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アークライセンス  作者: 植伊 蒼
第6部‐彼と彼女の心の距離は‐
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6:『クラスの進捗状況は』

 学園全体での文化祭準備が始動してから、3日ほどが経った頃のことだ。

 クラス毎の準備もそろそろ本格始動し始めたころで、それは飛鳥が所属するクラスも同様だった。

「さて、少しは準備が進んでるのか、確認してやるか」

 放課後の職員会議終了後に少しだけ残っていた仕事を片付けた飛騨は、ぐるりと肩をまわして椅子から立ち上がる。

 気付いた他の教員からちらちらと視線が向けられるが、軽く会釈だけを返して飛騨は職員室の外へと出ると、その足で彼が担任を務めるクラスへと向かった。


「よぉ、お前らー、進んでるかー?」

 飛騨はドアを滑らせながら、おおよそ教師らしからぬ軽い調子でクラスに声をかけた。

 手に持った冊子を読んでいた生徒や、数人で話し合いを続けていた生徒の一部が、声の元に視線を向ける。

「先生差し入れっすか」

 顔を見るなりいきなりそう尋ねたのは、文化祭のクラス代表である伊達だった。

 飛騨は無言で歩み寄ると、「アホか」と伊達の額に軽くチョップを打ちつける。

「少し時間ができたから、進捗を確認しに来てやったんだよ」

「なんでそんな恩着せがましいんですか?」

 ひょいと横から割り込むように現れた篠原がそんなことを言うので、飛騨はめまいすら感じてしまう。

「……このクラスは本当に言葉遣いがなってないな」

 額に手を当てて呻く飛騨に、にやにやと笑みを浮かべた篠原がこう続けた。

「いやいや、飛騨っちだけですよ。他の先生にはこんなこと言いませんから」

「誰か飛騨っちか! ああもういい、生活指導の中村先生にアポ取っておいてやるからお世話になって来い」

「それはいやだぁー!」

 顔面蒼白となった篠原は、猛ダッシュでその場から居なくなってしまう。

「……あいつ生活指導なんて受けてたっけ?」

「なんで先生が俺に聞いてんですか。えっと、入学早々何かやらかしてなかったですか? あんまよく覚えてないですけど」

「あったなぁそんなこと。なんだったかな、寝坊して寝間着で登校してきたんだったか。その時に中村先生に生活指導室に放り込まれてたわけか」

 さらっと篠原の酷い過去が暴露されて、聞き耳を立てていたクラスの一部がその場で爆笑し始める。

 教師らしからぬささやかな仕返しを済ませて満足した飛騨は、あらためてクラス全体の作業状況を確認する。

 ついさっきの伊達のように、舞台に立つ人間は各々別個に台本を読んでいた。他には大道具らしき生徒たちは大勢でいくつかの机を囲んで話をしており、数人ずつ固まって話をしている生徒もいた。

 少しの物音など耳に入らないほどに集中している生徒もいれば、友達とわいわい騒ぎながら打ち合わせをしている生徒もいる。三者三様というか十人十色というか、みな取り組む姿勢は違うものの、それぞれ楽しんで活動していることが分かる風景だった。

「今はどれぐらい進んでるんだ?」

 尋ねる飛騨に、流し読みしていた台本を手渡しながら伊達は答える。

「ちょうど昨日台本が仕上がったらしいんで、今日放課後にすぐ配られたんですよこれ。んで細かい配役もさっき決まったから、役に当たってる奴はとりあえず軽く台本読んで覚えてるとこです」

「ほう……」

 台本の途中からパラパラと適当に斜め読みしていた飛騨は、バッと冊子を払って1番最初のページに戻る。そこには、各登場人物の配役をまとめられていた。

「この『主役:伊達蓮治』っていうのは、ミスプリントか?」

「……それ先生まで言いますか?」

「間違いじゃないならそれでいいんだが、覚えるの大変だぞ? 大丈夫か?」

「やりますよ! ていうか多いっつったって1時間以内に終わる劇だし、出ずっぱりでもないんだからなんとかなるでしょ。今日からは部活も控えめにやりますし」

 伊達が拗ねたように口を尖らせるのを見て、飛騨は頭の隅で反省しつつ肩をすくめた。

「そうだな。ま、お前はやると言えばやるんだろう。期待してるぞ。しかし2週間はあるわけだが、練習しなくて鈍らないのか?」

「帰ってから一人で走り込んどきます。他のクラスも忙しくなり始めてるらしいし、文化祭終わるまでは部活行っても人いないでしょ。鈍らない程度にトレーニングしておけば、文化祭が終わってから大会まで1カ月弱有るし、十分調整出来ますよ」

「そうか、ならそっちも期待しておくぞ」

「もちろんっすよ」

 ガツッ、と掌に拳を打ちつけて、伊達は気合十分とその表情で示した。

 飛騨は満足気な笑みを浮かべながら、再び台本の斜め読みに戻る。雑誌で気になる見出しを探すようなスピードでパラパラとページを送った飛騨は、最後まで台本を読み終えて、それをひょいと伊達に返した。

