4:『部活所属の生徒の場合』
そして翌日のことである。
授業が終わり放課後を迎えた飛鳥は、中途半端に空いた時間をもてあまして、校舎の周りをうろうろしていた。
時間そのものは30分程度の空きなのだが、隼斗は生徒会で忙しいし、伊達や篠原は部活があるのだと授業が終わるなり教室を出て行ってしまったのだ。泉美も何やら他の女子生徒と話をしていて口を出せるような雰囲気ではなく、ぼっち化してしまった飛鳥なのだった。
「ヒマダー」
無意味に顎を突き出して、無駄に片言で呟きながらてけてけとアテもなく歩き続けていると、いつの間にかグラウンドの辺りまで来ていた。
まだクラスでの活動が本格的に始まっていないところが多いのか、グラウンドでは運動部の生徒たちが練習を行っている。
部活の文化祭での出し物はあったりなかったりということらしいので、活動しているのは少なくとも今は文化祭に向けての活動が無い生徒たちなのだろう。
飛鳥は普段から放課後はすぐに同好会の部屋を経由して研究所に行ってばかりなので、こうして部活動に励む生徒達を見るのは久しぶりだったりする。
星印学園は部活動が活発だということだが、こうして見る分には特別活発に活動をしているようには見えない。だが実際に活動している飛鳥の知り合いからは不満を聞かないので、人数がやや少なめなことを除けば環境はよいのだろう。
特にすることもないので、ぼんやりとその様子を眺めながら歩いていると、休憩中だったらしいサッカー部の部員と目があった。
「おー、星野ー!」
片手を上げて飛鳥を呼びとめたのは、彼のクラスメイトの男子だった。その隣に居る生徒に心当たりはないが、同学年のサッカー部員だろうと当たりをつけて、飛鳥はそちらへと足を向けた。
「よう。部活、休憩か?」
「ああ、そうだよ。星野は何やってたんだ?」
「俺? 実行委員の会議か何かで集まらなきゃいけないんだけど、集合時間までまだ時間があってさ。暇だからちょっとぶらついてたんだ」
自分があるいてきた方向を振り返って、飛鳥はそう答えた。見ても、3階建の校舎があるばかりだが。
「そういや星野って文化祭の実行委員だっけ。どんなことやんの?」
「まぁいろいろだよいろいろ。細かい役割は今日の会議で決定するらしいけど、大体は生徒会の指示に従って動くだけだろ?」
「そう、なのか? それは俺に聞かれても知らないけど」
「そりゃそうだ」
肩をすくめて軽い調子で答えて、制服のポケットに4つ折りで突っ込んでいる紙切れに手を触れる。
昨日の集まりで生徒会の女子生徒から手渡されたものだが、中身は軽く確認した程度でしっかりと読んではいない。データ整理やクラス毎の展示場所の振り分け等の概要だけしか覚えてない辺り、飛鳥がどれだけ適当な読み方をしたかは窺えるだろう。
ただ今日の会議で特に当日の役割などが決まるらしいので、あまり細かく確認して覚えてくる必要などないだろうとも考えていた。こうして一応ながらもプリントを持って行くのは、そのとき確認できるようにするためである。
「あれ、アスカこんなところで何してんだ?」
ポケットの中身に意識を向けていた飛鳥は、その声に顔を上げた。
そこに居たのは、陸上部のユニフォームを身にまとった伊達だった。
彼も休憩時間なのかと思った飛鳥だったが、汗一つかいていないところを見るに、まだ活動が始まる前なのかもしれない。
「実行委員の集まりまでまだ少し時間があるから暇つぶしにうろうろしてたらこいつらに会って、少し話してたんだよ。伊達はまだ部活始まってないのか?」
「俺はウォーミングアップだけ別の場所でやってこっちきたところ。今から部活だ」
伊達は校舎裏とグラウンドの方を順に指さしながらそう説明した。
「そういや伊達、運動部って文化祭の日は何するんだ? 見る限りじゃ、特に変なことしてる部活もなさそうだけど」
「変なことってまた適当な……」
実行委員らしからぬ言葉選びに呆れた表情になりながらも、伊達は真面目に答える。
