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アークライセンス  作者: 植伊 蒼
第5部-Bluff and Brave-
132/259

4章『これまでの彼女、これからの彼ら』:2

「アーク絡みのことはさ」

 再び沈黙が下りた二人の間に、おもむろに口を開いた泉美の声が響いた。

「向こうでは、結構キツかったんだ。中国はアークの研究開始が遅かった分、他の国との差を強く意識してたから、技術云々より即戦力としてアークの力を求めてたの」

「話してくれるのか?」

「少しだけ」

 今はまだ全部は話せない、と泉美は言う。

 何か事情があることは明白だったが、この時ばかりは飛鳥も無理に聞きだそうとはしなかった。話せるところだけでも話そうという、泉美の意思を尊重したのだ。

「だからあたしにホライゾンへの適正があるのが分かった時点で、家族を人質に取られて軍に入れられた。家族には、何だったかな、人材育成のために国の特別な教育機関で教育を受けることになったとか、そんな風に説明されてたっけ。……機密だからって、自分が本当はどこで何をしているのかも、家族には伝えられなかったわ」

「……家族には会えてたのか」

「一応ね。でも年に1回だけ。それに会えたって、ありもしない学校生活の思い出を笑顔で話さなきゃならなかったから、どっちかって言うとしんどかったわ。助けてくれって、それさえ言えなかったから」

 アークに関わってから辿って来た6年もの日々を思い出しながら、泉美は静かに語る。

「だからあたしにとってアークはそういう物で、アーク研究はそういうものだったの。日本に戻れるチャンスを手に入れた時も、無理矢理軍人をやらされるのから解放されるってだけで、結局アークに関わり続けなきゃいけないってことは分かってたのよ。それでも少しはマシになるかなって思ったから」

「そうか。だけど、東洞は……」

「わかってる。研究の方法も、これまで得られた研究の結果も、研究者達がどういう風に研究に向き合っているのかも全部聞いたもの。だから大丈夫なんだっていうことは、少なくとも頭では分かってる」

 彼女が落ち着いた様子で紡ぐ言葉を聞き届けて、飛鳥は口元を緩ませた。

「そっか、ならいいんだ。……いやさ、お前がアーク研究の関係者のこと嫌ってるとか飛騨に聞いてたから、ちょっと気になってたんだ」

「え、飛騨? それって、あの担任の?」

「おう。あいつアーク研究の関係者だって、知ってるだろ?」

「それは知ってるけど……」

 飛鳥の問いに、泉美は歯切れ悪く答える。視線を泳がせるという彼女らしくない態度を取ると、言い辛そうに続けた。

「あたしだって研究関係者にはもうそんなに抵抗ないんだけど、でも飛騨先生は……なんか苦手なんだよね、単純に」

「単純に苦手って……」

 やや想像の斜め下辺りの回答に飛鳥も思わず引きつった笑みを浮かべる。もっと深刻な何かだと思っていたら、意外にもただの感情論だったのだ。

「確かに俺もあいつ苦手だから分からんでもないけど、流石にちょっと飛騨が気の毒だな……」

「アスカも苦手なんだ?」

「ああ。なんつーの? なんかべたべたして来るっつーか、妙に距離感が近いっつーか、あの感じがすげぇ苦手。つーかもういっそ気持ち悪い」

「酷い言いようね……。だけどなんか分かるなぁそれ」

 ここぞとばかりにボロカスに言った飛鳥だが、意外にも泉美はそれに共感を示した。どうやら彼女が飛騨を苦手だという理由も似たようなものだったらしい。

 しかしそうなるとアーク研究の関係者が避けられていたとかではなく、単純に飛騨が避けられていたということになるのだろうか。飛騨に関しては少し不憫だが、今後も関わっていくより他にないアーク研究自体を嫌っているよりは、いくらかでも状況は楽である。

 飛鳥がほっと胸をなでおろしたところで、泉美が静かにこう言った。

「でも、学校の他の生徒とかは別よ」

「……え?」

 戸惑った表情を浮かべる飛鳥に、泉美は固い決意の視線を向ける。

「たとえどう扱っていたとしても、アークはアーク。結果的に関わることになってしまったあたしやアスカみたいな人ならともかく、他の皆をあたし達の事情に巻き込むことは、あたしは絶対に認められない。……あんたにだってアークに関わってほしくなんてなかった。ううん、ホントは今すぐにだってあんたには研究から離れてほしいぐらい。今だって少しずつ情勢は変わってきている以上、今後どうなるかだって分からないわ」

「あぁ、言いたいことは分かる。だけど俺だって何もできないわけじゃない」

「わかってるわ。今日アスカと一緒に戦って、あんたの力は理解できた。でも頭で理解してても、やっぱり嫌なのよ。あたしが経験したような事がこれからのあたし達に振りかかるとするなら、そこにアスカや他の誰がいるのは……あたしは……」

