5:『設営班に決定』
飛鳥が校内の散歩にも空き始めた頃、ちょうど集合時間目前を告げるチャイムの音が響いた。
校舎に取り付けられた時計をぼんやりと眺めていた飛鳥は、その音に従い改めて多目的室に向かった。
「あんたどこに居たの?」
「暇だったからぶらついてた」
「ふ~ん」
辿り着いた多目的室で、既に席に着いていた泉美の隣に座る。
昨日と比べて少し内装が変わっているなと見てみれば、前の方に机が一つあった。後ろの机が一つ無くなっていたので、追加ではなく移動されたもののようだ。
「結局、今日どんなことするんだっけ?」
ポケットから四つ折りにした紙を取り出しながら、隣の泉美に尋ねる。
頬杖をついていた手で髪をかき上げた泉美は、横からひょいとそれを覗き込んだ。
「さあ、昨日は仕事の振り分けをするみたいなことを言ってたと思うけど……。でもそこに書いてるのって、結局みんな全部やらなきゃならないんじゃないの? 一応の役割分担はあるみたいだけど、本番でどうなるかは分からないんだし。臨時でいつでも来れるようにするために、クラスより実行委員を優先するようになってるなら、生徒会もそのつもりなんでしょ」
「そうするとあんまりどの仕事やりたいかは、考えとく意味もないってことか」
「ちなみにアスカはどれするつもりだったの?」
「別になんでも。体動かすか頭動かすかの違いでしかないし、各出し物の必要書類を集める仕事もあるみたいだけど、こっちはこっちでギリギリになって走り回る羽目になりそうだ。んー、これならクラス毎に実行委員の仕事を勝手に指定してくれた方が楽かもな」
当たり前と言えばそうだが、結局これといってやる気になるモノの無かった飛鳥はそう答えて、眺めていた紙を二つ折りにした。
テーブルにそれをぽいと放り出して、腕を組んだ飛鳥は前方に顔を向ける。ちょうどドアの窓から見えていた人影がその扉を開くところだった。
スライドドアを通って入って来たのは遥と隼斗だ。
遥は足を止めずに前の席に向かい、隼斗は後ろ手にドアを閉めてその後に続く。二人が他の生徒と向き合うように配置された前方の席につくと、おもむろに遥が口を開いた。
「さて、それじゃあ始めましょうか。隼斗、お願い」
隼斗は黙ってうなずくと、席を立って壁に取り付けられたモニタの前に立つ。壁に掛けられていたペンを手にとって、片手に持った一枚のメモを見ながらペンをモニタの上に走らせた。
「昨日配布したプリントに書いてあったものと同じなのだけど、実行委員がしなければならない仕事はこれだけあるの」
後ろは振り返らず、遥はタイミングだけで片手を後ろに差し向けた。
隼斗がすっと横に引くと、そこには飛鳥が二つ折りにして机に投げ出した紙に書かれていたものと同じ、いくつかの仕事内容ごとに分けた班名が書かれていた。
「確認はしてもらっていると思うから詳細を省くけれど、この中からそれぞれ自分が入りたい班を選んでほしいの」
それを聞いて、前の遥に気付かれないようにさりげなくプリントを手にとって再確認する飛鳥。
「アスカやっぱりちゃんと確認してなかったんだ」
「私語はつつしもう」
「あんたそんなキャラじゃないでしょ」
ジト目で呟く泉美の言葉はスルーして、飛鳥は手元のプリントに目を通そうとする。
その間にも、前の席の遥は話を進めてしまう。
「ただ、ここで選んでもらうのはあくまでメインで担当してもらう班の配属であって、選んだ班以外の仕事は一切しないということは無いから、あまり悩まず決めてもらった方が良いわね。それと連絡のとりやすさを考えて、同じクラスの人は同じ班に入るようにしてちょうだい。各班の定員は班名の下に書いてある通りだけど、とりあえずは気にしないで自分達の入りたい班の下に、学年とクラスを掻いてくれればいいわ。それじゃあまずはクラス毎に相談して、決まったところから記入してちょうだい」
遥の流れるような説明が終わると、あちこちからクラスメイト同士で相談をする声が散発的に上がり始め、部屋は途端に騒音に包まれる。
そういう選び方か、と遥の説明を噛み砕いていた飛鳥の隣から、必然音量の上がった声で泉美が訪ねてきた。
「あたし達はどの班にする?」
「そーだなぁ……」
チラリとモニタを窺った飛鳥は、顎に手を当てて小さく唸った。
それから1時間弱で、全ての班に実行委員の配属が決定した。
「設営班、か……」
モニタ上で整理された自身の名前を確認して、飛鳥は特に感慨もなさそうに頷いた。
「文化祭直前からの会場の設営と、当日の講堂なんかの規模の大きな設営が中心になるみたいね。あとは飾り付けとか、その買い出しってところね。終わった後の片付け……は皆でやることになるかな」
泉美が先ほど受けた班ごとの説明を思い出しながら、そう続ける。
「と言っても、直前の設営まではあんまり仕事が無いみたいだし、それまでずっと他の班の手伝いになるのかなぁ」
