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アークライセンス  作者: 植伊 蒼
第5部-Bluff and Brave-
127/259

3章『Bluff and Brave』:2

 真正面からぶつかり合うかに見えたアストラルとクランブル。

 だが互いの体格差、そして数度のやりとりから見えるクランブルの戦闘特性を鑑みれば、それはアストラル側がかなり不利であることは簡単にわかる。

 アストラルは高速で突進しつつ、左腕のフォトンブレードで居合の構えを取り、インファイトの意思をチラつかせる。

(密着するような距離じゃあの無駄にでかいドリルは機能しねぇ。だとしたら、一定以上の接近は拒否してくるはず)

 目先数メートルの位置で、アストラルは一気に速度を落とした。目測を誤ったクランブルがドリルを一瞬早く横薙ぎに振るうのを、機体をのけぞらせて鼻先数ミリで回避する。

 そのまま機体を仰向けに寝かせ、一気に背中側へ加速した。

「狙いはこっちなんだよ!」

 握っていた武器はそのままに、両腰のプラズマバズーカに手を添える。回避動作と同時に充填を始めていたプラズマバズーカの砲口を向ける。

 一度交戦すればわかる、クランブルとナチュラルの連携は完璧だ。しかしだからこそ、今ナチュラルはクランブルとアストラルの格闘戦に水を差しうるホライゾンの方を狙っているはずだ。気付いても妨害が間に合うタイミングではない。

 新調された火器管制に戸惑いながらも放った高エネルギーの雷弾が、足元からクランブルに襲いかかる。

「あらよっと!」

 だがクランブルはドリルを重心に、まるで逆立ちのように両足を振り上げることで攻撃を回避した。

 振り下ろした回転ドリルをまっすぐに向け、プラズマバズーカを構えていたアストラルへ正面から突進してくる。

「こんのデカブツが、よく動く……」

 体格に見合わない俊敏な挙動を見せるクランブルに、飛鳥はコックピットの中で歯噛みをした。

 恐らく武装は右腕に仕込まれた重光子機関砲と左腕のドリルだけだろう。限界まで装備を切り詰め、格闘戦に特化させたコンセプトだとすれば、この機体サイズを無視したでたらめな挙動も説明がつく。

「だが加速はこっちの方が!」

 それでもアストラルだって高機動がウリの機体だ。その上で小型機と大型機、俊敏性はアストラルの方が上だ。

 直撃の寸前にギリギリで機体を逃がし、あえてカウンターの蹴りは狙わずに空中前転の要領でクランブルを飛び越す。すれ違いざまに肩の装甲を切りつけ、直進を続けるクランブルの後頭部をフォトンライフルで打ち抜いた。

「おぉう、すばしっこいねぇ!」

 肩と後頭部に疑似的な痛みを連続で感じても、カミラは牙を剥いて鋭い笑みを浮かべる。

「この程度じゃかすり傷にもならないか! ならもう2撃!」

 正面に構えていたドリルを振るう勢いで機体を強引に反転させるクランブルに、今度はアストラルが正面から突撃した。

 ビームブースターの加速に任せて、クランブルを踏みつけるように蹴り飛ばす。機体の速度を丸ごとクランブルの頭部に叩きこみ、宙返りからさらにフォトンライフルの銃口をコア部に向けた。

 だが発射の直前、海面を内側から突き破ったナチュラルの重光子狙撃砲が襲い掛かる。

「くっ!」

 直前で察知し回避をするが、そのせいでクランブルへの追撃に失敗してしまう。

 2条の閃光は最初から牽制が目的だったのか、続けざまに6発のミサイルが海上へと飛び出してくる。さらに体勢を立て直したクランブルまでもが同時に襲い掛かってきた。

 前と後ろの挟み撃ち。どちらも無視できる攻撃ではない。

「くそったれ、これは――――」

 飽和した攻撃。ビームブースターは使えない。取れる回避の選択肢は全て次の一手で詰められるイメージ。

(マズイ――!?)

