2章『お節介のやり方』:3
「アークは世界を滅ぼした、ねぇ……」
御影との話を終えて自宅に帰った飛鳥は、ベッドに仰向けにダイブした後そう呟いた。
全身を包む柔らかい感触に身をゆだね、飛鳥は瞼を閉じる。
だがいやに頭は冴えていて、眠気は忍び寄る気配すら見せない。瞑目した暗い視界では御影の言葉が延々と横切り続けていた。
「胡散臭い話だけど、どうもなぁ……」
飛鳥だって、御影の言葉が嘘だったとは思っていない。
だがそれ以上に、それをばかばかしいと断じられない自分の価値観に違和感を覚えていたのだ。
飛鳥も御影がアーク研究の権威であることは前提として理解している。それが発言に対する信ぴょう性に影響を与えているだろうこともまたしかりだ。
しかしそこを理解したうえでも「冗談でしょう?」の一言さえ出てこなかったことに、飛鳥は我が事ながらおかしなものだと感じているのである。
夢を見たと相談を持ちかけたのは、だいたい2週間ほど前の飛鳥自身だ。泉美のことでまだ頭の整理がつききっていなかった頃でもある。
結局のところ、飛鳥がアーク絡みの夢をまともに意識しだしたのは、泉美が学校に来てからだった。
泉美の状況を改善するためにも、何かできることはと模索しているうち、彼女と再会する事になる数日前の夢のことについて思い至ったのだ。
理由は御影に語った通り、あの時点では泉美との別れの夢を思い出す理由はなかったから。
だからホライゾン鹵獲作戦がらみでいろいろと話をしていた御影に対して、アークライセンス取得以後の夢について話をきいてもらったわけだ。
「ストレスかなんかだって言われると思ってたのに、まさかここまでデカイ話になるとは」
泉美のことでストレスがたまっているんだろう気にしなくてもいいよ、などと返されてなあなあで話が終わるものだと、御影には失礼だがそう考えていたのだ。
それがまさか夢の中身を丸ごと肯定されて、挙句は世界は過去に実際に滅んでいるなんて話にまでなった。
たしかにアークがロストテクノロジーである以上、それを作り上げるテクノロジーを持った文明はロストしているのだ。そこは間違いない。
「けど御影さんは文明って言い方はせずに、世界って言い方を通してた。やっぱ、俺に話してくれた以上の秘密もあんのかな」
文明が滅んだではなく、世界が滅んだと御影は一貫してそう表現していた。
アークが世界中で発見されたことを考えれば、アークを作り上げた文明は全世界に至っていた可能性が高いことは飛鳥にだってわかる。
だが本当に世界という単位が滅びを迎えていたとするなら、今ここにいる彼はそして彼の周りにいる人々は一体どういう存在になるのだろう。
そして世界が滅んでなお、この時代に現れたアークという存在は一体何なのか。
アークというものは、
「……本当にただの兵器なのか? そんな程度で終わるものなのか?」
確かに兵器としての力は絶大だ。
単純な話、今からアメリカへ行ってホワイトハウスを地図から消してこいと言われたとして、終わらせて帰ってきてからのんびり夕食を済ませるぐらい、今のアストラルと飛鳥にかかれば無理なことではない。――当然政治だなんだは度外視した単なる破壊兵器の性能としての比喩だが。
しかし逆に、アークは核兵器を含む戦略兵器のような、大規模な破壊をもたらすほどの力を持ち合わせてはいない。あくまで状況に対応する能力の高さも含めての、兵器としての力なのだ。
仮にアークを中心に戦争を起こしたとしても、アーク以外の文明が欠片も残さず世界から消えるなどという事になりはしない。そう飛鳥は考えた。
「わかんねぇな」
今の飛鳥にはそれ以上のことは分からない。
彼自身が考え得る可能性を否定する事はできても、正しいと思えるような想像はまるで浮かばなかった。
深く息を吐くと、飛鳥は閉じていた瞼を開いた。
天井からぶら下がった暗い照明に右の掌を向けて、手の甲を視界に収める。
指先にグッと力を込めると、淡い光を伴った『A』というアルファベットが浮かびあがった。
「アークライセンス、か」
結局それが何なのかも、今になってまだ曖昧だった。
