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アークライセンス  作者: 植伊 蒼
第6部‐彼と彼女の心の距離は‐
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21:『文化祭前日』

 そうして迎えた文化祭前日。

 実質的には昨日の続きという形であり、学園全体の雰囲気も昨日のそれをほぼそのままトレースしたようなものになっている。

 ただいくらかあわただしさは増しているようで、特に昨日の時点で準備の進展が芳しくなかった団体は、今日は早朝から登校して準備にいそしんでいた。

 そんなこともあって、実行委員の仕事の開始までに少し余裕を持たせて登校したはずの飛鳥の前では、既にエンジン全開の生徒達が右へ左へと走りまわる光景が広がっていた。

「まったく、忙しいなぁ」

 他人事とばかりに呟く飛鳥。

 しかし一見冷めているように見える彼でも、翌日に迫った文化祭と、いま眼前に溢れ返る喧騒によって、腹の中で沸き立つ高揚感を実感していた。

 不思議と笑みがこぼれる。

 ――よくある話で、文化祭は準備期間が一番楽しいだとか。

 ふと思い出された空気の読めない一言も、今の彼ならポジティブに受け止めてしまえた。

「っし!」

 強く息を吐いて、大股の一歩を踏み出す。

 ――ならば今日という日を、この最終準備日を、目一杯楽しんでしまえばいい。

 喧騒が、彼を呑み込んだ。



 とりあえずといった様子で飛鳥は教室へと向かった。

 実行委員の仕事に遅れないようにと早めに来ただけで、特にやることがあったわけではない。ひとまず仕事の開始まで時間を潰せる場所というと、真っ先に思い浮かぶ選択肢が自分のクラスだったのだ。

 少し時間は早いが、さて誰かいるだろうかと考えていた飛鳥だったが、教室近くまで来た頃には、聞きなれたクラスメイトの声がチラホラと聞こえていた。

 早く来たはいいが教室でぼっち、などという状況は回避できたようで、飛鳥は安堵の息と共に教室の扉を開ける。

「ういっす」

 鞄を持っているのと逆の手をひょいと上げる飛鳥。

 練習をしている教室を覗いてみた時と同じだろうか、雑談をしていた数人の一部の生徒が視線を寄こした。

 伊達や篠原といったいつも通りのメンツに加え、泉美や隼斗とも目が合う。どうもその4人で話をしていたようだ。

「よぉアスカ、早いじゃねぇか」

「実行委員の、俺達の班は今日は割と忙しいんだよ。……あと10分もしたら行かなきゃならないしな」

 声をかけてきた伊達に答えつつ、時計を見た飛鳥は短く補足した。彼が思っていたより、時間の余裕は無かったようである。

「おはよ、アスカ」

「おう」

 泉美の言葉に適当に返事をしながら、時計に向けていた顔を正面に向け直す。

 泉美と隼斗はアーク絡みで飛鳥ともども一緒にいることは多いし、教室ではそこに伊達がいることは珍しくはないのだが、さらに篠原まで含んでいるのはあまり見ない光景だった。

「んで、お前ら何やってたんだ?」

「ちょっと本郷さんに演技のアドバイスをさ。当たり前だけど皆もうセリフは覚えてて、あとは立ち位置と演技を詰めてリハーサルやって本番……は良いんだけど、ほら、なんだかんだ言ってそこが難しいし」

「ま、確かに演技がどうこう言い出すとなぁ」

 篠原の回答に曖昧ながら頷いて返す飛鳥。そこでふと小首を傾げる。

「でも、演技なんて適当でいいって篠原、お前がそう言ってなかったっけ?」

「いやいや、言ったけど。でももうセリフとか全部覚えてるんだし、それぐらいしかすることないじゃん。まぁそんなわけだから、本郷さんにいろいろ相談してたんだ。というか、本郷さんって演技うまいよな」

