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アークライセンス  作者: 植伊 蒼
第6部‐彼と彼女の心の距離は‐
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1:『星印学園文化祭! の、準備』

 中間試験前に飛鳥達のクラス担任である飛騨が宣言した通り、11月になった今、星印学園は文化祭の時期を迎えていた。

 当然それに先駆けて文化祭の準備があるわけだが、飛鳥達のクラスではそれについてのホームルームが行われていた。


「じゃあ、俺がやるよ」

 そう言って、上げていた手を机に押し付けた伊達が椅子から立ち上がった。

 教壇の上に立っていた美倉が小さく頷く。

「……殊勝なこって」

 机の上、両腕で作った枕に頭を乗せていた飛鳥が、片目でその様子を眺めながら無感情に呟いた。

「伊達っていつもあんな感じじゃなかった?」

 彼の後ろで小声で言ったのは泉美だった。

 ホームルーム特有のだらけた空気感の中でも、一人背筋をぴんと伸ばして席に座っている。

「まぁな」

 それとは対照的にだらけた態度のまま、飛鳥は気だるげに答えた。

 もともと飛鳥は真面目に授業を受けるような性格ではないし、ホームルームなどほとんど全部寝ているのが基本であるほどだ。連絡があっても、終わってから隼斗にでも聞けばいいという雑な考え方をしている。

 飛鳥のやる気の無い態度に嘆息して、泉美はそっと教壇へ意識を向けた。

 教卓の奥にはクラス委員である美倉と、今しがた席から立ち上がった伊達の姿があった。

 二人を見て、教壇の傍らに立っていた飛騨が口を開いた。

「よし。それじゃ他の生徒も異論はなさそうだから、このクラスの文化祭準備のリーダーはクラス委員の美倉と、あとは伊達ということでいこうか」

 言いながらぐるりと教室を見渡した飛騨は、クラス全員の表情を確認して満足そうに頷き…………かけたところで、ふと視線を一点に固定した。

「おい星野、寝るのは俺が前に居る時だけにしろ」

「寝てんの俺だけじゃねーじゃん……」

 ボソッと不満げに呟きつつ、のそのそと飛鳥は身体を起こして「うぃーっす」と適当に返事をする。

「……今のいろいろおかしくない?」

「つまんない自虐ネタはスルーでいいんだよ」

 後ろから怪訝な表情で言う泉美だったが、飛鳥は振り返ることもなく適当にそう答えた。相変わらず担任の事は嫌いな奴なのだ。

 そんな飛鳥の発言が聞こえているのかいないのか、飛騨は改めてクラスを見渡した。

「さっきも言った通り、文化祭は今日から2週間と少し後にある。かなり急だが、この期間は部活動よりもクラス毎、部活ごとの文化祭に向けた準備を優先するって決まりもあるから、なんとかなると思う。というか部活の方では試験前から、文化祭で行うことは決めるようにと連絡があったはずだし、俺が聞く分には、ほぼどの部活も何を行うか決まっているらしいな。……だったよな、伊達?」

「え? ああ、たぶんそうっすね。ウチの部長もなんか言ってました。俺がいない時の話だった気がするけど」

 唐突に尋ねられた伊達は一瞬首を傾げて、曖昧に頷きながら答えた。

 陸上部は何をするかは決まっているらしい。飛騨の言葉通りなら、他の部活もそうなのだろう。

「というわけで、基本はクラス準備が中心になるだろうな。運動部は大半が屋台と1つイベントをするかしないかってところだったはずだから、むしろ文化部の方がここから先は忙しいかもしれないな。そういう生徒を中心に動かす場合はよく考えることだ。ま、準備の管理自体はお前たち次第だし、代表は前の二人だからクラス全体でうまくサポートしてやることだな」

 はーい、という間延びした返事を聞き流して、飛騨は満足げに腕を組んだ。

 基本はこの学校、生徒の自主性を重んじるという今となっては珍しくもない教育スタンスを通している。ただ単なる放任主義というわけではないのは、次の質問に対する飛騨の回答からも窺えるだろう。

