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アークライセンス  作者: 植伊 蒼
第6部‐彼と彼女の心の距離は‐
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14:『生徒会室』

 単なるサボりというわけではなかった。

 泉美にはそう見えただろうが、それも含めて意図してのものである。

 本来実行委員となった以上は、クラスの手伝いに関してはほぼ行けないと思ってよいものだった。

 泉美はこれまで何度か顔を出していたようだが、手際良く与えられた仕事をこなすことが出来たからに過ぎない。事実、のらりくらりと制限時間をたっぷり使っていた飛鳥には、クラスの様子を見る余裕などなかった。

 つまり泉美は、普通なら手伝いに行けないところを、なんとか時間をやりくりして助力している状況だった。それはクラスメイトも認識するところである。

 そして今の状況だ。

 片やサボってどこかへ行ってしまった者と、片や仕事が片付くなり手伝いに来た者。相対的にも、後者の印象は多少なりとも良くなるだろう。

 というのが、飛鳥が取った行動の根拠であり、小賢しい思考の軌跡だった。

 こういう浅知恵を絞るのはあまり好きではない飛鳥だが、今回は別の目的もあるということで許容していた。

 そんな飛鳥の足は1階の生徒会室へと向かっている。目的地はそこだ。

 ここのところ文化祭を優先してアーク研究から離れていたこともあり、実行委員の仕事のときぐらいしか、遥と顔を合わせる機会が無かった。

 少しぐらいなら、話をさせてもらってもいいだろう。

 休憩の邪魔になるようなら早々に退散する腹積もりで、飛鳥はひょこっと半開きだった生徒会室のドアから中を覗き込んだ。

 扉の奥、入口から一番離れた会長用の席で、机に頬杖をついてぼんやりとしている遥の姿が見える。

 すすすっ、と飛鳥はドアの隙間から身体を滑り込ませた。

「あら、アスカ君じゃない」

 飛鳥が後ろ手にドアを閉じた音でやっと入室者がいたことに気付いた遥は、そこで顔を上げて飛鳥の姿を見止める。

「どもっす、遥さん」

 ひょいと軽く片手を上げた飛鳥は、許可も取らずに手近な椅子に腰かけた。

「お疲れっすか?」

「そう見えるかしら? 私は別に……」

「隼斗から聞きましたよ。っていうか、ちょっと喋り方に出てますし」

「……。うまくできないものね」

 飛鳥の問答無用な物言いに、遥は思わず嘆息した。

 その露骨な吐息も、この場では余裕が無いことの表れのようですらある。

「仕事、多かったんですか?」

 とりとめもない、まるで世間話の様な調子で飛鳥は尋ねた。額面通りに受け取ったのか、遥も平坦な声で答える。

「仕事の量はそれほどでもないわ。というより、能率が上がらなくて他の生徒会メンバーにツケが回っているぐらいだもの」

「ツケというか、単に仕事の分担をしてるだけなんじゃないんですか? 少なくとも隼斗はそう認識してると思いますけど」

「でしょうね。ただ、今は忙しい時期だから」

「ならなおさらじゃないですか、忙しいなら分担しないと。じゃないといくら遥さんでも大変でしょ」

 飛鳥の言葉に対して、遥は視線を逸らすばかりで、肯定も否定もしなかった。

 ただその曖昧さから遥らしさというものがまるで感じられないがために、逆に飛鳥の眼には彼女の本心が映っていたようである。

「やっぱ、あのこと気にしてるんすか?」

 今の遥には迂遠な話の運び方は意味が無いと結論付けて、飛鳥は本題に切り込む。

 遥が微かに眉を寄せるのが見えた。

「少しは、割り切れたと思ってたのだけど……。でもアスカ君の言うとおり態度に出てるのなら、自分で思っているほど気持は切り替えられて無いみたいね」

 疲れの滲んだ笑みを浮かべて、まるで他人事のように遥はそう言った。

「それでも皆の前では、いつも通りの遥さんに見えましたよ。話をしてないときは、さすがに少ししんどそうなのは分かりましたけど」

「実行委員に限らず、みんな頑張ってくれているもの。私は全体のリーダーだから、疲れたところは見せられないわ」

「……やっぱり、遥さんならそう言いますよね」

「ええ。隼斗にもそれとなく注意されているけれど、やっぱり私は無理するタイプね」

 幾分か力の抜けた様子で肩をすくめる遥。

 ただその言葉からは、結局『サードイヴ』に関わる彼女の考えは見えてこなかった。

 あえて言及すべきか。飛鳥が逡巡している間に、今度は遥の側から質問が飛ぶ。

「アスカ君の方は、調子はどう? クラスと、実行委員の方も」

「あー……。いや、俺はあまりクラスの方には関われてないんで、そっちはよく知らないんですよ。ただ軽く見る限りじゃそれなりに余裕があるみたいだし、直前でバタバタすることは無いと思いますけど。実行委員の方は、遥さんが把握してる通りじゃないですか? 俺は設営班なんで、今は時間があるって感じです。遥さんは、何か生徒会の仕事を?」

