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アークライセンス  作者: 植伊 蒼
第6部‐彼と彼女の心の距離は‐
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15:『二人で買い出し』

「重くない? 大丈夫?」

「自転車っすよ。担いでるわけでもないんだから、このぐらい余裕ですって」


 デートだなんだと適当言ってやって来たものの、やったことは総務班長の中崎から頼まれたとおりの、ただの買い出しである。

 学校の備品である自転車を借りて、橋を渡った先にある商店街のさらに向こうにあるホームセンターへと行き、今ちょうどその買い物が終わったところだった。

 メモにあった物を一通りそろえた程度なのだが、存外結構な量になってしまった。ビニール袋に放り込んでいるだけで3袋分、あとは飛鳥が持っている長い木材や金属材となっている。

 飛鳥と遥は共にハンドル部分にホームセンターのビニール袋を引っ掛けているが、遥は両側、対して飛鳥は片側だけでも、空いたもう一方のグリップ部分に木材等を重ねて保持していた。

 どうもこういった買い出しではなく、課外授業での移動用に置かれていたものらしく、そのため前籠が付いていないというのが非常に面倒だった。

 なかなか危ういバランスで、自転車を押す飛鳥の足取りもややおぼつかない。チラチラとこまめに視線を送る遥も、少しばかり心配そうな表情を浮かべていた。

「さて、商店街まで自転車走らせます? ちょっと距離あるし」

「うーん、そうしたいところだけど……」

 遥は悩んでいるのを口調で示して、飛鳥がハンドルに重ねて無理矢理に長物を押さえつけている方の手を見つめる。数瞬考え込む姿勢を見せてから、おもむろに首を横に振った。

「やっぱり、やめておきましょう。危ないし、転んで怪我をしてもいけないから」

「俺は大丈夫だと思うけど……。ま、安全な方がいいか。でも自転車押しながらだと学校まで結構時間かかりますよ。大丈夫なんですか?」

「急ぎならきっとそういう風に念を押してきたと思うわ。それが無かったということは、急いで用意しなければいけない物ではないんでしょう。購入のリストを見る限り、午後の設営班の作業で使用するものだと思うから、それまでに間に合えばいいと思うわ」

 スカートのポケットからメモを中途半端に取り出して、上から下へと視線を走らせた遥。

 購入した物ぐらいはある程度把握していた飛鳥は、今更だが首を傾げる。

「でもそれならなおのこと設営班に任せればよかったのに、なんで生徒会っつーか遥さんに持ってきたんすかね。あの総務班長さん、俺が設営班だって知ってたはずだし、なのに俺じゃなくて遥さんに話をしてましたよね」

「ええ。ただ今日は設営班は総務班の手伝いが終わり次第、午後の作業開始まで休憩ということになっているから、それに配慮をしたんじゃないかしら。あと中崎さんに指示を出したのは恐らく隼斗だから、学校から出て少しリフレッシュでもして来い……ってことだと思うわ」

「それでこの分量はちょっとなぁ……」

 二人が持つ大量の購入物を見て、首をひねる飛鳥。彼はほとんどその場の勢いで遥に付いて行くことにしたわけだが、仮にそうでなければこの量の荷物を遥は一人で抱えてそれなりの距離を往復する事になっていたはずだ。というかそもそも、飛鳥が生徒会室に居なければそうなっていただろう。

 隼斗が遥にそう無茶をさせるとは思えず、飛鳥はしっくりこない感覚に眉を寄せた。

 そんな飛鳥の表情には気付かず、遥は苦笑気味に答える。

「確かに、これはちょっと多いわよね。一人だったら、たぶん二往復することになっていたかしら。何にしても手伝ってくれてありがとう、アスカ君」

「いやいや、俺も昼からの作業までもてあましてるんで、ついて来れて良かったですよ。にしてもやっぱり、これを一人に運ばせるのを隼斗が言うとは思えないけど……」

 状況が状況なので、こういうことで遥が自ら協力を求めることなどしないぐらい隼斗もわかっていそうなものである。そう考えると、いっそ誰かが生徒会室にいることを予想していたかのような指示に思えた。