「ねー先生、文化祭って2週間後でしょ? なんか準備期間が短い気がするんだけど、どうしてなんですか?」

「そこはほら、この学校は部活動の優先度はかなり高めに設定されてるからな。テストなんかも極力そっちに負担をかけないようになっているし、それはわかるだろう? 文化祭準備ってのはまばらに人が取られがちになるから、特に団体競技を行う部活に負担が大きい。それを何ヶ月もダラダラやるとなると、試合なんかに影響もでてくるからな。そうなるぐらいなら短い期間でも、しっかり切り替えて全力で挑むのがベストだということになったんだよ。大変だろうが、そこは学校側も生徒側も互いに妥協するポイントだと思ってくれ」

「わかりました」

 質問を投げかけた女子生徒は、不満を抱いた様子もなく頷いて返した。

 何か他に質問はないか、と飛騨は視線でクラスに尋ねかける。最近飛鳥もよく関わるようになった男子生徒の一人、篠原佑介シノハラユウスケがひょいと手を上げた。

「先生、理由は分かったけど、でも2週間じゃあ大したこと出来る気がしないんだけど。ほら、買い物の領収書の処理だとかで時間かかったりもするし、キツくない?」

「ああ、それに関しては心配するな。生徒会は3カ月ほど前から入念に準備を進めてくれていてな。生徒会と教員側との協議の結果、買い物等の清算処理に関しては文化祭が終わった後に一括で行うように決まった。そこで不要な購入物かどうかのチェックは入るが、文化祭準備に必要なものなら予算内で自由に揃えてくれて結構だ。これに関しては生徒会長に感謝だな、お前ら」

 おー、という声があちこちで上がって、まばらだがパチパチという拍手の音も聞こえた。相変わらずと言えば相変わらずなのだが、やはり生徒会長である月見遥は有能なのだった。

「…………」

 ふと、その遥の顔を思い浮かべて、飛鳥は顔を伏せた。

 オーストラリア遠征から戻ったすぐの時に、アストラルを解析して得られたデータの中にあった『Third Eve』という人間の遺伝子情報。そしてそれを人の形に再現した結果現れた遥と瓜二つのモデルを見て以来、遥はどこか元気が無い様子だったのだ。

 当然だ。古代文明が作ったオーパーツに、自分とまるで同じな人間の遺伝子が記録されていたなら、誰だってそれをすぐには理解できないし、理解したとしてショックはぬぐえないだろう。

 数日たった今でこそそれまで通りの気丈な振る舞いを見せてはいるが、ふとした拍子にその表情に陰が差すのを飛鳥は何度も見ていた。

 俯いて考え込む飛鳥をよそに、担任の声が教室に響く。

「あと、ここからは土曜日授業は無くなるのと、休日は文化祭までに2回あること、そして文化祭直前の2日間は授業が休みで準備に当てられることになっているから、合計6日間はフルに活動できると考えていい。ほぼ全員が参加できるだろうし、なんとかなるだろ?」

「うっわテキトー……」

「なんか言ったか星野」

「言った言った。手間がかかるのは人手でなんとかできるとして、単純にどうしたって時間がかかるのは無理だってことですよね? 意外とできること限られてるんじゃ?」

 飛鳥の質問に、飛騨はあごに手を当てて少し考えた後、組んでいた腕を軽く振って答える。

「とは言え予算はある程度自由になるし、後で確認してもらえばいいがそれなりの額もある。大丈夫だと思うがな。まぁ細かいことは生徒会から別に説明があるだろう。……ん、そうだ、一つ忘れていた」

 そう言うなり手元のタブレットに視線を落として、それを操作しつつ飛騨は続ける。

「今回は各クラスから3人ずつ文化祭の実行委員を選出する事になってるんだ。ただこのクラスには生徒会役員の久坂がいるから、久坂を含めて3人、つまりは2人の実行委員を選出しなきゃならん」