アークに搭乗するためのライセンス。アークに乗ることが可能である人間の証。いくらでも表現の方法はあるが、どれも本質をついているとは感じられなかった。
兵器的な運用の効率から考えれば、ただの一人にしか搭乗が許されないのもおかしなことだ。
結局、アークは兵器であると意味付けされながらも、それには相応しくない要素が多々あるのも事実だった。
このライセンスを持つ人間にも、それ以外の役目が、意味があるとすれば。
「でも、御影さんは自分で決められる強さを持てって言ってたよな。……そっか、結局与えられる正解なんていらないんだ。俺が正しいと思うことが、この印の意味なんだ」
それは、きっと自分自身で決めていくものなのだ。
自分で決めて行動するならば、そこに生まれる責任は自分で負わなければならない。誰かを、何かを壊すことになったとしたら、その痛みは自分が負わなければならない。
「泉美も隼斗も、ずっとそうしてきたのかな……」
そう思い、飛鳥は決意する。
なら、これから先は自分もそうだ、と。
飛鳥をアストラルのパイロットとして選んだのは遥だった。だがアストラルのパイロットになることを選んだのは飛鳥だった。
「だったら俺だって、その責任はちゃんと背負って行かなきゃな」
見つめていた手を前に突き出して、強く拳を握りしめる。
「夢はヒーロー、それはやっぱり変わらない。だったらちゃんと、全部守れるぐらいにならなきゃさ」
そうしていつもの彼へと戻ってくる。
それで十分、心は決まったように思えた。
「よっし! んじゃとりあえず、やることやりますか」
上半身だけを起こした飛鳥は、ポケットの中からケータイを引っ張り出した。
いろいろとインパクトの大きい出来事があった後だが、だからといって自分から立候補した役目を忘れた訳ではない。
ズバリ、泉美への連絡だ。
タタタタッと軽快なリズムで画面をつついて、アドレス帳に登録してある泉美のケータイ番号に発信する。
泉美もケータイはこちらに来てから一応購入したとかで、連絡が取れないのは不便だからと研究所に対してメールのアドレスやら電話番号やらを伝えていたのだ。飛鳥はそれを拝借して、自分のケータイ番号を一方的に送りつけてある。
向こうも着信すれば、飛鳥からの連絡だとわかるだろう。
しかし――
「……………………でねぇ」
無機質なコール音にぼんやりと耳を傾けていた飛鳥だったが、案の定というか、やっぱり泉美は電話には出なかった。
「でんわにでんわ~……ぁぁぁぁ………………うっわさっぶ」
どうせ映像通話なんて受け付けないだろうと思って普通の電話にしたのだが、そっちも無視されてしまったことに飛鳥は露骨にショックを受けていた。
なんとかテンションを持ちなおそうとして見た訳だが、寒いギャグはやっぱり寒かった。
「まぁいいや」
気を取り直して、飛鳥は次の手段に映る。
実は中途半端な防音のせいで、上の階からケータイの着信音が聞こえていたのだ。
ケータイを置いたままどこかに出かけているのならともかく、そうでないならケータイごと自宅にいるはず。いるならいるで意図的に無視しているパターンだろうし、いないならどのみち電話を掛け直しても意味はないからだ。
「メール送信、と」
先ほどと同じように画面に指先を何度も叩きつけて、飛鳥は泉美にメールを送った。
文面は『再来週のテスト終わった次の日からその次の日曜まで、同好会の活動でオーストラリアに行くんだってさ。予定開けとくようにって遥さんが言ってたんでよろしく』という簡素なものだった。
念のためにアーク研究のことは伏せて同好会の活動としてあるが、泉美なら問題なく理解するだろう。
「さぁって、1時間ぐらいしても返信無かったら突撃してやる。……飯でも食うか」
ぱぱっと気持ちを切り替えてベッドから立ちあがった瞬間、枕の上に放り投げていたケータイが喧しい着信音を響かせた。
顔をしかめながら白いデバイスを手に取ると、画面には泉美からの着信があったことを通知するメッセージが表示されていた。
「ったく、やっぱり家にいるんじゃねぇかよ」
要するにさっきの電話は無視されていたということで間違いないだろう。今更だが。
