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アークライセンス  作者: 植伊 蒼
第6部‐彼と彼女の心の距離は‐
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11:『実行委員のお仕事』

「うっし、とりあえず一通りは終わったな」

 飛鳥は肩をぐるりと回して、頭の後ろで肘を掴んでグッと背を伸ばす。

 サッカー部へ行ったあと話をした通り、泉美とは適当なところで分かれて各部の準備場所へとそれぞれ向かっていた。

 ちょうど半分程度で分けたはずだったのだが、大まかな書類の枚数で分担してしまったためか、未提出書類の多い部活ばかりを引いてしまった飛鳥は、泉美よりも一足早く仕事を終えてしまっていた。

 さてどうしようかと思った飛鳥だったが、腕を組んで数秒考えた後、自分の受け持ち分だけでも先んじて報告してしまおうと決めた。

 ともかく飛鳥達が割り振られた内の、運動系の部活はこれで全て終わりなのだ。

「しっかし、やっぱこの学校部活多過ぎるだろ」

 廊下を歩きながら、愚痴っぽく飛鳥は呟く。

 星印学園は新設された学校のためまだ2年までしかいない上、1,2年がどちらも定員全部がいるわけではない。最大で学年約320人なのだが、現在2年が200人程度で、1年が280人程度となっている。

 来年度の1年生はやっと320人になるとの見込みだが、少なくとも今の学園には定員の半分程度の生徒しかいないことになる。

 にもかかわらず、部活・同好会などの課外活動のグループは合計で40近くもある。学園が部活動を推奨していることもあるのだが、部や同好会の設立条件がゆるいこと、そして俗に帰宅部と呼ばれるような生徒がほとんどいないことが、その主な理由であろう。実のところ、古技研に関わる前の飛鳥のような生徒は、むしろかなり少数派だったのだ。

 ともあれ課外活動では、当然兼部等している生徒が一定数いるものの、部としての体裁を最低限保てているグループが相当数いるのである。加えて、3人程度しかメンバーがいない同好会などでも、文化祭で展示を希望しているところもあった。

 さらに文化祭特有の一時的なバンドグループのようなものまで含めると、学園全体で何かしら行動を起こそうとする集団の数が、3桁に届きそうなほど現れてしまう。

 バンドなどはあらかじめ一定数の参加が見込めたことから、かなり早い段階から手続きを行っていたようだが、直前になって参加を希望するグループもやはり存在していた。その数がどうやらかなり多かったようなのだ。

 実行委員の総務班で遅れが出ているのはそういった、ある程度想定できるものの、実際の規模までは予想のつかない事態の影響で、スケジュールが大きく乱れたことが原因だったようだ。

「それでもなんとか回ってるあたり、やっぱ組み立てうまかったんだろうなぁ」

 生徒会はどうやらこうなる可能性すら考慮に入れていたようで、総務が圧迫された場合のマニュアルを用意していた。先に「他班の手伝いはある」と断られていたこともあって、急な役割と指示系統の変更にも文句を言う生徒はほぼいなかった。

 逆に設営班が圧迫された場合のマニュアルも用意されていたようだが、今回はこちらの出番はなかった。

 ともあれ忙しいなりにスムーズに進んでいるのは、生徒会の影での尽力があったからである。

 実際にはこまごました事情の説明は無かったものの、飛鳥には、遥ならそれぐらいするだろうという一方的な信頼があった。飛鳥に限らず、特に実行委員の人間にはそう感じている者が多い。それが彼女のもつカリスマと言えるものの一端である。


 さて、運動系の部活への書類確認が終わったことを報告するため生徒会室へ向かった飛鳥は、そこで隼斗の姿を見つけた。

 一人、机の前でタブレットに接続したキーボードを叩いていた隼斗は、ドアをスライドさせる音に顔を上げる。

「アスカ? 一人で何してるんだい?」

「運動部の書類確認が終わったんでな。まだ文化部の分が少し残ってるんだが、一旦報告と書類の提出をしておこうと思ったんだよ」

 飛鳥は部屋に入り込みながら、小脇に抱えていたファイルを手にとって軽く振る。それを机の上に静かに置いた。

 一仕事終えた的な表情を浮かべる飛鳥だったが、対照的に、隼斗は苦笑気味だった。

「えっと、会長に二人一組って言われなかったのかい?」

「言われたよ。でもいいだろ、二人もいらねぇよ。役割分担できるほど仕事内容は複雑じゃないし、トラブルなんて起こる気配もなかったし。二人で分割して、効率上げたほうが良いって判断したんだ」

