表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アークライセンス  作者: 植伊 蒼
第6部‐彼と彼女の心の距離は‐
159/259

20:『call from...』

 同じアパートで階一つ違いの飛鳥と泉美だったが、だからといって特に何かがあるわけではない。

 乗り込んだエレベーターを時間差で下りる形で、二人は自然に別れて帰宅した。

「ふぅ……」

 ドアを開けるなり、疲れた息を吐いた飛鳥。

 自分でも意識していなかったことだったのか、靴を脱ぎかけた姿勢で飛鳥はキョトンと目を見開いた。

 数秒固まった後、今度は意識的に疲れた息を吐きつつその動きを再開させる。

「明日の方が本番だっつーのに、これで大丈夫か……?」

 今日に関してはこれまでが順調だったということもあるが、何より明日が忙しいからという理由で、ある程度仕事量が少なめに設定されていた。

 それにもかかわらず帰るなり疲労のため息をつくようでは、もっと忙しくなるだろう明日、ちゃんとやりきれるか不安になってしまう。

「ま、いろいろあったし、多少は仕方ないか」

 靴を乱雑に脱ぎ捨てた飛鳥はリビングに到達するなり、置かれたテーブルに担いでいた薄い鞄を放り投げた。

 体の疲れはそれほどでもない。文化祭準備が本格化してから続けていた実行委員の活動を通して、いくらか基礎体力は強化されていたようだ。元々極端なインドア派だったわけでもないし、少なくとも今日の仕事で激しい疲労など感じるものではない。

 それでも両肩にのしかかる気だるさあった。おそらく精神的なものだろう。いや、それほど大げさなものではなく、単なる気疲れの類といった方が正しい。

 ただいずれにしても、疲れを感じているのは事実だった。

 見た目にも疲労の色が伺える足取りで、飛鳥は机の椅子に寄って、乱暴にそこへ腰かけた。

 ポケットに入れていたケータイを机へ投げ出したところで、飛鳥はぐてっとテーブルの上へ伸びてしまう。

「うえー、今から飯用意するの面倒くせぇ……」

 だらけきった姿勢で、だらけきった声を発する飛鳥。

 この辺りは一人暮らし特有の大変なところなのだが、だからといって面倒くさがっても食事が出てくるわけではない。自分で作るなり買いに行くなりをしなければ、空腹を抱えた状態で明日を迎える羽目になってしまう。

 なんとかしないと、とは思っているものの、下手に座ってしまったせいでそこから再び動き出すモチベーションがどうしても出てこなかった。

 眠気があるわけでもない不思議な状態で、テーブルに突っ伏したまま飛鳥はしばらくぼんやりしていた。

 作らずに買うなら、そもそも帰宅途中に少し遠回りをして買いに行けばよかったのだろうが、それも後の祭りである。

 なんとか動き出さなければと思いながら、低いところでうろうろしているモチベーションの波を当の飛鳥が他人目線で眺めていると、前触れもなく彼のケータイが着信音を響かせた。

 ビジリリリリリィッ!! などと響くけたたましい音に一瞬ビクッと肩を震わせてから、飛鳥は億劫そうに振動するケータイを手に取った。

 普通の映像通信だが、画面に表示された相手はどういうわけかアメリカのアルフレッドである。

「何なんだ?」

 首を傾げながらも、飛鳥はとりあえず突っ伏していた上半身を起こした。テーブルに置いたままにしたケータイ画面に表示された通信ボタンに触れる。

 途端、

『よぉっす兄弟! ひっさしぶりだなぁ、元気か?』

 とまぁ盛大に元気あふれる声がケータイから響いた。

「お、おう……?」

 たじろぐ飛鳥は戸惑いの表情を浮かべていたが、映像通信でその顔を見ているはずのアルフレッドは、んなもん知るかとばかりにまくしたてる。

『なんだなんだノリ悪いなぁ。らしくないぜ兄弟。ああ、まぁいい、元気が無いなら元気になれ! いや俺がしてやる!』

 ケータイのスピーカーからバイタリティが漏れていた。故障だろうか?

(いやいやいや、問題はそっちじゃないだろ)

 こいつこんなにやかましい奴だったか、と飛鳥の混乱はさらに加速する。

 しかしちょっとやそっとの加速じゃ追いつけないほどに、今日のアルフレッドは最初からフルスロットルだった。もちろんダメな方向に。

『おいおい黙るなよ、本番はこれからだぜ』

「本番って何のだよ。頼むからちょっと落ち着かせてくれ。いやさせろよ、アル」

『へっへー、やなこった!……いやいや冗談、何秒待とうか?』

「うん、30秒でいいから、お願い黙って」

『言い忘れてたけど最大3秒な! 1,2,3ではいしゅーりょーッ!』

「切るぞお前っ!」

 先ほどまでのぐーたらはどこへやら、飛鳥のボルテージが全力でブン回された手回し発電機並みに一気に跳ねあがる。

 ものの10秒で有言実行を達成したアルフレッドは、遊園地の小学生ばりのエクストリームハイテンションを少しだけ落ち着かせて、一回りのんびりとした調子で話し始めた。

『ヘイヘイソーリーソーリー、落ち着いて話そうぜ、ほらほら熱くなんなよ』

「どの口で言ってやがる……っ」

『ああそうそう、オレこの前スケートの大会で見事優勝したぜ、どうだっ!』

「おぅおぅおっそろしいほど人の話聞かねぇなぁオメー!」

 アルフレッドの発言が仮に日本語だったなら、最後の一言は間違いなく「どやっ!」だっただろう。とりあえず、これでもかと胸を張るアルフレッドの顔をドヤ顔以外に形容する術を、少なくとも飛鳥は持ち合わせていなかった。