「他はどうだかは知らないけど、陸上部は当日に模擬店やるぐらいで他には何もやらないな。っていうか、他の部活もそんなもんだと思うけどなぁ」
言いながら、サッカー部の二人を窺う伊達だったが、二人は揃って首を横に振った。
「いや、俺達はそれだけじゃないぜ? そりゃ賑やかしに屋台ぐらいはやるけど、どっちかって言うとメインは1日目にやる部内紅白戦の方だ」
「そうそう。屋台はフランクフルトとか部長が言ってたけど、そっちは基本2年生が進めてるからあんまりよく知らないや。当日までにはいろいろ手順も教えてくれると思うけど、やっぱりクラスでの活動がしばらくは中心になるっぽいな。あぁ、そういや野球部は公開練習するとかって言ってた気がする」
「それもう体育祭でやれよ」
「確かに体育祭のほうがそれっぽいけど、そっちはそういうイベントじゃないだろ」
思わず指摘してしまった飛鳥に、伊達が冷静にツッコミを入れた。
そもそもサッカー部に紅白戦が出来るほどの人数がいたことに失礼ながら驚きはしたものの、まずそれは横に置いておいて。
伊達の言葉は聞き流しながら、飛鳥は顎に手を当ててふと思案する。
「どっちも聞く限りでは、模擬店はともかく、事前に練習とかはあんまりいらない奴になるのか。まぁここから先はクラス中心だっつってたし、当たり前ではあるのか。陸上部が無いのはなんだ、見てても面白くないからか?」
「嫌な言い方すんなアスカ……。でも意外と他の部活はいろいろやるんだな。陸上部はたぶんアレだ、来月1年生大会の全国大会があるから、そっちに集中するためだと思う。テスト期間の結構ぎりぎりまで普通に練習してたし、文化祭関係で大したことやる余裕は無かったからな。面白くないとかそういうんじゃねぇよ」
「睨むな睨むな悪かったよ」
ギロリと鋭い眼光で射抜いてくる伊達に、飛鳥はたじろいだ様子で答えた。
しかし、と彼は続ける。
「もう全国大会か。そういや県大会は終わったんだっけ? 地区大会は知ってるけど、そっちは記憶にないんだが……」
「ああ、終わったよ。俺の他にも個人で1人、団体で1チームが参加する事になってる。……ほら、県大会があったのは本郷が転入してきて少しの頃だったから、なんとなくお前もちょっと荒れてただろ。だから言わなかったんだ」
「荒れてたって、俺が?」
「なんかイライラした空気出してたぜ? 自覚なかったのかもしれないけどさ。ま、真後ろの席であんな態度とられりゃ気持ちは分からないでもないけど」
まさか自分までそんな風になっていたとは思わなかったため、思わず微妙な表情になる飛鳥。
そんな彼の態度には気付いた様子もなく、サッカー部のクラスメイトがこう続いた。
「あー、本郷さんなぁ。最初すっげぇ話し掛け辛かったよな。でも最近急に明るくなったじゃん。あれなんかあったのかなぁ?」
「あった……まぁいろいろだよ、いろいろ」
「なんで星野が知ってんだよ。つかお前と委員長だけやたら絡んでたよな。委員長は分かるけど、お前もしかして同じ元々知り合いだったりとかそういうのあるの?」
「……いや、まぁ、いろいろ?」
「答える気ねぇだろ」
「うっせ」
けっ、と割り込んできた伊達の方に顎を突き出して、鬱陶しそうな顔をする飛鳥。文字通りいろいろと人に言えない事情のある関係なので、深く突っ込んでほしくは無いのだ。
伝わったのか伝わっていないのか、伊達は文句もなく押し黙った。
「そういやお前ら付き合ってんの?」
急にそんなことを尋ねたのは、サッカー部のクラスメイトだ。
「はぁ? 誰と誰が?」
「星野と本郷さん、付き合ってんの?」
「んなわけあっかい」
呆れた様子で答えて、飛鳥はふんと鼻を鳴らす。
彼はこれで遥一筋なのだ。同級生の余計なゴシップのネタにされたくは無かった。
そこで、これまで全く話に入れなかったもう一人のサッカー部の生徒が口を開いた。
「本郷って、あの2学期からお前らのクラスに来た転入生だっけ? 美人なんだってな」
