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アークライセンス  作者: 植伊 蒼
第5部-Bluff and Brave-
128/259

3章『Bluff and Brave』:3

『あんた……どうして……』

 立ちふさがるアストラルの背中に、泉美戸惑いの表情を浮かべる。

 音声だけの通信だが、表情が目に浮かぶような声音に、飛鳥はふっと肩の力を抜いた。

「今更聞くかよ、そんなこと」

『あたしは邪魔すんなって言った! あんたに! だ、から、あたしは…………』

「だから、なんだよ?」

『っ、だから、あんたは何やってんのって言ってるのよ!』

「見りゃ分かんだろ。それとも、これも邪魔だったか?」

『邪魔じゃ……ないけど…………』

 文句にはあえて軽口で返した飛鳥だったが、泉美の対応はどれも尻すぼみだった。結局のところ、危機的状況だったことは間違いないのだ。

 肩越しに背後を伺えば、ホライゾンの左脚部と右肩部から微かだか煙が上がっている。左脚部は開戦そうそうにナチュラルから一発もらったことが原因だとして、右肩のスラスターのダメージは恐らくつい先ほどのクランブルと戦闘のせいだろう。

 致命的なダメージを避けているのは流石だが、やはり損傷を抱えたままクランブルのようなガチガチの格闘機体と近距離戦闘を行うのは無理があったらしい。高機動高耐久のクランブルとは、そもそも相性の悪さもあっただろう。

 飛鳥もやはり何を言われようが近くを離れるべきではなかったと反省するが、それはもう後の祭りだ。

 眼下の二機は警戒しているのかこちらには向かってこない。爆装してでもホライゾンの援護にきたアストラルの姿は相応のインパクトを与えたのかもしれない。ともかく、今は少しだけ余裕があった。

 腕に走る痛みはやや穏やかになったものの、それでも気を抜くと針で刺すような鋭い痛みに意識を引っ張られてしまう。

 このままのコンディションで戦闘を続けるのはやや不安がある。飛鳥は深呼吸を繰り返して、腕を駆け廻る疑似痛覚の痛みを少しずつ溶かしていく。

 その最中にも、泉美は納得しきれない気持ちを呟くように吐き出していた。

『でも、あたしは助けようとしてるあんたに邪魔だって言って、それに武器まで向けたのに、なのにどうして……』

「それでも助けたいと思った。それだけだ」

『……意味分かんないわよ。……なんで、どうして!』

「だから、それが俺のやり方なんだよ」

 ニヤリと笑みさえ浮かべて、飛鳥はそう言い切った。

「お節介だろうさ、それは承知だ。鬱陶しいだろうさ、それも承知だ。だけど俺はやると決めた。そこにお前の理屈はない。あるのは俺の意思一つだ」

『勝手な言い草……。あんた、やっぱりバカだよ』

「何とでも言いやがれ、自覚してないとでも思ったかバーカ」

『うっざ……』

 馬鹿にされつつ馬鹿にし返すという小学生並みの反撃に、泉美は思いきり顔をしかめた。

 飛鳥もなんだかいろいろとタガが外れているなと自覚はしていたが、このハイに振りきれた状態が腕の痛みを忘れるにはちょうど良かった。

 眼下の敵に動きはまだない。警戒しているのか、あるいはこちらの行動開始を単に待っているだけか。

(爆装したフォトンブレードはもう使えねぇ。言いかえれば、高速戦闘でのアストラルの攻撃力が大幅に減ったっつーことだ。このまま切り込んでも、削り負けてこっちが機能停止に追い込まれちまう。かといってナチュラルの援護がある以上、下手な射撃戦を続けたところでこっちが不利。となれば、方法は一つか……)

 フォトンライフルを強く握ったアストラルは、その場でスッと構えを取る。

「泉美、力を貸してくれ。俺一人じゃあいつらには勝てない。だけど二人で協力すればなんとかなるかもしれない」

『…………』

「どうせプラズマバズーカ以外まともなダメージを与えられないんじゃ、撃ち合ったって意味はない。……だから俺が前に出て敵を引きつける。その隙にお前があいつらを狙撃するんだ」