 前から襲い来るミサイルに、後ろから迫るクランブル。時間がやけに遅くなった感覚の中で、飛鳥は回避ではなくダメージを少しでも減らす方法へと意識をシフトさせる。

 両腕でコアと頭部を守り、一瞬早く到達するだろうミサイルの衝撃に備えたその瞬間だった。

 クランブルのさらに後方から放たれたグレネード弾が、6発並んだミサイルの中央で起爆する。そしてグレネードと同時に放たれていたハヤブサの炸裂弾がクランブルの右肩に着弾した。

 グレネードに巻き込まれた弾頭が誘爆を起こし、6発全てのミサイルが一瞬にして消し飛ぶ。突進するクランブルが重光子炸裂弾の衝撃で体勢を大きく崩す。

「なっ!?」

 一瞬にして脅威の全てが消え去った飛鳥は、思わず息をのんだ。

 すぐさま体勢を立て直して突っ込んできたクランブルの攻撃を慌てて回避すると、後退しながらフォトンライフルを打ちこんでいく。

 クランブルはドリルを横薙ぎに振り払いそれを防ぐ。青白い光弾が大きく弾けるが、クランブルの左腕はびくともしなかった。

(……? 今のは……)

 何か違和感が頭をよぎったが、それに深く意識を向けている余裕はなかった。

 防御されるのを承知の上で連続でフォトンライフルを撃ちこみつつ、アストラルはクランブルから大きく距離を取った。

 クランブルも後方のホライゾンを警戒しているのか、無理に回避して突っ込んでくることはない。

 一旦硬直した状況を利用して、飛鳥は激しい鼓動を刻む心臓を落ち着かせようと深く息を吐いた。

「はぁー……。サンキュ、助かった」

『……ふん、助けたわけじゃないわ』

 泉美のつれないセリフに合わせて、ホライゾンは背負っていた狙撃銃アマツバメをクランブルへとまっすぐ向けた。

『無視してくれちゃってさ。ナメんじゃないわよ』

 ジャキ、と握られたグリップが敵意を響かせる。一瞬にして張り詰めた空気が広がる中、動きは海中から生まれた。

 海面を持ちあげて現れたナチュラルが、やけに落ち着いた挙動でクランブルの近くへとやってきたのだ。

 警戒を怠らぬまま、クランブルの頭部がナチュラルへと向けられる。

「シー姉、ここからはボクも出るよ」

「オーライ、ラッキー。だがやれんのかい?」

「そうやって馬鹿にする。これでも持て余しててさ」

 言いながら、ラクランはナチュラルを操縦し、両腰にさげられていた二挺の銃器を手に取った。

 一方は下部に重光子ブレード発生装置の取り付けられた小型のマシンガンであり、もう一方はやや大型でバレルの長いライフルだった。

 コックピットの中で、カミラはニヤリと笑みを浮かべる。

「そうかい、ならアテにさせてもらうよん。コンビネーション、かけて行くか」

「了解、ボクが合わせるよ」

「ほいきた!」

 ドンッ! と、前触れなく放たれた一撃。

 ナチュラルのコアへ一直線に向かったホライゾンの狙撃だったが、横から伸ばされたドリルによって阻まれる。防御を確信していたのか、ナチュラルは回避のそぶりすら見せなかった。

「また……」

 強力な重光子弾が着弾してなお微動だにしないクランブルのドリルに、飛鳥は再び眉を寄せる。

 飛鳥も一度受けているからわかることだが、アマツバメの弾丸は生半可な威力ではない。それこそ一撃でアストラルの装甲を砕くレベルだ。

(それをモノともしないだと? ドリルの強度の問題じゃない、アクチュエータが強すぎるのか、それともドリル自体になにか細工がある……?)