「泉美……」

 唇を震わせて口を閉じてしまった泉美に、飛鳥はかける言葉が見つからなかった。

(そういう、ことだったのか……)

 泉美がクラスの人間を避けるようにしていたのは、アーク研究に他の生徒を巻き込みたくなかったという一心からだったのだろう。

 やり方は不器用だったが、それでも飛鳥達のクラスでは泉美に関わろうとする他の生徒はもうほとんどいない。深く関わる相手など一人も居ないような現状では、泉美の普段の行動からアーク研究の存在が露見する事も、そこから無関係な生徒を巻き込むこともなくなるだろう。

 飛鳥や隼斗が普通にクラスメイトと過ごしている限りそれが完全に無くなるわけではないだろうが、少しでも可能性を減らす目的ならば正しい判断だと言える。

 だが、それは、

(そのために泉美一人を苦しめていたとして、それが本当に正しいって言えるのか?)

 飛鳥の疑念は、結局のところそこへ行きつく。

 詳しいことは聞けずじまいだが、何も分からない子供の時に無理矢理アークのパイロットに登録され、軍人として扱われた過去を泉美が辛い思い出だと思っているならば、そこから離れた今の彼女は救われているべきではないのか。

 国がどうだ戦争がどうだなどとくだらない理由を掲げて、ただの子供に力と責任の重みを押しつけるような行為と、見知ったばかりの誰かを巻き込みたくないがために、自分一人に苦しさを押し込めようとしている泉美の行動は何が違うというのか。

 そんな方法でしか守れないようなもののために、彼女が今も苦しんでいるとするならば、本当にそれは間違っていないのか。

 そんなことは、自問するまでもなかった。

 彼の目指すものは何か。そのためにすべきことは何か。

(ここで泉美の意思を尊重して、かわいそうな一人を見捨てて楽しく愉快にやっていけるようなクソッタレなら、それはもう俺じゃない)

 飛鳥は口を閉ざしたまま瞑目する。

 泉美の意思を理解し、その覚悟を理解し、その上で飛鳥は静かに口を開いた。

「俺、ヒーローになるのが夢なんだ」

 ぽつりと呟くような飛鳥の告白を、泉美は茫然と聞き届けていた。

「その夢を持ったのにハッキリした理由があるわけでもないけど、それでもガキの頃から変わらず今も同じ夢を掲げてるんだ。馬鹿みたいに思われるし、この話する度に子供かって毎回言われてるけど、それでもな」

「…………」

「でもさ、そうは言っても俺なんてそれこそどこにでも居るような人間で、俺にしか出来ないことなんてまず無い。触れずにスプーンを曲げれるわけでも、ましてや空を飛べるわけでもない。俺に他の誰かには無い特別な部分があるとするなら、たぶんコレ一つだ」

 飛鳥はすっと右手を掲げ、その手の甲を泉美に向ける。意識を集中させ指先に力を込めれば、その手にアストラルのコードが浮かび上がる。

「俺がアークと関わり続ける理由ってのはそれなんだよ。だからきっと、俺にとってのアークの定義は泉美とは違うんだと思う。捨てたくない夢があって、アークは俺に力を貸してくれる。俺にとって、アストラルはチャンスなんだ。俺が夢に手を伸ばすことのできるチャンスそのものなんだよ。……兵器だってことぐらい分かってるし、そういう風に扱ってる奴らが居ることだって知ってる。その上で俺はこの夢のために、アークと向き合い続けると決めたんだ」

「……それ、言葉が先行してるよ」

「かもしれないな。だけどそれで俺が足を止めない理由になるなら、今の俺には十分だ。……結局さ、俺はそれぐらいには本気なんだよ、このヒーローって夢に」

 掲げていた右手を下ろして、強い意志を込めた目で泉美をまっすぐ見据える。

 揺るがない決意を言葉ではなくその目で示した。

「だから俺はお前のやり方を認めない。お前の言う方法で皆を巻き込まずに済んだとして、それで苦しんでるたった一人のお前を見て見ぬふりすんのはヒーローなんかじゃない。そんなクソッタレになるなんて俺は死んでも御免だ」

「だったら、だったらどうするって言うのよ。こんな立場にいながら、いつか危険に巻き込んでしまうような場所に友達をおけって言うの!?」

「そうだよ」

「なっ……」

 怒りすらにじませた泉美の叫びを、あろうことか飛鳥はきっぱりと肯定した。言葉を失いながらも拳を強く握りしめる泉美に相対してなお、彼はその視線を揺るがせることは無かった。

「嫌だって言ったんだよ俺は。皆って奴のためにお前が犠牲になって、それで救われないお前はその皆には含まれないのかよ。俺にとって泉美は、傷ついてほしくない皆の中には入らないのかよ。そんなわけあるか! 苦しい事に慣れんなよ……。お前だって救われてなきゃ、何のために苦しんでるのかすら分からなくなるだろ」

「そんな自分の勝手のために、皆を巻き込めって言うの? それこそ冗談じゃないわ。あたしが過ごしたような日々に他の誰かを引っ張り込んだら、もしそうなったら一体どうして責任なんて取れるのよ!」

