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アークライセンス  作者: 植伊 蒼
第6部‐彼と彼女の心の距離は‐
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8:『しばしの休息』

 それからさらに数日が経過し、学園全体で文化祭準備が目に見えて準備が進んだ頃のことだった。

 文化祭準備の進行に伴い、次第に忙しさを増していく実行委員の仕事の合間で、体操服を着た飛鳥はつかの間の休息を取っていた。

「はぁ~~~~」

 中庭に設置されたベンチに腰掛けて、背もたれに両腕を投げ出した飛鳥が深くため息をついた。

 左手の指先に引っ掛けた、近くの自販機で購入したスポーツドリンクのボトルが振り子のように揺れる。

 やがて来る冬を思わせる肌寒い風は、それだけなら身を縮めさせる不快なものになっただろう。だが今の汗ばんだ額を撫でるのに限っては、溜まった疲労を和らげるような心地よさを感じられた。

 肉体労働になることは事前の説明で分かっていた。つまりは頭ではなく身体が疲れる仕事だということは承知の上だったものの、いざ実際にやってみると、まぁ大丈夫だろうと高をくくっていた程度より、いくらか大変なものだった。

 やっていたのは正門を飾り付けるための骨組みの製作だ。あくまで生徒が全ての作業を行うため、鉄パイプを組み合わせて骨組みにするといったことはしなかった。とはいえそこそこ大きな木材を、手持ちの鋸で延々とギコギコし続ける作業は意外と体力を使った。

 飛鳥は特別体力がないわけではないが、作業における一人あたりの負担がそこそこ大きかったということがある。

 今日の作業に関しては、設営班のメンバーはほぼ全員が動員されているのだが、正門の飾り付け用の骨組み製作には10人ほどの生徒もいない。設営班には他の仕事もあった。

 他班から数人借りてきてこれなので、やはりスケジュール的には結構カツカツなのだ。

 綿密に計画を立てているようなので、問題なく間に合うのは間違いないのだろうが、それも一日辺りのノルマをきっちりこなしてのものである。

「あー、もうちょっと楽かと思ってたんだけどなぁ……」

 左手に持っていたペットボトルのふたを開け、中身を一口煽った飛鳥は、再び背もたれに上半身を投げ出した。

 息を吐いて瞑目した彼は、そのまま疲労に意識を持って行かれそうになる。

「お疲れみたいだな」

 繋ぎ止めたのは、頭上から投げかけられた聞き覚えのある声だった。

 飛鳥が重い瞼を押し上げて見えたのは、自らのクラス担任、飛騨の逆さまの顔だった。

「……あぁ、先生。こんちわっす」

 酷く雑な返答を返す教え子だったが、いつものことだと言わんばかりに飛騨は気にも留めない。

 目の前の隙だらけの生徒に無意味なデコピンを放とうとするが、即座に頭を上げた飛鳥の額にはかすりもしなかった。

 飛騨は肩をすくめると、おもむろにベンチの前側に回ってどさりとそこに腰かけた。

 飛鳥が素早く椅子から立ち上がろうとするのを肩を押さえつけてとどめ、勝手に話を始めてしまう。

「大変そうだが、実行委員の準備は進んでるのか?」

「……まぁそこそこっすかね」

 目を合わせずに、飛鳥は答えた。

「今は何やってるんだ?」

「門を飾り付けするための骨組み作りです。っていうか、その材料の切り出し、かな。さっきから校舎裏で10人弱でずっと鋸引き続けてましたよ」

「またむさ苦しい絵面だなそりゃ。しかし10人か……そこまで作業量は多かったか?」

「骨組みの部品作るのは今日中なんすよ。組み立てとか飾り付け、あとは設置もあるし。一番時間がかかるのって組み立てなんじゃないかなぁ。スケジュール通りにやれば間に合うようになってるみたいですけど、その分カツカツっすね」

