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アークライセンス  作者: 植伊 蒼
第6部‐彼と彼女の心の距離は‐
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22:『設営班の作業』

「よっし、とりあえずこっちのパーツ運びは終わりか。ぐあー、くっそ、これきっついなぁ」

 抱えていたステージ用の構造部材をその場に下ろして、飛鳥はぐいーと背を伸ばす。パキパキと小気味よい音が背骨から響いた。

「一本一本はそんなに重くないけど、これだけ数があるとやっぱり大変ね」

 同じように両腕で抱えていたものを足元に置いた泉美が、両肩を小さく回した。 

 気温が低めなのが幸いだが、それでも肉体労働をしていればいくらかでも汗を掻くものだ。

 額に浮かんだ汗をぬぐう二人の動きがシンクロする。


 彼らは今、文化祭で使用する野外ステージの設営を行っていた。分かりやすくバンド演奏などで使用するものだ。

 そう巨大なものではないが、5,6人が楽器ともどもステージ上に上がっても、まだ多少動きまわる程度の余裕がある広さだった。

 こういった物に使用する構造材も年々進化を続けている。軽量化に剛性、弾性の強化などなど、改善すべき点はいくらでもあるし、そのために材質から形状まであれこれと新しいものが開発されていた。

 このステージで使われているのも当然そういった、鉄パイプなどとは違う新しい構造材であった。

 しかしいかに軽量なものとはいえ、3本も集まればそれなりの重量になる。長さの大小こそあれ、まとまった数を抱えて広い学園内を往復していた飛鳥達には、結果な疲労が蓄積していた。

 飛鳥は疲れた息を吐いた後、何のためらいもなく自分が運んできた構造材の上に腰かけた。

「それ座っていいの?」

「いいんじゃね。よく分かんねーけど、これで壊れるようなもんでもないだろ」

「……ま、それもそっか」

 いつも通り適当な調子の飛鳥だったが、泉美も珍しく隣に座った。普段なら注意の一つでもしそうなものだが、彼女もそれなりに疲れていたのだろう。

 ちなみにこのバンド演奏のステージだが、あくまでも有志団体のバンド演奏用のステージと限定されている。

 吹奏楽部や軽音楽部といった部活動が立つのは、講堂にある大きな舞台の上だ。

 音響機器はどちらも同等の物が備えられているが、あくまでも仮設ステージであるこちらは少しばかり見劣りするかもしれない。

 特に順位付けなどをする計画もなく、耳に止まれば聴衆が集まるし、そうでなければ人は流れる。言わば路上パフォーマンスの延長の様なものに過ぎなかった。

 とはいえ人通りのかなり多くなるだろうポイントに、敢えて作られたステージだ。内容に関わらず、大なり小なり立ち止まって聞く人達は現れることだろう。

 そんなラフな企画であるため、実際のところはバンドグループだけのステージではなかった。

一人で歌を歌いたいというような生徒も、この場では参加ができることになっている。既にエントリーを済ませている中には、きぐるみで踊るヒップホップだったりと、おおよそ勝手にやれで済んでしまいそうな者までいた。