「でも二人一組の行動を基準にスケジュールを組まれてるから、効率を上げても時間が余るだけだよ?」

「だったらクラスの方でも見にいきゃいいだろ。俺はともかく、泉美はやる気だからな」

 先日伊達からもらった台本を、泉美はここ最近常に持ち歩いている様子だった。少し空いた時間でも読み込んで、セリフを覚ようとしている姿を飛鳥は何度も見ている。何かあった時のためにすぎない、と本人は言っていたが、クラス準備に参加したいという気持ちは見て取れた。

「でも泉美さんがクラスの方に行くとして、アスカは行かないんだろう?」

「ちぇっ、バレてんのかよ」

 わざとらしく舌打ちをした飛鳥は、殊更演技がかった動きでひらりと両手を広げた。

 隼斗は机に置いていた書類を数枚手に取ると、それを飛鳥に差し出した。

「これは?」

 両手でつかんで首を傾げた飛鳥に、隼斗は自分の仕事を続けながら答える。

「いくつか、文化部に確認しなきゃいけないことができたのさ。それを誰かに頼もうと思ってたんだけど、ちょうどいいから飛鳥にお願いしたいな」

「……文芸部も、か」

「そうそう、音深先輩がアスカに話があるみたいだよ。ついでに行ってくればいい。確認したい内容は一枚目の紙に書いてある通りだ。終わったらこっちじゃなくて、多目的室で総務班に渡してほしい。生徒会の人間もそっちに行ってるから」

「うん? 生徒会室は何かに使うのか?」

「ああ……。ま、ちょっと会長が休憩にね」

 いろいろと立て込んでいたからさ、と補足する隼斗。飛鳥はそっけない態度で答える。

「ふぅん、大変だな」

「ああ、大変なんだ。というわけで、頼まれてくれるかい?」

「ん、任せろ」

 背を向けて、書類を軽く振った飛鳥は、そのまま生徒会室を出た。歩きながらケータイを取り出すと、今も仕事をしているだろう泉美に向けて通信を送る。

 返事はすぐに来た。

『どうしたの、アスカ?』

『ああ。先に終わったんで生徒会に報告しに行ったんだけど、追加の仕事を任された。つーわけで俺はそっちを片付けることにするから、今そっちがやってる分の仕事そのまま片付けてもらっていいか?』

『そうなんだ。わかった。じゃあやっておくわ』

『おう、頼んだ。終わったらまた連絡する』

 短い言葉を交わして、飛鳥は通信を切ったケータイをポケットに滑り込ませる。ずいぶん少なくなった紙束を握り直して、今度は部室棟へ向かって行った。


 気になることは早々に片付けてしまおうと、飛鳥は真っ先に文芸部室に向かった。

 文芸部室は部室等2階の一番奥にある。部屋がある位置の関係上、他の部屋とはやや構造が異なるのが特徴だ。

 飛鳥がノックしたドアを開いたのは、文芸部部長である一葉だった。

「あれ、アスカくん、仕事中じゃないんですか?」

「実行委員の仕事があるんすよ。ちょうど良かったし、前に頼んでいたことを聞こうと思って」

「そうですか」

 頷いた一葉だったが、ふと自分の肩越しに背後を伺う。

 ドアの隙間から山積みの文芸誌らしきものと、それに何かしら処理を加えている数人の文芸部員達が見える。その中には、美倉の姿もあった。

 再び顔を向けてくる一葉に、飛鳥はさりげなく人差し指で後ろを指し示した。

「とりあえず、書類とかいいっすか?」

「はい、わかりました」

 後ろ手にドアを閉めた一葉に、先ほど隼斗から預けられた書類の一部を手渡しながら、飛鳥は尋ねる。

「それで、あのこと……『サードイブ』についてはどうでした?」

「……やはり、間違いはないようですよ」

 あえてそうしているのか、一葉はバインダーに挟んだ紙にペンを走らせながら、平坦な声音で答えた。

「遥自身が提供した細胞のサンプルから得られたDNA情報と『サードイブ』のDNA情報が、現状の遺伝子鑑定が持つ最大の精度において、100%の確率で一致しました」

「……つまり、全く同じ遺伝子ってことですか」

「ええ、そういうことです」

 その答えに、飛鳥は唇をかんだ。握った拳が微かに震えている。

「そうっすか。でも、どうして……」

「当然、偶然の一致である可能性もあります。しかしそれも、数兆分の1という確率ですから。そもそも同一人物ということは絶対にない以上、遺伝子が同じな別人であることは間違いありません。そこにどんな意味があるのかということの方が、ここでは重要な問題なのです。ただ『サードイブ』の遺伝子データは、アークの中でもかなり中核に近い部分のシステム内に保管されていたものでした。外部から書きかえられるようなセキュリティ強度ではありませんし、アーク自ら情報を書き換えた痕跡もありません」

