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アークライセンス  作者: 植伊 蒼
第5部-Bluff and Brave-
137/259

after 意思は矛盾を抱えていた

 テスト休みが明けた星印学園の放課後は、それまでよりもいくらか活気があるように感じられた。

 テスト期間に溜まった鬱憤でも晴らそうとしているのか、有り余るバイタルを無駄に消費した生徒達が廊下を突っ走っていく。

 ただそんな生徒たちがいるのは、1,2年生の教室がある2階と3階くらいのもので、まだ使う者の居ない1階はずいぶん静かなものだった。

 その一角、まだ使われていない、実質空き教室のようになった3年生の教室の隣に、この学校の生徒会室があった。

 今日は生徒会の活動が無いため、本来は誰もいないはずのその部屋。そこに副会長である九十九一の姿があった。

 生徒会長の遥も書記の隼斗も、今は同好会の活動の方に参加しており、その他のメンバーに関してもこの部屋には居ない。

「……相変わらず、隣の部屋には誰もいないようですが」

 聞く者の居ない狭い部屋で、九十九は一人そう呟く。

 その視線は部屋の壁、正確にはその向こうにある古代技術研究会の活動場所へと向けられていた。

 わざわざ部屋を確認するまでもなく、その向こうに人がいる気配は無い。それもいつものことだった。

 一部屋にとどまるのではなく、外へ足を運ぶという姿勢は一見評価に値するが、それだけではないことぐらいはわかりきっている。

 情報は足で稼ぐものというのは確かに正しいのだが、この時代、いくらなんでも頻度が高すぎるのだ。

 九十九がその全容を把握しているわけではないが、名前以上の何かに関わっていることぐらいは分かっていた。

 今は3年生もいないことから、生徒会室の周囲は常に人通りもまばらだ。

 それもあって、活動をしている同好会の部屋に人がいないという状況に気付いているもの自体ほぼいない。

 九十九とて、こうして非活動日にも事務作業のためにわざわざ生徒会活動をしていなければ、気付くことではなかっただろう。

「まぁ今日は、そういうことを考えるつもりがあったわけではありませんが……」

 九十九はひとり言を呟くと、作業を行っていたデータを読み込み専用に設定して、カード型のメモリへと移す。

 1秒と掛からず作業が終わると、彼は使用していたタブレット端末をそのままに、メモリ持って席を立った。

 アナログな方法で鍵を閉めて、必要なデータを渡すために職員室へと向かう。

 今日の彼の仕事はそれだけだった。

 それにしたって本来は明日やる予定のもので、負担を分散させるためにこうして一部の作業を今日に回しているのだ。


 会長である遥が何かと多忙にしているために、副会長という立場上それをサポートする必要があっての工夫だったのだが、そのおかげでいろいろと気付けたことがある。

 彼の幼馴染である一葉は、一度不登校になりかけた事があった。

 遥にやや強引に同好会の活動に誘われ、そこで何かが起こったのだと彼は把握している。

 トラウマになるような何らかの事態があったのだろう、以来彼女たちが言葉を交わすことはほとんど無かったのだ。

 一葉は時折おびえるような目を浮かべるようになり、それ以前より目に見えて口数が減っていた。遥にしても、彼女の側から一葉に話しかけようとするそぶりを見せなくなった。

 しかしここ数ヶ月の内に関係を回復させたことは見て取れる。何より一葉の表情が明るくなったことと、彼女らの間の距離が縮まったことに表れていた。

 もともと最初の学力試験でワンツーフィニッシュだった遥と九十九は、何かと話す機会が多かった。というよりその試験から生徒会長となった遥に副会長就任を要請され、九十九がそれを断り続けていたという事実がある。

