3章『Bluff and Brave』:5
武器をラックに戻し、両手を上げて降伏の意を示すナチュラルを見つけて、飛鳥達も一旦緊張の糸を緩めた。
機能を完全に停止して海面に片膝をつくようにしているクランブルの傍に、ナチュラルは静かに寄り添う。
数秒後、コックピットからテレポートした一人の女性が、クランブルの肩に足をつけた。
「やっぱり女か……」
『……あんた何言ってんの?』
「おいそのジト目が透けて見えるような声やめろ、変な意味じゃねぇから」
一応最初に声が聞こえた時点で女性だろうなとは思っていた飛鳥だったが、アークの翻訳によって吐き出される言葉がどれもこれも野蛮というか粗っぽかったため、実は男だったりするんじゃないだろうかとちょっと自信が無かったのだ。
とはいえ、正直相手の性別などこの状況に何の関係も無いわけだが、それはそれである。
現れた女性は黒いタンクトップにベージュのニッカポッカを身につけていた。それだけならとび職か何かに見えるのだが、ビーチサンダルらしき足元や首元に引っ掛けられたライダーゴーグルが妙にイロモノっぽい雰囲気を醸し出している。
茶色の短めの髪を首元で適当に絞った彼女は、釣り目気味の眼をチラリと横へ向けた。
フォン、と小さな音が鳴り、停止したクランブルの隣にいたナチュラルの肩に、淡い光に包まれた少年が現れた。少年は現れるなり、被っていた灰色パーカーのフードを取り払った。
ふわふわとした金色の髪と青みがかった瞳、そして中性的な顔立ちと、隣の女性と性別を入れ替えたほうが良いんじゃないだろうかとさえ思える容姿の少年だった。
「やっほー、お二人さん。少し出てきて話せるかい?」
ぱたぱたと手を振りながら、タンクトップの女性がそう言った。
「やっぱ、これ以上の戦闘の意思はないっぽいな」
『そうね。武器らしきものを持ってる風もないし、一応は大丈夫みたいね』
「みたいだな。よし、出してくれ、アストラル」
コア付近に寄せた手の上に、テレポートをして外に出る。ホライゾンからも泉美が出てきた。
飛鳥は船にいた時と同じ服装だったが、泉美は一体どのタイミングで着替えたのか、初めてホライゾンから現れた時と同じ、黒いライダースーツのような服を纏っていた。
「前から気になってたんだけどお前そのカッコなんなんだ?」
「ただの戦闘服よ」
「ただのってなんだよただのって……」
飛鳥が脱力して肩を落とすも、泉美はまるで気にした様子もない。
まぁいいか、と気を取り直して、前方で機体に腰掛けている女性と普通に立っている少年に目を向ける。
こちらの注意が向いたのに気付いて、タンクトップの女性がビシッと自分を親指で指した。
「とりあえず自己紹介ぐらいはさせてもらおうか、ウチはカミラ=キャンベル。んでこっちのひょろいのがラクラン=オスカー=ウッドだ」
「ひょろいは余計だよ、シー姉」
女性の言葉に、となりの少年が何事かを言い返した。
「やっぱ聞き取りづらいな……」
名を名乗ったということ、女性側の名前がカミラ、少年がラクランだというのは飛鳥にもわかったが、いかんせんオーストラリア英語はアメリカ英語とは発音やらで異なる部分が多く、やや聞き取り辛かった。
「ならこれ使えば?」
飛鳥が困ったように眉を寄せていると、泉美がぽいと黒い小さな機械を投げてきた。
落さないように両手でキャッチした飛鳥の手の中には、耳に引っ掛けるタイプのイヤホンらしきものが収まっていた。
着けろということなのだろうと解釈して、飛鳥はそれを耳に引っ掛けながら尋ねる。
「何これ?」
「アークの翻訳機能をVNAT経由で音声出力してんのよ」
「ってことはこいつはただのイヤホンか」
飛鳥は引っ掛けたイヤホンの位置を軽く調整しながら、視線を再びカミラとラクランに向ける。
目があったカミラは、軽く頷くと、ピッピッと自身とラクランを交互に指さしながら改めて話を続けた。
「言うまでもないがどっちもライセンス所有者ね。ウチがクランブルで、ラッキーがそこのナチュラルのパイロットをしてる」
ラッキーというのは、ラクランという少年の愛称か何かだろう。戦闘開始前にも大きな声で呼んでいたような気もしたので、まず間違いないと飛鳥は結論する。
しかしホライゾンの翻訳機を経由して送られてくる音声なのだが、特にアストラルのそれと差異はなく普通に日本語だった。