もういいやと半ばヤケクソになりながら、送られてきたメールの文面を確認したら空メールだったのでケータイを壁に投げつけた。
「ふっざけんな! あいつやっぱ俺のこと嫌いだろ!!」
今更どんな短い文章で返されようがありきたりな嫌みを添えられようが我慢する気はあったが、まさかの空メールではそれもままならない。
『とりあえず読んだの伝わってりゃいいんだろ、ほら』と言わんばかりの適当な返信に飛鳥は深く深くため息をついた。
ガリガリとメンタルが削られていくのをこれほどハッキリ実感したのは1学期末の試験以来である。意外と最近だった。
何かしら文句の一つでも添えて返信してやろうかと飛鳥は一瞬そう思ったが、今やらかすと即座にブラックリストにぶち込まれる自信があった。
「……やめとこ」
ベッドに座り込んだ姿勢で、ケータイを握っていた手をだらりと下ろす。ベッドのシーツが小さく波打った。
コツン、と壁に頭を預けて、ふと天井を見上げる。
「どうすっかなぁ」
ままならないのは一向に構わないが、こうもとっつき辛いとどう仕掛けていけばいいのかも分からない。
この極端な対応が現状飛鳥だけに留まっているのが唯一の救いではあったが、そのせいで彼女の事情を知っている人間が何もできないという状況にもなっている。
「最悪徹底的に嫌われても、とは思うけど、それで他が改善で来てなきゃ余計悪いしな」
そもそもこの良い悪いの定義は飛鳥の勝手な価値観だが、それで突っ走ると決めた以上は今更なことだ。それに泉美も「周りが信用できないから」というようなことは言っていたが、そもそも一人が良いとは一言も言っていない。本心はそうではないと、飛鳥には信じることができた。
飛鳥は自分が嫌われること自体は、もはやある程度仕方がないと事だと思っている。最初から身勝手な理由なのだ。ツケを払う覚悟はあったし、恩を売る気など毛頭ない。
だがそれと同時に、何もしないという事ができないのも確かだった。
たとえ沈黙する事が最善であっても、飛鳥にはきっとそれは選べないのだ。
(罪滅ぼしなんてガラじゃないけど、俺はあの日の後悔にケリをつけたい。俺の手で)
変わってしまったのではない。変わることができたのだと、泉美に示したいという思いもあった。変わることを選んだのは状況ではない、飛鳥自身なのだから。
「単なる意地じゃねぇか……」
行きついた簡単な動機に、飛鳥は思わず笑ってしまう。もう少しまっとうな理由かと自分では思っていたが、どうやらそうでもないようだ。
「なら、とことん身勝手でもいいだろ。このままほっときゃアイツもぼっちルート確定なんだ。お節介なのは重々承知、これが俺のやり方ってな」
などと大層な事を言ってみるも、浮かべたドヤ顔に見合うほどの名案は出てこない。
ドヤァ状態で一時停止すること数秒、突然無表情になった飛鳥は握ったままだったケータイを素早く操作した。
待つこと2コール。
『やあアスカ、珍しいね。どうかしたのかい?』
空間投射ディスプレイによって現れた小さなウィンドウに表示されたのは、隼斗の姿だった。
勉強中だったのか片手にペンを持った彼は、画面越しに爽やかに手を振っていた。
「ういっす、隼斗。いや、ちょっと相談があってな」
『相談? っていうと……あーちょっと待って、今なら当てられる気がする』
「当てれるって、そんな……」
何を言ってんだこいつ、みたいな表情を浮かべて、飛鳥が顎に手を当てて何やらを考えている隼斗を見ていると、隼斗はパチンと手を叩いた。
『えーと、そう、本郷さんのことだろう?』
「俺ちょっと本格的に怖くなってきたんだけど」
『今アスカが相談だなんて大げさなことを言うなんて、それこそ本郷さん絡み以外ないじゃないか』
「………………」
全くもってその通りである。飛鳥は黙ってうなずいた。
となると話は早いと、飛鳥はいきなり本題から切り出した。
「なんつーか、どうすりゃいいのかなぁってさ」
『確かにあの態度じゃ厳しいよね。……というか、本郷さんと何かあった?』
「何か……うんまぁあった。ていうか、オーストラリアに行くことの連絡を、電話が無視されたから代わりにメールで送った」