「え、そうかな……」

 いきなりだったからか、気恥ずかしそうに視線を逸らす泉美。

 篠原は自信たっぷりに頷いて、こう続ける。

「そうだよ。たぶんずっと練習してるはずの俺とか伊達よりはまぁ上手いぜ。なぁ久坂?」

「うん、確かにそうだね。客観的に見ても、本郷さんの演技はうまいと思うよ」

「へぇ……」

 隼斗が言うならそうなのだろう、とすんなり納得して、飛鳥は感心したように頷く。

 泉美は普段から隙あらば台本を読んだりしているのだが、どうやら聞く分にはただセリフを覚えているだけとは違うようだ。

「やるじゃん」

「う、うっさい」

 飛鳥は普通に褒めただけなのに、泉美はぷいと明後日の方を向いてしまう。

 照れ隠しなのは分かっていたが、超スピードの脛キックの幻視が見えたものだから、飛鳥は下手に追及する事はしなかった。こういうタイミングの直感というのは意外とバカにできないのである。代わりに飛鳥は隣で半笑いを浮かべている篠原の脛に自分のつま先が直撃したような気がしたが気のせい気のせい。

 ともかく、センスか何かは分からないが、こうしてメインを張っている生徒がわざわざアドバイスを乞うているのだから、泉美の演技にはそれなり以上のものがあるのだろう。……篠原達がそれなり以下である可能性もあるにはあったが、今は考えないことにした。

「おーい、本郷さん。ちょっとこっちいいかー?」

 その時、教室のどこかから声が上がる。

 声のした方に顔を向けると、3人ほどの男子生徒が集まっているところで、その内の1人が掲げた腕を左右に振っていた。

「あ、うん。いいよ!」

 すぐに返事をした泉美は、小走りでそちらへと向かう。

 駆けて行く背中を何とは無しに見送った飛鳥は、眉を寄せてボソリと呟く。

「あいつもしかして女友達より男友達のほうが多いんじゃ……」

「割と真面目にそれはあると思うぞ? つっても、女子がアレだからってのもあるけど。悠乃があんな調子だからなぁ」

 こう言っては失礼だが、彼にはあまり似合わない真面目な表情になる篠原。

「やっぱこの前みたいに揉めてるのって、たまにあるのか?」

「残念ながらそんな感じ。揉めてるってより悠乃が一方的に絡んでるっぽいけど、本郷さんが反論しないのが逆に気に入らないみたいだな。めんどくさい奴だよ」

「ふぅん。なんでそんな風になるかねぇ」

「やっぱ転入してすぐの本郷さんの態度が原因じゃね? あと悠乃はあんまり裏表ないせいで、あいつ気に入らないとすぐ態度に出るんだよ。あんだけ露骨だと他の女子もやり辛いよな。悠乃は周りへの影響とか自覚してないし」

 同じ中学ということでそれなりに付き合いはあるからか、篠原の意見はそこそこ具体的で説得力があった。

「根は深いなぁ……」

 にもかかわらず、飛鳥の答えは生返事寸前だった。

 飛鳥にはどうしても、水城がそこまで転入当初の泉美の態度のことを引きずる理由がわからなかったからだ。

 現状飛鳥は水城のことを知らなさすぎるし、何かしら飛鳥の知らない部分で泉美に対して不満を募らせる原因があったというのが妥当な予想だろう。

 しかしそう考えたからといって、飛鳥にできることは特にない。

 水城は見た目こそチャラい雰囲気で固めているが、実際はかなり実直な奴だ。何かと斜に構えて気だるげに振る舞っている飛鳥とは、根本的に馬が合わない。正直なところ、あれこれ聞き出せるほど仲良くなれる気はしなかった。

 なんとなく、泉美が向かった男子達に目を向ける。

 そこでは篠原が言っていたのと同じように、泉美にアドバイスをもらっているらしき男子達の姿があった。

「やっぱり、もっと抑揚をつけたほうがいいかな。セリフをただ読んでいるだけみたいになってるし、一度やりすぎなぐらい演技っぽくした方が調整しやすいと思うよ」

「まだ棒読み気味か……。だけどあんまり演技っぽくし過ぎても不自然にならないか?」

「そうね、たぶんそうなっちゃうけど……。でもシリアスシーンならともかく、コメディシーンなら多少不自然でも大丈夫だと思う、笑いに変わっちゃうから。今やってる場面なんかはコメディ調だし、いくらか演技っぽい方が演劇らしさがでる、と思うよ」