同じくサッカー部の、飛鳥のクラスメイトの方の生徒が「そうそう」と頷く。
「最初はみんなのことシカト気味だったけど、最近になって急にちゃんと話せるようになってさ。そんで男子からの評価すっげぇ上がって、かなりモテるようにもなったみたいだぜ。ま、もともと美人だってそこそこ話題には上がってたからな」
「また現金な……。でも、モテるようにまでなってるのか? そんな風には感じなかったけど」
「付き合いたいとかまで思ってる奴はいないみたいだから、そのせいだろ。そこまで思ってるのは篠原ぐらいじゃないか?」
「えー、あいつこそ本気で思ってねーよ。あいつの惚れたは最近のマイブームとかそんなレベルに決まってる」
篠原の軽薄そうな顔立ちを思い浮かべながら、飛鳥は即座に否定した。割とよくつるんでいるし気も合う相手なのだが、それとこれとはまた別の話なのである。
クラスメイトは快活に笑うと、話を続けた。
「はははっ。まぁ篠原は何考えてるかよく分からないからともかく、本郷さんはなぁ。怒らせたら怖そうとかで、みんな告ったりまで行かないみたいだ」
「それただのヘタレじゃねぇか」
「いやぁ、目が合うだけで舌打ちされてたアスカのこと見てたからじゃねぇの、皆?」
「む…………」
伊達がぼそっとつぶやいた言葉に、日々ストレスを溜め続けていた期間のことを思い出して、飛鳥は顔をしかめて不満げに唇を突き出した。
はぁ、とため息をついて、飛鳥は一方的に話を変える。
「あーあーあーあーもういいやもういい。つかお前らいつまで駄弁ってんだよ、さっさと練習戻れよ」
「うわこいつ逃げたぞ」
「おい露骨過ぎだろ」
「これはひどいな」
「うっせぇよお前ら! ちっ……、おーいサッカー部ゥ!! こいつらサボってんぞーッ!!」
舌打ちの直後に手で口を囲った飛鳥が、大声でグラウンドに向けて叫ぶ。
いざ練習を始めようとしていた矢先のサッカー部員たちの視線が一斉に集まって、サッカー部の二人は即座に顔を蒼くした。
「ばっか止めろ星野お前!……やべぇ副部長超こっち睨んでるっ、行くぞ!」
「お、おう! ちくしょー星野、よく知らないけど恨むからな!」
「へっ、よく知らないなら煽ってんじゃねぇやい」
捨て台詞には唾吐くフリで返して、飛鳥は口の端を釣り上げるという悪物っぽい笑みを浮かべる。
その態度を見て、伊達が脱力したように肩を落とした。
「アスカ、もうちょっと手段選ぼうぜ」
「あん? ああほら、俺不器用だから」
「ははは一回死んだ方が良いなお前」
「お前は言葉を選べよ!」
キッと睨みつける飛鳥に、伊達はいつぞや見たような近所のお兄ちゃんスマイルで返す。
だが数秒と経たずして、二人はふっと肩の力を抜いて噴き出した。
この程度の悪口もどきで本気で怒ることなどない。ただのじゃれあいと互いが認識できるからこその、飛鳥と伊達の関係なのだ。
伊達はその場で背中を向けて、ひらりと片手を振った。
「そんじゃ、俺ももう部活の方に戻るよ」
「ああ。……そだ、伊達」
「うん?」
呼び止められた伊達が、踏み出しかけた2歩目を引っ込めて振り返った。飛鳥は視線を伊達ではなくグラウンドの方に向けて、指で頬を掻きながら続ける。
「その、県大会のときは悪かったな。ごちゃごちゃしてて、応援にも行けなくてさ」
「いやいいよ。そのおかげかはわかんねぇけど、また美倉が応援に来てくれたからな」
「そうかい、それならいいや。……全国大会、頑張れよ。今度は俺も応援に行く」
「ああ、サンキュー。ただまぁ、とりあえずは2週間後の文化祭だぜ。お前も実行委員がんばれよ、アスカ」
「おうよ。んじゃな」
再び背を向ける伊達に対し、飛鳥は軽く手を薙いでそれを横目に見送った。
秋を感じる微かに冷気を孕んだ風が、グラウンドわきを歩く飛鳥を包みこむ。
校舎につけられた時計を見上げてポツリと呟く。
「もう少し時間潰してから、委員会の方行くか」
風に任せて向きを変え、飛鳥は再びあてもなく歩き始めた。