 ともかく、そんな彼と一葉とが幼馴染であったことから、遥と一葉もクラスではよく話していたのだ。

 同性ということもあったからか、遥はむしろ九十九よりも一葉と仲良くしていた印象がある。

 その矢先の出来事だったのだ。

 彼の知らない場所で、彼には分からない事が起こり、そして一葉に何かトラウマのようなものが植え付けられた。

 その後の態度を見れば、遥が何かしら関わっていた事は明白である。

 だが遥も、あまつさえ一葉すら彼にその事情を打ち明けようとはしなかった。

 ――何かがある。

 そう確信した九十九は、それまで断り続けていた副会長就任の要請を受けた。

 一葉を巻き込んだ事態とは何なのか。そして彼女の身に何が起こったのか。

 それを、関わったであろう遥に近づくことで調べようとしたのだ。

 だが所詮はいざこざレベルに過ぎないと心のどこかで思っていた彼は、生徒会副会長となったことで、教師の不自然な行動に気付くことになる。

 連鎖的に広がっていく不自然さの奥に、この学園はそもそもただの私立高校ではないという一つの可能性までもが浮かびあがった。

 そして彼は、古代兵器という耳にすることになる。

 ありとあらゆる手段で調べ上げた結果現れたそれに、九十九は尋常な事態ではない事を確信した。

 得られた知識をフルに活用してさらにその情報網を広げた結果、生徒間のいざこざどころか一国家の枠組みにすら収まりきらない事態であることを知る。

 しかし正直なところでは、彼はそのことについてさほど興味は無かったのだ。

 ただ一葉を、この学園に在籍する多くの一般生徒たちを危険に晒すまいとの想いから、彼はどこまでも深く深く真相へと迫り続けていた。

 生徒会副会長という柔和な男の面も、そのための小道具にすぎない。

 元来の攻撃的な性格を仮面の下に隠し、生徒からも教師からも信頼される一人の好青年を、彼は今も演じていた。


「……おや?」

 教師へ事務データを届け終えた九十九は、生徒会室へと続く廊下でふと足を止めた。

 これからタブレットの回収をして帰ろうとしていたその部屋の前で、一人の女生徒が立っていたからだ。

 訪ねるべきか否か、迷っているように見えた。

「どうかしましたか?」

 九十九は彼女に歩み寄って、そう尋ねた。

「……あ、副会長さん」

 ドアをノックしようと片手を上げた姿勢のまま、彼女は声の方を振り返る。

 見覚えのある顔だった。

「君は……確か、星野君がいるクラスのクラス委員の……」

「美倉由紀です」

 そう言って、彼女はぺこりと頭を下げた。

 九十九は頷いて返すと、生徒会室の扉にチラリと視線を向けてこう言った。

「それで、生徒会に何か御用ですか? 今日は生徒会はお休みなので、できることは限られていますが」

 美倉は視線を左右にさまよわせると、小さく深呼吸して答える。

「少し、相談したいことがあるんです」

「相談、ですか」

 意外な答えに九十九は驚いた表情を浮かべたが、すぐにいつもの穏やかな表情に戻る。

 学園の生徒の相談を受けるというのも、生徒会の立派な仕事だろう。

「ではこんなところで立ち話もなんですから、入ってください」

 彼はそう言って、ポケットから取り出した鍵を使って部屋のドアを開けて中へと入った。

「失礼します」

 あまりここへは来たことが無いのか、落ち着かない様子の美倉がそれに続く。

 初めはいつも自分が使っている席に腰掛けると、美倉が立っていた場所から近いところの椅子を手で指し示した。

「どうぞ、座ってください」

「……ありがとうございます」

 再び軽く頭を下げて美倉がそこに座った。

「落ち着きませんか?」

「あ、いえ、大丈夫です」

 キョロキョロと周囲を見渡していたいた美倉だったが、九十九に尋ねられるとすぐに首を横に振る。

 それが嘘なのは分かりきっていたが、特別追求する必要の無いことだった。

 九十九は机の上で手を組んで、さっそく本題へと入る。

「相談というのは、何でしょうか?」

 美倉はまたしても視線をさまよわせたが、やがて意を決したように口を開いた。

「私のクラスに、その……クラスに馴染めなかった子がいて」

「馴染めなかった?……というと、今はもう大丈夫だということですか?」

「えと、たぶん、大丈夫だと思います」

「ふむ……?」

 妙な言い回しに、九十九はふと首を傾げる。

 一体何が問題なのだろうと思っていると、美倉が言い辛そうにしながらも続けた。

「私はクラス委員だから、本当はあの子の事も私が解決しなきゃいけなかったと思うんです」

「……はい」

「だけどこの1ヶ月の間、私は何もできなくかったんです。なのに今日学校に来た時、その子がこれまでずっと皆に冷たくしていたことを謝ってきて……」

「君の知らないところでその子の心境が変わった、ということですか」

「はい。……そしてそのために、クラスの男子の一人が頑張って説得をしたって聞いたんです」

「つまりその男子生徒が、クラスになじめなかった子の問題を解決した、と?」

 その質問に美倉が頷いたことで、九十九は余計に混乱してしまう。

 何か彼女が問題視している部分を見誤っているのではないだろうか、と考え始めたところで、美倉が呟くような声で言った。

「クラス委員なのに何もできなくて、それどころか相談すらしてもらえなくて……。なのに私が何も知らないところで、いつも間にか解決しちゃってたんです」

「……なるほど」

 そこでやっと、九十九は美倉の言いたいことを理解した。

「それ以前にも、クラスの子が何か危険な事に関わってるって知ってたのに、何も事情を話してもらえなかったり……。私、クラス委員としてちゃんと出来ているのか、すごく不安で……」

「だから、相談に来た、と」

 美倉はこくりと頷く。

「そうですか。……しかし、危険な事に関わっている生徒とは?」

「ごめんなさい、その、名前までは……」

「……ああ、いいですよ。言えませんよね、そんなこと」

 わざわざ生徒会に来る辺り教師に相談し辛い事情でも有ったのだろうと考えていた九十九は、そこで納得して追及はしなかった。

 教師なら立場上、今の言葉には追求せざるを得ないだろう。だとするならこのことは、生徒会の人間である九十九は聞き流してあげるべきだと考えたからだ。

「では、クラスに馴染めなかったという子が誰かは……言えませんか?」

 美倉は三度視線をさまよわせると、蚊の鳴くような声で答えた。

「……転入生の、本郷泉美さんです」

「本郷、泉美…………あの子か……」

 スッ、と九十九の目が一瞬だけ細められる。

 本郷泉美。元中国の軍人で、1か月前に転入してきた女生徒だ。

(なるほど。まぁあれなら、周りになじめるわけもないか。…………だが、これはチャンスかもしれないな)

 そもそも元軍人が経歴を隠して転入してくるという事態が既に特殊なものだ。本郷泉美が転入してきた背景には謎が多い。

 九十九も可能な限り調べを進めているが、その背景は未だ掴めない。

 穏和な表情を貼り直した九十九は、俯き加減の少女を見つめる。

 目の前に居る彼女から持ちかけられたこの相談は、あるいはこの先を知るために利用できるかもしれない。

 そういう風に考えた。

 仮面の下で不穏な笑みを浮かべ、九十九は続きの言葉を待つのだった。

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