『うんうん、それで?』
「返ってきたのが空メール」
『うっわ…………』
言いながら、隼斗は激しく顔をしかめて俯いた。
飛鳥はもう笑うばかりだが、やはりインパクトは間違いなく大きいようだ。
『想像以上だね』
「まぁな。正直返信が無いよりキツイ」
『察するよ。でも少し過剰にも思えるな、僕には』
「やっぱり?」
『美倉さんにはそこまでじゃないからね。女子か男子かの違いはあるかもしれないけど、その対応は極端だと思うよ。アスカ、何か余計なことをしたりは?』
「余計なことの基準が分からん。普段から話しかけてんのも全部余計なことだって言われちゃそこまでだし」
『それもそっか』
すげなく返す飛鳥と軽く流す隼斗。なんだかんだと間の取り方が上手な二人だった。
ふと舞い降りた沈黙の中で、互いの息遣いが無線に乗って行き来する。仏頂面で画面を眺めている飛鳥と、首をひねって考え込んでいる隼斗。
埒があかないな、と飛鳥はおもむろに口を開いた。
「あいつさ、アークに関わってるような人間が、一般人みたいに当たり前に学校に通ってるのはおかしいって言ってたんだ。同じように、普通じゃないやつらが同じ学校に居て、アークに関わってる人間を利用しようとしてる可能性でも考えてるのかもな」
『う~ん……、それ、いつの話?』
「1ヶ月くらい前かな」
『1ヶ月か、なら大丈夫だと思うよ。そのころって、こっちに来てからほとんど日が経ってないだろう? 東洞はこれでかなり諜報関係のセキュリティも強いよ。特にアークに関わることについては殊更厳重だ。そのことの説明はされているはずだよ』
「……そうか、ならそういう問題でもないのか」
一葉の言葉を借りることになるが、泉美はそれが信用に値するかどうか、しっかりと自分で考えているらしい。隼斗の言う通りセキュリティがしっかりしているなら、泉美はそこはちゃんと受け入れているはずだ。
飛鳥はもう一度、背中を壁に預けた。
「もしかしたら、さ。あいつは逆に、周りがみんな普通の奴だから皆を遠ざけてるかもって思うんだ」
『どういうこと?』
飛鳥の言葉に、隼斗は首を傾げた。流石に今のような言い方から飛鳥の考えを察する事はできなかったらしい。
「泉美はきっと優しい奴だから」
脈絡もなく、飛鳥はそう言う。
飛鳥の言う「きっと」はただの願望だ。だが仮にそれが正しいならば、
「嘘つく奴は嫌いだって、あいつ俺にそう言ったんだ」
『……うん』
「俺達はさ、アークのパイロットだって事を隠して、一般人みたいにやってる。ある意味では嘘をついてるようなもんだ。そういうのが、泉美は嫌いなのかも。……ずっと軍人やってきたあいつだ。アークと関わることの危険は、きっと誰より知ってるから。自分の身勝手のために、誰かに嘘は付きたくないって思ってるのかもしれない」
『…………』
隼斗は何も言わなかった。
ここにきて、飛鳥は迷う。彼女の行動がそんな気遣いに基づくものなら、それを無理にやめさせることが、果たして本当に正しいのか。
だが飛鳥が俯いたところで、隼斗はふとこんなことを言った。
『嘘をついていたら、本当の友達にはなれないのかな?』
「え?」
『アスカは覚えてる? 僕らが入学してすぐのころ、ずっと一人だった僕に、放課後声を掛けてくれた日の事』
「……あー、うん。覚えてる」
『よかった。……アスカ、あの日僕に隠し事はないかって聞いたんだ。それは?』
「覚えてるよ。無いって、そう答えたよな、隼斗」
『うん。でもあった』
「バーニングのパイロットだった事か?」
『その通り、でもそれだけじゃない』
隼斗は首を横に振ると、穏やかな笑みを浮かべた。
『僕にはまだ隠し事がある。君に嘘をついている。僕は嘘つき、嘘をつく奴だ』
「…………」
『それじゃあアスカ、もう一つ聞きたい。君は僕の事を友達だと思っているかい?』
「何を今更……当たり前だろ?」
『どうして? 僕は君に嘘をついているんだよ? そんな僕のことは、信用できないんじゃないかい?』
「関係ないだろ。隠し事の一つや二つあったって、俺はお前の言うことは信用するし、お前を信頼している。友達だと思ってるよ」
