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アークライセンス  作者: 植伊 蒼
第6部‐彼と彼女の心の距離は‐
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23:『昼食と次の仕事』

 遥に指示された通りステージの組み立てに向かった飛鳥達は、そこで午前中一杯の残りの時間を使って、その仕事を終わらせた。

 果たしてほんの数時間で終わるような作業量だったのかは、飛鳥自身ですら疑問に感じるところだったが、出来てしまったのだから仕方がない。

 設営班の半数以上がこの作業に回っていたのも大きいだろうが、何より、その人数が無駄なく動けたというのが一番の理由だろう。

 かなり具体的かつ効率的な作業手順があらかじめ組まれていたと、その場のリーダーであった設営班長の男子が語っていた。彼はただ、その手順に従って指示を出していたにすぎないという。

 手順は前日に生徒会が作成したものらしいが、おおかた遥が一人でパパッと作ったものだろうと飛鳥は当たりをつけた。

 具体的な根拠はないが、復調したらしい遥なら、この程度サンドイッチ片手に作ってしまえるだろうと思えたからだ。

 兎にも角にも時間のかかりそうな作業がぴったり予定通り終わったので、飛鳥達は少しだけ余裕を持って昼食を取ることができた。

 学園中どこもかしこも作業中で、常にどこかの団体の生徒がせわしなく走り回っている。その中で唯一落ち着いて食事が取れそうな学食のテラスで、飛鳥と泉美は食事を済ませていた。

「アスカってお弁当作ったりしないの?」

 午後の作業を前に少し休憩をしていた飛鳥達。

 テーブルに頬杖をついた泉美が、背もたれに腕を投げ出してぼんやりと遠くを眺めていた飛鳥に尋ねる。

 振り返った飛鳥は、キョトンとした表情で訊き返す。

「俺そんなことするように見える?」

「見えないけど」

 こういう質問には普段なら気だるげに答えるだろう飛鳥だが、今の彼の表情は本気で不思議そうにしているように見えた。泉美の口調に、思わず呆れの色が混じる。

 いつも通りコンビニ飯だった飛鳥。彼が食べ終えた総菜パンなどの包装を、泉美はぼんやりと見つめた。

「あんたも一人暮らしだったわよね。自炊とかしないの?」

「今更それ聞くか。そりゃ自炊はしてるけど、毎日ってわけじゃないし、何より自分で弁当作るような余裕なんてないよ。一人暮らしなんて、まだ始めてから半年ぐらいしか経ってないからな」

「ふぅん。そういえば、あんた何で一人暮らししてるんだっけ?」

「親父が仕事で海外行ってて、母さんがそっちに付いてってるから。中3の間は親父が単身赴任だったけど、ここに入学してからは俺が一人暮らしなんだ。……ああ、ま、親父とはあんまり仲良くなくてな。そのせいだよ」

 泉美が追求してきそうなのを表情で察して、飛鳥は先んじてそう答える。言外に、これ以上ごちゃごちゃ聞くなと告げていた。

 細かい空気の読み方が飛鳥と同じなのか、泉美はそれを読み取って、口から出かかっていた言葉を呑み込んだ。

 触れられたくない話題なのだろうか。自分のことなのに、飛鳥としてもよく分からない。

 だが真面目に考察する価値がある命題でもないだろう。振り払うように、飛鳥は椅子から立ち上がった。

「さて、と。そろそろ時間だ」

「そうね。また屋外ステージだっけ?」

「ああ、音響機材を講堂脇の倉庫から運んで、ステージ上にセッティング。後はどうだろうな、動作チェック辺りまではするんじゃないか?」

「今回は生徒会の人がリーダーだっけ。だったらそれもすると思う。じゃ、行きましょ」

 椅子から立ち上がった泉美は、自分で用意したらしい弁当の箱を鞄に戻して、椅子から立ち上がる。飛鳥はテーブルに放りっぱなしだったゴミを、片手でさらって歩きだした。その斜め後ろを、泉美が黙って付いて行く。

 中庭に面した食堂のテラスなので、そもそも人ごみの奥には屋外ステージが見えていた。

 テラスの端に設置されていたゴミ箱にすれ違いざまにゴミを投げ入れると、飛鳥はその足でステージへと向かう。

 既に数人の実行委員が集まっていたステージ前で、その集団の中心に居たのは九十九だった。

「ちっす、先輩」

「あぁ、星野君と……本郷さんですか」 

 飛鳥と続く泉美の姿を見止めて、九十九はそう呟いた。

 今は伊達眼鏡をかけた優等生モードだ。他の生徒もいるし、そもそも九十九は滅多に素を見せることはないのでこれが普通なのだが、どうも素の方のインパクトが強すぎて逆に違和感を覚える飛鳥だった。