飛鳥も自分を指でさしながら、口を開いた。
「俺は星野飛鳥、このアストラルのパイロットをやってる。んでこっちが……」
「本郷泉美よ。見ての通りホライゾンのパイロット」
続く泉美の言葉に、カミラは大きく頷いた。隣のラクランも小刻みに何度か頷いてみせる。
泉美は腰に手を当てると、やや鋭い目つきで二人を見据えた。
「それで、何の目的があって襲ってきたわけ? 勝てると思ってなかったのは聞こえてたけど」
泉美がそう言うと、ラクランはふと俯いて顎に手を当てた。
「やはり……ホライゾンの能力は読心系の……」
「んー、なるほど、ラッキーの読みは当たっていたわけか」
どうやら向こうは向こうでこちらの能力を読み解いて対策をしていたらしい。ナチュラルとクランブルが密に連携を取るようになった辺りで、おおかたの見当はつけていたのだろう。
ホライゾンの能力は基本的に対象一人を設定して使用するものであり、つまり相手が二人いた場合は一方に読心能力を使用しているともう一方の思考を読むことはできないのだ。今回の戦闘ではそういった弱点というか制約を攻められたという形になる。
とはいえ今はそれほど重要な問題ではない。カミラは少し迷った様子を見せてから、泉美の質問に答えた。
「まぁ、なんだ。腕試しって言ったら許してくれるかなん?」
「う、腕試し……?」
まるで予想していなかった回答に、飛鳥はぽかんと口を開けた。泉美もばかばかしいと言わんばかりに両手を広げる。
そんな二人の態度に、カミラは渋い表情を作った。
「ウチもいろいろあるんだって言っても、この場じゃ言い訳にしかならないか。さてどうしたもんかね」
「……いろいろないでしょ、シー姉。もう適当言うのはやめて、素直に謝りなよ」
「おーん、上から目線かぁ。なんだか今日のラッキーは反抗的じゃ――」
「撃つよ?」
「………………」
背筋が凍るような笑顔で言い放つラクランに、カミラは喋る途中で口を開いたままピタリと停止した。
パントマイムをしている土方の女は放っておいて、ラクランはくるりと飛鳥達の方を振り返った。
「……カミラの言っている通り、本当にただの腕試しのつもりだったんです。ごめんなさい」
「はぁ、いやまぁ謝らなくてもいいけどさ。でも何で?」
「ありがとうございます。……いえ、軍事開発ということでいずれにしても模擬戦闘を提案させていただくつもりではあったんですけど、なんていうか、そこのカミラがそれじゃ本気じゃないって言って……」
「なるほど、それで奇襲を仕掛ければこっちも本気で戦うだろうと思ったってことか」
「……すみません」
肩を縮めて謝るラクラン。実際の年齢は分からないが、年下に見えることもあって、こうも恐縮されると逆にこっちが申し訳なくなってしまう。飛鳥は困ったように眉を寄せる。
とそこに、バーニングが船の方からゆっくりとやって来た。
「おっと、隼斗か。どうしたんだ?」
『会長がこっちで話を聞きたいって言ってたからさ。えっと、そちらの二人、僕たちの船に来てもらえますか?』
バーニングのスピーカーから聞こえる英語の音声を聞いて、一時停止していたカミラはぶんぶんと腕を大きく振りまわす。そしてピョンと飛び跳ねると、機能を停止したクランブルからナチュラルの肩へと飛び乗った。
飛鳥は横目でちらりとバーニングの方を窺った。
戦闘行動をしたわけではないが、バーニングの褐色の装甲にはところどころ傷が付いていた。
「……ボロボロだな」
『それほどでもないさ。ただ流れ弾は身体で止めるしかなかったからね、被弾はしてしまうよ』
「わりぃ、迷惑掛けちまったな」
『そうでもない。僕の方だって戦闘には参加できなかったから、アスカ達には苦労をかけてしまったし。それに比べたら僕なんて楽な方さ』
隼斗はそう言うが、飛鳥達が戦闘をしている間ずっと流れ弾が来ないかに意識を集中させ続け、いざ飛んできたら身体を張って止めなければならないというのはかなり大変なことだろう。
「サンキュ、隼斗」
『どういたしまして。それとお疲れ様、泉美さんも』
「ええ、あなたもお疲れ」
『うん、ありがとう。……じゃあ二人とも、適当に船に戻ってね。面倒な話はこっちでするから、ゆっくり休んで』
隼斗の言葉を受けて飛鳥達は頷く。
「「了解」」
ふと重なった声に、飛鳥と泉美は顔を見合わせてくすりと笑った。