10:『文化祭まであと2日』
そうして文化祭準備が本格始動してから、約二週間が経過した。
実行委員と言わず部活と言わずクラスと言わず、学生全体が加速度的に忙しさを増していく。その中で、飛鳥も実行委員の仕事に忙殺されながらも、充実した日々を送っていた。
星印学園にとっても、高校生としての飛鳥にとっても初となる文化祭。
準備ももはや佳境である。
いつも通り多目的室に集められた実行委員メンバー達が見つめる前で、生徒会長の月見遥がタンと横長の机に手をついた。音が波紋のように広がって、小声の会話を静寂が上書きしていく。
視線と注意のどちらもが自分に集まったことを確認して、遥は口を開いた。
「さて! 皆もわかっていると思うけれど、文化祭準備もあと二日よ。今日からは授業も休みで、全ての時間を準備にあてることができる。つまりこれからが私達生徒会と、あなた達文化祭実行委員の正念場ってことになるわ」
声を大にするわけではない。
ただ彼女自身が持つ覇気に似たものが、当たり前の連絡を行うだけの言葉に乗って、その場にいる全員にぶつけられる。
すっと、皆の中で緊張感が高まっていくのを、飛鳥も漠然と感じ取っていた。
満足気に頷いて、遥は続ける。
「今は特に設営班の進行状況が良いみたいだから、設営班の人には積極的に他班の手伝いに回ってもらうことにしようかしら。詳細については班長に伝えてあるから、また後で説明を受けてもらうことになるわね。逆に進行が遅いのは総務班で、特に部活関係で遅れが出ているみたい。手が空いた人には、こちらに優先的に回ってもらうことになるわ」
視線の先、恐らくはその管理班の班長だろう女子生徒が、遥に向かって申し訳なさそうに頷いていた。遥は優しげな表情を返して、もう一度前へ向き直った。
「あと今日から会計班の人にも他班の協力に入ってもらうから、人手はいくらか増えることになるので、そのつもりでいてちょうだい。そんなところかしら、他は生徒会が把握する限り問題はないわ。もし何かあったら、いま手を上げてもらえるかしら?…………無いみたいね」
実行委員の仕事は生徒会と密に連携して行うものなので、伝達の不備はそう起こらない。毎日作業の進捗状況をまとめて報告することは、班長だけでなくその日活動していた全ての実行委員の仕事であるぐらいなのだ。
問題が無いことを確認して、遥は力強い視線で部屋全体を見回した。
「これからがラストスパートよ。これまで通り生徒会や各班班長の指示に従って動いてもらうことになるけど、これまで以上に一層気合を入れて臨んでちょうだい。……月並みだけど、思い出に残る文化祭にできるよう、皆で力を合わせて頑張りましょう!」
誰ともなく、応じるように歓声が上がる。飛鳥も声を上げながら、力強く頷いていた。
文化祭最終準備期間について、遥からの話が終わり次第、飛鳥達は設営班の会議に呼ばれた。会議といっても、あくまで作業の進捗状況と今後のスケジュールの確認程度だったが。
遥が説明した通り、設営班はかなり順調に作業が進んでいるようだった。授業なしで作業に集中出来るこの2日間の内、全員が動いたとして多くて1日分でも作業ができれば全て片付く状態だとのことだ。
各班の人数設定に関して、設営班はそもそもある程度の余裕を見ていたのかもしれない。
ともあれかなり余裕のある設営班の班員は、当初の予定通り他班の手伝いに回ることになった。
いくつかその対象はあったのだが、飛鳥と泉美は、現状一番忙しい班である総務班の手伝いに選ばれた。
大変だという想像は簡単にできるが、やらなければならないことだと割り切って、飛鳥達はさっそくリストに並んだグループの準備場所へと向かうのだった。
というわけでまずは、最初に名前の記されていたサッカー部である。
部長が現在、部の出し物である屋台の方にかかりっきりだとかで、今は副部長と話をしていた。
「あれ、こんなにあったのか……。すまないな、確認してなかったんだ。とりあえず、これとこれは出してたはずなんだけど」
「あぁ、それはこっちでも確認してますよ。なんで、あとはこの二つの書類だけ提出してもらえれば。どっちもサインだけっすね」