「先生、その実行委員は何をするんですか?」

「会場設営を主とした準備全般だな。ただ期間も短いし、ほとんど出ずっぱりになるだろう。当然生徒会が中心になって運営はすることになっているが、恐らくクラスの方にはあまり顔を出せなくなるだろうな。大変だろうが、やりがいはあると思うぞ。このホームルームが終わるまでに決めてほしいんだが、せっかくだからそれもクラス代表の二人に仕切ってもらおうか。美倉、伊達、任せられるな?」

 美倉の質問に答えた後、飛騨はそう尋ねた。

「あーい」

「はい」

 教壇の二人はそれぞれ返事を返して、教卓の前に並んだ。ズラッと並んだクラスの生徒の方に向きあって、まず口を開いたのは美倉だった。

「それじゃあ言われた通り、これから文化祭の実行委員を決めようと思います。うーんと、まずは立候補を取ります。きっと忙しいと思うけど、やりたいって人はいますか?」

 途端ざわざわとあちこちで話声が上がる。

 美倉は端から端へと視線を回してみるも、誰ひとりとして自分から手を上げようとする生徒はいなかった。

「どうしようかな」と悩んだフリをする生徒もいれば、迷わず「お前やれよと」近くの生徒に押し付け始める生徒もいる。先に飛騨が言った通り文化部の人間はやや大変な部分もあるだろうが、このクラスに限らず学園の過半数の生徒は運動部所属だ。である以上、ここで率先して動かない人間のほとんどは時間的余裕のある生徒のはずだ。

 困り顔になる美倉をよそに、教室に響くガヤは止まる気配を見せない。任せると宣言したからか飛騨は腕を組んだまま黙っているし、これは少し収拾がつかなさそうだった。

「…………」

 飛鳥としては正直どうでもいいことなのだが、後ろに座っている泉美の何か言いたげにそわそわしている様子が、振り返らずとも伝わってきて微妙に鬱陶しい。

 チッ、と舌打ちした飛鳥が口を開こうとしたところで、教壇の伊達がパンパンと手を叩いた。

「はいはい、お前らちょっと静かにしろって。運動部の連中は時間に余裕あるだろ? 部活で何かやるときがあったとして少しは配慮されるだろうし、無理ではないだろ。やろうって奴いねぇのか?」

 伊達がうまくフォローしたことで、一旦は場が収まったものの、騒ぐ声が無くなっただけで手を上げる生徒はいなかった。

 しかめっ面になる教壇の伊達を見て、飛鳥は二本指で首をガリガリと掻きつつため息をついた。

 忙しいと先に宣言された上に、クラス準備にも出づらいとなれば、飛鳥にもやりたくない気持ちはわからないでもない。というか面倒くさがりの飛鳥だ、そこは人一倍感じるところである。