 何やら妙な警戒でもしているのか、3メートルほどの位置でピタリと立ち止まる泉美を不審に思いながらも、飛鳥はひょいと九十九の方に近付く。

 どうやら出席というか参加を確認していたのか、タブレットに表示された名簿をトントンと指先でタップしていた九十九。

 彼の様子を横から覗き込んだ飛鳥は、ふと九十九と美倉が二人で話をしていた時のことを思い出した。

 クラスも違うだろうに、文化祭関係でいま一つ接点の見えない二人が、彼らだけで話していたという状況には何か意味があるのだろうか。疑問に引きずられる形で、最近様子のおかしい美倉のことも思い出した。

「星野君? どうかしましたか?」

「えっ?」

 すぐ近くから声が聞こえて、考え事にふけっていた飛鳥は慌てて顔を上げた。

 視線の先では、タブレットの操作を終えたらしき九十九が、感情の読めない瞳で飛鳥を捉えていた。

「ああ、いや、何でもないです」

「そうですか? なら構いませんが」

 顔をじっと見られていたのが気になっただけなのか、九十九はそれ以上追及しなかった。

 代わりに、既に揃っていたこの場の実行委員達に向けて、仕事の説明を始める。

「それではみなさん揃ったようですので、次の仕事を始めてもらいます。まずは講堂脇の倉庫から指定の音響機材を運んで来て下さい。台車などは向こうに置いてあるので、持ち運べないような重い物はそれを利用してください。倉庫の方にも生徒会の人間が一人いるので、必要な機材についてはその子に聞いていただければ結構です」

 流れるように説明を終えて、九十九は集まった実行委員達をぐるりと見渡す。

「では早速向かってください。倉庫の場所は、誰かわかりますか?」

「講堂脇の倉庫だよね。それなら私、場所分かるよ」

 そう言ってひょいと手を上げたのは、2年の女子生徒だった。

「そうですか。でしたら皆の案内をお願いします。みなさん、太田さんに付いて行って下さい」

「じゃあ行くよー」

 九十九の言葉に答えるようにひょいと片手を上げた太田という女子に続いて、残りの実行委員がぞろぞろと歩いてく。

 倉庫を普段利用する生徒等ほぼ居ないので、場所を知っている生徒は少ない。飛鳥に至ってはそんなものがあること自体今日知ったぐらいだ。それに講堂脇とは言っても、講堂自体がそれなりの広さがあるとなっては、ぐるりと回って見つけるのも大変である。

 集団でぞろぞろと移動するのはやや滑稽だが、場所が分からないのだから仕方がないと割り切った。

 そんな感じで目的の倉庫に辿り着いた飛鳥達を待っていたのは、生徒会メンバーである小柄な女子生徒だった。恐らく生徒会の中でも一番目立たない子で、飛鳥は名前どころか学年すら知らない。

 彼女は近付いてくる集団を確認すると、手に持っていた二つ折りの紙を開いた。

「えっと、そこに書いてあるのを持って行けばいいの?」

「はい。リストの上から順に、倉庫の手前から並んでいるので、指示どおりに運んでください」

 先頭の太田が尋ねるのに答えて、生徒会の女子生徒は倉庫の扉を開く。

 倉庫と言っても、体育の授業や運動部が使用するような倉庫とは違い、中はずいぶん綺麗なものだった。音響機材を補完するような場所なのだから当然なのだが。

 何やらの説明を受けた生徒が、順に倉庫の中に入っていく。2,3人ほどが倉庫の中に入って、それから中の物を持って外に出てくる。

 分かりやすいところで、スピーカーやらミキサーやらの大型のものから、マイクなどの小さなものまで様々だ。どうやらキーボードやドラムなどは学校側で用意されるらしく、前の生徒はそんなものも持ち出していた。

 倉庫から出す役目とステージまで運ぶ役目は別れているようで、飛鳥はステージまで運ぶ役割だったらしい。

「それじゃあ、君はこれお願い。そうだ、落ちたら危ないから、あなたは支えてあげて」

 と言って太田が指し示したのは、台車の上に乗せられたスピーカー2台。台車を押し運ぶのが飛鳥で、落ちないようにするための支えが泉美のようだった。

 頷いた飛鳥は台車の取っ手を掴んで、ぐいと押す。

「大丈夫?」

「これぐらいなら余裕だよ」

 前でスピーカーの上面に手を当てていた泉美が尋ねるが、飛鳥は言葉通り余裕の表情で返す。意外と軽いもので、2台並んでいてもそれほど危なげはなかった。

 スピーカーを乗せた台車を押してそれなりの距離を移動して、飛鳥達は再び屋外ステージの方へと戻る。

「九十九先輩、これはどうすればいいですか?」

「それは一旦ステージの上まで運んでください。場所は適当でいいですよ。あとで置き直すので」

「了解っす。……泉美、反対側持ってくれ」

「わかったわ」

 頷く泉美と共に、まず一台のスピーカーを台車から取り上げる。両手で担いだまま横歩きで階段を上り、ステージ上に適当に置く。これを二回だ。

 簡単な作業を終えた飛鳥は、相変わらずタブレットを片手に持ったままの九十九に尋ねる。

「次は何かあります?」

「そうですね。まだ全ての機器が到着しないと思うので、もう一度倉庫に行ってください。終わっていたら、また向こうの指示に従えばいいですよ。とりあえず、その台車は忘れずに倉庫に運んでください」

