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アークライセンス  作者: 植伊 蒼
第6部‐彼と彼女の心の距離は‐
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13:『追加任務』

 あとから隼斗によって追加された仕事を片付けた飛鳥は、「こんなところか」と手元に残った記入済みの書類を眺めて呟いた。

 明後日にはもう文化祭が始まるというのに、パンフレット用のPR文を提出していなかった部活があったのだ。

 彼が持つ紙束の中には、そんなどうしようもないものまで含まれている。

 期間的なことを考慮すると多少は仕方がない部分もあるのだろうが、PR文などは本来はグループで何をするかが決まった段階で提出するものだったので、大半が1週間前には提出が済んでいることを考えるといくらなんでも遅すぎる。

 基本的にこういった書類関係は実行委員を経由しつつも生徒会がメインで管理しているので、結局は少人数の生徒会メンバーに負担がかかってしまうことになるのだ。

 それでも生徒会は何かと有能な人材がそろっている。普段なら会長の遥を中心にぱぱっと片付けてしまうところだろう。

 しかし今はその遥が本調子ではない上、隼斗曰く副会長である九十九も様子がおかしいという。そうそう柔軟に対応できる状態ではないと予想できた。

「とはいえ、何ができるってわけでもないのがなぁ」

 実行委員にもこれらの書類の処理を行う総務班があり、現在は彼らもフル稼働しているだろう。いま飛鳥がやっていたような手順どおりに書類を集めるだけの作業ならまだしも、それらを精査、統括するといった仕事にいきなり手を出したとて役に立つハズもない。

 適材適所という奴だ。

 自らに不甲斐なさを覚えながらも、飛鳥はむやみやたらな自己主張はしないことにしていた。

 なにはともあれ、今はやり遂げた仕事の報告その他を優先すべきだ。

「泉美、こっちは終わったぞ」

『あぁ、アスカ。うん、こっちもいま終わったとこ。それじゃ、部室棟の入り口で合流しよっか』

「そうだな。多目的室まで別々で行ったら、二人一組でやってなかったのバレるし」

『あれ、提出は生徒会室じゃなかったっけ?』

「いろいろあんだよ。あとで説明する。んじゃ」

 乱暴に答えて、飛鳥は一方的に映像通信を切ってしまった。

 取り出していたケータイをポケットに押し込む。ずいぶん少なくなった書類を挟んだファイルを、二本指でつまんだままぷらぷらと振って、飛鳥は一階を目指して歩き始めた。


「よっ。悪いな、残り全部任せちまって」

 入り口で待っていた泉美を見かけるなり、飛鳥はひょいと片手を上げた。壁に寄り掛かっていたぼんやりとしていた泉美は、ふと顔をあげる。

「ああ、お疲れ。そっちも追加あったんでしょ。何か所分あったの?」

「4か所」

「こっちは残り5だったから、あんまり負担変わんないじゃない。ま、早く終わらせちゃった弊害ね」

「そういうことになるか。下手に浅知恵絞ってもいいことないってことだな。……まぁいい、行こう」

 頷く泉美と共に、飛鳥は教室棟三階の多目的室を目指し歩きだす。

 廊下を踏みしめる足を動かしながら、泉美はふと尋ねた。

「そう言えば、生徒会室じゃなくて多目的室に行くことになったのはなんでなの?」

「書類の提出が生徒会じゃなくて実行委員の総務班になったからだよ」

「それ質問の答えになってる?」

「3割ぐらい」

 飛鳥ははぐらかすように適当に答えたものの、結局追及されてしまい、殊更面倒そうに頭の後ろを掻いた。

 ため息一つ、平坦な声で続ける。

「遥さんがどうも疲れてるみたいでな。それで休むためってことで、生徒会室を空けるんだとさ。だから事務処理を担当してる生徒会メンバーも多目的室の方で仕事をするらしい」

