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アークライセンス  作者: 植伊 蒼
第6部‐彼と彼女の心の距離は‐
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9:『違和の切れ端』

 飛騨との話もほどほどにして作業に戻った飛鳥は、そこからまた1時間半程度の肉体労働に従事する事となった。

 作るものの規模自体はさほど大きくはないのだが、10人と居ないことを考えるとあまりすぐ終わるようなものでもない。

 骨組み自体は面倒だったなりに早めに終わったのだが、その後飾り付け用のベニヤ板にペンキを塗ったりという作業が待っており、それが思いのほか時間がかかる結果となった。

 しかし大変だっただけかと言うとそうでもなく、あまり普段から関わりの無い生徒達とだがいろいろと下らない話をしながらの作業はそれなりに楽しいものだった。部活に所属していない飛鳥にとって、こうして出来る他学年とのつながりは貴重なものでもある。

 2年生で飛鳥のこと知っている生徒が少しだがいたことが飛鳥にとって意外だった。どうやら遥の手伝いで生徒会の仕事をしているところがたびたび目撃されていたらしい。

 といっても、飛鳥という個人よりは、生徒会メンバーである隼斗のクラスメイトという風に覚えられていたのだが。やはり生徒会だからか、隼斗も相当顔が広いようだ。

 ともあれ今日のノルマは終了している。あとは組み立てを準備の最終二日間までに完成させて、ラスト二日を製作したものやテントなど、実行委員担当の設備の設営にあてることになるようだ。

 飛鳥が把握する限り、設営班の仕事はまだまだ余裕があるようなので、どうにも途中でその他の班が受け持っている仕事も割り振られることになるらしい。これは準備開始当初から言われていることなので、飛鳥も不満などはなかった。

 部毎の展示場所や、展示内容の許可証の配布等はほぼ終わっているため、あとは運動系の部に多い屋台を含めた飲食系の許可がまた別途必要になるらしい。それらの確認や、書類管理が割り振られる仕事になるだろうというのが飛鳥の見込みであった。

「面倒だけど……ま、仕方ないわな」

 彼の感想はそんなものだった。

 今日のように延々肉体労働と比べるとどうかと言われると悩むところだが、それでも彼にとっては事務作業のような仕事よりは楽だと思えた。というかそもそも、各出し物に対して書類の提出を求めるような仕事だった場合、あちこちを走り回ることになるため、多少の肉体労働はどうしたってついてくるのだ。

 立候補しておいて愚痴などひとり言ですら言う気にならず、大きく伸びをした飛鳥は割り切ったように深く息を吐いた。

「っと、ん?」

 グイと伸びをした飛鳥は、そこでふと気になるものを見つけた。

「ありゃ、美倉と……九十九先輩? なんであの二人が……」

 特に関係の無さそうな二人がセットでいることに、飛鳥は首を傾げる。

(九十九先輩は生徒会だし、クラスの出し物で何か相談でもしてんのか?)

 他に特に思い当たることもないので、飛鳥は適当にそう当たりをつけた。それにしたって同じく生徒会メンバーの隼斗と話をしそうなものだが、そうでもなければ美倉と九十九が二人で話をするような理由が浮かばないのだ。