「だったら守ればいいだろうが! そんなこともできないのかよ、お前の力は! 俺の力は!」

 握りしめた拳を突き出して、飛鳥は迷いなく強く答える。

「アークはただの兵器でしかないとか、そんなわけないだろ。危険に巻き込まれて傷ついてる誰かがいるなら、自分の持ってる全部を吐きだしてでも全力で守り抜けばいいだけじゃないか。アークはそれができる力なんだ! たとえ巻き込んでも、それでも全部守り抜く意思と強さを持てるなら、悲しませたくない皆の中に自分を入れたっていいだろう? 泉美がそこに居たっていいじゃないか」

「だけどあたしは、そうやって嘘をついて皆の中に居るのは……」

「それの何が悪いんだよ。それで一緒に居られることの何が悪いんだ。嘘さえ言えずにお前ひとりだけが傷つくことは、そんなに正しいことなのか?……違う、違うに決まってるだろ! なんだって全部お前ひとりに押し付けなきゃならないんだ!」

「ならあんた一人でいいよ。アスカが分かっててくれるならあたしはそれでいいから――」

「ふっざけんな! そんな半端な慰めで、俺は6年お前を苦しめたんだぞ!……もう見送ることしかできなかった俺じゃないんだ。そうやってどうしようも無かったなんて諦められる俺じゃないんだ」

 歯を食いしばり、腹の底から心の内からとめどなく溢れる後悔の念を必死に押しとどめる。息が詰まって、喉が引きつって、噛み合わない歯がカチカチと鳴った。それでも涙だけは見せるものかと、強く強く拳を握る。

「お前にできないなら、俺がやる。俺達が巻き込んでしまった全部を、俺がこの手で守ってみせる。……だから泉美、もうこれ以上、お前一人だけ背中を向けるのはやめてくれ。救われたいと思ってくれよ! お願いだ、この手を取ってくれ…………」

 2歩分の距離で飛鳥はその右手を伸ばす。

 決して彼一人では届かない距離で、指先を潮風が撫でる。

「いいの、かな……。皆にそれを押しつけることになるだけなのに……」

「いいんだよ、頼ったって。一つや二つの嘘があったって、きっとみんな俺達を受け入れてくれる。苦しいなら頼ればいいんだ。それぐらい許されるはずだって、俺が保証するから」

 空へ伸ばされた指先が、小さなぬくもりに包まれた。

「…………うん」

 触れた手を、飛鳥は握った。

「やっとだな。……おかえり、泉美」

「……ただいま、ね」

 泉美の手が、それを握り返した。



「で、いつまでそうしてるんだ?」

「そう、って………………………………はっ!?」

 泉美は首を傾げたあと、その視線を下へずらす。

 そこにはもうすっかり力を緩めた飛鳥の手をがっちり握ったままだった、自身の細い手があった。

 たぶん1分弱は経っている。

「えいっ」

 飛び交う蚊でも追い払うようなぞんざいさで、泉美は伸ばしていた右手をブンと振り回し、ついでに握っていた飛鳥の手を放り投げた。

 ひゅんと勢いよく放りだされた飛鳥の右手の甲が、べちんと手すりにぶち当たる。

「あいたッ!?」

 ごいーん、と手すりが間抜けな効果音を響かせて、同時に飛鳥が右手を押さえてうずくまる。

 すぐさまターンして背中を向けた泉美に、飛鳥は恨みのこもった視線を向けた。

「うぐぉ…………お、おま、何しやがる!」

「う、うっさい、黙れセクハラ男!」

「どの口が言ってんだパワハラ女!」

 互いに右手を逆の手で握ったまま、顔を合わせることも無く暴言を投げ合う。

 眉間にしわを寄せたまま「うぬぬぬぬぬ」などと唸っていた飛鳥だったが、数秒経ったところでふと肩の力を抜いた。そのままどさりと座り込んで手すりに背中を預ける。

「クラスのことは、あたしも頑張ってみる」

 背中を向けたまま、泉美はそう呟く。

「おう」

 か細い声だったが、飛鳥にはちゃんと聞こえていた。

「今から、うまくできるかはわかんないけど…………あ、あんたのいうことは、その……し、信じてあげる!」

 言うだけ言って、泉美はその場からダッシュで船内への扉へと行ってしまった。

「あっ、おい、泉美?」

 飛鳥が慌てて手を伸ばした時にはもう、扉の向こうに泉美が消えたあとだった。

 バタン、と遅れて扉が閉まる。

「はぁ、せわしないっつーか、可愛げがないっつーか……」

 飛鳥は苦笑して、伸ばしていた手を天へ向けた。

 親指と中指を重ねて、空高くから光を落とす太陽にかざす。

「ま、一歩前進ってトコかな」

 乾いた音が、広い海原に響き渡った。


「……やっぱ二歩ぐらいか?」

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