 考察する余裕は与えられなかった。

 ブースターを噴射したクランブルが、巨大なドリルを振り上げ襲いかかってきたからだ。

「どうあれ、喰らうわけにはいかないな!」

 アストラルは後方に加速する事で、斜めに振るわれた初撃を回避。続けざまに薙ぎ払われたドリルを回避してすれ違いつつ足元を切りつける。

 直後にクランブルは右腕の装甲を展開し、振り向きながらアストラルへ重光子機関砲による掃射を浴びせた。

 空中にジグザグの軌跡を残して全弾を回避するアストラルに、今度はナチュラルが右手に持ったライフルで追撃を加える。

「くそ!」

 2つの射線を回避しきれずビームブースターで大きく後ろへ下がったタイミングで、入れ替わるように後方のホライゾンが突出した。

「っ、泉美!?」

『…………』

 泉美は何も言わずに、本来接近戦には向かないはずのホライゾンで、サブマシンガンを掃射しながら一気に切り込んでいく。

 迎撃に放たれたナチュラルのマシンガンと重光子狙撃砲の射線を掻い潜り、強引に確保した狭い空間で無理矢理構えたリボルバーグレネードを発射した。

 だが発射したグレネードはクランブルのドリルによって阻まれる。グレネード弾が生みだす爆炎をアクチュエータの馬力で押し返し、クランブルは右腕の装甲を展開しすぐさま重光子弾を放った。

『ちっ……』

 ホライゾンは身をひるがえして射線を避け、振り向きざまにサブマシンガンから持ち換えたハヤブサをクランブルへ向ける。

 しかし引き金を引く寸前、クランブルの両脇から6発のミサイルが高速で飛来した。

『影に!?』

 クランブルの後ろから放たれたナチュラルのミサイル。

(サブマシンガンに持ち換える時間はない――ハヤブサで迎撃できるのは誘爆を見込んでも最大3発――グレネードを残りの迎撃に回しても今度はクランブルからの追撃を凌ぐ手段が――――)

 一瞬で複数の選択肢を並べ、しかし全てが現状を打破するには一手足りない。

 飛来するミサイルに続くように、クランブルがドリルの先をまっすぐ向けるのが見えた。

 いやに遅く感じられる時間。

 停滞した思考。迫るミサイル。


「しゃらくせぇ!」

 その全てを、並ぶ2つの雷弾が薙ぎ払った。


 プラズマバズーカでミサイル6発をまとめて破壊したアストラルは、発射反動を各部の推進装置で強引に抑え込み、ビームブースターの加速で一息に切り込む。

 加速を乗せた斬撃でクランブルの腹部を深く切り裂き、ホライゾンに向けられていた注意を無理矢理引きつけた。

「こっちだ!」

 首を向けるクランブルにフォトンライフルを数発撃ちこみ、弧を描く軌道でナチュラルからの妨害を回避していく。

 2機の注意がアストラルに向いた隙にホライゾンが後退するのを見て、アストラルも一旦距離を取り直す。

 クランブルは一瞬追撃するそぶりを見せたが、ナチュラルの方を窺いつつ機関砲による牽制にとどめていた。

(できればナチュラルと引き離したかったが、向こうも慎重か。……それより)

 リボルバーグレネードとハヤブサを握ったままのホライゾンを振り返り、やや口調を荒げていう。

「泉美、無理すんな! 俺が前に出る!」

『指図するんじゃ……』

 いらだたしげに唇を噛む泉美だったが、飛鳥にそれ以上の説得はできなかった。

 ナチュラルが再び翼状の武装ユニットから6発のミサイルを発射したからだ。

「っ、またか!?」

 これで既に24発。弾薬コンテナらしきものは背負っていないし、ミサイル自体がやや小型であることを踏まえてもこの発射弾数は多過ぎる。

 左手もフォトンライフルに持ち換え片端から撃ち落として行くが、免れた数発がホライゾンの方へと向かう。

『しつこい!』

 ホライゾンはハヤブサを腰のホルダーに戻すと、サブマシンガンを抜き放ちながら横薙ぎに弾丸をばら撒く。放たれた金属弾と重光子弾はそれぞれ吸い込まれるように残りのミサイルの弾頭へ直撃し、その全てを爆発させた。