「は、何それ? ちょっと勝手じゃない?」

「事情知ってんのにその言い草はねぇだろ。……あの人、ここんところずっと余裕なかったんだ」

 不満げな感情が口調にまで現れていた泉美を、眉間にしわを寄せた飛鳥が咎める。

 飛鳥自身こういう態度は自分らしくないと思ったが、泉美の言い様に微かな苛立ちを覚えたのだ。ある意味では、飛鳥にも余裕が無いとも見れた。

 階段を前に、意外にも泉美は素直に「ごめん」と、口だけではあるが謝罪の意を示した。

 沈黙が両者の間でわだかまる前に、泉美の言葉がそれを払う。

「じゃあやっぱり、アレは何かの間違いとかじゃなかったってこと?」

「そうなるな。つっても、それ以上のことが分かったわけじゃない」

「だけど月見会長は、アークそのものが作られた時代に、遺伝子のレベルで関わりがあるってことでしょ?」

「あくまで可能性とか確率の話だ。数字は……限りなく高いけどな」

 ふと表情を曇らせる飛鳥。

 上下運動を繰り返す足はその動きを止めなかったが、ほんの少し鈍る。

「ただその関わりってのが、実際どういうレベルなのかはまだ何もわかっちゃいないんだよ」

「わかんないなら、気にしたって仕方がないと思うけどなぁ」

「わかんねぇから不安なんだろ。こればっかりは遥さんにしか実感が無いことだし」

 ふと視線を後ろに向けた飛鳥。ちょうど2階まで来たところで、背後には生徒会室のある一階へと続く階段があった。

 足を止めた飛鳥の横顔に数瞬視線を固定した後、泉美は廊下の窓へ目を向ける。

「ま、いいんだけどさ。でもそれだけ疲れてるなら、保健室でベッドでも借りた方がいいんじゃないの?」

「全員揃って忙しくしてるこのタイミングで、現場のリーダーが保健室で寝てましたってのは全体の士気に関わる……とか思ってそうだ」

「体裁だけでも仕事してる風にしておくってこと?」

「サボりをごまかす意図があってのことじゃないと思うけどな。特に総務班とかは全然余裕無いし、誰かがサボってるように見えたら不満全開になりそうだからな、単に気を遣ってるんだと思うぞ。逆に言えば、周りを気に掛けてても休憩挟まなきゃならないぐらいキツいってことでもある。あんまり文句言うなよ」

「気になっただけよ、文句じゃないわ」

 そういう割には不満げな泉美。

 その態度には飛鳥も当然気付いていたが、つついてもロクなことは無いだろうと予想して、沈黙を貫いた。

 再び歩きだした飛鳥達は、すぐに目的地である多目的室へと到着した。

 閉じられたドア越しにでも、余裕の無い雰囲気が感じられる。飛鳥はそれに押されて、扉に手を掛けるのを一瞬ためらってしまったが、書類の提出と報告までが仕事である。引っこめかけた手を伸ばして、立ち塞がるドアを横に滑らせた。

 いくつか緊張感のある視線が向けられるが、極力気にはしないで、正面の総務班班長である女子生徒の元へと真っ直ぐ向かう。

 ちょうど彼女が作業をしている机の前に立ったところで、ふと手元の紙へと落としていた視線を持ち上げた。

 猫背気味の総務班長に、飛鳥は小脇に抱えていたファイルを差し出す。

「あれ? この書類、設営班に任せた分じゃなかったっけ」

「だから俺ら設営班っすよ?」

 良く分からない質問に首を傾げながらも、飛鳥は泉美から受け取ったファイルを総務班長にバケツリレーのように提出した。

 二つのファイルをそれぞれ片手に持った総務班長は、部屋に掛けられた時計を見て少し驚いた表情を浮かべる。

「早いね君ら。もう少しかかると思ってたよ」

「ま、ちょっと気合入れてやったんで」

「そっかそっか、いいことだと思うよ。……おや、こんなの渡したっけ?」

 総務班長は、ふと首を傾げる。

 視線は飛鳥が手渡した方のファイルに向けられていた。

「ああ、そっちは生徒会書記の奴にたまたま会って押し付けられた分です。こっちに提出って言われたんすけど、大丈夫ですか?」

「うん、そだね。これは一応私たちの仕事だ。だけど追加分まで片付けて他のグループより早いっていうのは……いいや、与太話してる余裕もないし」

 再び時計に視線を向けた総務班長は、何か言いたそうにしながらも自ら話を打ち切った。

「手伝いましょうか?」

「ダイジョブダイジョブ、こっちは総務にお任せ。設営班はこれまで忙しかったし、明日の会場設営もメインで担当するんでしょ? 今日はクラスとか部活の方を手伝ってあげなよ。総務は今日明日がピークだってだけだから」

「そっすか。じゃ、俺達はこれで。なんかあったら設営班経由で連絡ください」

「はいはい、そうさせてもらうよ。それじゃお疲れ~」

 ずいぶん軽い態度で手を振る総務班長に背中を向けて、飛鳥と泉美は揃って多目的室から出て行った。

 実のところ、飛鳥は総務の仕事を手伝う気など無かったし、断られることは分かりきっていた。

 社交辞令的にでも助力を申請しておけば、総務班に対して協力的であるという印象付けができるだろう、というだけの目論見があったに過ぎない。どうにも総務班長はその辺りの意図を察して、うまく話を合わせてくれたようにも感じられたが。

 ともかく、退室時に多忙な総務班の班員から恨めしそうな目は向けられたが、悪意的なものが無かったことを考えれば、茶番に意味はあったのだろう。

「さて、と。それじゃあちょっと早いけど、適当にお昼食べて、クラスの手伝いでも行く?」

 頭の後ろで肩肘を掴んでストレッチのようなものをしていた泉美が、喋り辛そうな声を発した。

「そうだな、とりあえずはそうする……」

 同じく首を回してくぐもった声で答えた飛鳥は、そこでふと言葉を詰まらせた。

 頭を傾けたまま明後日の方向に視線を向けて考えた後、脱力して続ける。

「やっぱ俺はいいや、面倒くさいし。あと行っても手伝えることなんて無いしな」

「え、でもちょっとぐらい顔出した方が良くない?」

「いいよ俺は。どうせ行った方が驚かれるに決まってる。まぁ、泉美は行ってくればいいだろ。俺はサボる! そんじゃなー」

「ちょっとアスカ……もうっ」

 一方的にまくしたてて立ち去ってしまった飛鳥。

 泉美は一つため息をついて、結局一人で教室へと向かうのだった。

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