような形になったことで、周囲を囲む4人の生徒で足一つずつを持てるようになっていた。

「とりあえず、これで足の部分を持って運ぼう。なんか、寝かせたら真ん中折れそうだし」

「この足で持っても大丈夫ならまず折れないと思うけど……」

 まぁ別にいいか、と抱いた疑念を放っておく飛鳥。

 一つ前の背景が階段を上ったのを見て、飛鳥達はせーので背景を持ち上げる。

 腰の高さにまで持ち上げたところで、飛鳥はかくんと首を傾げた。

「って、あれ? なんで俺これ持ってんの? もう一人いなかった?」

「そういや居たような……。ああ、たぶんアスカが来たからどっか行ったんだろ」

「おい完全にサボりじゃねぇかふざけんな」

 悪態を吐くものの、今更手を離すわけにもいかずに飛鳥はため息一つで終わらせる。

 グッと持っていた足部分を掴み直して、飛鳥は目的地を見上げた。

 舞台はそこそこの高さなのだが、搬入口は舞台よりも高いところにある。そこから舞台と同じ高さの舞台裏に行くか、二回の物置スペースへ行くかに分かれる。

 飛鳥達が運ぶ背景は舞台裏のスペースに置いておくのだが、いずれにしても一旦10段程の階段を登らなければならない。少し危ない気もしたが、4人で持つのだから重さは大したことが無かった。

 階段に差し掛かったところで、後ろ向きにそれを上ろうとしていた伊達に飛鳥が声をかける。

「階段、気をつけろよ。落ちたら怪我すんぞ」

「わかってるよ」

 肩越しに後ろを窺いつつ身長に上る伊達と松田にペースを合わせて、飛鳥と篠原はゆっくりと一段一段をゆっくりと登った。

 10段全部を上ったところで、4人は一旦それを下におろす。後はキャスターがあるので、押して運べばいい。

「おっと、前がまだちょっとつかえてるな。もうちょっとこっちに寄せて、少し待とう」

 前方でまだごちゃごちゃやっている様子のクラスメイトを見て、松田はそう言った。

 小休止、と飛鳥はぐるりと肩を回した。

「アスカ」

 声のした方を向くと、2階へ続く階段を下りてきた泉美がいた。

「あれ? お前どこ行ってたんだ?」

「小道具は2階に持って行くから、それを手伝ってたのよ」

「真面目なこって」

「あんたが不真面目なだけでしょ」

 流れで手伝うことになってしまった飛鳥とは対照的な態度に、彼は思わず肩をすくめる。

 もはや定番のようなやり取りを作業的にこなした泉美は、飛鳥ではなく伊達の方に視線を向けた。

「伊達、ちょっと聞きたいんだけど……。美倉さん、何かあったの?」

「ああ……」

 泉美の質問を受けて、伊達は難しい表情を浮かべた。

「美倉?」

 唐突に上がった名前に、飛鳥はキョトンと尋ねる。難しい表情のまま、伊達は答える。

「なんか最近ぼーっとしてること多くてな。練習の時も、たまにあって気になってたんだ」

「何かあったのか?」

「それがわかんねぇんだよ、聞いてもはぐらかされるし。練習のために教室に集まったときも、たまに教室に居ないとときがあったから、もしかしたら何か関係あるのかもしれないけど……それ以上は何も」

 しかめっ面で首を振る伊達だったが、飛鳥はその言葉にふと引っかかるものがあった。

「教室に居ない……?」

 今日隼斗から伝言を頼まれたときに見た後姿は、やはり美倉だったのだろうか。

 部活に属している生徒ならそちらの準備で少し抜けたりするということもあるが、文芸部はもう準備が終わっているらしいし、何かしら他に理由があるのだろう。

 思案してみる飛鳥だったが、心当たりはあっても根拠が無く、結局言葉には出来なかった。

「明後日が本番だし、さすがに少し心配なんだよな」

 いつの間に飛鳥の隣に来ていた伊達が、階段の方を見ながらそう呟く。

 相変わらず片想いに精を出しているもんだと思う飛鳥だったが、自分もさして状況は変わらないと気付いて笑うに笑えなかった。

「由紀、気を付けなよー」

 階段の方から水城のものらしき声が聞こえて、飛鳥はそちらに目を向ける。

 ちょうど後ろの1組が、飛鳥達と同じように背景を抱えて階段を上って来たところだった。

 美倉と水城、あとは二人の男子の4人で、それぞれ足の一つを持っている。

 それを眺めていた飛鳥の視線が、顔を上げた美倉のそれとぶつかった。

「……ん?」

「あ、星野君……」

 飛鳥の顔を見るなり、驚いたような表情を浮かべ、そして目を細める美倉。それが飛鳥には、何か悩むようなそぶりに見えた。

「ちょっと由紀?」

「…………」

 後少しで階段を上りきるというところで動きを止めてしまった美倉に、水城が声をかける。だが美倉は黙って目を伏せたままで、返事をしない。

「どうしたの?」

「…………」

「ちょっと由紀っ」

 まるで聞こえていないというようにぼんやりとしていた美倉に、水城が声を張って名前を呼んだ。

「……あ、ごめん!」

 その声で我に帰った美倉が、慌てて周りに追いつこうと上の段に足を踏み出した時だった。

 ガツッ、とつま先が階段の角にぶつかって。

 ふわりと、美倉の背中が重力に引かれた。


「えっ…………」


 飛鳥には、戸惑うような声が酷く場違いに聞こえた。

 なびく髪とスカートが、傾いて行く美倉の身体が、全てスローモーションに見える。

 悲鳴に近い声が聞こえた気がした。

 倒れる美倉に引っ張られた背の高い背景が、足を掴む三人の手を振り切って、彼女の上から覆いかぶさるように宙を舞う。

「ゆ――」

 水城の手は届かない。

 完全に彼女らの手を離れた背景と共に、美倉の姿が搬入口に居た飛鳥達の視界から隠れていく。

「美倉さ――――」

 泉美の叫ぶ声が聞こえた。

 姿が消えた美倉。

 落ちているのだと、そう気付いたとき、世界が加速した。

「くっ!?」

 一瞬にして血液が沸騰するような感覚の中で、辛うじて思考を保った飛鳥が駆けだそうとする。

 だが間に合わない。

 踏み出す彼の足では、落ちて行く美倉に追いつけない。

(くっそ―――――)

 それでも歯を食いしばって次の一歩を踏み出そうとしたとき――


 ――ドガンッ!!!! と何かが爆発するような音が聞こえた。


 飛鳥の隣、踏み出した伊達が床を踏みしめる轟音だった。

 刹那。

 飛鳥が二歩目を踏み出そうとしたとき、伊達は既に階段から飛び出していた。

「美倉ぁッ!!」

 叫ぶ声と共に、落ちて行く美倉の腕を掴み、一気に引き寄せる。

 小柄な体を彼が両腕でかばった直後。


 二人の身体が地面へと吸い込まれ、落ちてきた木材の塊がその上から叩きつけられた。

 

 耳をふさぎたくなる騒音が辺りに響いた。

 思わず足を止めてしまった飛鳥は、顔をしかめたまま膝を殴りつけて、階段の傍まで即座に駆け寄る。

 眼下には怯えるように手足を丸める美倉と、それを全身でかばう伊達の姿。

 そして背景の骨組みが、伊達の右足に覆いかぶさっていた。

 聞こえた悲鳴が、どこか遠い。

「だっ…………」

 動きを止めた二人の姿に、どうしようもなく悪寒が走った。

「伊達ぇぇッ!!!!」

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