『……嫌よ』

「っ、まだなんか文句あんのかよ!」

 この期に及んで否定の言葉を選んだ泉美に、さしもの飛鳥も苛立った声を上げた。

 確かに今の彼らは、さあ仲直りしましょうなどというような関係ではないが、この状況で反目していられる訳でもない。だというのに、飛鳥の提案を泉美はそう断ったのだ。

『わかるのよ。……痛覚接続を強めたせい? 理由なんて興味ないけど、あんたビビってるじゃない。そんな奴に戦わせられるわけないでしょ。引っ込んでて、あたしが一人で片付けるから』

「なっ……」

 読心能力でも使ったのか、泉美は飛鳥の内心を明確に指摘した。途端、忘れかけていた痛みが疼くようにその存在感を示しだした。

 嫌な熱を感じる両腕。それでも飛鳥は「へっ」と笑い飛ばした。

「ビビってるわけねーだろ、余裕だよ余裕」

『嘘つかないで。あたしに分からないわけないでしょ?』

「だから大丈夫だっつってんだろ」

『しつこい、ホライゾンの能力は「読心」なの。だから――』

「俺がそう言ってるんだ」

 しつこく否定を重ねる泉美に、飛鳥は真正面からそう答えた。強い意志のこもった飛鳥の言葉に、泉美は思わず口を閉ざしてしまう。

 ふと訪れた沈黙の中、飛鳥は呟くような声で話し始めた。

「泉美、お前言ったよな。嘘は嫌いだって。……わかるよ、その気持ちは。だけどそれ無しじゃやってけない時ぐらいあるってこと、お前にだって分かるだろ。全部正直になんて無理だってことぐらい分かるだろ」

『何よ、今そんな話関係――』

「嘘の一つぐらい言わせろっつってんだ。強がりの一つぐらい言わせろっつってんだ。じゃなきゃどうにもならないから……、だからそうやってこれまでずっとやってきたんだよ、俺は!」

『だったら何よ、あんたが怖がってるのは本当じゃない。あんたの大丈夫って言葉がただの嘘だってことも事実じゃない! そんなのに戦えなんて……言えるわけないでしょ!』

「……ああ。ホントはお前の言う通りだ、俺はビビってるよ。……さっきから腕超いてぇし、脚も肩もズキズキするし、これ以上はごめんだって思ってるさ! でもそれが何だよ! 全部正直に話して、怖いって言って、逃げて、それで何ができる!? できやしねぇよ俺には! ただの嘘でも、ただの強がりでも、それでもなんとかしなきゃいけない時だってあるんだよ! だから俺は大丈夫だって言ったんだ! 今! そうしなきゃいけないからだ!」

『アスカ……』

「俺のことが信用できないってんならそれでもいい。でも今は、今だけは……」

 ずっと背中を向けていたアストラルは、そこでホライゾンと向き合う。飛鳥はただ胸を張って、その拳を強く握った。

「この俺の強がりを信じてくれ!!」

『……………………』

 長い沈黙があったようだ。あるいは1秒にも満たないのかもしれないが、泉美は一つの結論に至るまでに、数えきれないほどの迷いや不安と向き合っていた。

 彼女の嫌う嘘を受け入れろと、飛鳥はそう言ったのだ。迷いがあって当然だった。嫌悪や不安だってあった。

 静寂の中で、ホライゾンは動く。

 狙撃銃を上に向けて銃身に手を添え、そしてアストラルの隣について背中を向けた。

『ならその強がり、本物だって示してよ』

「……当然」

 アストラルもホライゾンに背中を向け、並び立つ。

 背中合わせ。それこそが、戦場で彼らが示す信頼の証だった。


「さぁて、そうと決まればぶっ潰すだけだ。……まぁ、敵の能力すら分かってねぇけどさ」

 早速肩すかしな事を言う飛鳥だったが、泉美は冷静に答える。

『クランブルの能力が粉砕、ナチュラルの能力が再生よ』

「分かってたのかよ、だったらもっと早く……まぁいい、詳細は?」

 あくまでこちらから明確なアクションがあるまでは警戒に徹するつもりなのか、あるいはあちらはあちらで算段を立てているのか。いずれにしても動く気配の無い眼下の二機を鋭く見据えながら、二人は続ける。

『粉砕は、接触した物体の粒子結合を強制的に引き剥がす能力。アマツバメを軽くはじいたのは、単に重光子が崩壊してエネルギー化する前に、重光子同士を分散させて威力効率を低下させたからだと思うわ』