 簡潔に答えて、飛鳥はそう尋ね返す。

 遥は首肯した。

「ええ。パンフレットの印刷をお願いする事になっている業者の人と、簡単な打ち合わせをしていたわ。PR文の提出が出来ていないグループがあって、そのせいで元になるデータの製作が遅れているの」

「あぁ、俺もさっきその関係の仕事やってましたよ……。あと二日だってのにこういうのって流石に困りますよね。っていうか、パンフレットは間に合いそうですか? こういう物の印刷ってそんなすぐ出来ましたっけ。100や200じゃないですよね?」

「普通だったこれは間に合わないでしょうね。ただその印刷の業者が東洞の系列だから、いくらか無理を通させてもらったのよ。といっても限度があるから、パンフレット自体の発行数はある程度絞って、学校内でパンフレットのデータを、ケータイに自由にダウンロードできるようセッティングして対応するの」

「もしかして、生徒会の人がいま忙しそうにしてるのって、それの関係ですか?」

「ええ、そうね。2年生の会計の子にその仕事をほぼ全て任せているから、他の仕事に回ってもらえなくて。今は一人減った状態で生徒会の仕事を分担している状態になるわ」

 あくまで事務的に質問への回答を述べる遥だったが、口調とは裏腹に事態はそれなりに深刻なようだ。

 眉を寄せる飛鳥に気付いて、遥は苦笑いを浮かべる。

「そういうことだから、私ももっと頑張らないといけないのだけど……。どうしても、あまり効率よく出来なくて」

「…………やっぱ、ちゃんと休んだ方がいいっすよ。邪魔してすいません。後にも仕事はあるでしょうし、俺はこれで」

 やはり限られた時間で休息を取ろうとしているところにわざわざやって来るべきではなかったか、と反省して、飛鳥は部屋から退出しようとする。

 だが飛鳥が腰を浮かせかけたところで、遥が片手を左右に振った。

「いえ、大丈夫よ。睡眠不足というわけでもないし、体力的には問題ないから。一人で無為に時間を過ごすより、少し話でもしていたいわ」

「……まぁ、そういうことなら、わかりました。俺でよければ」

 一瞬気を遣われたかと思った飛鳥だったが、遥の表情からそういった様子は伺えない。これまでの話から、今の彼女にそういう丁寧な嘘をつくほどの余裕はなかったことも鑑みて、飛鳥は上げかけていた腰を下ろした。

「ええ、ありがとう」

 そんな言葉と共に向けられた遥の微笑みに、飛鳥はいつの間にか入っていた肩の力を抜く。

 ならばということで、何か適当な話題は無いかと飛鳥が頭の中を探り始めた時だった。

 ノック3回の後、生徒会室のドアが押し開かれる。

「すみません、少しいいですか?」

 そう断りながら入って来たのは、飛鳥が先ほど話をした総務班長の女子生徒だった。

「あなたは確か、実行委員の?」

「はい、総務班の中崎です」

「あ、ごめんなさい。班長さんだったわね」

「ですです。それで少しお願いがあって」

 猫背の彼女は軽い調子で言って、ポケットから小さな紙きれを引っ張り出した。

「これ。何か足りない物があるみたいで、その買い出しをお願いしたいんですよ」

「えぇ、まぁ引き受けてもいいけれど、そういうのは設営班の……」

「というのを多目的室にいた生徒会の人に伝えたら、生徒会室に持って行くようにと言われました。設営班は明日が本番だから、ってことじゃないかと思いますけど」

「……いま生徒会室で仕事をしているのは、隼斗だったかしら」

 あごに手を添えて考え込むようなそぶりを見せる遥だったが、中崎と名乗った総務班長は時間に追われているらしく、メモだけをテーブルに置いて部屋のドアに手をかける。

「とにかく、メモに書いてあるものを買ってきてほしいので、よろしくお願いします」

 言うだけ言って、中崎は部屋から出て行ってしまった。

「なんて勝手な……」

「ふふ、そうね。でも忙しいのだし、まぁいいでしょう」

 一方的に用件を片付けて去ってしまった中崎を茫然と見送って、思わず頬を引きつらせた飛鳥に、遥は特に気にした様子もなく呟いた。

 何にせよ、この買い出しはやらなければならないことだ。遥は立ち上がって、メモが置かれた方へと近付く。

「ええと、この内容なら……」

 遥はメモを手にとって、箇条書きにされた購入リストを上から順に確認する。一通り全ての対象を確認して、一つ頷いた。

「これなら、橋向こうのホームセンターに行けば全て揃うかしら。……ごめんなさいね、アスカ君。せっかく来てもらったけど、私は買い出しに行ってくるわ……っと」

 遥が申し訳なさそうに言いながら飛鳥の方へ振り返ると、いつの間にか彼女の後ろに立ってメモを覗き込んでいた飛鳥とぶつかりそうになる。

 バランスを崩して一歩前に踏み出す遥の背後で、少し瞑目した後、飛鳥はおもむろに口を開いた。

「遥さん、デートしましょう」

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