 直後にナチュラルの狙撃砲の光線が、派手に空中に描かれた爆炎を突き破った。

 回避するホライゾンの装甲を光線が掠め、その後を追うようにタイミングを合わせたクランブルがドリルを構えて突撃する。

 体当たりでもするかのように強引に迫るクランブルだが、そのパイロットであるカミラの思考を、泉美はホライゾンの『読心』能力で正確に読み取っていた。

(頭部を撃ち抜く――!) 

 両手の武器を戻し流れるようにアマツバメを構えるホライゾン。射線から逃れようとするクランブルの回避軌道を読み取った完璧な偏差射撃は、まさしく必中の一撃。

 だが機械の指先が引き金を引く間際で、アストラルが下方から射線に割り込んだ。

 飛び出したアストラルは回転ドリルを身をひねって避け、その勢いのままフォトンブレードでクランブルのコアを斬りつけた。

 突然割り込んだアストラルのせいで攻撃に失敗し、泉美は小さく舌打ちをする。だが即座に意識を切り替え、後退するクランブルの頭部に改めて狙いをつけ直すものの、その背後からナチュラルがライフルを使って妨害を加えてきた。

『このっ!』

 呻く泉美の眼前で、三機は入り乱れ戦闘を続けていた。

「はあああああああ!!」

 アストラルはクランブルが後退しながら乱暴に振り回すドリルを全て紙一重で避け、右手にもったフォトンライフルをコアへと撃ちこんでいく。

 そしてホライゾンは、アストラルにマシンガンを連射しつつ自分へ牽制にライフルを撃ちこんでくるナチュラルへと対象を切り替える。機体を掠めるマシンガンの弾丸さえ意に介さないアストラルの猛攻に意識を割かれているターゲットの、その手に持つライフルに銃口をピタリと合わせた。

 しかし引き金を引いた直後、またしてもアストラルの横やりが入る。

 クランブルを蹴り飛ばして加速したアストラルが、放たれるマシンガンのダメージをハンドストライクで軽減しつつ一気にナチュラルの懐へと飛び込んだのだ。

 その瞬間、慌てて身をひるがえしたナチュラルとアストラル両機の鼻先を紫の閃光が突き抜けた。

「うわぁ!?!?」

「――――っ」

 両者の反応は対照的だった。

 進行方向に放たれた閃光に思わず急ブレーキをかけたアストラルに対して、ナチュラルは冷静に距離を取りながら6発のミサイルをまとめて発射した。

 突然の攻撃に硬直していた飛鳥も、ここばかりは気合でなんとか機体を動かそうとする。

 だがアストラルが固まっていた一瞬で、尾を引く6つの高速の誘導弾は一気に接近していた。回避は間に合わない。

 毒づく間もなく、両手に持ったフォトンライフルを薙ぎ払うようにしてデタラメに発射する。改善された火器管制に助けられ、誘爆込みで辛うじて全弾を撃ち落とすことに成功する。

 しかしその直後、視界を埋め尽くす煙を緑の閃光が突き破った。

「ぐっ、ぁ!?」

 直前で察知して回避を試みるが、二条の照射重光子ビームは無情にもアストラルの肩の装甲を抉りとる。

 着弾箇所と同部位に、まるでバーナーで炙ったかのような激痛が走り、飛鳥の呼吸が一瞬止まる。

 そこに、アストラルの蹴りによって大きく弾き飛ばされていたクランブルが、前進しながら右腕の機関砲を撃ちこんだ。

「オイオイ隙だらけだぜぇ!」

「がァァぁあああああああああああ!!!」

 両腕で頭部とコアだけはなんとか守ろうとするが、その上から容赦なく弾丸が浴びせかけられる。たまらずアストラルはビームブースターを噴射し、一気に下方へ距離を取ることで無理矢理状況を打開した。