「威力自体を消してるんじゃない。粒子結合、……そうか、プラズマバズーカでひるんでいたのはそういうことか」

 アストラルが何度かクランブルをプラズマバズーカで撃った時も、受けとめたクランブルは大きく姿勢を崩していた。アマツバメを受けとめた時とは対応が大きく違っている。

 ホライゾンのグレネードは単純に威力不足な面があったとしても、アマツバメは相当高威力の武器だ。だがそれは能力で衝撃を逃がすことができていたのだ。

 しかし単なる熱エネルギーの塊であるプラズマバズーカはそうはならない。着弾時に解放された爆圧を、クランブルの能力では逃がすことができなかったということ。

『ええ。攻撃面では単純に装甲の耐性を無視して削ったり、フレーム接触時に強い負荷を与えるとかだと思う。ただ、能力が適用されるのはあのドリルが回転している時だけのはずよ』

「当たるとヤバそうな武器が、当たるとヤバい武器になったってだけか。再生能力の方は?」

『単純に装甲とかを再生させる能力。詳しくは分からないけど、機体のニュートラルな状態から失われた物を高速で補填する能力だとすれば……』

「……なるほど、あのふざけた弾数はそういうトリックか」

 確かにそう考えればつじつまは合う。

 あの無尽蔵にあるかと思えるほどの大量のミサイル攻撃。ミサイル一つ一つのサイズこそやや小さめだったが、それでもナチュラルの背中の武装ユニットに収まるような量ではなかった。実際は残弾を大量に用意していたのではなく、発射するたびに新たにミサイルそのものを再生させていたのだ。

「だとすれば攻撃するのも無駄撃ちを誘うのも無意味か。なら狙うべきは……」

『クランブル。幸い向こうから前に出てくるし、ナチュラルから引き離して一気にたたみかければ、いくら高耐久でも凌ぎきれないはず』

「重要なのはこっちの火力か。だけど見ての通りフォトンブレードはもう無いぜ」

『こっちもグレネードが残り3発で対潜ミサイルが1セット、デュアルサブマシンガンは残弾60%よ。状況的にリロードも見込めないし、クランブル相手だとダメージにならない』

「こっちもダメージ源はプラズマバズーカ一択だ。だとしたら……」

『チャンスは一度、そこに全火力を集中するしかない』

 かなりシビアな条件設定だが、現状それ以外に方法が無い。機動力からしてクランブルの方がナチュラルよりも上なのだ。無理にナチュラルを攻撃しても、クランブルの援護が入れば仕切り直しになる。結果的にターゲットはクランブルになるし、そうである以上はある程度の火力が必要になる。

 全火力の集中と言うが、現状彼らが供給可能な火力を考慮すれば、それらでさえまとめてコア部に叩きこんで初めて機能停止に追い込めるレベルだろう。そういう意味でも、チャンスは一度なのだ。

「なかなかキツイが、やるっきゃねぇな。さっき言った通り、俺が引きつけて撹乱する。あとは何とかお前がナチュラルを追っ払ってくれればいい」

『だけどあっちの連携は完璧よ。それこそあたしの読みに割り込んでくるレベル。付け焼刃のコンビネーションじゃ意味無いよ』

「確かに。……だが付け焼き刃を切れるモノにする手品があるとすれば、まだチャンスはある?」

『は?』

 含みのある飛鳥の物言いに、泉美は眉をひそめる。

 必要以上にもったいぶる気も無いのか、飛鳥はニヤリと笑みを浮かべて続けた。

「言葉よりも早く意思を伝えられれば、それを断続的に行うことができれば、コンビネーションの甘さぐらいどうにかなるはずだ。そして、お前とホライゾンにはそれができる」

『……ふーん、なるほどね。アスカにしては面白いこと言うじゃない。ホライゾンの読心をアストラルに向かって使えってこと。いいわ、乗ってあげる』

「そう言ってくれると思ったぜ。なら最初からフルスロットルでぶっ飛ばすからな! ついてこれるか泉美!」

 言うや否や、アストラルはフォトンライフルの銃口を眼下の二機に向けた。

 途端に高速でその場から動き出すクランブルとナチュラル。

 ホライゾンが、構えていたアマツバメの銃口を振り下ろす。

『あたしを、誰だと思ってんのよ!』

 引き金が引かれ、音を立てて高速の光弾が放たれる。

 高く上がる水しぶきが、開戦の狼煙となった。

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