「つまり『サードイブ』の遺伝子データは、遥さんのそれじゃなくて、まったく別の、アークが作られた時代の人間のものってことか……」

 眉を寄せて、飛鳥は俯き考え込む。

 だがいくら思考を巡らせたところで、現状研究者が調べたこと以上の何かが分かるわけもなかった。

 彼の頭に浮かぶのは可能性の話ばかりで、そんなものでは何の救いにもならないことは明らかだった。

「必ずしも、それが遥に影響を与えるとは限りません。ただ遥の遺伝子には、なんらかアークの根幹に関わる重要な情報が眠っている可能性がある……ということだけは、きっと間違いないのでしょう」

「…………」

 黙り込んでしまった飛鳥に、一葉は記入を終えた2枚の書類を手渡す。

「でも、遥は遥ですよ」

 受け取った飛鳥は、その言葉にはっと顔を上げた。

「ただ遺伝子が一致してしまっただけです。このこと自体には、それ以上の意味などありません。遥自身はショックを受けていますが。自分そのものが、アークの根幹に何らかの関わりを持っているということ自体を、まだ呑み込めていないのかもしれません。でも、それであの子がどうにかなるわけではないのですよ」

「……そうっすね」

「あの子はきっと、いつかは一人でも割り切れてしまうでしょう。ただいつも通り、傍にいてあげられればそれでいいと思うんです」

 受け取った書類を握りしめて、飛鳥は頷く。

 一葉は彼に、優しげな笑みを向けた。

「遥は今、ほんの少しだけ自分を見失っているのですよ。だから、アスカくんは……」

「ええ、俺は力になりますよ、あの人の。俺がそうできるのも、遥さんがそれを選んでくれたからだと思いますし」

「任せましたよ、アスカくん」

「もちろん。……ところで、少し聞いていいですか?」

 快活に頷いてから、飛鳥はそう尋ねた。首を傾げる一葉に、彼はこう続ける。

「一葉さんは、どうして遥さんのことをそこまで気にしてるんですか?……ああいや、変な意味じゃないんですけど。俺とかはまぁこんな感じですし、ただ友達だからってだけじゃない気がして」

「ああ、そのことですか」

 飛鳥の問いに、一葉は笑みを浮かべた。懐かしい記憶を呼び起こすように、彼女は窓の外に視線を向ける。

「私はもともと人見知りが酷かったのは知っていますよね? 実は高校に入って最初の頃まで、私はずっとそうだったんですよ。人見知りで臆病で、幼馴染の一ぐらいにしか、まともに話す相手もいないほどでした。でもそんなときに、遥が私を誘ってくれたんです」

 これほど具体的に聞いたわけではなかったが、一応は聞いたことのある話だったので、飛鳥は頷く。人差し指を足元に向けつつ、一葉は続けた。

「それ自体は私が怖がってしまったこともあってうまくいかなかったんですけどね。でもそれ以来アークに関わることから離れて、遥のことさえ拒絶していた私に、それでもあの子は少しでも関わろうとしてくれていました。アーク絡みではなくただ一人の友人、あるいはクラスメイトとして、気に掛けてくれているのがわかったんです。……私も、それに応えたいと思ったんです」

「そうだったんですか……。あんまり、そういうイメージ無かったですけど」

「そうでしょうね、あまり人に気を遣うような子じゃありませんから。だからもしかしたら、そんなつもりじゃなかったのかもしれません。それでも私には、そうして前を歩いてくれる遥がとても心強かったのですよ。あの子についていけば、私も変われるんじゃないかって、そうなれたらいいなって。……アスカくんがアークのことで私の元を尋ねてくるまで、確かに少し距離を置いてはいましたけど、でもきっかけ一つで歩み寄れるようになっていました。だからきっと今の私があるのは遥と、そしてアスカくんのおかげだと思っています」

「俺が……?」

 驚いたような表情を浮かべる飛鳥に、一葉は優しげな笑みを返した。

「ええ、そうですよ。だからアスカくんになら、遥を励ますことも出来ると思っています」

「そ、そっすか」

 恥ずかしそうに頭の後ろを書いた飛鳥だったが、すぐに居住まいを正して続けた。

「とりあえず書類の方、ありがとうございました。それと文芸部と、あとはクラス、準備がんばってくださいね」

「ええ。アスカくんも、実行委員のお仕事がんばってください」

「はい、それじゃ」

 見送る一葉に軽く手を振って、飛鳥は文芸部室を後にした。

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