 飛鳥は激しい痛みに顔をしかめるが、それでも敵からの追撃は止まない。

 海面付近で小刻みに加速をすることで、しつこく放たれるクランブルとナチュラルの弾幕から機体を逃がしていく。

「くっそ、だから俺まで撃つなって言ってるだろ!」

『あんたが射線に――』

 クランブルへサブマシンガンを撃ちこんでいたホライゾンは、怒気を孕んだ泉美の言葉と同時にそのターゲットを切り替えた。

『入ってんでしょ!!!!』

 ドシュシュシュシュ! という乾いた音と共に、ホライゾンの背中のコンテナから8発のミサイルが一斉に飛び出した。

 それらは上空で鋭角に軌道を曲げると、アストラルへ掃射を続けていたナチュラルへと一斉に襲いかかった。

「むっ、こっちか」

 ナチュラルは即座にアストラルへの攻撃を止め、後方へ加速しながら手に持ったマシンガンで飛びかかるミサイルを迎撃しようとする。

『それは見えてる!』

 だが横並びに並んだミサイルへと正確に放たれた8発の弾丸は、その一発たりともが弾頭を捉えることはなかった。

 ナチュラルを追尾していたミサイルが、まるで生き物のように迎撃弾を紙一重で回避したのだ。

「避けた!? 制御補正か、シー姉!」

「あいあいさー!」

 後退を続けるナチュラルからの通信を受けて、クランブルは即座にドリルを構えホライゾンへと襲いかかる。

 ミサイルからの追撃を狙うホライゾンの眼前に、オレンジの巨体が躍り出た。

「そっち、それも隙じゃんさ」

『またこのデカブツ! うざいのよ!』

 構えていたアマツバメを引っ込め、振るわれたドリルをギリギリで回避する。しかしそこに意識を取られた瞬間に、ナチュラルを襲っていた全てのミサイルが迎撃されてしまう。

 ミサイルの破壊を察知して歯噛みする泉美の隙をつき、再びクランブルが巨大なドリルを突き出した。

『くぅっ!』

 ホライゾンは真横に回避を試みるが、激しく回転するドリルの刃が右わき腹の装甲をまるでバターのように深く削る。

 そのホライゾンの挙動が普段のものとは違うと、飛鳥はとっさに感じ取った。

(――――ホライゾンの動きが悪い?)

「泉美ッ!」

 姿勢を崩したホライゾンへそのままドリルを叩きつけようとしていたクランブルに、アストラルは両腰のプラズマバズーカをぶっ放した。

 クランブルもこれは無視できない。ホライゾンを狙っていたドリルを切り返し、迫りくる高速の雷弾を横薙ぎに消し飛ばした。解放されたプラズマの爆圧がドリルに叩きつけられ、クランブルの動きが一瞬止まる。

 そこを狙ってアストラルが突撃しようとしたところで、ホライゾンがリボルバーグレネードの砲弾をクランブルへ直撃させた。

 アストラルが激しく後方へ吹き飛ばされるクランブルに改めて追撃を加えようとしたその時、あろうことかホライゾンが手に持ったサブマシンガンをアストラルへ向けて発射した。

 予想外の方向からの攻撃に急停止したアストラルは、頭上のホライゾンへ視線を向けた。

「なっ、お前なんのつもりだ!」

『こっちのセリフ。これ以上邪魔するなら、今度こそあんたを先に撃つ』

「はぁ!?」

 唐突過ぎる発言に素っ頓狂な声を上げる飛鳥だったが、怒気を孕んだ泉美の口調からは冗談の気配は微塵も感じられなかった。

(こいつ、完全に頭に血が上ってやがる……!)