 そこまで考えたところで、飛鳥はふと生徒会室での隼斗との会話を思い出す。

 飛鳥がクラスではなく生徒会室に行こうと思ったのは、そもそも隼斗から遥が休憩のために生徒会室を利用するという話を聞いたからではなかったか。

「ぇあー……」

 なんというか、完全に思考を誘導されているような気がして、飛鳥は非常に微妙な呻き声を上げた。

「アスカ君、どうしたの?」

 突然変な声を上げた飛鳥に、遥は不思議そうな視線を送る。しかし飛鳥は何も言わず、瞑目して首を横に振った。

 納得をしたのかしていないのか、遥は曖昧に頷いて前に視線を戻した。

 ともかく、仮に手の平の上で踊らされているとしても、今はこうして遥とデートもどきをしているわけだ。あまりマイナスに捉えるものでもない。

「うん、まぁいいか」

 ポジティブに思考を切り替えて、飛鳥は隣に目を向ける。だがどういうわけか、隣を歩いていたはずの遥の姿がそこにはなかった。

「……遥さん?」

 名前を呼びながら振り返ると、立ち止まって川の方を見つめている遥が見えた。

 飛鳥の声が聞こえた様子もなく、遥はどこかぼんやりとした表情を浮かべている。虚ろにすら見えるその瞳に妙な胸騒ぎを感じて、飛鳥はすぐに自転車を反転させてそちらへ駆け寄った。

 彼女と向かい合う位置に立った時、やっと彼女の目が流れる川に向けられているのではないことに気付く。視線を追った先には、川辺に沿うように伸びる手すりの傍ら、楽しげにおしゃべりをしている親子がいた。

「どうしたんすか」

「……ごめんなさい。少し、昔のことを思い出しちゃって」

 どこか遠い目の彼女は、あるいはそこにいた親子を見ていたのですら無かったのかもしれない。

 何を言えばいいのか分からず、口を閉ざしてしまう飛鳥。そちらに向き直った遥は、しかし誰に向けたものか分からない笑みを浮かべて、静かに続ける。

「いつだったが、父親が誰かわからないって話をしたでしょう?」

「……はい」

「私は生まれた時からそうだったから、本当にずっと気にしていなかったわ。……だけど『サードイヴ』の遺伝子が私と同じなのを知って、もしかしたら、私の父親が何か関係があるのかもしれないと思ったの。今更、なのだけど」

「遥さん、母親のことはわかるんですよね?」

「ええ。私がアメリカの中学で寮暮らしを始めるまでは、基本的には母さんと二人で……」

 遥の言葉がふと途切れる。

 飛鳥の肩越しにその後ろにいた人影を捉えて、その目が見開かれる。

「母さん……?」

「えっ……」

 予期せぬ発言に思わず振り返ろうとした飛鳥の視界を、自転車を離して駆けだした遥の姿が横切った。

 直後に、遥が支えていた前方の自転車が、激しい金属音を響かせて地に伏せた。

 鋭い音に顔をしかめる飛鳥。

「母さん!」

 後ろから、一人の女性と相対する遥の声が聞こえた。

「久しぶりね、遥」

 ベージュ色の厚手のコートを纏った背の高い女性は、手すりにも腕を乗せたまま、サングラスをかけた顔をゆっくりと遥に向けた。

 数瞬言葉を失っていた様子の遥は、改めてこう尋ねる。

「……やっぱり、母さんなのね?」

「ええ、もちろん」

 そう言って、もたれかかっていた手すりから身体を離して、女性は掛けていたサングラスをスッと外した。

 黒い瞳がその奥から覗く。外したサングラスをコートの胸ポケットに引っ掛けて、首を振り闇色の長髪を軽く払った。淡い青の水晶のようなペンダントが、陽光を反射してキラリと光る。

 遥に向けて開かれたその目が、別のものを捉えてふと細められる。

「同じ制服……。そっちの彼は?」

 振り返る遥の背後には、彼女が置き去りにしてきた物も含めて、飛鳥が二台の自転車をなんとか押して来ていた。飛鳥が手に持っていた長物だけでなく、荷物がハンドルに引っ掛けられている状態だったこともあり、傍目に見ていても危ういバランスである。

「ご、ごめんなさいアスカ君」

「いや、大丈夫っす。とりあえずこっちの自転車お願いします」

「え、ええ、ありがとう」

 慌てて飛鳥の隣へ駆け寄って、遥が乗っていた方の自転車を引き受けると、その場でスタンドを立てた。

 遥は母親を名乗った女性へと向き直り、飛鳥の方を手の平で指し示して口を開く。

「私の学校の後輩の、星野飛鳥君よ」

「どもっす」

 支えていた自転車のスタンドを立てて、長物だけ手に持った飛鳥が軽く会釈する。

 遥は逆に飛鳥へと向き直り、背後の女性を指さしてこう言った。

「アスカ君、こっちは私の母さんよ」

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