「そうか、よかったよ。それじゃあ今にでもやってしまおうか? 部長は今手を離せないから、副部長のサインってことになってしまうが」
「あー、大丈夫だとは思うけど……ちょっと確認取るんで時間いいっすか?」
「俺は大丈夫だ」
話していたサッカー部の副部長に断って、ポケットからケータイを取り出す。
とりあえずすぐに連絡が取れそうな相手と考え、隼斗あたりに連絡を取ろうとしたところで、泉美が飛鳥の肩を叩いた。
「ん? なんだ?」
「この際だから副部長でもいいんだって。さっき話してる間に確認しておいたよ」
「…………やるなぁ」
感心したように呟いて、飛鳥は今まさに通信を送ろうと思っていたケータイの操作を止めて、ポケットにしまい込んだ。
「確認してもらった分には、副部長のサインでも大丈夫みたいです。まぁホントは代表者のサインなんで部長ですけど、この際副部長までならオーケーだそうです」
「助かった。悪かったな、次からは気をつけるよう部長にも伝えておくよ」
「お願いします」
そう言いながら、飛鳥は連絡時に渡されていた書類の一枚を、軽いプラスチックのバインダーに挟んで手渡した。受け取ったサッカー部の副部長は、ボールペンで手早く各欄に記入をして飛鳥に返した。
「よし、それでいいか?」
「はい、問題ないです」
首肯して、飛鳥はまた別のプリントを一枚ファイルから取り出した。
「あとこれが決定した、部活ごとの屋台の場所の振り分けです。仮配置なので要望があれば相談して場所の交替も検討するらしいんで、必要があれば生徒会か実行委員に伝えて下さい。ただ、リミットは今日の午後5時まででお願いします」
「ああ、わかった。だけど大丈夫なのか? 見るからに忙しそうだが……」
サッカー部の副部長はピッ、と飛鳥が小脇に抱えたファイルを指さした。そこには今やりとりをしたような書類が大量に挟まっている。
飛鳥は肩をすくめて答えた。
「忙しいっすよ。そういうわけなんで、まぁ出来れば交替したい場所の相手と先に話し合いを済ませてもらえると助かります」
「あ、ああ。必要ないとは思うが、仮に場所の交替をするときは先に話を済ませてから行くことにするよ」
「ありがとうございます」
「しかし、今から変更なんてして大丈夫なのか? パンフレットとかはもう作ってると思っていたが」
「実はまだ展示物のPR文とか出してないグループがあるんですよ。だから今日中にパンフレットの内容を全部まとめて、明日の夕方までに印刷製本全部やっちゃうみたいです。こういうことも想定してたのか、文化祭前から生徒会が業者にそういう無茶を通してたらしくて。だから時間までなら一応変更の受け付けはできるんで、それだけ覚えておいてください。あとそれのweb版が下に書いてるURLにアップされているんで、必要があったらそっちも確認しておいてください」
「そのweb版とやらは、内容はこの紙のと同じなのか?」
「ええ。ただ変更があった場合はそっちにも変更内容が記載されるんで、その紙は参考程度に、web版が最新で正確な情報だと考えて下さい。あと場所の変更ですけど、勝手に実行委員が変更する事は絶対にありません。ただ、実行委員に変更の要望が伝えられた場合は校内放送で代表者の呼び出しをするんで、その時はできれば部長さんに顔を出すよう伝えておいてください。どうしても無理なら副部長でも、たぶんさっきの書類とか見る限り大丈夫だとは思いますけど」
「ああ、細かいことまですまないな。場所の変更は出来るだけ避けるようにさせてもらうよ。それじゃあ俺は部の方に戻る。お前たちも、頑張ってくれよ」
「はい。先輩も頑張ってください」
手を振ってサッカー部副部長の背中を見送って、飛鳥はくるりと振り返った。
「とりあえずざっとこんなもんか。意外と早く終わりそうだな」
「そうね。あといくつか一緒に回って、それで大きな問題が起こらなさそうなら、残りは手分けしてやっちゃいましょう」
「一応二人一組で行動するようにとは言われてるが、まぁいいか。よし、じゃあ次行くぞ」
「ええ」
気合を入れ直して、飛鳥達は次のグループの場所へと意気揚々と向かっていくのだった。