 泉美の現状を察して、苦虫をかみつぶしたような顔になる飛鳥。だがホライゾンが銃口をピタリとアストラルに合わせたままにしているのを見て、今の説得は無理だと直感した。

 遠方からアストラルとホライゾンへ向け、ナチュラルの狙撃砲が放たれる。

 アストラルはひらりとそれをかわすと、下方のクランブルへサブマシンガンを掃射し始めたホライゾンを横目に一気に前方へ加速した。

「くっそが、仕方ねぇか!」

 言葉と共にビームブースターを噴射し、眼前に収めたナチュラルに向けて亜音速で突撃する。

「こうなったら――」

 迎撃に放たれるミサイルとライフルの弾幕を掻い潜り、一気に彼我の距離を詰める。

「一瞬でケリつけてやる!」

 アストラルは両手にフォトンブレードを装備し、背中のブースターを全開にして超音速へと突入した。

 接近に伴いライフルからマシンガンへ持ち換え弾幕を展開するナチュラルだったが、アストラルは超高速下で細かく軌道をコントロールすることでそのすべてを回避する。

 すれ違う弾丸が疑似痛覚の猛烈な痛みを想起させるが、飛鳥はそのすべてを気合でねじ伏せ、一瞬にしてナチュラルの懐へと飛び込んだ。

 最後の一発を首を振って回避し、フォトンブレードを振り上げる。

「セェアッ!」

 振り抜いた一閃はコア部すぐ横の装甲を捉え、カーボン製の装甲に深い傷をつける。

「もう一丁!」

 仰け反るナチュラルのコアに向け、もう一方のフォトンブレードを勢い良く突き出す。

 ナチュラルはその刺突をマシンガンの下部から発生するビームカッターによって辛うじて受けとめ、刃をひねっていなしながら機体の機動を変えてアストラルとすれ違った。

「逃がすか!」

 すかさずアストラルもその後を追う。

 当然速度はアストラルの方が上。海中に逃れられないように、アストラルは噛みつくような勢いで追いたてる。あまりにも猛烈な攻勢、客観的にも射撃戦に持ちこむことは不可能だと判断できた。

 すぐさまマシンガンをホルダーに収めるナチュラルの両脚部の装甲が展開し、その内側から白く長いバトンのようなものが飛び出した。ナチュラルがそれを掴むと同時、先端に青い三叉の槍が形成される。

「――近接武器、それでも!」

 振るわれた右の槍をフォトンブレードでいなしたところに、左の槍が突き出される。首を振ってそれを避け、右腕のフォトンブレードでナチュラルのコアを斬りつけた。

 ナチュラルは攻撃を受けながらも、右手の槍を逆手に掴むと全身を振り回すように横薙ぎにする。

 青い軌跡が二機の間に走る。機体を押しとどめ辛うじて回避するアストラルに、ナチュラルは機体の回転を乗せた蹴りを叩きこもうとする。

 アストラルはこれをクロスさせたフォトンブレードで防ぐが、ナチュラルはキックの反動を利用してアストラルからほんの少しだけ距離を取った。

 即座に詰め寄ろうとするアストラルの前で、ナチュラルは二つの槍の石突の側を連結させる。その直後、右手側の重光子槍が消え、左手側の刃が一際大きくなった。

「連結して高出力化したのか!」

 柄が長くなったことを利用して、全速で後退しながら素早く突きを繰り返すナチュラル。巨大化した刃は範囲だけでなく、威力も強化されていた。

「だけど……」

 弾丸のような速度でさまざまな角度から放たれる刺突の嵐を、アストラルは全て紙一重で回避していく。掠める度に呼び起される恐怖を、飛鳥は毎瞬にかける絶大な集中力で押し返す。

 アストラルが槍の豪雨をくぐりぬけてフォトンブレードの刃が届く距離まで辿り着いた瞬間、ナチュラルは連結していた槍を分解し、両手に持った三叉の槍を目の前の敵めがけ一直線に突き出した。