 泣きそうな顔で頭を抱える飛鳥の言葉も、こっちはこっちで舌を巻き過ぎて田舎のチンピラみたいになっている。

 いい加減収拾がつかなくなりそうになったところで、さしものアルフレッドも自重すべきと考えたのか、咳払いを一つ挟んでおふざけ全開の表情を引っ込めた。

『んっんー! で、えっと、なんでこんな話になってんだ。というか何だっけ? オゥ、話すことあったはずなのに、んー?……あぁくそっ、思い出せなくなっちまった。なんてこった』

「相変わらずあわただしいっつーか……。そうだ、さっき言ってた大会だけど、俺もたまたまネットで見てて知ってたよ。まぁ、おめでと」

『おう、サンキュー!…………ん? おお、そうだそうだ、思い出した』

 飛鳥からの祝いの言葉に、サムズアップで返したアルフレッドは、やっと話そうとしていたことを思い出したのか、パンと軽快に手を叩いた。

 少々前のめりになりながら、アルフレッドは少年の様な澄んだ目で画面を覗き込む。

『今週休日が予定スカスカだったからさ、ちょっとそっち行こうと思ってんだ。つーわけだから兄弟も予定開けとけよ、スケートやろうぜ! いやぁ楽しみだ!』

「ちょいちょい、ちょっと待て。俺に既に予定が入ってる可能性を無視すんな」

『入ってんの?』

「ちょうど今週の土日が学校の文化祭なんだよ。だからそれにかかりっきりだ、時間なんて取れそうもない」

『えー、なんだよそれー』

 不満げなアルフレッドだが、どうも文化祭という物ぐらいは知っているらしい。

 留年でもしない限り3年しかない高校生活において、さらに年1度しかない大きなイベントだ。いつぞや飛鳥が夏季休業の課題に追われていたときのように、ワガママを言えるほど軽いものではないと、彼にも分かっていたようだ。

 しかしここで素直に諦めるようなアルフレッドではないのだ。

 しばし腕を組んで考え込んだアルフレッドは、うんと頷いた。

『なぁ兄弟、その文化祭って一般でも入れるんだよな?』

「え? ああ、まぁそうだけど……」

『よし、決めた! だったらその文化祭を見に行くよ!』

「マジかよ……。つか俺は全然構わないけど、でもアル、スケートはいいのか?」

『いーんだよ。そんなのこっちじゃいつでも出来る。兄弟と遊ぶのは日本に行った時しか出来ないからな!』

 アルフレッドがスケートより優先するものなど、飛鳥にはいっそ片手の指で足りるほど少ないように思える。

 その一つに飛鳥と遊ぶということが含まれているようだが、果たしてこれは素直に喜んでいいのだろうか。

「お、おお……、つかなんだ、なんでそんな俺の優先順位高いんだ……?」

『え? 聞きたい?』

「……あ、いや! まて、いらん! 聞きたくない! なんか嫌な予感がする!」

『おー、残念残念。……冗談だぜ? 変な意味とかねーよ』

「ホントだろうな……」

 アルフレッドはなにげによく時間ができると日本に来ていたりする。当然そのたびに飛鳥は案内などをしていた。

 その中でちょくちょくされていたことなのだが、どうもアルフレッドはテンションが上がるとその場のノリでハグをしてしまうという癖があるらしく、飛鳥はそれをしょっちゅう食らっていた。

 そしてそのアルフレッドのハグはいちいち加減が無いのが、こうして飛鳥をビビらせている要因だったりする。

 戦々恐々とする飛鳥をよそに、アルフレッドは爽やかな笑みを浮かべた。

『よっし、じゃあそのつもりで行く。つっても、いけるのはそっちで日曜ってとこか。まぁそっちの時間に合わせていくよ』

「はいはいわかった。俺もそのつもりしとく」

『オッケー。んじゃ、またな!』

「おう、じゃあな」

 テンポの良い挨拶を交わして、二人ほぼ同時に通信を終了する。

 台風一過。静けさだけが残された部屋を見回して、直後に飛鳥は椅子から立ち上がった。

「よっし! んじゃ、とりあえず飯作るか!」

 パンッとわざわざ手を叩いて、飛鳥は気合を入れてみる。

 その顔にはもう、アルフレッドと話すまでにあった疲れの色などどこにもない。ただどこまでも、底抜けの明るさがあるだけだった。

 アルフレッドという少年は、どうやら人を自身と同じぐらい元気にさせてしまう能力があるらしい。

 彼がプロとして愛される背景には、そんな物も含まれているのかもしれない。

「……なんて、さ」

 食事の支度をしながら、飛鳥はそんな風に考察していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