 本格的に作業が始まる前に、設営班の正門担当のリーダーから簡単なスケジュールの説明は受けている。

 文化祭準備もそろそろ佳境というところだが、どうやら設営班である飛鳥達はこの仕事が文化祭直前まで続くことになりそうだった。

「ただ門の製作だけならラスト2日の前に終わるみたいですけどね」

「で、そのあとは班名通り設営に入るのか」

「そんな感じっす」

 なるほどなぁ、と飛騨は頷く。

 準備も当日も、この文化祭は生徒主導という名のほったらかし状態のため、教師である飛騨は現状をあまり把握していないようだ。

 それでいいのかとは飛鳥も思うものの、こうして個人的に進展を確認してきている飛騨に何かを言うのはズレている気がして、飛鳥は結局何も言えなかった。

 そんな飛鳥の内心を察した様子もなく、飛騨は再び尋ねる。

「そうだ、本郷はうまくやれてるか? どうもクラスでは話し相手もできたみたいだが」

「知ってんなら聞かなくてもいいじゃないすか」

「実行委員の方は知らないんだ。いつも一緒にいるお前から見て、というのが聞きたい」

「俺から見て、ねぇ……」

 最近あまり意識していなかったことを聞かれ、飛鳥は首を傾げる。

 いつもと言うほどではないものの、文化祭実行委員の活動が本格的に始まってからは、同じクラスの生徒は同じ仕事を担当する事が多いこともあって一緒にいる時間は長かった。

 そうでなくても泉美は、クラスはともかくその外にはほとんど交友関係を持っていない。必然つながりの強い飛鳥と共にいる時間は長くなる。

 確かに、飛騨が聞く対象として飛鳥を選ぶのに特におかしな点はなかった。

「まぁそこそこうまくやれてるんじゃないすか? 前みたいにツンケンしてないから、先輩とかともちゃんと話できてますし。まぁ、なんか変な人見知りみたいなのが出てきてはいますけど」

「人見知りか……、その理由は分かるか?」

「いきなりキャラ変えるのってキツくないすか? たぶんそんなレベルの話でしょ。これまでずっととっつき辛いキャラ作ってて、いきなり明るい性格になったって周りもついていけないし、本人も恥ずかしいと思いますよ。少なくとも俺ならいきなりは無理かな」

「はっ、なんだそりゃ。……まぁ、お前が言うならそうなんだろう。特に心配はいらないようで安心した」

「なんかえらく無条件に信用されてないですか? 自分で言うのもなんですけど、結構テキトー言ってますよ」

 本当なのかという確認ぐらい有ってもよさそうなものなのに、それすらなく納得されて、飛鳥は逆に不審がった。飛騨はまたしても笑うと、軽い調子でこう答える。

「なに、本郷の件は俺にも解決しきれなかったからな。それをお前が解決してくれたんだ。本郷のことに関しては、俺よりも星野の方が信用できる。それだけのことだ」

「ああ、そういうこと」

 飛騨の言いたいことを理解して、飛鳥は肩をすくめた。

 確かに泉美がクラスに馴染めなかったことに関しては、飛鳥の尽力の結果解決したと見ていい。しかし泉美が個人的に飛騨を苦手に思っているということがあったので、飛騨が解決できなかったのは仕方がない部分もあったのだ。

 とはいえそれを本人に言うわけにもいかず、飛鳥はちょっとした気負いを感じながらも受け入れることにした。

 そろそろ話は終わりかと思った飛鳥だったが、飛騨はもう一度口を開いた。

「クラスの方の進展は分かるか? 俺もたまには様子を見に行ってるんだが、そう毎日行けるもんでも無くてな」

「俺だって実行委員だからしょっちゅうクラスの方に顔出してるわけじゃないっすよ?」

「わかる範囲で良い。いずれにしても進捗状況の全部を把握している生徒なんてほとんどいないだろう」

「適当だなぁ……」

 呆れ混じりに飛鳥は言うが、飛騨はやはりというか気にとめた様子を見せなかった。

 もうこの人はこういうものなのだと割り切って、飛鳥は質問に答える。

「みんな一通りのセリフは覚え終わったみたいなんで、これからある程度演技も意識して通しの練習を繰り返すとか言ってましたよ。なんか意外に大道具の仕事の効率が良いとかで、かなり余裕があるとかなんとか。逆に小道具がうまく回らなかったとかで、衣装は作れないみたいっすね」

「大道具が……? 意外だな」

「まぁなんか、あまりにもグダグダだったのを見かねて、予算管理も兼任してた小道具の桐生が、大道具のサポートに回ったんですよ。それから一気に進んで、って感じです」

「それで小道具の進みが悪いんじゃ、本末転倒だな……。しかし桐生か、あいつは流石だな」

 飛騨は感心したように云々と頷く。

 桐生というのは、飛鳥のクラスにいるちょっと変わった女子生徒だ。電波系というのかもしれない。

 そろばんを習っていたとかで、やたらめったら暗算が早いというのが特徴だった。どの程度かと言うと、脳内電卓の異名が男女問わず定着するほどである。

「それはともかく、小道具の方は大丈夫そうか?」

「余裕があれば衣装も作ってみようってのが無理になっただけなんで、まぁ大丈夫でしょ。分かりやすい小物とか使ってキャラの見た目の特徴づけをしていくみたいですよ」

「なるほど、確かにそういう方法もあるか。それならクラスの方も心配はいらなさそうだな。よかったよ」

 言うだけ言って、飛騨はおもむろに席を立った。

「さて、時間とらせてすまなかったな。そして助かった。俺はもう……いや、そうだな、星野は何か気になることはあるか?」

「俺っすか? 別に何も……。はい、何もないっす」

 少し悩んだ様子を見せながらも、飛鳥はそう言って首を横に振った。

 軽く眉を寄せた飛騨だったが、特に言及せずに飛鳥の肩をポンと叩く。

「そうか。それじゃ、準備頑張れよ」

「ういっす」

 返事を待たずに飛騨は、腕時計をチラ見しながら足早に去って行った。

 その背中を見送って、飛鳥もまた、休憩を終えて作業へと戻るのだった。

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