 当日のカオスっぷりが想像できてしまう自由さだが、これも醍醐味と言えば醍醐味だろう。

 実際に何かトラブルが起こった時に対応するのは実行委員なので、飛鳥にっても決して他人事ではないのだが、彼はそんなことまで気が回っていなかった。

 これといって何かをすることなく、座り込んだ姿勢で少し疲れを癒していた飛鳥だったが、いくらかマシになった辺りで、おもむろに立ち上がった。

「よし、もう行ける。で、次は何だっけ?」

 汚れていたわけではないものの、なんとなく雰囲気で制服の尻部分をはたきながらそう言った。

 泉美もすっと立ち上がって、ポケットから取り出したケータイの時計を確認する。

「今はこれを運ぶ指示だけだったよ。あたしが確か最後の分を持ってきてたし、これはここで終わりでしょ。一旦戻って、次の指示をもらいましょ」

「だな。……いや、でもこれ置いといて大丈夫か?」

「あ、そっか」

 ぴっと飛鳥達が指さしたのは、彼らがつい先ほど持って来たものを含めたステージ用の構造部品だ。

 流石に誰かしら見ていないとまずそうだが、ここにいる実行委員のメンバーは飛鳥達だけである。

 さてどうしたものかと悩みかけたところで、また新しい声が聞こえた。

「おお、もう運び終えてくれたのか」

 声のした方に目を向けると、そこには実行委員設営班の班長である2年の男子生徒がいた。

「ああ、先輩。こっち終わったんですけど、俺達このまま組み立てに回ればいいんですか?」

「うん? そういう指示は受けてるのか?」

「いや、そういうわけじゃないです」

「そうか。だったらとりあえず本部の方に行ってそっちの指示に従ってくれ」

「了解っす。じゃ、それお願いしていいですか?」

 飛鳥が指さす方を見て、設営班長の男子は快活に頷いた。

「おっけ。俺はこのままここの監督だから、組み立てに回されてたらよろしくな」

「はい」

 飛鳥も頷いて返して、彼に背中を向けた。傍らで黙って聞いていた泉美にこう告げる。

「さて、それじゃあとりあえず戻って次の仕事聞きに行くぞ」

「そうね。月見会長に聞けばいいんだっけ?」

「ああ。まぁなんにしても、まずは仮設本部に行けばいいだろう」

 そう言って歩きだした飛鳥に、泉美も頷いてから続いた。

 本部というのは、校門近くに仮設された実行委員の仕事を統括する場所だ。当日には案内やトラブル解決など、実行委員や生徒会に対する窓口となる予定である。

 準備期間である現在において本部の持つ主な役割は、実行委員それぞれの仕事を管理する事や、準備中に発生したさまざまなトラブルへの対応、及び教師陣との中継役となることなどである。

 便利屋のようにも見えるが、実行委員全体のブレインでもあるため、この文化祭というイベントにおいて非常に重要なポジションなのだ。

 というわけで、そこを主に担当するのは誰もが知る生徒会長、月見遥だった。

「あら二人とも、もう終わったの?」

 仕事待ちだったのか、特に何かをすることもなく、校門前のテント下に置かれた机の前で立っていた遥。

 近付いてくる飛鳥達に気付いたようで、耳に掛かっていた横髪を指で払いながら振り返った。

 朝は設営班だけで集まって仕事が開始したので、今日遥の顔をみたのはこれが初めてだ。

 昨日最初に会ったときとは違う、いつも通りの、皆の前に居る時の遥の表情だった。

「はい。朝に振り分けられた分の仕事はさっき終わりました」

 飛鳥の表情も、自然と笑顔になる。

 遥は机の上に置いていたタブレット端末を手にとって、その上に指先を走らせた。表示された情報に目を通してから、飛鳥達に差し出して言う。

「それじゃあ二人には、引き続き屋外ステージの設営に回ってもらうわ」

「同じ場所ですか、わかりました」

「ごめんなさいね、二度手間で。こうしてないと臨時で人を呼んだりする時に、誰がどこにいるか分からなくなっちゃうから」

「いやいやいいっすよ。そんなに負担でも無いですし」

 忙しいのは百も承知と、飛鳥は顔の前でパタパタと手を振る。

 飛鳥は昨日、勢いに任せて告白まがいのことをしてしまったわけだが、遥の態度は変わらない。状況が状況だし、飛鳥の言葉も何とでも取れるような言い方だった。遥がどう受け取ったかはわからない。

 なんにせよ、遥の復調に一役買ったとするなら、ここで肩を落とすのもおかしな話だ。

 少しくらいは話でもしてから行きたいところだが、今日は一日通して忙しい日である。ここは我慢して、さっさと仕事に向かうべきだろう。

「ん……、それじゃ、また」

「ええ、がんばって。そうそう、何かあったらここに連絡に来てちょうだい、それじゃあね」

 手を振る遥に軽く会釈をして、飛鳥は彼女に背中を向けた。

 名残惜しそうに肩越しにチラリと後ろを伺う飛鳥に、相変わらず何も言わない泉美が並んだ。

「…………何だ?」

 目があったような気がして、飛鳥はそう尋ねる。

「……別に、何も」

 一瞬沈黙した泉美は、ぷいと顔を背けてしまう。

 思わず訝しげな表情になる飛鳥を横目に見て、泉美は小さくため息をついた。

「昨日の、クラスのことなんだけど……。いろいろ教えてる時も、あと水城さんと話してる時も、なんだが美倉さんの様子がおかしかった気がしてさ。朝も居たけど、教室の隅の方で一人でいたし」

「え、美倉いたんだ?」

「あんた気付かなかったの?……まぁそういうことなのよ。飛鳥が来る前に伊達が話しかけていたけど、どこか上の空にも見えたから。何か心当たりない?」

「心当たり、か……」

 確証はないが、実は飛鳥には美倉の様子がおかしい理由がなんとなくだが予想できた。

 だがこの場で泉美に言うべきだろうか。

 ふと思案して、飛鳥は答える。

「なんとなくわからなくもないけど、ハッキリとはどうもな」

「そっか」

 酷く曖昧な答えだったが、泉美がどういうわけか追及しなかった。

 何とも言えない空気の中、二人は再び屋外ステージの設営場所へと向かっていく。

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