『だよね。そう、それでいいんだよ』
「えっ?…………あっ」
満足そうに笑う隼斗を見て、飛鳥の中で一つの答えが浮かんだ。
隼斗は続ける。
『人は嘘を信じることができる生き物なんだ。嘘をひっくるめて他人を信頼できる生き物なんだよ。君が僕を友達だと言ってくれたように、僕も君を友達だと、いや親友だと思っている』
「し、親友って……」
大層な言い回しに、飛鳥は思わず口元を引きつらせる。
『あははは、まぁそれはいいじゃないか。……だからさアスカ、たとえ嘘をついている人でも信じることができることを、何よりも君自信が証明しているんだよ』
「俺が……?」
『ああ。それに君は、僕の嘘すら信じてくれた。だから僕は……。ま、というわけだよ』
「って、何がというわけなんだよ」
『変なこと言いかけたから聞き流してくれ』
眉を寄せて聞き返す飛鳥に、隼斗は恥ずかしそうに顔を背けながら答えた。
『だからクラスの他の人にだって、それを求めていいと思うんだ。隠し事はあるけど、それでも友達になってほしいって。いいじゃないか、嘘を信じる強さをみんなに求めたって。誰か一人が抱えて苦しむ必要なんてないよ、甘えたっていいと思う』
「でも泉美が、そういう考え方してくれるかな」
『そこはアスカが上手に説得しなきゃね』
「誰か一人が抱えて苦しむ必要はないって今言ったばっかじゃん」
『別に頼ってくれてもいいよ。でも、アスカはそうしたい?』
試すような隼斗の視線。
飛鳥はニヤリと笑って吐き捨てる。
「……へっ、んなわけあっかよ」
『さすがはヒーロー、そうこなくっちゃ』
「茶化すんじゃねぇよ」
語気を荒げても、飛鳥は楽しそうな表情をしていた。
どうすればいいのか、その行き先にもう迷うことはない。それだけの自信があった。
『とは言っても、話しかけることもできないんじゃ流石に厳しいと思うけど』
「そこはもうどんな手を使ってでもって奴だよ。いっそすれ違いざまにラリアットぶちかましてコミュニケーションとってやろうかな」
『それやったら今度こそ関係改善は不可能になるだろうね』
「冗談だっつの」
軽口を言いあう飛鳥と隼斗の間には、相談などと仰々しい話題提起をした時の重苦しい空気はなかった。
飛鳥はそのままのテンションで、何でもないことのように尋ねる。
「そういやさ、隼斗のもう一つの隠し事って何なのさ?」
『……それはまだ秘密、かな。でもいずれ話せるときが来ると思う。それまでは、僕はただの久坂隼斗だ』
「そっか」
飛鳥は簡単に言って、ふと視線を落した。
「なぁ、隼斗。俺さ、最初はお前の事情にだって、踏み込んでなんとかするつもりだったんだ。それができたらだったけど。だから、ホントは少し後悔もしてるんだ」
『うん、わかるよ。今のアスカを見てたら、自分で誰かを助けたいって気持ちは見える。……昔の、本郷さんのことがあったから?』
「ああ。ビビってたんだよ、情けないことにさ」
飛鳥が吐露した心中を最後まで聞いて、しかし隼斗は笑って済ませた。
『それでもアスカはあの日、僕に声を掛けてくれたよ? その上で僕の言葉を信じてくれたんだ。僕はそれに救われたと思うんだ』
「……そうか、なら良かった」
飛鳥は首を横に振って、すっと顔を上げる。その目には強い意志が宿っていた。
「でも今度は、今度こそは。ちゃんと全部踏み込んで、俺の力であいつを助けたい。今の俺にならそれができるって、あの日諦めるしかなかった俺にそれを示したいんだ」
『できるさ、アスカなら。僕はそう思うよ』
「おう」
快活に頷く飛鳥の目に、今はもう迷いはなかった。
「サンキューな、隼斗。あと時間とらせて悪かった」
『いや、何かの足しになったなら幸いだよ。それじゃ、バイバイ』
「ああ、また明日」
通話を切ったケータイを放り投げて、飛鳥はふと瞑目する。
最後に残った不安は、本当に自分にできるかどうか。
そして脳裏をよぎる、御影の言葉。
(俺ができると思ったことは、俺にできること、だよな)
閉じていた目を、強く見開く。
「できるさ!」
暗かったはずの部屋が、ほんの少しだけ明るく見えた。