 音の壁を割るその一撃を、アストラルは背面跳びの要領で回避する。

「意味はねぇぜ」

 機体をひねるアストラルは、仰向けの状態から回転しつつ左腕のフォトンブレードを強く引き絞る。

「ッ!」

 ラクランが息をのむ中、アストラルの鋭い視線がナチュラルの頭部を捉えた。

「ここで決める!」

 その時。

 ナチュラルを睨みつける飛鳥の視界に、ホライゾンの間近に接近したクランブルがその巨大なドリルを振り上げている光景が映り込む。

 破壊の一撃が今にも振り下ろされんという状況で、ホライゾンは中腹から折れた散弾銃モードの狙撃銃を抱えている。

(まずッ――――)

 状況を把握する。脳裏をよぎる泉美の言葉。『邪魔をするな』目の前の無防備なナチュラル。アストラルの左腕に宿る一撃の威力。天を指すドリル。陽光を映す破壊の刃。ホライゾンが持つ読心能力。回避の確率。反撃の可能性。ホライゾンの脚部。被弾箇所。上がる煙。敵機撃破か。僚機援護か。今選ぶべき最善策。


「――――関ッ係あるかよォ!!」


 アストラルはそのまま機体を半回転させ、目の前のナチュラルの頭部を目一杯踏みつける。

 ナチュラルを海中に叩き落とす力をも利用し、ビームブースター、背部メインブースター、各部推進、それらすべてを使用したアストラルの全推力をもってホライゾンの元へと向かう。

 ギラついたドリルが一瞬揺れ、溜めの直後に暴風を巻き起こしながら振り下ろされる。その攻撃をホライゾンは茫然と見上げていた。

 カミラと泉美双方が、奇しくも直撃のイメージを共有したその時。

「させるかぁァァァァァアアアアアアアアアアアア!!」

 爆風をも圧倒する風を纏ったアストラルが、クロスさせた二つのフォトンブレードで振り下ろされる一撃を受けとめた。

『えっ――』

「何ッ…………」

 一瞬で現れたアストラルに、カミラは目を見開いた。

 それでも攻撃の手は緩めず、受けとめるフォトンブレードにそのドリルを強く押さえつける。

「ぐぅぉぉおおおおおおおおおおおおお!!」

 強烈な力で抑えつけられながらも、後ろの泉美は撃たせまいと飛鳥は懸命に押し返す。

 火花を散らすフォトンブレードと回転ドリル。切っ先が触れあう場所から、小さな青白い重光子の塊が四方八方に飛び散っていく。

 それはまるで、刃そのものがドリルに削り取られているかのような異様な光景だった。

 そしてその現象はフォトンブレードの主要な装置である重光子刃形成機に、過去に例の無い異常な負荷を与えていた。

 バジィッ! という大きな火花が、今度は両腕のフォトンブレードから飛び散り、直後に武器自体が爆発した。

「ぐうぅっ!」

 重光子刃が消滅し装備が脱落する瞬間に身をひねったアストラルは、ドリルに肩の装甲を削られるのにも構わず、クランブルの腹部を全力で蹴り飛ばした。

 鈍い金属音と共に吹き飛ぶクランブルに、間髪いれずプラズマバズーカを打ち込む。

 無理な姿勢からそれを受けとめたクランブルは、ドリルごと海面近くまで吹き飛ばされた。

 敵を振り払い、ホライゾンの前に立つアストラル。

『あ、あんた……』

 泉美はまだ状況を呑み込めていないのか、戸惑ったような声をあげていた。


 だから、飛鳥のするべきことは一つだった。

 装備の爆発に巻き込まれた両腕に走る激痛を堪え、その左腕をホライゾンの前に伸ばす。

 まるで眼下の二機の敵から、ホライゾンを、泉美を庇うかのように。

 まっすぐに、強い意思を込めた言葉を放つ。

「やらせやしねぇよ、絶対にな!」

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