 数秒そちらを見て、しかし会話に割り込む気にもならなかったため、飛鳥はそのまま多目的室へと戻ろうとする。

 だがちょうどそのタイミングで、話を終えたらしき二人が別れてその場を離れていった。

 ややうつむき加減の美倉は、周囲に注意を払う風もなく、気付かないまま飛鳥の前へとやってきてしまう。

「よ、何やってんだ?」

「っ!……あ、星野君」

 声を掛けられてやっと飛鳥がいることに気付いた美倉が、驚いた様子で顔を上げた。

 至近にいた飛鳥と目が合った美倉は、その視線を一瞬泳がせる。

「……どうかしたか?」

 その様子に微かな違和感を覚えた飛鳥は、眉を寄せ尋ねる。

 美倉は慌てて首を横に振った。

「あ、ううん、なんでもないよ! え、と、そう! 星野君は何やってたの?」

「俺?」

 あからさまに怪しい態度にいよいよ明確な不信感を抱いた飛鳥だったが、とりあえずは自分に向けられた質問に答えることにした。

「実行委員の仕事だよ。設営班でな、正門を飾り付けるために木材で骨組みとかいろいろ作ってたんだ。下校時間ギリギリまでだからな、流石にちょっと疲れたよ」

 肩を押さえて首をぐるりと回し、いかにも疲れているというような態度を取る飛鳥。美倉も、彼の苦笑につられたように笑みを浮かべた。

「そうなんだ、やっぱり実行委員は大変なんだね」

「ああ。ただまぁ、こうして最終下校時間までには終われるんだから、余裕はあるみたいだけどな」

 もうすっかり日も落ちているような時間だが、普段の部活動等ではここからさらに1時間程度は活動するとこがほとんどなので、それと比べればまだまだ楽かもしれない。

 言いかえればまだ今日だけでも時間的余裕があるということなのだが、あくまで生徒の模範であるべき生徒会を中心に活動している以上、この最終下校時間である午後6時には活動を終えている必要があったのだ。

 生徒会の活動がある日の遥や隼斗は、大抵この最終下校時刻の後に研究所に来ている。

 そんな日は、生徒会や部に所属していない飛鳥は、彼らより3時間近く早い時間から研究を行っている。案外、アストラルの研究がバーニングよりも進んでいるのにはそういった理由もあるかもしれない。

 しかしながらそういった話は、飛鳥の目の前にいる美倉には関係の無いことである。

 話を切り替え、飛鳥はこう言った。

「俺はそんな感じ。美倉は何やってたんだ? 九十九先輩と話してたみたいだけど」

「え、あ……私は、その……」

 唐突に最初の話題に戻されてしまい、美倉は戸惑った様子で視線を泳がせた。言いあぐねて苦しげな表情さえ浮かべる美倉に、飛鳥は顔をしかめる。

「なんかクラスの方で問題でもあったか? 必要があるなら泉美も呼んで手伝うけど」

「う、ううん、大丈夫! クラスはもう皆ほとんどセリフ覚えてるし、通し練習をしているぐらいだから……。あの、副会長はたまたま会って、クラスの進展状況を聞かれたの、それだけだから」

「ふぅん。まぁ問題ないなら良かったよ。手伝うっつっても、これで結構疲れてたからな。正直さっさと帰りたかったんだ」

「そ、そうなんだ。……っと、私も練習戻らなきゃ。それじゃ、星野君も頑張ってね。バイバイ」

「ああ、また明日」

 返事も待たずに手を振り、小走りで去っていく背中を見送って、飛鳥は呟くような声で答えた。

 とっとと帰るか、と足を踏み出したタイミングで、ジャージのズボンのポケットに放り込んでいたケータイが音を響かせた。

 抜き出して、コールされていた映像通信に応じる。

 投射ディスプレイに移ったのは、飛鳥と同じく体操服を身にまとった泉美だった。

「どうした?」

『こっち終わったけど、アスカ、そっちはまだ作業中?』

「いんや、こっちもさっき終わったとこだ」

『そう。それじゃさっさと報告しちゃって帰りましょ』

 完全に頭から失われていた情報に、飛鳥は頭を掻いて天を仰いだ。

「あ……、報告か。完全に忘れてた……。わかった、着替えて多目的室の前で待ってるから、お前も後から来てくれ」

『うん、それじゃ、またあとで』

「おう」

 通信を切って、ケータイをポケットの中に戻す。

「…………」

 ふと、飛鳥はさきほど美倉を見送った方角へと視線を向けた。無言のまま、ぼんやりとそちらを見つめて、小さくため息をつく。

「人のこと言えた義理じゃないけど、アイツも大概嘘の下手な奴だ」

 思わずといった様子で笑って、しかし飛鳥はすぐにその表情を引っ込めてしまう。

「そろそろ無理か……。だけど、今更とはなぁ。……ああそうか、まだなんか有りそうだな」

 不穏なひとり言もほどほどに、飛鳥は一つため息をついた。

「ま、とりあえずは文化祭が終わってからだな」

気持ちを切り替えて、改めて多目的室へと向かうのだった。

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