 教室はやけに静かで、身じろぎする生徒すら少ない。わざとらしく窓の外を眺める者もいれば、視線だけをあちこちに彷徨わせている者もいる。

 二度深く息を吐いた飛鳥は、呆れ顔で片手をひょいと掲げた。

「はぁ」

「…………」

「…………」

「……………………」

「おい伊達、シカトしてんじゃねーよ!」

 せっかく手を上げたにもかかわらず無反応の伊達に、飛鳥は思わず掲げているのと逆の手で机をバシンと叩いた。

 明らかに見えていたはずの伊達が、やっと焦点を飛鳥に合わせた。

「……っ!? あ、アスカ? え、はっ!? お前やんの?」

「なんか文句あんのかよ」

「いや、ない、けど……」

 困惑した表情の伊達。クラスもちょっとざわついていた。

 飛鳥はどうやら、こういうことで自分から手を上げるような奴には全く思えないらしい。失礼なことだが、これも日頃の行いのせいである。

 伊達は怪訝な表情で続ける。

「でも忙しいって話だぞ? お前本当にちゃんとやるのか?」

「やるよ。俺どうせ部活入ってねーし、準備はともかく当日の2日間が暇になりそうだからな。あとクラス準備なんて俺が真面目に休日まで顔出すと思うか?」

「思わん」

「即答すんな」

 自分から振っておいて、文句ありという表情をする飛鳥。

「……まぁいいけど。そういうわけだから、俺がやるよ」

 まだ少し疑った態度を表に出していた伊達だったが、飛鳥と2,3度視線を交わして、やっと納得したように頷いた。

「オッケー、それじゃあ実行委員のまず一人目はアスカってことで。ウチのクラスからはあと一人だけど、他にやりたいって奴いるか? 最悪くじ引きにしてもいいと思ってるけど」

 手っ取り早く最終手段で牽制をかける伊達。一瞬ピリッとした緊張感が教室を駆け抜けた。

(どんだけ嫌なんだよ……)

 クラス中で牽制し合うような妙な敵意が飛び交い始めて、これには飛鳥も思わず引きつった笑みを浮かべる。

 ふとそこで、飛鳥は後ろのそわそわが再発しているのに気がついた。

 それとなく後方に意識を向けて、飛鳥はその表情を緩めた。

 もう一度その手を高く掲げ、教壇の二人の注意がそちらに向くなり、親指を立てて後ろの席を指し示した。

「こいつでいいんじゃね?」

「ちょ――」

 面食らったのは当の泉美だ。

 唐突な飛鳥からの指名に何かを言おうとしたところで、教卓の奥から美倉が探るように声をかけた。

「あの、本郷さん。実行委員になってもらえるの?」

「え、と…………」

 泉美にクラスの視線が集まる中、彼女は不安げにキョロキョロと周りを見渡す。

 だがそれもすぐに止めて、意を決したように芯の通った声で答える。

「うん、いいよ。あたしも部活入ってないし、他の人より時間はあると思う。あたしで、いいよね?」

「大丈夫だよ、本郷さん。ありがとう!」

「別にそんな……」

 恥ずかしげに視線を反らす泉美だったが、面倒事を背負い込んだにしては晴れた顔をしていた。

 飛鳥が肩越しに口の端を釣り上げる様を見て、泉美はべっと舌を出す。

 思わず鼻で笑ってしまった飛鳥の足を机越しにガシガシ蹴りながら、泉美は改めて赤面気味の顔を前に向けた。

 しつこく足の裏につま先をぶつけられるが、それもまるで痛くはなかったので、適当に無視して飛鳥も前も向く。

「っ…………」

 ふと鋭い視線を感じた飛鳥がそちらに注意を向けると、机に肘をついたしかめっ面の女子の姿が目に入った。よく見れば、視線は飛鳥ではなく泉美の方に向けられているように感じた。

(あいつ……、水城か)

 ぼんやりとしていたクラスメイトの名前を思い出すが、直後に伊達の声が響いた。

「よし! それじゃ、このクラスの実行委員は飛鳥と本郷さんってことで決定だな。二人とも頑張ってくれよ、あと隼斗もな」

「ああ」

 飛鳥の席からは少し離れた所に座っていた、生徒会書記の隼斗はこくりと頷いた。飛鳥も適当に片手を緩く振る。

 実行委員が決定したのを確認した飛騨が、もたれかかっていた教室の扉から背中を離した。

「決定したみたいだな。早速で悪いんだが、星野と本郷はこの時間が終わったら2階の多目的室に行ってくれ。生徒会から連絡があるらしい。……っと、ちょうど鳴ったな」

 飛騨の言葉の途中で授業一枠の終了を告げるチャイムが鳴った。

「それじゃあ二人は任せた。他の生徒はクラスの出し物について話し合いだ。当たり前だがさっさと決めた方が後で楽だからな」

 担任の連絡は聞き流しつつ、飛鳥はおもむろに席から立ち上がる。背中を伸ばして関節で小気味よい音を立てると、後ろの席に視線を向ける。

「そんじゃあ行くか、泉美」

「そうね」

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