「わかりました」

 そんな感じで、飛鳥達は再び倉庫に戻ることに。

 だが一際軽くなった台車を押して歩き始めたところで、どこからか走って来た隼斗とばったり会った。

 こちらを認めた隼斗は、走るスピードを緩めて飛鳥の方へと向きを変えた。

「ああ、アスカ。少しいいかい?」

「お、隼斗? お前何やってんだ?」

「クラスの方に重要な連絡があって。ただ今忙しくてね……。だからアスカ、伝言お願いできるかい?」

「電話つながらなかったのか? まぁいいよ、何だ?」

「大道具の舞台への搬入が午後5時半に決まった。それだけで伝わるはずだよ」

「ふむ……、オッケー、分かった」

「恩に着るよ」

 言うだけ言って、隼斗はすぐさまどこかへ走り去ってしまう。どうやら言葉通り相当忙しいようだ。

 飛鳥は手を離した台車の取っ手を指さして、傍らの泉美に視線を向けた。

「じゃ、ちょっと行ってくる。これ頼めるか?」

「ええ、いいわよ」

「サンキュー、すぐ戻るよ」

 ひらりと手を振って、飛鳥も泉美に背を向けた。

 誰に連絡すればいいのかを聞き忘れたが、とりあえずクラス代表である伊達か美倉なら間違いないだろう。

 美倉の居場所は分からないが、伊達はこの時間なら部活の屋台の設置に向かっているはずだ、と飛鳥は記憶を掘り起こす。校舎に向かうにもちょうど通りかかるので、いずれにしても無駄が無い。

 そう考え、思案のために無意識に伏せていた顔を上げたときだった。

「あれ……、美倉……?」

 遠方の人ごみの中にそれらしき人影を見かけて、飛鳥はとっさに目を凝らした。

 しっかり見て、間違いないと確信する。

 しかし手早く美倉に伝言を済ませるために走りだそうとしたところで、彼女の背中が人ごみに紛れてしまう。

「ちっ、見失ったか」

 美倉がいたのは、ちょうど部の屋台が並ぶ予定の場所だった。

 現在はその屋台の接地のために、とんでもない量の人がせわしなく駆けまわっている状態である。再び見つけるのは至難の技だろう。

 どうせ眼前に屋台の列があるのだから、この足でそのまま陸上部の屋台に向かってしまえばいいだろうと飛鳥は割り切って歩きだした。

 各部活動の屋台の場所は既に決定されていて、飛鳥もその資料は確認済みだ。

 やや曖昧な記憶に従って人ごみをかき分けて行った先に、陸上部の屋台が見えた。

「あれ、アスカ?」

 何かの作業をしていたらしい伊達が、人ごみの中から現れた飛鳥を見て驚いたような声を上げる。

「お前、実行委員の仕事は?」

「その仕事の関係でこっち来たんだよ」

 手を振りながら適当に答えて、飛鳥は続ける。

「隼斗から、クラスの方に伝言があるんだ。大道具の搬入が午後5時半に決まったってさ。……俺はよく分からないんだけど、伊達は分かるか?」

「ああ! それはアレだ。大道具の作った背景とかを、講堂の舞台裏に運ぶ時間が決まったってことだろ。出し物の発表順に持って行く時間が決められるらしいから、その順番と時間が決まったんだろう」

「なるほどね、そういうことか。じゃあこれで伝わったってことでいいのか?」

「おう。クラスの方には、これが終わったら俺から伝えておくよ」

 胸元に軽く拳を当てながら答える伊達。飛鳥は満足気に頷いた。

「助かる。……ところで、ウチの大道具ってもう終わってるんだっけ?」

「うん? 結構前に終わってるぞ。それがどうかしたか?」

「いや別に。結構カツカツのところもあるから、ウチはどうだったかなって。もし終わってなかったらこっちから生徒会に頼んで、搬入を明日終わってからに回してもらうとかも出来るかって考えたんだが、必要ないならいいや」

「ああ、大丈夫だ。っていうか、確か1日目と2日目でいくつか舞台裏の入れ替えやらがあってその順番が決まってるから、遅れて搬入しようとするとその前の班が全部ずらさないとダメだとかで無理って言っていた気がするぞ。今更関係ねーけど」

「なんだか面倒くさそうだな。……それじゃ、俺は実行委員の方に戻る。じゃあな」

「りょーかいー」

 間延びした伊達の返事を受けながら、飛鳥は小走りでステージの方に戻るのだった。

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