「なるほど、そういう見方も出来るわけか」

 細かな泉美のアドバイスに、質問していた男子生徒は深く頷いた。

「よし、それじゃあそのつもりでやってみるよ。もう一回同じところやるから、確認してもらえる?」

「うん、いいよ。コツはさっきも言った通り、ちょっと過剰気味に演技することかな」

「オッケー、わかってる」

 主だって質問をしていた生徒に、その場面に立つ他の登場人物役である二人の生徒が続く。

 いま彼らが練習しているのは話の中核になる人物が登場しない少し変わったシーンで、泉美が言う通りコメディ調なのが特徴だ。

 原典のロミオとジュリエットはあくまでも悲劇的な結末なのだが、今回メインで脚本を担当する事になった西野が全体を喜劇寄りに調整していた。その明るい雰囲気の象徴である、言わばお笑い要因がこの三人の男子生徒なのだ。

 あたかもそこが講堂の舞台の上の様なイメージから、泉美の方に観客がいると仮定して、男子生徒は演技を始めるべく一列に並ぶ。

 だが演技の練習を始めようとした矢先、泉美が声を上げた。

「あ、その立ち位置たぶん良くないよ」

 キョトンとする男子達をよそに、泉美はスススッと左方向へ数歩移動する。

「観客席って結構横に広いでしょ。この角度で見ている観客からは、3人が一直線に並んでる状態になっていて、奥の二人が見えないと思う。それでも構わないかもしれないけど、ここは横一列、みんなからは縦一列に並んだほうが見やすいんじゃないかな?」

「ああ、そっかそっか。講堂はもっと角度広かったのか。ごめん忘れてたよ」

 言われて、男子生徒達はすぐに立ち位置を横一列に調整する。

 しかしよくもまぁ細かいところまで気が付くものである。

 遠目に眺めながらだったが、泉美と男子生徒達があれこれ話をしている様子に、飛鳥は感心したように溜息をついた。

 きっと泉美は、飛鳥なんかとは比べ物にならないほどクラスに貢献しているだろう。これだけ頑張っているのだから、それを見ているであろう女子達にも認められてほしいものだと彼は思った。

「なぁ篠原、水城の説得とかできねーの?」

 ふとつぶやく飛鳥の言葉に、篠原は一瞬キョトンとしたあと、すぐさま顔をしかめた。

「えー、俺が説得とか、絶対余計にこじれるって。そういうのは久坂の方が向いてるだろ?」

「僕かい? 出来ないということはないだろうけど、あまり水城さんとは話をしないからなぁ」

 速攻でぶん投げた篠原に、それほど酷くはないもののやはり自信なさげの隼斗。

 飛鳥は唇を尖らせた。

「全く、頼りがいの無い奴らだ」

「お前が言うな」

 ぺちん、と飛鳥の頭がはたかれる。さっきまで黙っていたくせに、こういう時は反応の早い伊達だった。

 反射的に頭を押さえた飛鳥は、そこで時計の針が予定の時間近くを指していることに気付く。

「おっと、もう時間か。そろそろ行かねぇと」

「そうだね。僕も生徒会の仕事があるし、そろそろ向かわないといけないな」

 続く隼斗と揃って、飛鳥は足元に置いていた鞄を拾い上げる。

 先ほどの男子達にアドバイスを続けていた泉美に向けて、やや大きめの声をかけた。

「おーい泉美ー、そろそろ時間だぞー」

 手に持った台本を指さしながらあれこれ言っていた泉美は、飛鳥の声とほぼ同時に頭を上げる。黒板の上にかかった時計を見て、残念そうな表情を浮かべた。

「え? あー、ホントだ。……ごめんね。実行委員の仕事があるから、あたしはこれで」

「いいよいいよ、アドバイスありがとう」

 快く引き下がった男子生徒に手を振って、泉美は飛鳥達の方へと駆けてきた。

 それを確認して、飛鳥は伊達と篠原の方を振り返る。

「そんじゃ、練習頑張れよ。……行くか」

 振り返りながら言った飛鳥に続いて、隼斗と泉美も教室の外へと向かっていった。

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