「ロミオとジュリエットか。短くしてるだけじゃなくて、話の展開も変えてるんだな。なかなかうまく出来てるじゃないか。書いたのは美倉か? 文芸部だっただろう」

「美倉は文芸部で展示があるから――今日も行ってるんすけど、メインの脚本じゃなくて手伝いでやってましたよ。台本書いたのは西野っす」

「西野か、あいつこんなこと出来たんだな。んで、その西野は?」

「なんか徹夜で台本仕上げたから寝てないとかで、授業が終わったらすぐ帰りましたよ。家で昼寝でもしてんじゃないですかね」

「ふっ、なるほどな。まぁ出席しているなら俺から言うことは何もないが、体調管理はしっかりするよう伝えておいてくれ」

「ういっす」

 飛騨は頷くと、何気なくクラス全体を見渡して、そこに美倉の姿が無いことに気付いた。先ほど見た配役では、ヒロインであるジュリエット役に美倉の名前が記されていたはずだが、その重要な役がこの場に居ないのはどういうことなのだろうか。

「ところで美倉が居ないようだが、ヒロインだろう? 何やってるんだ?」

「だから文芸部の方っすよ。文芸誌? だかなんだかを文化祭で出すらしくて、印刷とかをやるとか言ってましたよ。今日中に準備は全部終わるみたいっすけど、今日は来れないって聞いてます」

「なるほどそういうことか。しかし準備がいいな文芸部は。正直文化祭前に一番苦労する部活じゃないかと思っていたが、まさかもう全部終わっているとは流石だ。……よしわかった、こっちは問題なさそうだな」

 感心したように頷いて、飛騨はその場を離れる。

 次に向かったのは、机を囲んで10人弱の生徒がまとまって話をしている場所だった。

「お前らは何をやってるんだ?」

 ひょいと椅子に座った生徒の上から、机を覗き込む飛騨。

 4つほどが並べられた机の上では、2冊の台本と、1枚の大きな紙が置いてあった。大きな白い紙には、背景のものと思われるラフ画が2つほど描かれており、一人の生徒かそこにペンを走らせて枠を書き足していた。

 手元に影が出来たことで上から覗く人に気付いた生徒が、真っ直ぐに線を引いていた手を止めて、その顔を上げた。

「あ、先生。こんちわ。俺らは大道具ですよ」

「野村は大道具だったのか。ということは……」

 机を囲むメンツをぐるりと見渡した飛騨は、そこで少し頬を引きつらせる。

「野球部サッカー部バスケ部バレー部テニス部……、見事なまでに球技で固めたな。っていうかお前ら全員揃って2学期中間で数学の点数落としまくったメンツじゃないか。大道具って、背景の骨組みなんかの設計もあるんだろう? 大丈夫かこのグループ」

「大丈夫ですよ。なんとかなりますって」

「√2の2乗は?」

「4!」

「おいホントに大丈夫か!?」

 自信たっぷりに間違った答えを言う野村に、飛騨は思わず目を見開く。ビシッと差し出された右手から直立する4本指がこれほど恐ろしく見えたのは、飛騨が過ごした20余年の人生の中でも初めての経験だった。

 しかし流石にこれには他の生徒たちも総ツッコミである。

「え、間違ってる?」と当の野村はキョトンとした表情を浮かべているが、机を囲む生徒たちは「2だろ」「2に決まってんじゃん」とちょっとしたガヤのような勢いで口々に答えを言う。ところどころに混じる「3」とか「8」とかは聞こえなかったことにした。

 めまいを感じていた状態からなんとか復帰した飛騨は、引きつった顔で続ける。

「あー、野村、本当に大丈夫なんだな? 俺ちょっと不安になってきたんだが……」

「大丈夫です。いや大丈夫ですよ! 俺班長なんで、なんとかします!」

「野村班長かぁ……」

 飛騨は思わず、20枚ぐらいまとめて購入した宝くじが全部はずれだったときのような表情を浮かべてしまう。

 ただこの態度は教師としてどうなんだと自ら思い直して、頭を振った飛騨は平常心を取り戻した。

「ま、何かあったら俺や他の先生に言いに来い。大丈夫だとは思うがな」

「「はーい」」

「ほんと返事は良いよなぁ……」

 皆が一斉に手を上げて元気良く返事をするさまに、逆に飛騨はこめかみを押さえた。

 何やらごっそり体力が奪われた感覚がするものの、とりあえず教室に来た目的は一通り達成できたので、飛騨は気を取り直して教室のドアへと向かう。

 小道具や音響を担当しているらしき生徒が話し合いをしている様子も見えたが、そちらは生徒の顔を見て大丈夫だと判断できたので、特に声は掛けなかった。

 教室のドアの辺りで振り返って、飛騨は最後に一言を残して行く。

「それじゃ、みんな頑張れよ。何かあったら俺なり他の先生なりに言いに来ていいからな。俺のケータイ番号を知ってる生徒もいたはずだから、緊急ならそれを使ってもいい。まぁそんなところだ。いい舞台になるように応援してるぞ」

 視線を向けてきた数人の生徒に向かってそう告げて、飛騨は教室を出て行った。

「練習始めるよー!」という水城の声を背に、廊下を歩く飛騨は職員室へと向かう。

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