「それはどの班も一緒だろ? それに人数的に生徒会役員の居るクラスは人数二人ってことで、人数調整の関係で配属があんまり自由にならなかったし、多少は仕方ないだろう」
「そりゃそうだけどさ。……ま、肉体労働が嫌いなわけじゃないから別にいいんだけど」
元軍人というのがあってか、泉美は運動の能力に関してはクラスの中でもずば抜けている。体育では女子よりも、むしろ男子混じっている方が自然にすら見えそうなほどだ。
飛鳥は説明を受けている間に凝り固まった首をぐるりと回して言う。
「当日以降はまた別にやることがあるみたいだし、こりゃ本格的にオールマイティに手を出さなきゃならないっぽいな」
「当日以降は実行委員の代表何人かと生徒会役員の指示に従って、だっけ?」
「ああ。けど、それはその時に考えればいいだろ」
「だね。……当日も忙しそうだなぁ」
思わず口を突いて出たというような呟きを聞いて、飛鳥は横目に泉美を見つめた。
「…………」
彼女は7年前に中国へ行った1年後には、もう軍属のアークパイロットに選ばれてしまっていた。それ以降は普通の学校教育は受けられなかったというし、文化祭など人生で初めてなのだろう。
楽しみにしてだろうし、時間をかけていろいろとやりたいこともあったかもしれない。
飛鳥は視線を外して、ぼそっと呟いた。
「……悪かったな」
「ぷっ、何謝ってんのよ、らしくない。忙しいのも楽しそうじゃない」
キョトンとした表情を浮かべたあと、泉美は屈託の無い笑みを向けた。
「そうだな」
肩の力を抜いて、飛鳥は小さく笑いそう答える。
彼はそれ以上何も言わず、モニタの前から一歩退いた。ふと首を向けた先に、机の上に積んだ紙束を真剣な目で見つめる隼斗の姿を見止めた。
「よっ、何してんだ」
「あぁ、アスカ。いやなに、生徒会の方で書類整理を任せられていてね、これが意外と大変なんだ」
「お前がそう言うって相当だな。ま、枚数見りゃ分かるけど。つかデータでやれよ」
「予算関係だけでコレなんだよね。お金が絡むから判ないし署名が必要で、こうなってるのさ。他は基本データだよ? とはいえ紙媒体のほうが便利な時もあるから、一長一短だね」
40枚は無い程度だろうが、なかなかの物量に飛鳥は頬を引きつらせる。隼斗本人は平気そうな顔をしているが、一周回った空元気なのは飛鳥には見え見えだった。
「こりゃ生徒会に比べれば、実行委員もまだまだ楽な方だな」
「これでも会長主導で、かなり以前からこまめに進めた結果なんだよ? それでも2週間で、となるとこれぐらい集中してしまうんだ。来年からは準備期間をもう少し長くとったほうが良いかもね。定期試験とバッティングするから少し難しいけど」
「部活優先つっても、文化祭準備を2週間で終わらせようってのはやっぱきついよな。伊達の事情聞くに、今月末まで文化祭やられるとそれはそれで面倒みたいだが」
「1年生大会だっけ? 県大会も応援には行けなかったし、全国は応援に行きたいよね」
「お? なんだ、お前知ってたのか。教えてくれりゃよかったのに」
「……そうだね、忘れていたよ」
ちらっと飛鳥の隣を窺って、肩をすくめた隼斗はそう答えた。
伊達にも言われたことだが、あの時期は飛鳥も飛鳥で少し荒れていたのだ。それを考えて隼斗は飛鳥には伝えなかったのだろうが、この場では泉美に配慮して言わなかったということだ。
視線で事情を察したのか、飛鳥は特に言及しなかった。
「そういや、遥さんは? さっきまでいたはずだけど……」
「会長はいくつかの文化部の部長と展示場所とかで打ち合わせがあるから、さっき出て行ったよ」
「そっか。……なぁ隼斗、遥さんやっぱ元気ないよな?」
飛鳥は頷いて、腰をかがめると小声でそう尋ねた。隼斗は首肯する。
「……ああ。というかこれも、会長の手が回らない分が僕らに流れて来てるっていうのが本当のところなんだ。いつもなら僕らが手を出す前に、会長が一人で片付けてしまうようなことだから。実際、先月から始まっている準備ではずっとそんな風だったから」
お互い認識するところは同じなのか、遥の様子それ自体に具体的には言及しなくとも、隼斗が遥の心配をしていることは飛鳥にも伝わった。
伏し目がちな飛鳥に、隼斗は笑って告げる。
「でも大丈夫だよ。こういうときに会長を支えられるぐらい、僕ら生徒会は出来る方だから。……とはいえ、九十九副会長も最近様子がおかしかったりで大変なんだけどね。でもなんとかするさ」
「九十九先輩も……? なんかよくわかんねぇけど、面倒事は重なるもんだな」
「ああ、そういうわけだから、実行委員の飛鳥にも一層の頑張りを期待したいね」
「なんで名指しなんだよ……。安心しろ、自分から立候補しておいてサボったりは流石にしねぇよ。っと悪い、話し込んじまったな。んじゃあ頑張れよ」
「うん」
手を振る隼斗に背中を向けて、飛鳥は泉美と並んで多目的室を去って行った。