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アークライセンス  作者: 植伊 蒼
第6部‐彼と彼女の心の距離は‐
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19:『九十九と一葉』

 教室を出てから回り道するでもなく、予定されていた設営班の集合場所に向かった。

 その後は何も特別なことはなく、振り分けられた仕事を終えたころにはもう終了時間となっていた。

 しかしながら、どうやらまだ総務班は仕事が終わっていない様子だった。遥が言及していた通り、文化祭で配るためのパンフレットのデータ作成に追われているらしい。今日中にそれを完成させ、明日の夕方から夜にかけてでその完成品が届くとのことだ。

 他には印刷できる数が限られていることから、パンフレットを入手できなかった人用にケータイでデータをダウンロードできるようにもするらしい。そちらにもいくらか人手が割かれているようだった。

 設営班の班長である2年の男子生徒も、さすがに大変そうだと協力を申し出たらしいのだが、それは結局断られてしまっていた。

 総務班は今日が山場であり、設営班は明日が正念場だ。お互い踏ん張りどころが違うということなのだろう。

「でもほんとに大丈夫なのかなぁ」

 そう呟く泉美の横顔には心配の色が濃く表れていたが、飛鳥は適当な調子で「大丈夫だろ」と答えた。

 恐らくだが買い出しから戻った時には、遥もずいぶん持ち直していたはずだ。まだ完全に本調子とはいかなくとも、周囲に割り振っている仕事のいくつかでも彼女が吸い上げれば、それで余裕は出来るはずだ。

 いずれにせよ、総務班自身が自分達だけで出来ると答えた以上は、飛鳥達設営班は今日はしっかりと休んで、明日の会場設営に備えるべきなのだ。

 後ろ髪を引かれる思いで遠ざかる校舎をチラチラと振り返る泉美も、しばらくしてやっと振り切った様子で視線を前に向けた。

 オーストラリア遠征以来で飛鳥にも分かってきたことなのだが、泉美はかなり周りを気にかけるタイプらしい。さきほどの彼女の言動もそうだし、まめにクラスへ顔を出していることからもわかることだ。

 この点、実は普段から周囲を気にかけている飛鳥とは似た部分があった。

 ただ飛鳥のそれには多分に無意識的な部分が含まれており、果たしてそれが純粋な気遣いなのか、単に周囲に媚びているのかが判然としない。

 飛鳥は過去の経験もあってか自分のそういった言動はまとめて後者だと断じ、怠惰ぶって意図的に排除している節があったが、泉美はそうではなかった。

 こと泉美においては周囲に媚びているということはまず無いだろうが、クラス内でも気を遣ってあれこれと立ち位置を模索しているようにも見える今の彼女は、大差ないほど疲労がたまりそうに思えた。

 飛鳥にとって泉美のその姿は、ある意味で過去の自分の姿とダブって見えたのかもしれない。自分の考えという物を周囲に向けられず、曖昧なまま居場所を探っていた過去の自分と。

 彼がこうしてお節介を焼き続けるのには、少なからずそんな理由も含まれていたのだ。

 周囲への気遣いそれ自体は決して悪いことではないが、それで自らの主義主張を失ってしまっては意味が無いし、持ちつ持たれつでは維持できない信頼関係にも代えがたい価値があるというのが、今の飛鳥のもっぱらの考え方である。

 いまの彼女にとってはもう少し肩の力を抜けるというか、自分らしくあれる居場所というのが必要なのではないだろうか。お節介なのは今更だと横に置いておいて、飛鳥はそういう風に考えていた。

 とはいえなんだかんだとあっても、結局は水城が泉美を受け入れればそれで済む話ではあるのだが。

 水城が意図しているかはともかくとして、彼女はクラスの女子の中心的立場だ。他の女子生徒からの泉美への対応がややぎこちないのは、水城というクラス全体の流れを作ってしまう生徒が、泉美のことを受け入れていないからでもあるのだ。

 この文化祭を通してそれも少しは改善されればいいのだが、と考えて、飛鳥はその辺でお節介思考を切り上げた。下世話なことを長々考えるのも、精神衛生的に良くないだろう。

 被りを振った飛鳥は、俯けていた顔を上げた。

「おぅ?」

 素っ頓狂な声を上げた飛鳥。

 いつの間にかすぐそこまで迫っていた校門の近くで、話し込んでいる二人の男女を見かけたからだ。

 一方は今日の午前中にも話をした一葉で、もう一方は生徒会副会長の九十九である。

 だがどうも様子がおかしかった。

「――ですから、何度も答えているじゃないですか。何が問題なんですか?」

「一葉の言うことは分かっている。俺が聞いているのはそういうことじゃなくてだな……」

 困り顔で受け答えする一葉に、苛立ち混じりで九十九が詰め寄っているという構図らしい。

 泉美は不審そうな表情を浮かべていたが、そちらは気にせずに飛鳥は片手を上げつつ二人に歩み寄った。

「こんちわっす、先輩。どうしたんすか?」

「あ、アスカくん」

 声に気付いた一葉がこちらに視線を向ける。

「アスカか、……っ」

 会釈する彼女の傍らで、露骨に顔をしかめた九十九は、何も言わず立ち去ろうとする。

「一、どこ行くんですか?」

 一葉の尋ねる声にも振り向かず、九十九は足早に校舎の方へと行ってしまった。

「何だったんですか?」

 遠ざかっていく九十九の背中に視線を送りながら、不審そうに首を傾げた飛鳥はそう尋ねる。

「さあ……?」

 ただ一葉も分からないことなのか、曖昧に首を傾げるばかりだった。

 隼斗が言っていたどうも九十九の様子がおかしいという話を思い出したが、今考えても仕方がないと飛鳥は結論付けた。

 気を取り直して、飛鳥は尋ねる。

「一葉さんは、ここで何やってたんですか?」

「私はクラスの出し物の買い出しの下見を終えてきたところです。喫茶店の様なものをやるので、商店街とあとは少し遠くの業務用スーパーまで食材の確認をしてきました。アスカくん達は?」

「今日の分の実行委員の仕事が終わったんで、俺たちは今から帰るところです」

「そうなんですか。それで、進捗はどうですか? 遥はあまり調子がよくないようなので、少し心配していたのですが」

 言葉通り心配そうな表情を浮かべる一葉に対し、飛鳥はパタパタと手を振ってみせた。

「いやいや、実行委員は実行委員でそれぞれ別に仕事ありますから。管理しているのは生徒会ですけど、スケジュールに従って自分達で活動してるし、そんなに大きな影響は出てないですよ。…………それに、少しは良くなったと思うし」

「? 何かいいました?」

「あぁ、いや、こっちの話です」

 どうやら飛鳥の思考が口から洩れていたようで、一葉が不思議そうに尋ねるのを慌ててはぐらかした。

「そういや一葉さん、部活の方は文化祭の準備終わってるんですか?」

 飛鳥の露骨な話題変えに苦笑しつつも、一葉は真面目に答える。

「ええ。クラスの準備が忙しいという人も多かったですから、文芸部の準備は2週間ほど前に全部終わらせているんです。ですから、あとはクラスに集中するだけですね」

 一葉がふと校舎に付けられた時計を見上げる。

「おっと、そろそろ教室に戻らないと。アスカくん、本郷さん、また明日。頑張ってくださいね。それでは」

「はい、お疲れ様っす」

「お疲れ様です」

 それなりに急いでいるのか、歩きながら挨拶を済ませた一葉を見送って、飛鳥達はどちらからともなく歩きだした。

 澄んだ秋空の、赤い夕焼けが眩しい時分だ。

 門をくぐって少ししたところで、泉美が適当な思いつきらしい雰囲気で尋ねる。

「そういえばアスカ」

「うん?」

「あの人って、同好会の人だよね? 確か音深一葉先輩」

「それだけど、それがどうかしたか?」

「あの人と副会長って、知り合いなの?」

 ああ、と飛鳥は頷く。

 あまり穏やかではなかったが、まぁ知り合い程度には見えるだろう。

「幼稚園ぐらいの頃からの幼馴染なんだってさ。最近そんなでもないからイメージわかないかもしれないけど、一葉さんって昔はかなり人見知りだったみたいでさ。九十九先輩が普段からつきっきりだったとからしい」

 後半については、飛鳥が暇な時になんとなく一葉に訊いた内容だった。

 昔とは言っても、それこそアーク絡みで遥と仲直りするまではそんな調子だったという。実は飛鳥と初めて会った時も相当緊張していたと言うから驚きだ。

「九十九先輩、か。……それじゃあアスカは、副会長とは知り合いだったの? なんか向こうはアスカのこと知ってるように見えたけど」

「知り合いっつーか、普通に先輩後輩だよ。……入学してすぐのころ、移動教室で場所が分からなくなってた時に、場所を教えてもらったんだ。それ以来顔合わせたら軽く話したり、たまにちょっと相談してみたりって感じだ。ま、知り合いよりは、って程度かな」

「へぇ。って、相談?」

「まぁいろいろある、つかあったんだ。割と頼れる人でさ、そんだけ」

「ふぅん」

 深く突っ込む気はなかったのか、泉美の答えは適当な調子である。

 その後も他愛もない雑談を散発的に続けながら、彼らは同じアパートへと歩いていった。

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